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Happiness with you 〜幸せを渇望する少年たちへ〜  作者: 漱成
第三章「Happiness with you」
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第3節「  」  ―西宮 美桜

 結局、山口くんの言った通り、何にも決まらないまま、皆と別れて帰ってきた。

 

 ……カフェでは何も頼んでないんだけど、変に思われなかったかな。

 ソファに座って、そんなことをぼんやりと考える。

 

 ――まあ、何にしても、皆はちゃんと前を向いて過ごせるようになったみたいだし、本当に良かった。

 

 私自身の状況は、正直なにも良くなっていない。だけど、別に誰かに助けを求めるつもりもない。せっかく毎日楽しく過ごせている皆の邪魔をするのは、少し気が引けるから。それに何より、助けを求めただけで誰かが助けてくれるほど、現実は甘くないし。

 

 それにしても、今日は朝も昼も、何も食べてないからさすがにお腹が空いた。夜は何か食べようと思って、ソファから腰を上げる。

 

 念のため冷蔵庫を確認する。基本的に何も入れないようにしているけど、何かの余りが稀に入ってることがあるから。……まあ、普通に何も入ってなかったけど。

 

 というわけで、財布(といっても形だけで、中には本当にちょっとしか入ってない)を握り締めて、近くのスーパーまで歩いて出かけた。

 

 私の家は、皆と比べて高校から若干遠くにある。スーパーに向かう道に高校もあるから、向かっているといつもみんなの家の前を通る。誰か出てきたら気まずいなぁとか思いながら、そっと横切ることが多い。

 

 

 だから、その道中で、山口くんが住んでるマンションの前も通ったのだけれど、大火事になっていて驚いた。

 

 

 自分の用事も忘れ、慌ててマンションの方に向かって駆ける。漫画やドラマでしか見ないような「keep out」という文字が書かれた黄色と黒の帯が張り巡らされていて、あまり近づくことはできなかった。

 

 周辺にいる野次馬たちをかき分け、力が足りずにもみくちゃにされたり押しつぶされたりしながら、どうにか先頭までたどり着く。そこには、既に私の知っている子たちがいた。

 

「天音、今どうなってる?」

 

 尋ねると、天音はハッとした表情で、こっちを見た。

 そして、ゆっくりと首を振り、

 

「……わからない」

 

 そう言った。

 

「そう……」

 

 二人の間の会話は、それだけだった。

 

 ――助からないだろう。きっと大勢、死ぬ。

 

 どこか冷静に、そんな分析をしている私がいた。

 だけど、それを表には出さず、最前列で何かを必死に叫んでいる今田くんに聞こえるように、言う。

 

「……大丈夫よ、きっと」

 今田くんは、それには答えなかった。代わりに天音が、

 

「うん。……そうだよね、江里乃みたいには、ならないよね」

 そう応えた。

 

 江里乃、という名前を聞いた途端、胸がぎゅっと苦しくなるのを感じる。

 

 ――大事な大事な、わたしたちの友達。過酷な運命から逃れようと抗い続け、最期まで闘い続け、それでも運命から逃れられずに、儚くその命を散らした江里乃。

 

 山口くん。……あなたも、そっちに行っちゃうの?

 私はまだ、生きてるのに。

 

「……死ぬな、バカ野郎」

 

 思わず、そんな言葉が溢れ出た。

 そっと、肩に手が置かれる。瞳から大粒の涙がこぼれる。


 

 その後、山口くんの遺体が見つからず、部屋から見つかった黒焦げの塊が、山口くんで間違いないと判断されるまで、今田くんは絶叫し続け、私と天音は静かに涙を流し続けた。

 


 私達は、大切な友達を、二人失った。


 

 *    *    *

 

 

 山口くんの死から、二週間くらいが経った。

 

 葬儀を簡単に済ませてからは、皆はいつもどおりの生活を再開した。薄情だと思うかもしれないけど、いつまでも下を向いているよりはいいと思う。私だって、いつまでもくよくよしてたら、文字通り生きていけなくなってしまう。

 

 まあ、皆ではなかったけれど。

 

 今田くんは、やっぱり山口くんと一番の親友だったこともあって、かなりひどく憔悴していた。家に引きこもって出てこなくなってしまって、今は天音がお世話をしに行っているって聞いてる。

 

 亮もかなり動揺していた。今田くんみたいに引きこもるなんてことはなかったけど、かなり落ち込んでいた。心配だったから、こっちは私が様子を見に行った。ちょっと慰めたら、結構すぐに立ち直って、お礼にカフェでもなんでも奢らせてほしいなんて言ってきた。遠慮したけど、

 

 「罪滅ぼしも兼ねてる。――こんなことでできるとは思わないけど、できることはしたい」

 

 と重ねて言われては、断る理由はなかった。

 

 

 で、今日がその日だった。

 

 

 足もある程度治ってきていて、今は松葉杖なしで歩く練習をしているところだ。まだ少し痛みは残っているけど、まあ何とか歩けている。だから、そういう意味でもちょうどよかったかな、とも思う。


 何より、亮が自身のトラウマを乗り越えて、人と会ったりすることができるようになったという事実が、私には一番嬉しかった。

 

 待ち合わせ時間は4時。今は3時だから、まだ時間に余裕がある。

 ……あるのだけれど、家にいたって別にすることはないし、歩くのに時間がかかるかもしれないから、さっさとカフェに向かっておくことにした。

 

 荷物をまとめ(大したものはない)、ゆっくりと家を出る。右足はまだ痛いけど、できるだけ痛みが少なくなるように、そろりそろりと歩く。

 

 道中で、天音とすれ違った。

「あ、天音」

 

 声をかけると、天音は肩をぴくっとさせて振り返った。

 

「……なんだ、美桜ちゃんかぁ」

「美桜ちゃんで悪かったわね」

 

 ちょっとからかうように、そう返してみる。

 

「えっ!?そ、そういうことじゃないよぉ、ただちょっとびっくりしただけで、」

「わかってるわよ、それくらい」

 

 天音が慌てて弁解するのをさえぎって言うと、

 

「……もう」

 天音は頬を膨らませて、拗ねたような仕草を見せた。うん、やっぱりこの子、可愛いな。

 

「っていうか美桜ちゃん、今からお出かけ?」

「ええ、なんか亮がカフェおごってくれるらしいから」

「へぇ!いいじゃん!飛び切り高いの買ってもらいなよ!」

「ふふ、そうしようかな」

 

 笑ってそう返して、

 

「それじゃあね、天音」

 と手を振った。

 

「うん、バイバイ」

 天音も手を振り返してきて、それで別れた。

 

 天音がどこに向かっているのかは、聞かずとも想像できた。だから、敢えて聞かないことにした。


 

 *    *    *


 

「お待たせ。……ごめん、待った?」

 

 言いながら、席に座る。結局私は30分ほど早く着いたのだけれど、亮はそれよりさらに早く着いていたようで、カフェの前まで行って「着いたよ」って連絡したら、「もう中居るから入って来いよ」って返ってきて普通にびっくりした。

 

「いや、そんなに待ってねぇよ」

 なぜか顔を逸らしながら、亮が言う。構わず席について、

 

「なんでも頼んでいいの?」

 と聞いた。一応、確認というか。さすがにしておいたほうがいいでしょ、奢ってもらうんだから。

 

「……なんでも」

 少し間をおいて、亮はそう答えた。

 

 一瞬躊躇したのかな、と思ったけど、公認なのでこちらは躊躇せずに注文することにした。

 

「……じゃあ、これと、これと、これ」

「えっ?」

 

 驚くのも無理はない。だって、私が頼んだのは、とても4時に、カフェで頼むようなものじゃなかったから。

 と言っても、昼の12時や1時くらいだったら、普通に頼んでも何の違和感もないもの。

 

 私が頼んだのは、パスタと、サンドイッチと、コーヒー。4時だからもう頼めないかもと不安だったけど、5時まではいけるみたいだった。

 

「……ごめん、流石に駄目よね」

「いや、別に駄目ではないが……、ちょっと、多くないか?」

 食べれるのか?と、実にごもっともな指摘を受ける。

 

「大丈夫」

 私は少し微笑みながら、言った。

 

「別にこのあと、何も食べなければいいんでしょ」

 

「……は?」

「ちょっと早めの夜ご飯、ってね」

 

 少しおどけたように言ってみせる。

 

「……タダ飯食おうとしてるだろ」

「正、解」

 つまりそういうことだ。

 

 亮の恨みがましい視線を受け流しつつ、傍を通った店員を呼び止めて注文を済ませる。

 

 まぁ、亮の思っていることは、多分若干違う。

 

 タダでご飯を食べようとしてるのは間違いないけど、それは別に私の私欲のためじゃない。シンプルに、食べなきゃ飢えるから、ただそれだけ。

 

 今日はこの時間にタダでたくさん食べられることがわかっていたから、なんにも食べてない。だからかなりお腹が空いていて、さっき頼んだくらいの量でも多分食べることができる、気がしている。現実的に考えると、逆に無理なんだろうけど。でも食べたい。こんなに食べれることってないし。

 

 十分程して、頼んだものが全部揃う。食べ始める前に亮の方を見ると、何も頼んで無いようで、そっちには何も届いていなかった。

 

「食べないの?」

 聞くと、

 

「出費が想像以上でな」

 皮肉っぽい返事が返ってきた。それには何も返さず、黙ってコーヒーを一口啜る。

 

「そういえば、最近足の調子はどうなんだ?」

 突然聞いてくる。

 

「見ての通りよ。松葉杖がなくても歩けるくらいには回復したけど、まだちょっと痛むわね」

 とりあえずそう答えておいた。

 右手がかなり痛むから、足の痛みがあんまり引いていないにも関わらず松葉杖を手放した、というのが本音なのだけれど、わざわざ言う必要もないだろう。

 

「そうか。……なんていうか、大変だったろ」

「そうね、結構」

 

 言ってから、パスタを一口。……なにこれ美味しい。

 

 ちなみに、足の怪我については、車との接触事故だと皆には伝えている。右手の怪我のことは、多分バレていない。言ってないから。

 

「……俺はあんまりそういう経験してないからあれだけどさ」

 亮が何やら話し始めたので、一旦手を止める。


 

「ずっと、辛かっただろうな、って思う」


 

 からん、と大きな音を立ててフォークが手から滑り落ちた。


 

「ずっと1人で、誰にも言えなくて」

「……ねぇ」

 

 息のように漏れ出たその声は、自分でもわかるくらい、どうしようもなく震えていた。

 

「……さっきから、何の話をしてるの?」

 

 だって、今、亮が話しているのは。

 

「変だよ、亮。だって、ただ事故で足を折っただけで。……そりゃたしかに辛かったけどさ、ずっと1人って、そんなの」

「西宮」

 

 私の震えた声は、亮の静かな、けれど力強い声に遮られる。

 

「……もう、いいんだ」

 

 ――亮。なんで。


 

 なんで、そんなに悲しそうな顔をしているの。


 

「もうこれ以上、苦しまなくていい。俺だって、お前に救われたんだ。なのに、……お前だけ苦しむのは、俺だって苦しい」

「……な、にを、言って……」

 

 駄目。それ以上、言わないで。

 

「見たらわかるよ、西宮。お前がまだ、苦しみの中にいるってこと」

 

 それ以上、言われたら……。

 

「だから、今度は俺がお前を助けたいんだ」

「……っ!!」

 

 堰を切ったように、留めていた感情が溢れ出す。

 

「仕事」の苦しさと底なしの孤独、痛みとの闘いの日々、両親を奪われた日の絶望。

 

 この人なら、きっと――。

 

「……あのね、亮」

 感情に任せて、すべてを告白しようとしたときだった。


 

 ――どくん


 

『誰かにこのこと、ちょっとでも言ってみろ。――今のより、痛い目見せるぞ』


 

「……っ!」


 

『……私にできることがあったら、何でも言ってね』


 

「西宮!?」


 

『――ゾクゾクする』


 

「あぁっ!!」

 がたん。

 痛い。……痛い?……亮が上にいる。いや違う。――落ちたのか、私。

 

「西宮!?どうしたんだ!」

 亮の慌てたような声。少し遠くから響いてくるような声。

 

 私は目の前に、()()を見ていた。

 

「どう……して」

 掠れた声が、かすかに鼓膜を震わせる。

 

「私は、ただ……」

 ただ怖かった。その瞬間、目に見えない()()()に、私は怯えていた。

 

「落ち着け!」

 亮の鋭い声が、空気を揺らす。

 

 

 ――なんだなんだ、泣かしたのか?

 ――どーせ痴話喧嘩とかでしょ。他所でやれっての。


 

 迷惑そうにしている周囲の声が、鼓膜に飛び込んでくる。しかし、それらすべてをかき消すくらいの力強さが、亮の声にはあった。

 

「大丈夫だ、ほら、ゆっくり息を吸って」

 背中に手が置かれる。温かなその感触に促されるまま、私はゆっくりと息を吸った。

 

「吐いて」

 ゆっくり息を吐き出した。

 

 肺の中の空気を全部出しきると、ふっと肩から力が抜ける。

 

「……落ち着いたか?」

 優しげな声で、亮が言う。

 

「……ごめんなさい、急に。もう、大丈夫、だと思う」

 ゆっくりとそう返すと、

 

「そうか……」

 変わらず優しい声で亮が呟く。

 

 そして、

 

「さて。……一旦出るか」

 と、亮は続けて言った。合わせて周りを見回すと、私達の周りに、人はいなかった、まるで腫れ物を扱うみたいに、皆遠巻きにこちらを見つめている。

 

 ――ごめんなさい。でも、仕方がないの。

 

 内心で人々に詫びながら、私は亮についてそっとカフェを出た。




 

「さっきはごめんなさい、急に取り乱しちゃって」

 カフェを出て、しばらく歩いてから、私は亮に謝った。

 

「いや、別にそれは気にしてないが……」

 そう言って亮は少し口ごもり、何かを言いたげにこっちを見やった。

 

「……ごめん、今はまだ、言えない」

 

 少し間をおいて、言った。亮が何かを言おうとして口を開いたけど、

 

「でも」

 それをすぐに遮って、続ける。

 

「でも、……いつか必ず、言うから。その時まで、待っててくれる?」

 亮は少し驚いたように目を見開いた。しかしすぐに、

 

「……ああ」

 表情を戻して頷いた。

 

「それじゃ、今日は帰りましょうか」

「そうだな」

 

 頷き合うと、私達は帰路についた。

 

 

 *    *    *


 

 少し、疲れた。

 

「仕事」以外で外出するのが案外久しぶりで、身体的というよりも精神的に疲れた感じだ。

 

 今日はたくさん食べられたし、帰ったらすぐ寝ようかな。

 

 そんな事を考えながら、ドアの前に立つ。

 鍵穴に鍵を挿してひねると、手応えが一切なくて、少し違和感を覚える。

 

 そっとドアを引っ張ってみると、すんなり開いた。

 

「……開いてる?」

 閉め忘れたのだろうか。別に泥棒に入られてても盗まれるものなんて無いから怖くはないけど、次から気をつけようと思う。

 

 ドアを開いて、玄関で靴を脱いで、そして、


 



 

 そして私は光を浴び、闇に呑まれた。

 

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