名誉ある努力祭に招待されたんだけど、演出だけで乗り切ります
王都修行祭――
それは、年に一度、修行者たちの努力と成果を讃える盛大な祝祭。
格式と伝統を誇る一大イベント……のはずだった。
だが、近年はどうにもお祭り感が強まっており、気がつけば派手なパフォーマンス合戦に化している。
そんな中で――俺が、特別演武枠で招待されてしまった。
(いやいや、おかしいだろ……)
カイル・セレスティア十八歳。
努力嫌い、修行嫌い、だが演出スキルで修行神扱い。
しかも最近は“実体化する演出”まで使い始め、もはや自分でも何者なのか分からなくなってきていた。
「本当に……出るんですか?」
リィナが控室の隅から、不安そうな声をかけてきた。
白と金を基調にした装飾。修行祭専用の演武衣に身を包んだ俺は、どう見ても立派な“達人”の風格が……出てしまっていた。
ただ立ってるだけなのに、エフェクトの演出光が勝手に身体を包んでくるせいだ。
「……行ってくる。座ってるだけだけどな」
俺が自嘲気味にそう言うと、リィナは小さく笑った。
「きっと、それで十分です」
その一言に、少しだけ背中を押された気がした。
※※※
演武会場に足を踏み入れた瞬間、凄まじい歓声が耳を打った。
「おおおおおおおお!! 本物だ! 修行神カイル様だ!!」
「今日こそ拝めるぞ、炎鳥の祝福!」
「この目で! あの瞑想を!!」
(……いや俺まだ、何もしてないぞ?)
中央の石舞台に立つだけで、観客席は大歓声。
俺の周囲には自然とスキル演出が発動し、淡く金色に光る波紋が地面を走っていく。
演武のテーマは《三重波動瞑想》。
要するに――俺が座ってるだけで、火の鳥が空を飛ぶパフォーマンスが発動するやつだ。
(……やるしかねぇ)
深呼吸。
ゆっくりと胡坐をかき、目を閉じる。
次の瞬間、スキル《修行演出》が起動した。
足元から光の輪が浮かび上がり、舞台全体を包むように広がっていく。
頭上では、幻影の焔鳥が翼を広げ、旋回しながら優雅に舞い降りてきた。
「きたっ……炎鳥の祝福!!」
「これだけで、体内魔力の流れがよくなるらしいぞ!」
「さすが修行神……ただの瞑想が、神域の儀式になってる……!」
まるで奇跡を目の当たりにしたかのような熱狂。
なかには感極まって涙を流している人すらいた。
けれど俺は、その中に紛れた違和感に気づいていた。
――観客席、東側最上段。
一人だけ、誰とも目を合わせず、歓声にも反応しない人影がいた。
フードを深くかぶり、灰色のローブを纏ったその人物は、ただじっと、こちらを見つめていた。
(……来たか。修律会)
その視線は、観客でも、崇拝者でもない。
ただ冷たく、評価するような眼差し。
まるで、「それが本物かどうか」を見極めるように。
※※※
演武は滞りなく終了し、俺は控室に戻っていた。
終わった瞬間、あのフードの男は姿を消した。
誰にも気づかれずに、音もなく、霧のように。
(俺の演出を見に来た……いや、次の準備か?)
そんなことを考えていると、リィナがそっと控室に入ってきた。
「お疲れ様です、カイル様」
「おう……ありがとな。なんか、すごい人の数だったな」
「はい。でも、誰よりも堂々としてましたよ」
「……いや、座ってただけだし」
そう言うと、リィナは微笑んで首を振った。
「座ってるだけで、あれだけの人を動かせるなんて、普通はできませんよ」
「……」
なんていうか、ありがたいけど、申し訳ない気もする。
でも、こうして信じてくれる人が目の前にいると、それだけで演出だけの自分が、少しだけましに思えてくる。
「なあ、リィナ」
「はい?」
「もし……俺が、演出だけのペテン師だったって分かったら、どうする?」
その質問に、リィナは一瞬目を見開き、でもすぐに柔らかく微笑んだ。
「それでも、演出だけで人を救った修行者として、わたしは尊敬します」
「……マジか。お前、ちょっとズレてるな」
「よく言われます」
二人で、ほんの少しだけ笑った。
そんな穏やかな空気の中――
控室の窓の外を、ひゅう、と冷たい風が通り抜けた。
※※※
その夜、王都の裏通りにて。
人気のない廃神殿の前。
ひとりの男が、石畳をゆっくりと踏みしめていた。
「演出は……本物に至れるのか?」
呟いた男の手には、黒銀の刃――《呪具・言切り》。
「ならば、次は――演出では防げぬ破壊を見せてもらおう」
フードを深くかぶり直し、男は夜の闇へと消えていった。
《修律会・実行部隊》。
その牙が、いよいよ剥かれようとしていた。