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俺の能力はあくまで演出‥‥‥そのはずだったんだけど

 空気が、冷たい。


 いつもの修行場。いつもの石板。いつもの“演出修行”。

 だけど、今日はどこか違っていた。

 風の匂い、音、人の気配――全部が、張り詰めた糸のようにピリついている。


「カイル様、今日の空気……ちょっと変ですね」


 隣にいるリィナが不安そうに眉を寄せる。


「ああ。俺も、なんか嫌な感じする」


 演出スキル《修行演出グレートエフェクト》は通常通り発動中。

 足元に淡い橙の光、周囲には細かい火の粉のような粒子が舞っている。

 穏やかで、美しい“見せかけの修行”。

 けれど、その空気を突然、鋭く断ち切る声が響いた。


「カイル・セレスティア。仮制裁対象の通知を受け取っているか?」


 背筋がぞわりとした。


 振り返れば、広場の入り口に男が立っていた。

 長身で、灰と黒のローブを纏い、顔の下半分を仮面で覆っている。目だけが冷たく、鋭い。


 《修律会》――努力至上主義を掲げる秘密結社。

 その調整官、ノイ・ラゼルだった。


「……いや、受け取ってねぇな。何の話だよ」


「前回の通告に応じなかったため、現場制裁の範囲での実地調整が許可されました」


「実地調整……ってつまり、殴る気かよ?」


「正確には、真の修行者との“価値の衝突”です。……始めましょう」


 ノイが手を上げると、彼の背後から数人の男たちが現れた。

 全員がローブ姿で、魔法杖や武器を携えている。


 俺とリィナの周囲を囲むように配置され、逃げ道は封じられた。


「ちょ、ちょっと待て! なんで俺が囲まれてんだよ!? 俺、戦えるわけねーぞ!」


「我々の目的は、あなたの“演出による影響”を確認することです」


「影響だと?」


「あなたの行動が、本物の修行者に与える影響は甚大です。たとえば彼女――」


 ノイは、俺の隣にいたリィナに視線を向けた。


「彼女はあなたの偽りの修行に感化され、すでに自らの鍛錬を逸脱しています」


「は? 逸脱って何だよ、それ。あいつは――」


 言いかけたときだった。


「貴様……なぜ私の妹を騙した?」


 ローブの一人が、フードを外す。


 現れたのは、鋭い目つきの青年だった。

 細身で整った顔立ち、リィナにどこか似ている。


「……兄さん!?」


「やはり、リィナ……!」


 彼の名は、リィナの兄・ルネ・エルフェリア。

 エルフェリア家の長男であり、修行貴族の正統後継者。


「妹を騙し、偽りの鍛錬で心酔させた貴様……。エルフェリア家の名にかけて、俺が裁く!」


 彼の魔力が爆ぜた。

 蒼い光が迸り、地面に魔法陣が展開される。


「……おい、マジかよ……本気でやる気か?」


「さあ、実力を見せてみろ、演出だけの男よ」


 その言葉に、リィナが立ち上がり、俺の前に立つ。


「やめてください兄さん! カイル様は、そんな人じゃ……!」


「黙れ、リィナ!」


 怒声とともに、青白い斬撃が放たれた。


 それが、真っすぐリィナを貫こうとした瞬間――


「リィナッ!!」


 咄嗟に、俺の身体が動いた。


 間に割って入る。

 無意識に両手を前に突き出していた。


 そして――スキルが反応した。


 《修行演出・応用展開:真形態“焔壁えんぺき”起動》


 眩い紅蓮の焔が、俺の前に展開された。


 巨大な炎の盾――だが、これは見せかけじゃない。熱を持ち、魔力を持ち、確かに存在する。


 蒼の斬撃と、紅の焔壁がぶつかり、空間が軋んだ。

 爆風が走り、周囲の修行者たちが距離を取る。


 そして、その中心に立つ俺だけが、地に足をつけたままだった。


「……あれが、演出スキル……だと……?」


 ルネが呆然とつぶやく。


 俺は、その手にまだ暖かさを感じながら、前を見据えた。


「リィナは……信じてくれた。だから俺も、信じたい。ズルしてる俺じゃなくて、信じてくれる誰かのために何かするってことを……」


 震えていた手が、次第に止まる。

 炎は穏やかな灯となり、俺の周囲に立ち昇る。


 静かで、強い。

 これは、もうただの演出じゃない。

 俺自身が、誰かを守りたいと思ったとき、スキルは本物になる。


 これが、俺の――


「これが、努力っぽく見せていただけの俺の、最初の一歩だ」


 その言葉に、ルネも、ノイも、誰も言葉を返せなかった。

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