熊さんは魔物ではないようだ
俺はジニーの手首を持って、引き上げるようにして連れ立って、また、森に向かって歩く。俺の身長がジニーと同じくらいしかないためだが、重量バランスが俺の方がずっと安定しているから、十分な歩行補助にはなっている。
ジニーの素のステータスも大人並み以上にあるはずだからな。
しかし、足首から下の小ささはどうにもならず、ジニーの二足歩行は心許ないものだった。
「ジニー」
〈重力魔法使ってみ? 今ならMP心配しなくていいだろ?〉
「オヲ? オヲ?」
〈こうだったろ? ほらほら〉
俺はジニーの手を持ったまま重力魔法で浮き上がってみる。ホバリングだ。反重力クラフトだ。
ジニーも地から足が離れる。そして、浮力をそのまま維持できるようだ。
俺は軽く翼をはためかせて前進する。翼を止めると推進力が途切れて空中に止まる。
ジニーを見ると小さい翼をパタパタしている。曲がりなりにも、正に曲がりなりにも前進できている。
俺は、重力魔法を途切り、地に足をついた瞬間前に飛び上がる。こちらの方が、MPも節約できて安定して進行できるな。 俺は月面ジャンプのように軽やかに飛び跳ねながら森に入った。
ジニーは何が楽しいんだか、喜んでいるようだ。
俺たちは、仮性姉の死骸がある位置に戻った。
黒い大きな毛山が死骸を散らかしていた。
っていうか、食べていた。
ミカヅキグマ(二〇歳)
状態 産褥期
LV 一八
HP 四三〇
MP 八
強 五二一
速 五二
賢 一九
魔 〇
耐 八一九
運 二〇
スキル
爪落とし
意識せず鑑定を使ってしまったが、ステータスが見える。
〈魔物ではありませんので鑑定できます〉
ナビーネによって明かされる衝撃の真実!
魔物は鑑定できない!?
〈魔物は「索敵」からの進化で「看破」という能力でステータス確認ができます、〉
〈「索敵」? それ、持ってない!〉
〈貴方は耳で敵を察知しているので、間違いなく近いうちに「索敵」は発生することでしょう〉
〈おお、心強い予測をありがとう〉
まあ、それはそれ、ミカヅキグマは俺たちに気づいても、食事に勤しんでいる。
俺は、翼に干していた衣類を収納して、もう一つの遺骸である仮性姉の頭部に近づいた。その挙動はミカヅキグマには許しがたかったようで、猛然と向かってきた。
熊は自分の間合いに俺を入れたら立ち上がり、前足を振り上げ、そしてぶっとい爪付きの指を振り下ろしてきやがった。
俺は爪の軌道を見極めながら躱す。地面が土ぼこりを上げて深く抉れた。
これが「爪落とし」ってスキルか、スピードも破壊力も大したもんだ。
仮性姉を倒す前なら喰らってたかもなあ。
俺は尻尾を背中に振り上げ、熊の顔の横に飛び上がる。
そしてふりおろしっぽを顔側面に叩きつける。熊はバランスを崩し地に倒れ伏した。
頭を横に振りながら四つん這いになって、熊は俺から飛び跳ねるように距離を取る。これ以上は攻撃してこないようだな。魔物との違いはこういうところか。
仮性姉の頭部がある場に戻る。仮性姉の頭は特徴的で、角や歯型で明らかに竜人だと判明してしまうだろう。
これをこのまま骨にして晒しておくわけにはいかない。俺は仮性姉の頭部の下の地面の中に空間切断の座標を四角形に設定する。そして、その真上に同じ大きさの空間切断の出口を設定する。重力で、地面の下の土が姉の死骸の上空間から降り注いでいる。降り注いだ分、姉の死骸が埋もれながら沈んでいく。
おっと、姉の死骸が上から落ちてくる前に空間設定を解除しないとな。
六〇センチは地に潜っただろ。
次に俺は狼の残骸を収納することにする。
ボス狼は半分半分になって丸々残っていたので、そのまま亜空間行きだ。
他の狼は毛皮から肉を引き剝がしながら、焼いていたので原型をとどめていない。それも、細切れになっていない物は収納していく。
残りがないか倒木の下を探しながら歩いてみて、熊がこちらを見たまま動いていなのに気づく。
なんだよ! 食っていいんだよって、むしろ残してもらうと困るんだけど。
俺は狼の足を拾い、皮を剥いで熊に見せつけるようにして、姉の死骸の食い散らかし群に放り投げると、熊はちらちらとこちらを伺いながら、姉の死骸に戻って食事を再開しはじめた。
俺はジニーのいる場所に戻り、亜空間収納からスパッツとズロースを出す。まだ、湿っているが、身に着けてベチャベチャする訳ではないのでジニーに着付けを試してみる。普通に着たり履かせたりは出来ないので、まずはズロースをくるくる回しながら、ジニーにあてがってみる。
ジニーには翼があるので、思案を巡らせる。
そして、閃いた、
まずは翼からズロースを逆さにして、胴を通す穴を先に抜いて、足が通る穴に翼を通す。もう一方の穴に頭を通す。
翼を通した穴から両腕を出す。
これでぎりぎり、裾になった部分で股間を隠せる。 尻は半ケツだが。
俺はスパッツを空間切断で、股下、足の部分を切り取りズロース同様に着せようとする。
「イハー、イハー」
〈なんだ、嫌か? 着ぐるしいか?〉
確かに、腕が、いや、脇が窮屈そうだ。
〈不満を口にできるのは良いことだ。今後もちゃんと意思表示しろよ〉
もう一度脱がし、翼・腕の穴をカットして広げて、着せてみる。かなりマシになった。何より、元の股から腰上の部分に長さがあったから、ジニーの股や尻が完全に隠れているのがいい。
でも、宙に浮いていると、後ろが無防備なんだよなあ。ペドロリに遭遇しないことを祈ろう。
ジニーは静かにしている。おかげで熊が食い漁っている音が辺りに響いている。
移動するか。何処へ?
標高の低い処だな。
この湖、周囲に人が住んでいない。恐らく、ここから標高のある山に向かって竜人のテリトリー内か、禁忌の場所なのだろう。その逆方向に向けて進むのが良いのだろう。
俺は、森の外に出て、ジニーの手を掴んで宙に舞い上がった。
高度を取るために重力魔法を使うと、上に昇るほどにMPを消費する。
周囲を見回して地形を確認すると、すぐに湖出口が分かったので高度を落とし、その方向を進路とすることにしよう。
草原には獣の通って筋道ができており、湖出口に向かった道もあった。
俺たちの歩みは順調なはずだ。けもの道が開けているうちは徒歩で移動し、草や低木が鬱陶しくなったら宙に浮いて前進し、急斜面があれば翼と浮力で踏破し、崖や谷に阻まれれば同様に飛翔や滑空でショートカットすればいいのだ。
しかし、それを脅かす不安が迫ってきた。あのミカヅキグマがついてきたのだ。
なんか咥えてるし。肩甲骨と肋骨、そして収納したはずの翼の名残りのような小さな関節付きの背骨だった。
明らかに竜人と判るその部分を俺の犯行現場から引き離してくれるのはありがたいけど。
熊よ、それどうするつもり? どうしたいの?
俺たちは立ち止まって、熊を傍観する。熊もこちらと距離を取って立ち止まり、座り込む。背骨を両腕?前足で挟むようにつかんで、ろっ骨をかじり取って食べ始める熊。
「ジニー!」
〈これ、んなものに興味を持つんじゃありません〉
熊に向かってふらふら飛んでいこうとするジニーの裾を掴んで引き戻す。
熊は何を思っているのか、残りの骨付き肉をこちらに向けて差し出すように地に置いた。
うん、まあ美味しいよねスペアリブ、豚じゃないけど。俺も食ったよオオカミだけど、食感良かったよ。
そういや、まだあったな亜空間収納に。
俺は亜空間を開いて、狼の肉付きろっ骨をポクっと折りながら取り出す。
「ジニー」
〈ほれ、お前はこれをかじりなさい。共食いはあの魔真珠が最初で最後だ〉
涎を垂らすジニーに骨付き肉を渡す。一本しか与えないのは、腹は減っていないはずだからだ。
ジニーは生肉をしゃぶる様に口に入れようとする。顎の形が変わってしまったせいか、竜の時のように噛り付くことが難しいようだ。
「ジニー」
〈骨ごと丸呑みはもうできねえぞ。ちっとずつ肉だけ齧るんだぞ〉
熊はと言えば、翼の元?をむしゃむしゃ食べている。
俺たちは湖出口に向かって歩く。ジニーの歩行練習もかねてゆっくりと進む。
熊はやっぱりついてくる。
前世の山岳部だかワンダーフォーゲル部の大学生が山中で熊に襲われた時も、最初はついてきてるだけだったようだが、テントに入っているうちに荷物を荒らされるようになって、ついには一人ずつ食われていったんだよなあ。
あれは最初、熊は人間を警戒していたのだ。だが、次第に人間の防御力・攻撃力が大したことがないことを熊が理解してしまって、安全な食い物だと認識してしまったんだ。悪い意味で熊が人に慣れてしまったのだ。
こいつも、俺たちが隙を見せるようになると、また襲ってくるのかも知れない。まあ、そうなる前に逃げるのは、俺たちなら簡単だ。俺達には空という退避場所があるからなあ。
空から数回の空間切断移動で一瞬で距離を取ることが出来る。このミカヅキグマが何のつもりでついてくるのか判らないが、警戒を解かなければ問題ない。




