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8 出発前夜

 昼のうちに書いておいた分が完成したので、今日は二話投稿。大まかなプロットはありますがほぼ書きながら考えているので、非常に楽しい……!

 あと、投稿していた話の用語が少しだけブレていたので、一部修正しました。

「うっま!」


 じゅうじゅうと脂を(した)たらせる穴鹿(タルマン)の肉を頬張りながらアレンは叫んだ。

 普通の鹿は脂身が少なく固くなりがちだが、こいつはその歯応えを残しながらもしっかりと脂が乗り、とてもうまいのだ。料理の腕の確かなミリアムが手間暇かけ、しっかりと香辛料(スパイス)を効かせてオーブンでじっくり焼いた穴鹿(タルマン)だから、尚の事であろう。


 ふふふ、存分に喰らうがいい。目をかっと見開き、舌だけではなく口内の感覚全てで味わいながら(むさぼ)るように食べるアレンの姿を見て、私は思わず満足そうに頷いた。


 大きく切られた肉は軽く焦げ目がつくように焼かれ、温められた皿の上に乗せられて、私が食べるのを今か今かと待ち構えている。淡い色のソースをドレスのように身にまとっていて、私の期待感を更に煽る。

 白ワインか(ビネゲ)か、それとも別の何かか。ワクワクさせてくれるじゃないか。

 部屋の中に立ち昇る香ばしい匂いに誘われるようにナイフをスッと入れ、口へと運ぶ。


 まずやってくるのは野味(やみ)。極めて健康的に生きてきたであろう力強い肉のうまみが私の舌をガツンと揺さぶる。けれども決して荒々しくはなく、噛みしめるたびに圧倒的な満足感を持って魂を満たしてゆく。

 そこに上質な脂が舌全体に広がり、焼けた肉の香ばしさが豊かな香辛料の風味とともに駆け抜け、鼻孔をくすぐる。ああ、たまらない……。

 それだけでもうまいのに、圧巻なのはこのソースだ。それらをまとめ上げるだけでなく、引き上げ昇華し、別の次元へと導いていた。

 このバランスのとれた甘みと酸味は……。


「アプラウか!」

「はい。お師さまが買ってきたであろうアプラウの実が鍋の横に置いてあったので、使わせていただきました」


 そういえば鍋の蓋を開けるとき脇に置いてそのままだったな、忘れていた。ともあれ、このような変化を遂げるとは嬉しい誤算である。買ってきて正解だった。


「ミリアムの料理はいつもうまいが、今日のは一段と手が込んでいて凄いな」

「お師さまが無事に帰ってきたお祝いもありますし、お客様もいらしてますので腕によりをかけました」


 そう言うと軽く力こぶを作るようにして、はにかみながら彼女は笑う。ううむ、かわいいやつめ。

 一方言及されたお客様(アレン)はというと、「うめえ! うめえ!」と繰り返しながら肉を口に運ぶだけの機械と化していた。

 ああっ、感激するのはわかるが肉汁をこぼすな!


「アレン、忘れず一緒にリコの葉も食え。消化を助ける。他の付け合せも残すなよ」

「わかってるよ! それにしてもおっさん、いっつもこんなうまい物を食ってるのかよ!」

「馬鹿を言うんじゃない。普段はもう少し質素だ。今日は臨時収入があったからな」

「なら俺のおかげってことだな!」


 彼はそんなことを言うとミリアムにおかわりを要求し、更にもりもり食べる。確かにそういった側面もあるが、こういう言い方をされると何だか腑に落ちない。うむむ。


 そんな気持ちを払拭するかのようにスプーンを手に取ると、スープをすくって口をつけた。

 あっさりとした塩味が、やや脂っこくなってきた舌を洗い流す。ただの塩味ではない。たっぷりの野菜と味の染みた腸詰め、そして新鮮な兎肉を使った滋養満点のスープだ。例の鍋に入っていた中身をアレンジしたであろうそれは不快な雑味やちぐはぐさ(・・・・・)とは無縁で、十分穴鹿(タルマン)の肉を支えるに相応しい味となっていた。


 至高の料理に舌鼓を打って心も胃も温かくなり、私の皿がほとんど空になったころ、ようやくアレンがその手を止めて、ひと心地ついたように大きく息を吐いた。


「もう食えねぇ」

「三回もおかわりすれば当たり前だ。気に入って貰えたようで何よりだが、どれだけ食う気だ、全く」

「うまかったんだから仕方ないだろ! 食い過ぎだって言っても返さねえぞ!」

「そんなことは言ってないだろう。穴鹿(タルマン)もここまでうまそうに食ってもらえれば本望だろうさ」


 肩をすくめてそう答えると、多少ためらったような素振りを見せてからアレンはこっちに向き直った。その目は、真っ直ぐに私を見つめている。


「おっさん、こんなうまい物を食わせてくれてありがとう。依頼のことも、これも、感謝してる」

「急にどうした。食いすぎておかしくなったか」

(ひで)えな! ちょっとお礼を言っただけでこれかよ!」

「いやはやすまん。ちょっと驚いただけだ。深い意味はない」

「感謝の言葉はなるべく伝えるようにしてるんだよ。人間どうなるかわからないからさ」


 何やら思うところがあるのか、いやに殊勝なことを言う。感謝の言葉自体はありがたく頂戴するが、アレンとの最初があれ(・・)だったために、あのときの剣幕から比べると落差が凄まじく感じる。


「あんたにもだ、ミリアム。うまい料理を作ってくれてありがとう。それとごちそうさま! こんなうまい物を食ったのは初めてだ!」


 アレンはそう言うと、歯をむき出して無邪気に笑った。

 そういえば出会ってから怒った顔ばかりで、笑ったところは初めて見る。こうして見るとやはり印象が変わる。意外といい顔をするじゃないか。


「アレンさんの口に合ったようで何よりです。機会があれば、また是非いらしてください」

「ああ、そのときは楽しみにしてる!」


 和やかな雰囲気で笑い合う二人。それを傍目に、パンの欠片で皿に残るソースを完全にぬぐって口に放り込み、名残を惜しみながら咀嚼(そしゃく)する。目を閉じながらゆっくりと飲み込み、余韻が完全に消え去ったころ、私は満足して目を開いた。


「私からもありがとう、ミリアム。今日の料理も文句なしにうまかった。ごちそうさま」

「はい、お粗末様です。たまにはお師さまが作ってくれてもいいんですよ」

「すまんな。お前のように繊細な味付けは出来んのだ、私は」

「誰かが自分のために作ってくれるというものは、それだけで嬉しいものです」

「それはそうだが、自分より腕の立つものに振る舞うというのもなぁ」

「まあ私が好きでやっていることなので、いいんですけど」


 彼女は本当に気にしてなさそうにして、空いた皿を片付けていく。そして台所で洗い物をしながら、明日のことを聞いてきた。


「お師さま、明日はいつごろ出発の予定ですか?」

「明日の早朝だ。依頼者の住むシュガ村で依頼の受注報告と確認をしたあと、『碧岩(へきがん)の庭』へ向かう。帰りはいつになるかわからんが、長くとも二週間程度だろう」

「『碧岩(へきがん)の庭』……休止ダンジョンですか。わかりました、ご武運を」

「そういえばアレンはシュガ村の人間だといったな。道案内を頼むぞ」

「ああ、任せとけ!」


 胸を張って答えるアレンへと言葉を続ける。


「それと、よければ今夜は泊まっていくといい。金が入ったとはいえ、宿代ももったいないだろう」

「……いいのか?」

「どうせ明日はシュガ村へ一緒に向かうんだ。合流の手間がないぶん、逆に楽なくらいだ」

「……すまない、世話になる」

「いいさ」


 話し終えると普段は使っていない客間へと案内し、綺麗なシーツや毛布を渡す。自分で使う寝床だ、用意ぐらい自分でやらせても構わんだろう。

 アレンを客間へ残し、私は着替えを持って風呂場へと向かう。服を脱ぎ、予め洗ってあった湯船に温度を調整した『水よ(ウィ・ムト)』で湯を溜めた。

 湯を汲んで頭からかぶる。心地よい温度の湯が体の表面に付いた汚れをさっと流していく。髪を濡らし、湯船を汚さないよう手のひらで体の汚れを軽く落としてから何度か湯で流して、私はようやく湯船に浸かった。

 じっくりと体を温め、旅の疲れと垢をこれでもかと落とした。そして汚れた湯を処理して新しい湯に取り替えたあと、居間へと向かった。


 そこにはミリアムとアレンが暖炉の前に座っていた。薪の炎がゆらゆらと二人を照らす。ぱちっ、と薪が弾ける音がした。

 どうやら何か話をしていたようだ。浮いた話の一つも出てこないミリアムに限ってそんな心配はしていなかったが、間違っても甘い雰囲気になってはいなかった。そこには近付かずに、部屋の入り口から声をかける。


「悪いが先に風呂をいただいたぞ。お前も汗を流せ、アレン。湯は張り直しておいた。出たあとは装備の点検も忘れるなよ」

「あ、ああ。何から何まですまない」

「気にするな」


 アレンは少し戸惑いながらも礼をいう。口は悪いが、礼儀正しい男だ。全く、最初の勢いは何だったのか。野良犬が少しだけ懐いたような気分だな。そう思うと、私は軽く苦笑する。


「明日は早い。もう寝ろ」


 そう言うと、居間に背を向けて私は自室へと向かった。背後で燃えさしの薪がぱちりと弾けた。

閲覧ありがとうございますっ!

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……ちなみに作者も穴鹿(タルマン)喰いてェェェェェェェェっっ!!!!

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