八尺様
八尺様、という伝承が俺の故郷である田舎ではよく語られていた。
八尺様、名前の通り八尺もの……約240センチもの身長がある、白いワンピースに帽子をかぶった女性の怪異であり、それを見てしまうと魅入り、取り殺されてしまう、そんなバケモノであると伝えられていた。なんでも、子供がよく狙われるんだとか。しかも男だけ。こういう都市伝説ではなんでか男が狙われることが多い気がする。
んで、見てしまったらその日の夜にお札と盛り塩で原住に守られた部屋に閉じ込められるし、次の日にはその村から出され、以後村に来てはいけないんだという。なんてはた迷惑な話なんだろうか、田舎に帰れなくなるじゃないか。そして道に設置された地蔵で閉じ込められてるらしいんだけど、それをやるんだったら祠かなんかに閉じ込めておいてほしい。なんで村に閉じ込めるんだ被害者が出るじゃないか。
……とまあ、うん。なんだかんだと語ってきたわけなんだけども、それはもういいとして。本題はここからだ。ぶっちゃけてしまえば、たった今、俺は八尺様に出会ってしまったのだ。本当に困った話である。いやホント、困った。マジで困り尽した。なんで大学の春休みに帰省したら出会ってしまうんだ。そして、もう。何だってこんなことに……
「人のコンプレックスを遠慮なくついてくる、こんなのに出会ってしまうのかなぁ……!」
「あぁ……合法ショタ……ぐへへへへ……」
こんな、俺を膝に乗せてでっかい胸を頭に乗せてくるような、こんなのに遭遇してしまうのか……ッ!
▽
始まりは本当に、何でもなかった。ただ大学の春休みを利用してちょっと帰省して、ばあちゃんちの広縁でアイスを食っていたら、なんか生垣の向こう側に麦わら帽子が見えたのだ。正直びっくりした。なんせ、2メートルちょっとはある生垣だ。俺より70センチもたかいそれの上に、帽子である。しかも動いているので、誰かが被っているのだ。そら、少しはびっくりする。
「ほえー、背―たけー」
でも、それくらいのものだった。大学生にもなれば、関わる人間のタイプはかなり豊富になる。日本人では珍しいけれど外国人ではそれくらい身長の高い人もいるのではないかと、そう考えて気にせず視線をスマホに移した。すると、だ。猫の鳴き声と女性の悲鳴、そして転んだような音が聞こえてきてしまった。顔を上げると、実際さっきまであった帽子が見えなくなっている。マジで倒れたのだろう。
「野良猫に驚いたのか……すいませーん、大丈夫ですかー?」
さすがに少し心配になり、靴をはいて外に出る。ちょうどすぐそばに扉もあったのでそれを開け、左右を見て尻もちをついている女性を発見する。
ちょっと驚いたことに、日本人の顔立ちだった。身長とか胸とか日本人らしからぬ部位は存在したが、それを無視すれば白いワンピースに麦わら帽子の美女(日本人)って感じである。
「あ、はい……大丈夫で、す……」
と、顔を上げてこちらを見てきたその人は、なぜかその瞬間に固まった。と思えば、すこし震えながら顔がどんどん紅潮していく。尻もちついていたのがよほど恥ずかしかったのか、それ以外の何かなのか。もしかして下着でも見えているのかと邪推するも、肉付きのよい太ももが見えるだけである。
しっかし、それなら一体どうしたのか……
「ぽ……」
「ぽ?」
「ぽぽぽぽぽぽーぅ!」
なんか変な人だった。正直これ以上関わりたくない気分になってきた。ってか不審者じゃなかろうかって感じの奇行なんだけど……よし、逃げるか。
「それじゃあ大丈夫そうなんで、俺はこれで~」
即断即決。そうと決めたらすぐに逃げようとばかりに作り笑いで手を振って再び扉をくぐろうとして……
「あ、ちょ、待って!」
「おわっ!?」
なんか、後ろから抱き付かれた。というか跳びつかれて潰された。重い……
「あ、ご、ごめんなさい!すっごく好みのショタだったからつい!」
「ウオラッ!」
不思議なくらい力が出て、思いっきり押しのけられた。そしてそのまま距離を取り、
「誰がショタだこのアマッ!」
「ふぎゃ!?」
靴を脱いで顔面に投げつけた。高校時代から、俺のことをショタだと言った相手には必ずこうしている。結果それなりに肩が鍛えられたのでそこそこの威力にはなっているはずだ。実際、目の前のヤツも少しのけぞり、靴が乗ったまま固まって……
「すー、はー」
「……うん?」
なんだか、様子がおかしいぞ?
と、そんなことを考えていたら顔に乗った靴を両手でつかみ、かがんで……?
「すーはーすーはーすーはーすーはーすーはー……」
「ぎゃあああああああああああああああ!!!」
臭い嗅ぎだしやがった!ちょ、キモい!マジでキモイ!
「靴を放せえええええええええ!」
「鈍器っ!?」
と、あまりのキモさに手近にあった植木鉢をつかんで思いっきり頭部を殴っていた。ピクリとも動かなくなったので靴を回収しつつ、しかし履くのも躊躇われたため一旦家の敷地へ放り込んでおく。
「はぁ、はぁ……しっかし、反射的に殴ったけど……何なんだコレ?」
と、ひとまず動かなくなったそれを木の枝でつつき、本当に動かないのを確認してから近づく。見覚えがないということはこの辺に住んでる人じゃないはずだけど……
「ってか……死んでない、よな?」
と、変態だし死んでもいいと思っていたためか、今更ながらにそんな心配が発生していた。変態とはいえ殺人は殺人であるし、20ちょうどなので思いっきりアウトなのだ。どうしたものかと思いつつ、しかし手で触れたくもなくて……
「大丈夫ですか~?」
と、足で頭をつつく。意識を確認するには頬を軽くはたきながら呼びかけろと何かで習った気はするのだが、なんとなく足を口に含まれそうでそれができなかった。
けれど、本当に反応がないな……と次の瞬間、足がつかまれた。
「ショタの……ショタの生足……!」
「死ねええええええええええええええええええ!」
「ふごらっ!?」
再び鉢植えで後頭部を殴った。うん、大丈夫だ。なんでか知らないけど丈夫っぽいし、今殴ったところからも血が一滴も出てないし、これくらいじゃまず死なないだろう。そう考えながらそれの上に座り、ばあちゃん辺りに確認するためにも名前を聞くことにする。
「ショタに、座られてる……椅子になってる……」
「んで、変態さんのお名前は?」
「ぐへへへへへ……あ、八尺様やってます」
「……はい?」
なんとなく聞き覚えのある名前だなぁ、なんてのんきに考えていた。
▽
「はぁ……なあ変態、確認してもいいか?」
「あ、はい。なんでもどうぞ」
あの後。どうしても夢だと信じたくて50回くらい頭を殴って気絶させ車に乗せて山に埋めて墓石を置いてから元の場所で昼寝をしたのだが、まあ夢なんてことはなく目を覚ましたらたんこぶ付きの変態がいたため、ヘッドバッドをし、その後捕まり今に至る。
いやうん、さすが本物の都市伝説。力があるね。
「つまり、冗談抜きで八尺様だ、と」
「はい、八尺様ですよ。ハチお姉ちゃんって呼んでください」
「だまれ変態」
「あぁっ……!」
一々興奮されるとわかってはいるのだが、つい反射的に言ってしまう。それもこれもコイツが変態すぎるのが悪い。
……あれ、変態に捕まってるって、これかなりヤバくね?
「はぁ……なんで八尺様がこんななんだ……」
「だって、八尺様ですし」
「意味が分からん。そもそも、なんで大人しく村だけでやってるんだよ。都会でやった方が標的多いだろ。ってことで今すぐ都会に行ってこい」
「都会の子供ゲームばっかりだし可愛げがないじゃないですか。それに比べて田舎ならハンズボン、腕が出てる、日焼けあと……ぐふふふふ」
「フンッ!」
「ごふっ!?」
下から顎めがけて頭突きをしておいた。石頭には自信がある。
しかし、整理するとショタコンであり、好みのショタがみたいがために田舎にいる、と……地蔵関係ねえじゃねえか。
「まあそんなことをやってたら外に出さないために―、ってお地蔵さんで捕まっちゃったんですけどね」
「地蔵関係あったのか」
「まあこんな楽園から出ていく予定有りませんけど」
結局関係なかった。帰りに腹いせも兼ねて地蔵破壊して帰ってやろうか……や、あれのこしておけば俺の安全は保障されるのか。帰省を終えさえすればなんの危険もなくなる。
「しっかし、そう考えるとあれか?『取り殺す』ってエピソードは好み以外を殺していっていずれー、的なことを狙ってるのか?」
「あ、それは冤罪です。そもそも殺してませんし、ショタじゃないからって殺しませんし!」
「……え!?」
「そんな本気で驚かないで下さいよ!?」
なんで心外だって顔してるんだろう、コイツ。
「あぁ、その蔑む目……!」
「フンッ!」
「しひゃが!?」
どうやら舌をかんだらしい。ざまぁみろ。
「う~……だって、ショタ以外が死んじゃったらショタがうまれなくなるじゃないですか!」
「何を力説してるのこの変態」
「ロリコンにせよショタコンにせよ!だからといって大人が死んでいいはずがないんです!むしろ大人がいなくなってしまえばショタもロリも生まれず、残るのはショタやロリという称号が過去のものとなってしまった人たち……そんな悲劇、私は生みたくない!」
「黙れこの筋金入り」
「ありがとうございます!!」
ののしりながら頭突きをしたら礼を言われた。分かっていたのに、無意識に漏れてしまうこの口が惜しくてたまらない……たぶん何をしても喜ぶからどうしようもないんだけど。
しかし、不覚にも言われてみればその通りだと思ってしまった。なるほど、確かに後に残るのはそれだけである。……いや、結局ただの変態じゃんか。危ない危ない。
「あ、でも君みたいに合法ショタがいるのなら、もしかして……!」
「フン!」
「アベシ!?」
頭突きを喰らわせ、一瞬緩んだすきに抜け出す。
続けて、そのまま反転して座っている八尺の頭へハイキック。
「オラァ!」
「グベシ!?」
地面に仰向けに倒れたので、最後に思いっきり飛んで……
「死ねえええええええええ!」
「グホァ!?」
全力のドロップキック(鉛直)を腹部へ叩きこむ。しっかりと急所へ叩きこんだので、しばらく動けないだろう。
「さて、と……」
「あ、あの……転がして、一体どうするおつもりで……」
「川に流す」
「……ショタに水攻めかぁ……」
結構余裕がありそうだったので転がすから蹴り飛ばすに変え、腹部を蹴って川まで転がしていった。
なおこの川、勢いが強すぎて子供は近づくことすら禁止されている。人間の一人くらいなら川底とか岩とかにぶつかりながらどんどん流されていくだろう。
「こんなことをしても、絶対に君のもとへたどり着き、添い寝をして見せるからねーー!」
流されながらもぶれずになんかそんなことをほざいてきた。
……さて、と。バイト代はしっかりためこんであるし。
「神社でお札と盛り塩買ってくるか」
ひとまず、ざっと三年分くらい買っておけばいいだろう。寝てる間に忍び込まれさえしなければ、自前でどうとでもなりそうだし。
▽
「帰ってきたなぁ……」
大学三年生の夏休み、お盆に合わせて帰省してきた。
まあ、うん。正直に言えば、帰省したくはなかった。去年のあの変態に合う可能性を考えるとぞっとする。
だがしかし、そうも言ってられない。なんだかんだでそう言うのをしっかりとやる家系なので、避けられなかったのだ。
「まあ、春休みにお札張ったし、大丈夫だろ」
あの後、偶然通りがかったという陰陽師の女性にもらったお札。ぶっちゃけ陰陽師とか怪しいとは思ったんだけど八尺様が実際にいたし、幽霊だという式神もみてしまったために信じるしかなくなったのだが、その人曰く「怪異の類が招待されないと入れなくなる」というものなんだそうだ。
「誰かが正体するはずもないし……うん、大丈夫」
と、念のためにまだ残っているか確認してから扉を開き、中に入る。
「ただいま~、誰かいる~?」
と、ひとまず声をかけてみる。まあ誰もいないわけがないし、そんなに意味があること場ではないんだけど。
そして、ほら。実際におくからぱたぱたと小走りで向かってくる音が聞こえる。
少し待てば、ほら。白いワンピースの変態が現れた!
「おかえりなさい!」
「この世から去れ」
「ナイス罵倒!」
はぁはぁ言い出したんだけどこの変態。ってか、え、ちょっと待って。なんでここにいるのコイツ!?
「ちょ、ばあちゃん!?なんでこの変態ウチにいるの!?」
「おや、知り合いじゃないのかい?」
「バリッバリの知り合いです!」
「悪い意味でのな!」
と、ばあちゃんも現れたのでこの変態がどうしてここにいるのかを訪ねることに。いや、割と本気で問題なんだけど。
「ってか、そうだ……これの正体、知らないのか」
「八尺様だろう?知ってるともさ」
「なんでしってて迎え入れたんだよ!?」
「なんでもなにも、昔からの知り合いだしねぇ……と、ほら。料理に戻るよ」
「あ、そうだったそうだった!」
衝撃の新事実にしばらく呆然としていたが、そうもしていられないと思い出した。しばらく使う部屋に行ってお札と盛り塩をセットし、二人の元へ向かう。
「荷物おいて来たにしては時間がかかってたけど、何かしてたのかい?」
「や、ちょっと部屋にお札と盛り塩を」
「まさかの完全シャットアウト!?」
当然の対応だと思うんだが。
「あ、それはそれとしてですね。ちょっと味見してみてくださいよ。ほら、あーん」
と、なんかすぐに立ち直ってこちらへ箸をつきだしてきた。となりのばあちゃんを見ると、なんでだろう。少し不安になる。具体的にはこう、ばあちゃんからはじめて外堀を埋められて行っているような。両親と妹が来たらそちらも埋められて行きそうな。何この変態コワイ。
そして、ひっこめる気配もないためしぶしぶ食べる。悔しいことに美味しかった。変態なのに。
「どうですか?まだ私も味見してないんですけど」
「そうか、なら自分で食ってみろ」
「食べさせてくださいよ!ほらほら!」
と、箸を渡してきたとおもったらしゃがんで目を閉じ口を開いている。うーむ、さて、どうしたものか……
「……てい」
「ほぐわ!?」
ひとまず、酢を付けた箸を目に突っ込みつつ、口へ鷹の爪を放り込んでおいた。大丈夫、都市伝説だし変態は丈夫にできてるものだ。
それはそれとして、はやくこれをなんとかしないと……