トンカラトン
その風貌は、包帯男のようであった。
スタンドを立てた自転車の横に立つ、全身が包帯で覆われている謎の男。いやそもそも男であるのかもはっきりしていないのだが、まあそんなことはどうでもいい。全身包帯で覆われている存在なんて包帯男かミイラであるのだから、男のイメージでいいはずなのだ。
と言うわけで、話を戻そう。その全身包帯まみれの男は、夜の道に仁王立ちしていた。明らかな不審者案件。そんな不審者案を後押しするかのように、その手には一振りの日本刀。
普通であれば、大声で助けでも呼んで逃げ回らなければならないような状況だ。しかし、それはそれで正解ではなかったのだと私は後に知ることになる。
さて、今更ながらその存在の名前を語ろうと思う。学校帰りの夜道、私の目の前に現れたその存在は「トンカラトン」と呼ばれる、いわゆる都市伝説の一つらしい。まあ包帯男もミイラも都市伝説と変わらないし、そう大きく変わったわけではない。対処法の正しさがちょっと変わっていただけだ。
対処法を語るためにも、まずはその存在がどのように人を襲う存在であるのかを語るべきなのだろう。
私は聞かなかったのだが、全身に包帯を巻き、日本刀を持った姿で「トン、トン、トンカラ、トン」と歌いながら自転車に乗って現れるのが正しい在り方であるらしい。一休みでもしていたところに遭遇したのだろうかとは思うが、まあそれは気にしない方向で。
そんな怪人包帯マン。人に会うといきなり「トンカラトンと言え」と言ってくる。ここで言われたとおりに答えればどっかに消えるそうだが、言わないと刀で斬り殺されてしまう。あまりにも唐突過ぎるだろう、なんでもありか都市伝説は。都市伝説だから何でもありなのか。
まあ、そうして切り殺されてしまった結果。そこに残る死体は全身に包帯を巻かれ、新たなトンカラトンとされてしまうのだそうだ。
なお、派生形として相手が何も言わないでいるのに「トンカラトン」と答えてしまい、「俺はまだ何も言ってない」として斬り殺されてトンカラトンにされてしまう、トンカラトンが集団で訪れてきて「トンカラトンと言え」と言われその通りにしたのだが最後尾にいた一人が「俺は言っていない」なる屁理屈をもとに斬り殺してくるなど、それはまあ理不尽なパターンが存在しているようだ。本当に、理不尽の塊である。
しかしまあ、調べてみるとそれなりに有名な都市伝説である様子なので各人でも対処ができることだろう。そんな存在と遭遇してしまった私について、その後どうなったのかといえば、だ。
「ほら、腰が入っていない!力があるからそれでもいけるのかもしれんが、技術を持ってる人間には一生勝てんぞ!全身で振るえ、全身で!」
「トン、カラ!トン!カラ!」
「一丁前なのは声だけか!」
「おー、やってるやってる」
その根性を叩きなおすため実家の道場にたたき込んだトンカラトンを、はたから観察していた。
▽
女子高生が一人で出歩くには少しばかり眉を顰められる時間帯。部室の片づけに手間取ったが故に、私はそんな時間に帰路についていた。
私個人としてはこの時間帯にランニングをすることもあるためそう怖くはないのだが、それを誰にでも期待するのは違うだろう。そんなわけで後輩数名を家まで送っていたため、さらに遅くなってしまっていた。
まずないとは思うが、家族に心配をかけてしまっていたらと考えると不安になるものだ。
「まあ、あの父さんに限ってそれは無いだろうが……」
母さんについては、少々怪しい。何がどうなったらあの父と結婚しようと考えるのか、生涯解けない謎になりそうなほど正反対な人だ。まず確実に心配しないであろう父に対して、確実に心配し尽くす母。
うーむ……不安だ。
「……あんまり遅くなって泣きつかれてもあれだし、急ぐか」
家についた瞬間、エプロンに涙目の母が玄関で待っている。そんな光景、17になる娘としては何としても見たくないものだ。肩にかけている荷物の肩ひもをしっかり握って固定し、軽く走る。学校指定の靴は走るのに向いていないことと一応スカートなために全力では走れないが、それでも歩くよりはよっぽど早い。直線的に進み、十字路を右へ。さらに進んだ先で左に曲がって……
「……うん?」
その先に、奇妙なものを見た。
まず奇妙なものの一つ目として、道路のど真ん中に止められている自転車である。さすがに、どんな世界でも。道路のど真ん中に自転車は止めないだろう。これが小学生用の自転車であればいざ知らず、高校生や大人が乗りそうなサイズの自転車だ。そのためおかしなもの……というよりは、常識はずれなもの、なのかな?まあそんな感じである。
そして、二つ目。これさえなければ一つ目も放置自転車として自分の中で処理できたのだが、生憎しっかりとセットでそこにいた。
果たして私は、その光景を表す言葉を持っているだろうか。どこか冷静にそう考え、思いのほか早い段階で結論は出た。故に、はっきりと。その光景を、日本語にしてしまおうと思う。
闇夜の中、道路の真ん中に止められた自転車。その横には、日本刀を携える包帯男がいた。
とまあ、こんなところだろう。うん、我ながら目の前の光景をはっきり表わせていると思う。
「トン、カラ、トン」
「うん?」
と。私を認識したかのようにこちらを見ると、包帯男はそう言った。まだどこか心の中で病院から抜け出した患者さんという説を唱えていた私の提案は、この奇妙な発言でそれなりに潰れたものとみていいだろう。いや、まだちょっと頭がおかしい人という説もあるけれど、そんなものが日本刀を持ちだしている状況はまあホラーじみている。
「トンカラトンと、言え」
「いや、唐突に言えと言われましても」
極々自然な反論だと個人的には思う。いや、普通の反論だろう。困惑する以外にどんな選択肢があるって言うんだ。このまま無視して立ち去っても大丈夫なものだろうか、後々ニュースか何かで見てしまったら後味悪いなぁ、と思っていると……
「トンカラトン、と……」
私の返答が気に入らなかったのか。左手に握っていた日本刀、その柄を右手でつかみ、そのまま引き抜く。該当の下輝く鈍い光が、それがまぎれもない本物であると主張している。
「言え!」
鞘を捨て、片手で握るそれを振りかぶる。型も何もありはしないが、彼にしてみればそんなこと関係ないのだろう。何せこちらは無手であり、自らの手中には命を奪うに足るだけの武器がある。飛びかかってくる動きからして身体能力もかなりのものだ。
考えつつ、右に動いて避ける。避けて終わるのではなくさらに足を動かして距離を置き、しかし視線だけは包帯男から外さない。邪魔になる鞄は放り捨て、もう一つの荷物を眼前へ持ってくる。急いで取り出せ、しかし焦るな。肩にかけていた筒状のそれを開き、中身を握って引き抜く。ちょうどそこで包帯男が体をこちらに向け、再び飛びかかってきた。もう一瞬欲しい、そう考えるのと同時に先ほどまで竹刀が入っていたケースを投げつけた。立ち止まり、邪魔だと言わんばかりに刀を叩きつける。二つに分かれるケース。空中にあるものを一刀両断にするなど相当な技術が必要なことだが……
(いや、それはないな)
警戒すべきは日本刀の方。包帯男などと言う意味不明な存在が持っている日本刀だ、普通じゃなかったとしても驚くことではない。
深呼吸を一つ。
靴、動きづらいがこのまま。足裏の痛みは著しく集中力を奪う。
スカート。この後の動きによっては恥ずかしいことになるかもしれないが、気にする余裕はない。眼前のコレ以外人影はないので許容する。
道場外で竹刀を振るうことについて。命の危機だ知ったことではない。
息を吐く。足を前後に開いて、剣先は包帯男ののどへ向ける。声を上げようとして、時間と場所故にやめた。
包帯男が動く。こちらの構えに合わせてか構えらしきものを取り、やはり型も何もない突撃。切り結ぼうか、いやあの刀の切れ味は普通ではない。手元の動きで相手のタイミングをずらし、刀の腹を横から叩く。一歩大げさに踏み込み、重心が後ろへ移動した包帯男を押す。バランスを崩しながら押されるままに後退。困惑するようにしているところへ間髪入れず踏み込み、近づく。困惑したまま刀を構えてきた。そうだ、それでいい。
はっきり言ってしまえば。この包帯男について恐ろしいのは『日本刀』ただ一つだ。それ故に、狙うのはこの日本刀を奪い取ること。しっかり握れていないうちに刀へ竹刀を絡め……一気に、上へ崩す。
巻き枝とか巻き上げとか、そう呼ばれる技術。竹刀に竹刀を絡め、上げる動きによって相手の姿勢を崩すそれ。父さんに始めてやられた時それはもう驚いたのだが、これを上手くやると……
「トン……!?」
竹刀が、真上に吹っ飛ぶ。
あまりの鮮やかさに魅せられ、少々無茶を言ってやり方を教えてもらった技術でもって日本刀を弾き飛ばし、
「カラッ!?」
無手になった包帯男へ向けて、竹刀を振り下ろした。
「ふぅ……」
割と手加減せず叩きつけてしまったのだが、うずくまって痛がっているだけのようだ。よって気にしないことにする。道路に突き刺さっていた日本刀を引き抜くとそれなりに刺さっていた割にはするっと抜ける。切れ味が普通じゃないのは予想通りだったんだなと判断して同じく落ちていた鞘を拾い収める。
包帯男はまだ痛みに悶えている。竹刀とまとめて右手に持ち、真っ二つにされたケースも拾い上げる。肩ひもを外し片方で二つを束ね、もう片方で自転車へ固定。こぎ辛いこと間違いなさそうだが仕方ない。放った荷物も拾って前かごに積んだ。
「ト、トンカラ……?」
「ああ、復活したか。タイミング的にはちょうどいいな」
サドルにまたがり、ペダルへ足をかける。そのまま漕ぎ出して……包帯男の横を通り過ぎ、家に向かう。
「トン!?」
困惑の声が聞こえ、続けて走ってこちらに向かってくる気配。チラッと見るとそれなりに足が速い様子なのでより早く足を動かす。人通りも車通りもまるでないのをいいことに鞄へ手を突っ込んでスマホを取り出し、家の番号へ。
『どうした』
「出だしからそれはやめてって言ったよね父さん」
母さんが出ていたら心配を解消するのが大変だった気もするので、正直助かる。
「まあ本題なんだけど、なんか日本刀振り回してる包帯男いたから連れて帰るね」
『わかった、道場の方で準備しておく』
さて、どれくらいの期間で根性叩きなおせるだろうか。
▽
「ずいぶんとしごかれたな、トンカラ」
「ト……トンカラ」
スポーツドリンクのペットボトルを差し出しながらそう言うと、トンカラトンは礼を言うように頭を下げつつ受け取った。いつまでたっても不思議で仕方ないのだが、コイツは包帯を解くこともなく飲み物も飲むし食べ物も食べる。とはいえ不思議なだけでもう見慣れた光景なので、汗を拭きながら隣に腰を下ろした。
「それにしても、ここしばらくは鍛錬に本気じゃないか。何かあったのか?」
「トン……トン、トトン、トンカラ」
「ふむ、実感が出来てから楽しくなってきた、と。分かるよ、私もある時自分が成長していると実感してから武道の鍛錬が楽しくなった」
実家がそうだからと無意味に鍛錬していた自分は、ある日を境にいなくなった。剣道の鍛錬の中に成長の楽しみを知ってしまって以来、父から教わることのできる武道に次々と手を出し……
「結果として、こんな女らしさの無い成長を遂げてしまったのだがな。いやはや、人生とは難しい」
「トンカラトン」
「そんなことない、だって?はははっ、お世辞でもうれしいよ」
その言葉は嬉しいのだけど。そう言ってくれたとしても、私はどうしようもなく私なわけで。
「そう言えば」
「トン?」
「君はトンカラトンという都市伝説で、あの日本刀で切った相手を同族にする存在……だったな?」
言いながら思い浮かべるのは、父に預け保管してもらっている日本刀だ。彼が技術を得たのなら返すつもりである。
「カラ」
「では今も、私を同族にすることが目的なのか?」
「カラ……カラ?」
うーんどうなんだろう、みたいな返答をされてしまった。
「ふむ、ではあの時私を襲ってきたのは偶然だった、ということかな?」
「トンカラ、トン」
「なるほど、遭遇しちゃったしやるしかなかったわけか」
続く言葉を聞いた感じでは、だから望んでやっているわけではないけど一度ターゲットにしてしまった以上。いつかは、と言う感情はあるらしい。都市伝説も大変なものだ。
「では、うん。父から君に日本刀を返す許可が出た時には、再び一戦交えるとしようか。あの時の再戦だ」
「トンカラカラ?」
「いいのか、だって?もちろんだとも。ただし、その段階まで技術を得た相手があの日本刀を持って来たら勝ち目がまるで見えないから、防具を付けて竹刀を使って、ということになるけれど」
こればっかりは仕方ない。最低限条件は平等にして戦いたいところである。
「トンカラカラトン」
「おっ、これでも余裕とは。まあ確かに身体能力で大きく劣っているし、仕方ないか」
とは言え、こちらにもそれをどうにかしうる手はある。具体的に言えば、私は剣道で戦うとは一言も言っていないのだ。
「さて、もう休めただろう?一本手合わせをしようじゃないか」
「トンカラ……」
「女らしくとか言いつつ変わる気がない、だって?ああその通りだとも、私は今の私に満足している」
恋人と言う存在はできそうにないが、友人もできた。人生を彩るにはそれで十分だろう。
▽
正座をして、深呼吸を一つ。息を止め、目を閉じて思考を放棄する。大切な試合の前に毎回必ずやっている、ただのクセ。それでも、こんな小さなことをしないだけで体の動きが大きく鈍ることを、私は知っている。
目を開ける。面を取り、被る。竹刀を取って立ち上がり……正面に立つ相手を見る。
そこにいるのは、私と同じように防具に包まれた存在。左手に竹刀を持ち直立する姿は、初対面の時のそれとはまるで違う。これがここしばらくで身に着けたものでなかったのなら、私は死んでいただろう。
「あぁ、全く……」
面白いったらない。そう呟こうとする心を抑え込み、一歩前へ。対面し、礼をして、剣先を合わせ……審判の存在もなく、始まる。
場所は道場、時間帯も問題ない。躊躇うことなく声を上げ、足を動かす。それは相手も同じ。性格ゆえか、先に仕掛けてきたのはトンカラトンの方だった。
鋭い打ち込み。反射的に竹刀で防ぎ、そのまま流して体の向きを変える。相手から視線を逸らすな、相手から体を逸らすな。無意識のうちに脳が出す指令に従って動けば、それは相手も同じ。攻撃の直後に無防備をさらすトンカラトンはもうここにはいなかった。
それでも、攻めの直後は隙が出来る。足取りは自然に、それでいて捕まれないリズムで。するりと間合いに入りこみ、一撃を……とはいかない。しっかりと防がれた。けどそれでも構わない。竹刀から左手をはなし、胸元へ当て身を一つ。バランスが崩れた、再び両手で握って叩きこむ。空を切る。本当に、上手くなったものだ。バランスが崩れたにもかかわらず、そのまま転がって避けるとは思わなかった。
そう、これは別に剣道の試合ではない。お互いの安全のため防具を身に着け竹刀をもいいてはいるが、あの時の再現なのだ。故に、基本なんでもあり。転がったトンカラトンが立ち上がる前に組み伏せるのも考えた……が、筋力の差から却下。息を吸い、吐いて調子を整える。
「「 ッ!」」
お互いに、音にならない雄たけびを上げる。竹刀同士がぶつかり合う、剣道らしさの無い試合が続く。心地の良い音が響き渡った。
(ここ……!)
そんな中で、好機を見出す。始めて憧れて、身に着けた技。竹刀に竹刀を絡みつかせ、真上に叩き上げる。狙い通り、トンカラトンの竹刀が宙を舞った。これでもう阻むものはない。叩きつけて、それで終わり……!
そんな狙いの下一歩踏み込む。このまま叩きこめば、確実に当たる。そんな確信の下腕を降ろし……
「かはッ……!」
宙を舞い、背中から叩きつけられた。視界には、私の腕をつかんだトンカラトンの姿が。踏み込んできた私の腕をつかみそのまま投げたのだと、理解する。
「柔術……一体いつの間に習っていたのやら」
「トンカラトン」
「私に見つからないように稽古をつけてもらっていた?……まったく、そこまでしているとはな」
そこまでされてしまえば、もう素直に負けを認めるしかない。
「うん、私の負けだ。見ての通り日本刀はあそこにあるから、持っていくといい」
仰向けのまま、指でそのありかを示す。あぁそうだ、これも伝えないと。
「それと、私のことも好きにしてくれて構わない」
あの時の再現である以上、敗北した際の流れも同一でなければならないだろう。だから、それも任せる。
……正直に言えば。それはそれで楽しみな自分もいるのだ。そうなったとしてどんな生活をすることになるのか、全くもって想像がつかない。うん、楽しみだ。
「……うん?」
目を閉じ、その時を待っていたのだが。訪れた感覚はまるで別のものだった。
「……これはまた、うん」
目を開いて、その感覚があった場所……右手首を見る。気のせいかと思ったのだが、そこには確かに包帯が巻かれていた。誇らしげなトンカラトンの顔が見える。
「あぁ……なるほど。これで仲間だ、と」
「トントン、トンカラ」
「仲間じゃなくて友達だ、だって?それは嬉しい申し出だ」
ちょっと予想とは違う形になったが。まあ人間をやめずに済むことにホッとした自分がいたので、これでよかったのだろう。
「そういうことなら、これからもよろしく」
「トンカラトン」
立ち上がり、握手を交わす。私と彼との関係は、きっとこれでいいのだ。
元々存在するのはここまで。ここから先は、のんびりまったり、書けたら投稿していきます。




