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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
始まりの国マーレ=ボルジエ
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五日目……超逃走

 “じょしゅ”……ああ、ジョシュね。私にジョシュって人の代わりになって欲しいってこと。

 なるほどなるほど。

 ――って、ちっがぁぁうっ! 誰だ、ジョシュって。知らないしそんな人!

 えっと、えっと、そう、とりあえず深呼吸しよう。

 すーーはーー、すーーはーー。

 ……よし、ちょっと落ち着いた。

 それで、“じょしゅ”っていうのは、やっぱり“助手”よねえ。何でリオンはそんなトチ狂ったことを言いだしたのか。

 私を助手にする利点なんて何もないと思うんだけど。見た目も頭脳も普通まっしぐらだし。

 …………はっ、もしかして助手っていうのはただの口実で、本当の目的はナナなんじゃないの!? 珍しい生き物に好奇心が刺激されて、色々な実験をするつもりなんじゃ。

 ダメダメダメダメ、そんなの絶対にダメ!


「あああ、あの、たた大変光栄な、も、申し出だとは思いますが、おおおお断りさせていただきます!」


「理由をお聞かせいただいても?」


 断られるとは思っていなかったのだろう。リオンは意外そうに瞬きをして訊ねてくる。

 それはそうだろう。彼の頼みを拒否する人がそういるとは思えない。リオンが微笑みを浮かべて願いを言えば、大多数の人が喜んで聞き届けるはずだ。もしかすると感激のあまり涙を流す人さえいるかもしれない。

 だが今の私には、薄く笑みを浮かべてメスを握っている姿しか思い浮かべることが出来なかった。


「ぶっぶぶぶ分不相応で恐れ多いからです。そっ、それじゃあ、そろそろ失礼し、します!」


 がたがたっと椅子を鳴らして、ぎくしゃくと立ち上がる。腕に抱いたナナはまだ部屋にいたいらしく不満げな眼で見上げてくるけれど、これは貴女のためなのよ。


「待って下さい、話はまだ――」


「さよならっ!」


 扉を勢いよく開け、廊下を走って階段を駆け下りる。何階下りればいいんだっけ? というか螺旋階段だからどれだけが一階分なのか全然わかんないんだけど。とりあえず行けるところまで行ったらいいのかな? 

 なんて考えていると、階段を上がってくる人とぶつかりそうになった。


「おおっ、なんじゃ!?」


「うわっとととと! ご、ごめんなさいっ!」


「ぎゅっ!?」


 手すりを掴んで急停止し、ぎりぎりで衝突を回避する。反動でナナが宙に舞ったが、空中で体勢を整え無事に着地してくれた。彼女、ほんと運動神経いいわね。


「こんなところを走っては危ないじゃろうが。危うく大事な実験道具を落とすところじゃったわい」


 頭頂部を除いて長い白髪のおじいさんが、ぶつぶつ小言を言ってくる。

 

「これがどれだけ貴重かお前さんには――ん、まだ誰か走っておるな。ここは神聖なる場所じゃというのに」


 確かに階段を急いで下りてくる足音がする。まさか追ってきたの!? リオンって汗水たらして走るタイプじゃないのに! どどどどうしよう、早く逃げないと。出口、出口はどこ!?


「王にご相談申し上げ――」


「すみません!」


 階段の隅でぶつぶつ言い続けているおじいさんの顔の横に、だんっと手を置く。ふむ、これが壁ドンというやつか。……何か色々間違ってる気もするけど。

 しっかし、この人放っておいたら何時間も一人で喋り続けそうだな。階段を走ったくらいで王に相談て……。


「な、なんじゃいきなり!?」


「出口はどっちですか!」


「で、出口じゃと?」


「城から出るにはどう行けばいいのか訊いてるの!」


「そ、それなら、塔の最下層に外に出る扉があるぞ。じゃが――」


「ありがとうございます! ナナ、行くよ!」


「きゅうっ!」


 おじいさんはまだ喋っていたが、私は礼を言って走り出した。後ろから鬼が、じゃなくてリオンが追ってきているのだ。悠長に話を聞いている暇なんかない。

 一段飛ばしで階段を下りきった先は、湿った土の匂いがする薄暗い倉庫のような場所だった。


「えっと、扉は……あれね」


 木箱に半分隠れていた扉を見つけ駆け寄る。かんぬきを外して扉を押し開けてみると、細い土の階段が現れた。その先には空も見える。


「良かった、とりあえず外には出られた。でもここどこなんだろう? 歩いてれば城の正面に出るわよね?」


 扉を閉めて土階段を上がってみれば、そこは植物以外何も見当たらない場所だった。荒れているというわけではないが、一般に公開されている庭園ほど手入れが行き届いてもいない。あまり人が通らない場所なのだろう。


「城壁沿いに行けば大丈夫よね」


「きゅ」


 後ろを気にしながら走り出す。リオンが運動があまり得意ではないことは知っているが、私だってそんなに体力があるわけでもない。この広すぎる城の敷地の中で、ずっと走り続けられる自信はなかった。  

 

「どこかに隠れてやり過ごす方が賢いかな。もう追うのを諦めてたら隠れる必要もないんだけど」


 後ろを振り返り振り返り走る。もう城の陰になって塔は見えないが、追ってきているのではという不安は消えない。

 息が切れてきて、走るのを止める。後ろから近づいてくる気配はない。

 もう大丈夫そうだ。そう思ったときだった。


「そこで何をしている」


 いきなり上から影が降ってきたかと思うと、私はその影に剣を突きつけられたのだった。


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