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黒犬ツアーへようこそ  作者: 緋龍
始まりの国マーレ=ボルジエ
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五日目……前門の騎士、後門の聖師

「うえぁ、えっ、す、すみませんっ!」 

 

 ナナを抱いていたことも忘れ、両手をパッとあげる。突然振り落とされた彼女は、「うぎゅっ」と鳴きながらも綺麗に着地してくれた。


「怪しい者ではありませんっ! ……説得力はないですけど」


 後ろを気にしながらこそこそ移動している人間を見たら、十人中十人が怪しいと思うだろう。挙動不審だったと自分でも思う。

 黒い騎士服を着た人に剣を突きつけられても文句は言え――ん?

 黒の騎士服……? ええっ、黒って特務騎士じゃないの!

 マーレ=ボルジエの最強集団、特務騎士。たった四人しかいないのに、しかもうち一人は絶賛黒犬中なのに、出くわすなんてどんな確率!?

 深海を思わせる蒼い髪に黒い瞳の男前……あれ、この人の名前何だったっけ? 


「確かに説得力はないな。どうやって入ったのだ」


 私の言い方がおかしかったのか、騎士の鋭い眼が少しだけ和らいだ……ように見えた。


「えーーっと、それはですね……」


 本当のことを言っても信じてもらえない、もしくは信じてもらえてもリオンの前に突き出される。かと言って全てが丸く収まる言い訳など咄嗟に思い浮かぶはずもない。

 背中に嫌な汗をかきつつ泣きそうになっていると、後ろから悪魔の美声が聞こえてきた。


「ヒュリさん!」


「うそっ、諦めてなかったの!?」


 手をあげたまま首だけ動かして後ろを向くと、そこには横腹を押さえて肩を上下させる聖師の姿があった。


「聖師グレアス殿?」

 

「サー、ゲイト殿、その剣を下ろして、いただけ、ますか」


 サーゲイト……そうだ! 彼の名前はミシェイス・サーゲイトだわ。あー良かった、思い出せてすっきりたー。……って何にも解決してないし! 前門の虎だけでも大変厄介なのに、後門の鬼まで来ちゃったし!


「失礼、聖師殿のお知り合いの方でしたか」


 ミシェイスはさっと剣を鞘にしまい、足を揃えて姿勢を正す。

 何気ない動作なのだが、それがすごくさまになっていて、何というか……格好いい。

 思わず見惚れていると、ミシェイスに「何か?」と訊かれ、私は慌ててあげていた手を下ろして視線を逸らした。

 こんな状況で見惚れるって、馬鹿か私は。彼にも絶対変な奴だと思われただろうなぁ。


「何故、貴女は走っていたのです? 不審者でもいましたか?」


「え、ええ、あの、それは……」


「私も理由を聞きたいですね」


 復活したリオンが満面の悪魔の微笑みを浮かべる。

 怖い、怖すぎる。

 私は後ずさりして、ミシェイスの後ろに逃げた。


「おや、どうして隠れる必要があるのです?」


 この人絶対私が怖がってるの分かってて訊いてる! 腹が真っ黒、いや暗黒腹だわ!


「だ、だって……リオン様、ナナを実験台にするつもりなんでしょ!」


 まな板の上の鯉ならぬ、まな板の上のハムスター。

 変な色の粉を飲まされたり、変な色の液体の注射をされたり、変な色の煙を吸わされたり、皮をペロンと剥がされたり、油でカラッと揚げられたり。

 そんなこと、絶対にさせないわよ!


「……は?」


 悪魔の笑顔から一転してきょとんとした顔になるリオン。

 ふんっ、そんな顔しても騙されませんからね。 


「実験台……ですか?」


「そうなんです!」


 戸惑いながら私を見るミシェイスに力強く頷く。


「ちょ、ちょっと待って下さい。一体どうしたらそんな勘違いをするのです? いつ私が実験したいと言いましたか?」 


「はっきりとそうは言っていません。でも、私を助手にしたいなんて馬鹿げたことを言い出したのは、そういうことなんでしょう!? 他に理由が考えられません」


「馬鹿げたことを言っているのは貴女です! 私は貴女が優秀だから助手をお願いしたんです! それ以外に理由などありません」


「だからそれが信じられないんです! 私が優秀なら世の中の大半の人が優秀ですよ!」


「貴女のその自己評価は間違っています!」


「お二人とも落ち着いて下さい!」


 私が後ろに隠れているせいで間に挟まれる形となったミシェイスが止めに入る。

 顔には出ていないものの、内心困惑していることが伝わってくる。出来ることなら見なかった振りをして、今すぐここを立ち去りたいと思っているのではないだろうか。

 私が彼の立場だったら絶対そう思っているし、もし現れたのがミシェイスではなくルークだったら「俺は知らん」とさっさと退場している……気がする。


「少し状況を整理させて下さい。聖師殿はこちらの女性――ヒュリさんでしたね――に助手を願い出た。貴女はそれを断った。理由は“ナナ”を実験台にされると思ったから。そして聖師殿から逃げた。これで間違いありませんか」


「はい」


「ええ、そうです」


 私とリオンは首を縦に動かす。

 

「分かりました。それで……“ナナ”とはどなたのことですか?」


「ああ、はい。ナナ、おいで」


「きゅ」


 私の腕から落ちて以降、城壁の陰にいたナナを呼んで抱き上げる。


「彼女がナナです」


「…………は?」

  

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