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アラサー戦士中田翔子  作者: 抜きあざらし
異形の戦士、トランセンデンター!
31/46

*30 黒鉄の女子高生-下

 勧華久雄――ベクターズ及びトランセンデンターの元凶である勧華製薬の社長だ。

 そして、現在失踪中の人物でもある。

 やられた。こいつは完全に黒だ。

 報告書を読み終えた響子は、初動の遅さを後悔した。

 もっと早く情報を公開し、大規模な捜索を行うべきだったのだろう。ノロノロとやっていたら、久雄に失踪されてしまった。

 これから探すのにも、手間がかかるだろう。



 ここ数回の戦いで、翔子は自らの至らなさを自覚した。

 融装だけでは駄目だ。

 ウィンウィンした後一睡してスッキリした頭で、翔子は考える。

 自分は、人質作戦に極端に弱い。

 人質ごと攻撃できない甘さ……これは、現時点だと全く問題はない。むしろ、一般市民を無視してベクターズと一緒に殺したらそれこそ大問題だ。人情的にも常識的にも、人質ごと攻撃できないのは正しい。

 だが、それなら人質に危害を加えないようにベクターズを攻撃する手段が必要だ。

 例えば精密射撃のような、小規模でかつ正確な攻撃。翔子は大雑把な格闘攻撃しかできないので、攻撃するとどうしても人質に危害が及ぶのだ。

 小規模かつ正確な攻撃……と言えばやはり精密射撃なのだが、生憎翔子は火器を持ち合わせていない。射撃のセンスは……まあ、練習すれば少しはマシになるだろう。

 トランセンデンターの力で、レーザーでも出せないだろうか。

 トランセンデンターの真価は、意図的な進化だ。なら、三本目の腕が生えてきた時と同じように、望めばレーザーを撃てるようになるのではないか?

 早速試してみよう――そう思い、天高く手を伸ばしたが、そこで思い留まる。

 もし本当にレーザーが撃てるようになって、そしてそれが高威力だったとしたら、どうなる?

 その結果は、火を見るよりも明らかだ。撃つ場所が悪ければ、アパート全焼も有り得る。外に撃ったとしても、近くの建物に危害が移るだけ。空中に撃っても、威力がわからないので無駄だ。

 仕方がないので、今度響子にスペースを借りるとしよう。

 これで、ひとまず人質対策はできた。

 次の至らなさは……トランセンデンターを倒せないところだ。

 トランセンデンターの生命力は、実際に体験した翔子自身がよく知っている。どうすればトランセンデンターを確実に殺せるのか、あるいは無力化できるのか、見当もつかない。

 だが、これからまたトランセンデンターと対峙することがあるだろう。これまでは相手の撤退などで助かったが、次は殲滅戦を仕掛けてくるかもしれない。そんな時、今の翔子では、大切なモノを守ることができない。

 だから、必要なのだ。トランセンデンターを倒せるだけの力が。

「でもあんなのどうやって倒すの……」

 思わずひとりごちてしまう。

 トランセンデンターを倒す方法が、全く思いつかない。

 首を切って、そのまま持ち去ればそのうち死ぬだろうか? いや、それすらも突破しそうな予感がする。

 久雄のように力を封じる薬を作ることはできないし、その薬すらも自分は突破した。

 恐らく、正攻法では不可能だ。殺しても死なない相手なら、そもそもその根本から断った方がいい。

 そう、例えば、次元の狭間に押し出してしまうとか。

 ……自分で考えておきながら、よくわからなかった。次元の狭間に押し出すとは、一体どういうことなのか。そもそも次元に狭間なんてあるのだろうか……。

 違う。本来意図していたものは、別に次元の狭間がどうこうではなく、単純に、こことは違う世界へと隔離してしまう、ということだ。

 別に次元の狭間でも宇宙の果てでもブラックホールでもなんでもいい。

 しかし、そんなことができるだろうか。

 次元干渉云々の理屈を応用すれば、何かしらできそうな気はするのだが……問題は、翔子が理屈を理解できるほどの天才ではないということだ。感覚で使えれば、いいのだが。



 八重子の様子がおかしい。

 気づいたのは、先程、遊びに行く段取りをするために電話した時。僅かな変化だが、小学校以来の付き合いである弥月には、すぐにわかった。

 アレは何かを企んでいる時の声だ。そして対象は、弥月以外の何者か。弥月が対象だった場合は、もう少し上ずった声になる。八重子は隠し事が声に出るのだ。

 嫌な予感がする。

 別に八重子は不良少女のような非常識な人間ではないのだが、いざという時に少しズレた行動をとることがあった。

 例えば、中学生の頃。冬に大きな地震があったのだが、避難する際に一人だけ教室へと疾走した。幸い被害はわずかで八重子も無事に戻ってきたのだが、担任にはこっぴどく怒られていた。まあ、当然だろう。

 因みに、教室に行った理由は父から貰った筆箱を確保するためだったらしい。

 思えば、あの時も怪しい声音だった。

 間違いない。八重子は、絶対に何かやらかす。

 質が悪いのは、彼女が何かをやらかす心当たりが全くないことだ。判断材料が皆無なので、本当に全くわからない。

 これでは未然に防ぐことができない。

 ベクターズの件もあってか、嫌な予感がする。八重子は、何かとんでもない無茶をやらかすのではないか?

 八重子は、大切な友人だ。彼女の身に危険が及ぶのを、みすみす見逃すわけにはいかない。

 弥月は、一度切った電話を再びかけ直した。

 一、ニ、三コールで相手が出る。

「もしもし、八重子?」

 弥月が緊張を孕んだ声で言うと、八重子は先程と同じような、何か企んでいる時の声音で返す。

『うん。今度はどうしたの?』

 わずかに高揚しているような、それでいて緊張しているような、微妙な声音。それはともすれば聞き逃してしまいそうな、微弱なサインだ。

 スマートフォンを握る手に、力がこもる。

「あ、あのさ」

『ん、何?』

 小さく息を吸い、意を決して弥月は言う。

「八重子さ……なんか、企んでない?」

 ストレートな問いに、八重子は動揺を露わにする。

『えっ……なんでそう思ったの?』

 ここでハッキリと否定しない辺り、やはり何かを企んでいるのだろう。

「声でわかるよ」

『……』

 通話口の向こうで八重子がどんな表情をしているのかは、わからない。

 まあ、恐らく企みがバレて焦っているのだろうが。

「何があったかは知らないけど、あんまり危ないことしないでよ?」

『……』

 様子がおかしい。

 いや、もともとおかしかったが、今は更におかしい。こう言えば、八重子は何かしらの反応を返すはずなのだ。

 なのに、沈黙は続いている。

 一体彼女の身に何が起きたのだろうか。

「ねえ……どうしたの?」

 恐る恐る、弥月は訊ねた。

 しばらく、無言の時間が続いた。それは果てしなく長く、一時間にも、一年にも感じられるほどに長い沈黙。

 やがて、声が聞こえてくる。

『……ううん、なんでもないの。気にしないで。それじゃ』

 しかし、すぐにそれは途切れてしまった。

 通話時間は、三分足らず。

 もう一度かけ直そうかとも思ったが、きっと無駄だろうと諦めた。やるなら彼女の家に押しかけるぐらいはしないと駄目だ。

 だが、今は十九時過ぎ。いきなり押しかけるのは、流石に悪いだろう。

 仕方がないので、今日は引き下がって明日訪ねることにした。



 弥月からの電話を受けた時、八重子は迷っていた。

 彼女に全てを打ち明け手を貸してもらうべきか、全て一人でやるべきか。

 結局、八重子は後者を選択した。今八重子がしていることが危険なことぐらい、わかっている。だが、だからこそ、弥月を巻き込みたくはない。

 弥月は、大切な友人だから。

 不自然に話を切ってしまったことは悪かったと思っているが、仕方がない。下手に事情を話すと、弥月は首を突っ込んでくるからだ。

 見通しの甘い弥月は、何か問題が起こるとすぐに介入したがる。彼女の悪い癖だ。

 今回も、場合によっては介入する気で電話をかけてきたのだろう。

 しかし、八重子は決心した。

 明日は通夜。計画が第二段階へと進む。

 絶対に、一人でやってのけるのだ。



 翌日、八重子の家は留守だった。

 何度チャイムを押しても反応がないし、ノックしても無反応。少し大きな声を出してみても、やはり何も返っては来なかった。

 当然、鍵は閉まっている。

 これは想定外だった。逃げられた――? あるいは、前々から予定されていた留守だったとして――。それならば、謀られたということか?

 いや、しかし、そこまでして隠したい企みなどあるのだろうか。この留守だって、特に意図のない偶然の外出なのかもしれない。

 だが、そうでなかった場合。八重子がここまでして、企みを隠していた場合――。

 嫌な予感が、一向に収まる気配を見せない。

 杞憂であって欲しい。

 今日の八重子の外出は、弥月の見抜いた企みとは一切関係なく――いや、それ以前に、企みなど最初から存在しなければいい。

 ……なんにせよ、今は何もできない。

 弥月は、ただ家に帰るしかなかった。



 通夜当日はいろいろあって、結局午前中から家を空けることになった。まあ、別に何か用事があったわけでもないので、構わない。

 重要なのは、これからだ。

 久雄から確実に情報を引き出すために、八重子なりにいろいろと材料を集めてきた。

 主にインセクサイドで起こった、ベクターズ騒ぎの件。インターネットで様々なサイトから情報を引っ張ってきた。中には明らかなデマも混じっているし、ニュースで報じられた情報も多いが、一部は、まだ一般には知られていない、どこからか流出したような情報だ。

 次に、父のパソコンにあった、トランセンデンターの生態記録。

 そして……巷でまことしやかに囁かれている、ヒーローの噂。噂の中で何故か見つけた、トランセンデンターという単語。

 これだけあれば、久雄ももう誤魔化せないだろう。

 八重子は本気だった。

 これだけ情報を集めて、見えてきたこともある。弥十郎の死に間違いなく何者かが関与していることも、わかった。

 なぜなら、トランセンデンターは普通の手段では死なないからだ。

 弥十郎の日記にも、トランセンデンターの噂にも、その異常な生命力は記されていた。

 そんな存在になった弥十郎が、事故で死ぬわけがない。



 ……色々と考えているうちに、通夜が終わった。通夜ぶるまいで出された食事も、考え事をしていたら味がわからなかった。

 まあ、いい。

 目論見通り、久雄はこの場に居る。だが、のんびりしていたら他の参列者と同様に帰ってしまうだろう。アタックするなら、今だ。

 重々しい足取りで、久雄に接近する。彼はまだ、こちらに気づいていない。だが、お構いなしに話しかけた。

「すみません。一つ、お訊ねしたいことがあるんですが」

 久雄の返事を待つこと無く、八重子は続ける。

「父の死因についてです。どうしても、わからないことがあって」

 久雄は黙っていた。無言で、八重子に先を促す。八重子は続けた。

「少し、父のパソコンを調べたんです。そしたら、こんなものが」

 そう言いながら、八重子は持ってきておいたバッグから紙束を取り出す。それは、トランセンデンターの生態記録を印刷したものだった。

 紙束に目を通し、久雄は仰天する。なぜこんなものがここにあるのか、わかっていない様子だ。

「それは、父の仕事に関係のある書類ですよね? 私は父の仕事内容を今日まで知りませんでしたが、それを読んで、父がなぜ私に仕事の話をしなかったのか、わかりました」

 久雄は明らかに動揺していた。

 だがそれは数秒で鳴りを潜め、今度は何か考えこんでいるような顔になる。

 一体何を考えているのだろうか。

 その答えは、すぐにわかった。

「……隠しても仕方がない。真実を話すことにしよう」



 真実を話すと言ったが、あれは嘘だ。

「君のお父さんは、勧華製薬のトランセンデンターとして、こちらの邪魔をする裏切り者のトランセンデンターと戦ったんだ。その時、やられてしまってね……」

 真っ赤な嘘ではすぐにバレてしまうので、真実と虚偽を織り交ぜながら話す。

「記憶と人格が消されてしまったんだが、それだけならバックアップ細胞でなんとかなるはずだった。だが、バックアップ細胞は相手に叩き潰されてしまった」

 バックアップ細胞が壊れたのは乱闘の結末だし、そもそも記憶と人格を消し飛ばしたのはこちら側の人間だ。だが、それを言うわけにはいかない。

 八重子は、相当父――弥十郎に入れ込んでいた。弥十郎からも聞いていたし、訃報を入れた時にもなんとなく察せた。

 この愛情は、使える。

 八重子に訊ねられた時、久雄はそう判断した。

 適当に誤魔化すと、後で真実が漏れた時、手痛い一撃を受けるかもしれない。ならば、最初から引き込んでしまえばいいのだ。

「君、お父さんの仇を討つ気はないか?」

 ただし、ここで誘いに乗ってくれるかは五分五分だ。いくら父を愛しているとはいえ、女子高生が仇討ちなど……なかなかできることではないだろう。

 元々計算外の出来事だったので、別にここで彼女に断られても問題はない。

 毛ほども期待せずに返事を待つ。

「私は……」

 その返答は、予想をいい意味で裏切った。

「やります。父の仇を、この手で討ちます」

 とても力強い返事だ。声だけでも、覚悟が本物だとわかる。

 これは嬉しい誤算だった。まさか、こんなところで有望な人材を手に入れることができるとは。

 その父への愛を尊重し、彼女を四人目のトランセンデンターに任命しよう。

 膨らむ夢に、久雄はほくそ笑む。

 勧華製薬を失ったが、久雄にはまだまだ手駒がある。通夜の準備をさせていたのも久雄個人の部下であり、現在勧華製薬の社員名簿に載っていない人間だ。

 久雄の親類もある程度抱き込んでいる。今日の出来事がおおっぴらにされないのは、そんな根回しがあってこそだった。

 まだ、久雄の居場所はバレていない。

 優秀な技術者である爽香も手に入れた。彼女は性格に問題があるが、腕は確かだ。上手く管理すれば、これ以上にないほど頼もしい存在となる。

 まだまだ、これからだった。



 翌日の葬式を終えてから、八重子は久雄に連れられ、謎の研究施設へ踏み込んだ。

「これから君は、お父さんと同じ――トランセンデンターになってもらう」

 トランセンデンターについての説明は、もう受けていた。人でありながら、人を超える存在。意図的な進化。

 そして父の仇を討つためには、自分もまたトランセンデンターにならなければならない、と。

 久雄が棚から大きめの注射器を手に取り、言う。

「これが、そのための薬だ。少し痛いが、我慢してくれ」

 父の仇を討つためなら、注射程度いくらでも耐えてみせる。

「――っ」

 一瞬の痛み。予防接種よりも、少し痛いかもしれない。

 血管を通って、薬が全身に回っていく。

 ――世界が、変わった気がした。

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