*28 インターバル・デイ
響子をなだめて落ち着かせてから、詳しい話を聞いた。
翔子が首を切られてしばらく経ってから、翔子の胴体が勝手に動き出し、頭を拾ってくっつけたのだという。
当然、翔子はそんなこと覚えていない。首とともに途切れた意識が、ある瞬間に突然復活した……翔子の記憶は、それだけだ。
しかし、こんなことで響子が嘘を吐くメリットがない。この話は本当なのだろう。
(ああ、遂にここまで来たか……)
翔子は、半ば自嘲気味に口元をひきつらせた。今まで散々自らの化け物じみた能力を見てきたが、ここまで来ると最早生き物であるかどうかすら怪しい。ロボットか何かと表現したほうが、正しいのではないか?
そんなことを考えていると、不意に背後から肩を叩かれた。振り返ると、父が立っている。
父は真面目な表情で、訊ねた。
「本当に、翔子なのか?」
その問いは、なかなかに残酷だ。しかし言葉とは裏腹に、その声色に疑いの色はない。本当に、ただの確認として訊いているだけなのがわかった。
だが、どう答えればいいのか、よくわからない。
自分は、本当に父の知る "中田翔子" なのだろうか?
今までですら化け物だったというのに、遂に生き返りじみたことまでしてしまった。
中田翔子という存在は、一度死んだも同然だ。死んでから生き返った者は、果たしてこれまでと同じ存在なのだろうか。
化け物であり、なおかつ一度死んで生き返った。
――「本当に、翔子なのか?」
その問いは、翔子の根幹すら揺さぶるものだった。
自分は一体、何者なのか。
どう答えるか迷っていると、響子の視線を感じる。目をやると、彼女は口をゆっくりと動かした。形の良い唇が、音もなく言葉を紡ぐ。
――「君は、君だ」
事あるごとに自分を気遣ってくれる友人の言葉。今は、それを信じてみよう。
「うん」
「そうか……わかった」
父は肩から手を離し、続ける。
「お前ももう子供じゃないから、うるさくは言わない。だが、年長者として、一つだけ助言をしておく」
背中を見せた父は、ゆっくりと語った。
「……自分のやりたいことをやるんだ。行動した時、それが望んでいないことならば……いずれ後悔してしまう。危ないことなら、なおさらな」
父が危ない仕事をしていた……という話を、翔子は聞いたことがない。だが、父の五十年ぐらいの人生の中で、いろいろのことがあったのであろうことは容易に想像できた。何も殺し合いだけが、危ないことでもないのだから。
だから、父の言葉を受けて、改めて自問する。
トランセンデンターとしての戦いは、本当に自分で望んだことなのか?
答えは――イエスだった。
「……うん、わかってる」
「そうか……」
それきり、父は黙り込んだ。
※
翔子の能力が復活した。
その事実は、再び彼女を戦いに巻き込まなければならないことへの罪悪感と、再び彼女と戦えることへの安心感の、二つの感情を生み出す。
響子は苦悩する。
融装は、長らく翔子の悩みの種でもあった。だからこれは、喜んではいけないような気もする。
しかし、どうだ。こうして戦いを終え、父らしき人と話した彼女は、とても爽やかな笑顔を浮かべている。まるで、望んだことをやりきったような表情だ。
首が切れたことについても、自分が先に騒いだからか、あまり気にしていないようにも見える。
彼女なりに、心境の変化があったのだろうか。
それは、翔子の悩みが吹っ切れたという点で嬉しくもあり、翔子の身がますます危険に晒されるという点で、不安でもあった。
結局響子は、どっちつかず。
自分は、こんなに脆い人間だっただろうか?
決して安定した人間だったとは思えないが、ここまで脆い自分を突きつけられると、どうにも調子が狂う。
それと、まあ、他にも。
先程、 「見合いはなしだ!」 と叫んで一家族が帰っていった。あれは、状況から考えて、多分翔子が言っていたお見合いの相手家族だろう。
要するに、破談である。
響子が望んだ結果だ。
さあ喜べ……というわけにも行かず。負の感情に苛まれ、望んだ結果――それが現実に起こってみても、イマイチ喜べない。我儘にも程がある。
幸いなのは、翔子があまり気にしていないように見えるところだが……実際、内心でどう思っているのかはわからない。
この感情、どう処理したものか。
(またキャシーに慰めてもらおうかなあ……)
歳下に何度も泣きつく……というのは情けないものだが、事実、キャサリンの包容力は時に凄まじい威力を持つ。
……いや、しかし、今回は落ち込んだわけでもないので慰めてもらう必要はないような気もする。ただモヤモヤするだけだ。
こんな時こそアルコールに身を任せるべきだろうか。いや、しかし、明日から仕事が増える予定なので、二日酔いは避けたい。
モヤモヤは残されたまま、有効な解決策などない。まあ、これから忙しくなるので、どうにでもなるだろう。
「うんさて。野次馬は私達で片付けるから、君はもう帰って大丈夫だ」
「うん、またね」
翔子と別れた響子は、キャサリンと共に野次馬の相手を開始した。
※
正直、目撃者をどうしようか悩んでいたので、響子の申し出は非常にありがたかった。
融装して脅すわけにはいかない。しかし、家族に迷惑をかけるのでモタモタしてもいられない。トランセンデンターとは言え翔子は一般人なので、群衆の制御など慣れていないので、どうしていいかわからなかった。
帰宅してからは、家族会議……だと思ったのだが、特に何も言われなかった。お見合いが失敗したことについていくつか言われたぐらい。母から 「もう一回やる?」 と訊かれて断ったら、それきりだ。
思ったよりも平凡な対応だった。
大学時代、両親に 「バイクが欲しい」 と言った時も、こんな対応だった気がする。静かに驚かれたが、あまり文句は言われなかった。確か、 「どこに停める気だ」 と父に訊ねられたぐらいだった気がする。その時は、車庫を片付けたらスペースができたので、そこに停めた。
逆に、小学生の頃は些細な事でも叱られた覚えがある。
まあ、そんなものなのだろう。
こういう時に、大人になったことを実感する。もう年齢的には十分大人なのだが、別に子供の時から何かが大きく変わったというわけではない。
大人になるとは、自立することである――と、昔どこかで聞いた気がする。両親に縛られず、自分の意思で行動することが、大人の証……なのだろうか。よくわからない。
ボケーッとしていると、ミケがトコトコと歩いてきた。ペットキャリーはちゃんと閉めておいたはずなのだが……。見れば、清香が餌皿を片手にこちらを見ていた。
「開けたらすぐに出てっちゃったからびっくりしたよ」
どうやら、清香が餌をやるべく扉を開けたところで、こちらに飛び出してきたらしい。
ミケは翔子をじっと見ると、頭をぐりぐりしてくる。もう、翔子を警戒する様子はなかった。
ここまで露骨だと、もう原因はトランセンデンターだとしか思えない。だが、なぜトランセンデンターに限ってミケは懐くのだろうか。
わからないので、考えるのはやめにした。生活に支障が出なければ、別にミケが懐く理由などどうでもいい。
これで、全部、元通り。
変わると思っていた人生は、今まで通りに戻る。トランセンデンターとして、ベクターズとの戦いに明け暮れる日々。
多分、これでいいのだろう。
※
死んだはずのトランセンデンターが、生き返った。
その衝撃が強すぎて、ロクな抵抗もできないまま全滅してしまった。
爽香は記録映像を確認する。確かに、トランセンデンターの首を切り落とした。しかし、いつの間にかトランセンデンターは復活していた。
ということは、つまり。
トランセンデンターは、首を切った程度では死なないということだ。
「んじゃどうしたら死ぬんだよ……」
首を切れば、脳に酸素などが行かなくなるので、普通は死ぬ。他にも、脳からの命令が身体に伝わらなくなるので――死ぬ。更に首には太い血管があるので、失血で死ぬ。他にも、まあ、いろいろあって死ぬ。
だが、実際は死ななかった。
蘇生の場面を見逃してしまったで、どのような手段で復活したかは不明だ。せめて理屈がわかれば、まだ対処できるのだが。
切った首が、復活――生えてきたのか、くっつけたのかは不明だ――したということは、当然、他の器官を切断しても復活するのだろう。四肢切断して無力化、といった手段も封じられたことになる。
粉々の肉塊にでもすれば死ぬだろうか。仮に死ぬとして、どうやってその状態にしたものか。
……下手に分解すると、肉塊がそれぞれ再生し、増殖する恐れすらある。根拠はないが、あの強靭な生命力を見た後では、冗談だと笑い飛ばせなかった。
ならば、人類の歴史が始まった頃から共にあった火を用い、焼殺するのはどうだろうか。汚物は消毒、である。
これならいけるのでは? と安心した矢先、施設から持ってきていたトランセンデンターのデータを発見した。見てみると、どうやらトランセンデンターは核の炎にも耐えるらしい。
核が効かない相手に火炎放射器程度で立ち向かうのは、無謀にも程がある。
その後も発見したデータを眺めながら様々な方法を模索したが、結局まともなものが思いつかなかった。
殺すのは無謀なので、諦めた方がいい。もっと別の方法で無力化するべきだ。例えば、今日行った人質作戦。人質を確保し続けることができれば、トランセンデンターは動けない。
その上で、洗脳装置などを用いれば――。
考える中、あることに気づく。
トランセンデンターは、そう簡単には死なない。
なら、爽香が自爆させた施設から、久雄や弥十郎など勧華製薬側のトランセンデンターが生還している可能性は、かなり高いのではないか?
今の爽香は、勧華製薬とは少し違う立ち位置に居る。施設を独断で爆破し、逃げ出した――この事実があるかぎり、歓迎される立場で無いことは、爽香にもわかっていた。
どちらかと言えば、恨みを買っている可能性のほうが高いだろう。
あの頭のおかしい企業が、完全に邪魔物となった爽香を消しに来る可能性は、否定できない。
しかし、相手は生身の人間だろうという予測から、これまではその事実をあまり重大に考えていなかった。だが、トランセンデンターが生きているのなら話は別だ。ベクターズだけでは、対処できない。
爽香はその事実に、戦慄した。
※
翌日。
ベクターズについての臨時ニュースがあったらしいが、翔子はその時間帯にちょうど実家を出たため、見ることができなかった。自宅にはテレビが無いため、帰ってからも情報がない。結局それを知ることになったのは、夜中に取材を終えた響子から届いたメールを見た時だ。
内容は、響子やインセクサイドの重役が、ベクターズについてを世間に発表する生放送だったらしい。昨日の事件でもう隠せなくなったので、早々に発表してしまおうという作戦のようだ。
生放送の後も取材で長時間拘束されたらしく、文章からは疲れが滲み出ていた。
因みに翔子については、個人情報なのでまだ公表できないと誤魔化したそうだ。当然といえば当然だろう。
ベクターズについての情報が公開されることになったため、これからは国の調査も大規模に行われるようになるらしい。怪しい企業がいくつか浮上したので、早速調査を行うそうだ。
事態は、一気に進展するかもしれなかった。
※
弥十郎は、死んでなどいなかった。
施設に侵入したトランセンデンターに首を切断された弥十郎は、しかし数分で再生した。鎧を解除して体の調子を確かめていたところ、自爆の報せを聞いたので脱出。その後、バラバラに逃げる職員に紛れ、ひとまず勧華製薬の本社に戻った。
施設が破壊されたことなどをおおまかに報告してから、久雄の安否を確認。案の定、勧華製薬は久雄の安否を把握できていなかった。
ニ、三日待っても久雄についての続報はなかった。恐らく、久雄は死んだか、勧華製薬との接触を断つことにしたかのどちらかだろう。トランセンデンターが簡単に死ぬわけがないので、多分後者だ。研究施設には勧華製薬に繋がる要素を極力排しているが、勧華製薬にガサ入れがあれば、あの施設の存在はすぐにバレる。施設が潰れれば巨額の不明瞭な赤字が発生するので、勧華製薬に疑いのメスが入ってもおかしくはない。
そして、以前から久雄は、勧華製薬とは別に第二研究施設を私的に用意していた。詳しくは弥十郎すら知らないのだが、恐らく久雄はそこに居る。
弥十郎は勧華製薬を退職。独自に動き、久雄を探すことにした。
勧華製薬の今後については、どうでもいい。弥十郎にとっては、久雄の安否の方が重要だ。
娘には退職について何も話していない。いつも出勤する時間に家を出て、帰る時間に帰っているので、特に疑われるようなことはなかった。
しばらく経って、久雄の次元干渉を感じた。駆けつけた時既に久雄の姿は無かったが、彼の生存が確信に変わり、捜索にもより力が入った。
が、その数日後、怪物が大規模な事件を起こす。その翌日には、怪物――ベクターズと呼ばれていた――が、ニュースになっていた。
現在あの規模のベクターズを扱えるのは、恐らく爽香のみだ。
余計なことをされ、憤りを感じずに入られなかった。
今まで爽香については後回しにしてきたが、もう野放しにはできない。これ以上下手を打たれる前に、身柄を確保するべきだ。
CODE-T2Mの情報を確保するため、密かにコピーしておいた爽香のハードディスク。これがやっと役に立つ。
案の定、隠れ家の情報が入っていた。暗号化が施されていたが、トランセンデンターである弥十郎の情報処理能力にかかれば解読など容易い。
隠れ家が見つかれば、後はどうとでもなる。
※
生身の人間がトランセンデンターに対向するためには、これしか無いだろう。
三日三晩徹夜して作り上げた冠状の装置は、洗脳装置を大型化し、機能を増強したものだ。トランセンデンターに洗脳装置を埋め込むのは困難なので、埋め込まなくても被せるだけで通用するようにした。
通用するとは言っても、まだ意のままに操ることができるわけではない。
強力な電気信号で、大雑把な命令を実行させるだけだ。だが、相手の動きを止められるだけでも十分使える。
ただし、その効果は飽くまで理論上のものであり、実際にどこまでできるかはわからない。
もしかしたら全く効かないかもしれないし、その逆かもしれない。それだけではなく、全く別の効果が現れる可能性すらある。
それだけ、トランセンデンターは未知数の相手なのだ。
「……やばい、目眩がしてきた」
長時間徹夜で作業していたので、体調が悪い。もう夜も遅いし、すぐに寝よう。
そう思った、矢先の出来事だ。
隠れ家のドアが吹き飛ぶ音がした。
重々しい足音が一つ、床を踏みしめる。
――来た。
足音だけだが、爽香にはわかった。今現在、ベクターズを満足に運用できるのは爽香だけ。なら、相手はベクターズではなく、トランセンデンターだ。
早速、この化け物と戦わなければならなくなってしまった。
まず、どうすればいい? 眠気で頭が回らない。そうこうしてる間にも、足音はドンドン近づいてくる。そんなに広くない居住スペースの中から爽香を探すのは、トランセンデンターでなくても簡単だろう。
なぜこの場所がわかったのか。そんな疑問は、この際どうでもいい。今はどうするべきか、それだけを考える。
とりあえず、寝るのは後だ。
入ってきた瞬間、ジャンプして装置を被せるか? いや、隠れて背後を取って、闇討ちか――駄目だ。トランセンデンターの第六感を誤魔化せるとは思えない。
この際なので、脳波の出力レベルを最大まで上げて、装置を被せずそのまま浴びせる……というのはどうだろうか。試していないのでできるかは分からないが、理論上はできるだろう。
決まりだ。
眠い頭では、まともに作戦も考えられない。リスクの計算が間に合わず、とりあえず使えそうな策をガンガン弄する。
足音が、部屋の前まで来た。
ドアの飛ぶ方向を瞬時に予測し、爽香は反対方向へと移動する。それと同時に、ドアが蹴破られた。
出力ボリューム最大。アンプで増幅された脳波が、現れたトランセンデンター――弥十郎に照射される。
照射される脳波は、現在の爽香の感情――眠い、だ。
弥十郎が、頭を抱えている。
勝った。
勝利を確信した爽香は、しかし強い眠気に襲われる。部屋中に反響した脳波が、爽香にも届いたのだ。
ここで眠るのはまずい。
弥十郎の苦しみは、一過性のものかもしれない。
対策は早急に行わねばならない。
そんなことはわかっている。
耐えろ。
(まだまだ……)
必死に頭を振り、耐える。ピントの合わない視界が、大きく揺れた。弥十郎らしきものが倒れている。早く、次の対策を――。
しかし、迫る眠気には耐えられず、遂に爽香の意識は闇に落ちた。
※
弥十郎の次元干渉を感知した久雄は、すぐにその場所へと向かった。
彼は忠実な部下だ。久雄が勧華製薬を離れた今も、右腕として活躍してくれるだろう。
しかしそこに居たのは、口を半開きにし、白目を剥いて倒れた弥十郎と、熟睡する爽香だった。




