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アラサー戦士中田翔子  作者: あざらし
正義の味方、中田翔子!
19/46

*18 敵地襲撃

 昨日のこともあり、敵地襲撃は前倒しすることになった。明日の朝までに、全準備を終わらせなければならない。当然時間が足りないので、予定されていた作業のうちいくつかは端折ってある。部下は酷使した。

 昨日の仕事は半分潰れてしまったので、リストアップされた武器の整備は、一日ずれてしまった。それもまた、作業時間を圧迫する。部下は酷使した。

 終わらなかった作業は、終わらないままで襲撃に行かなければならない。一応、最低限のものは用意しているが、念には念を入れたかった。

 知り合いだったり、部下だったり、とりあえず、使えるものは全部使う(特に部下は酷使した)。ベクターズの討伐は一会社としても扱っている内容なので、異を唱える者は居ない。なんだか、会社の金で資格をとっているような気分になった。

 そんなわけで、組み直した予定よりも多めに作業を終えることができた。いよいよ作戦開始である。



 横目で日の出を眺めながら、翔子はインセクサイドの研究施設へと向かう。

 昨日は、意外とよく眠れた。

 もともと寝付きがいい方だったのもある。布団があれば、大概の場合は眠ることができた。それは大学受験前の睡眠時間の確保にも役立っている。

 だが、これから赴くのは、今までにない生死を懸けた戦いだ。今後の人生を左右するという意味では、大学受験も命懸けではあるのだが……別に、落ちたからといって刺し殺されるわけではない。

 相手は頭のおかしい集団だ。常識が通用するとは思えない。失敗すれば、多分死ぬか……あるいは、それより酷い目に遭うだろう。絶対に嫌だ。

 それに、仮に翔子があっさりん死んだとして、その後はどうなる。

 奴らは全人類を化け物にするだのとのたまっている。それが実行されること自体とんでもないことだが、それよりも先に反対の声が上がるだろう。どこかで漏れた計画内容が顰蹙を買い、敵対する人間が必ず出てくるはずだ。

 普通の相手なら、それで潰れるだろう。犠牲は出るが、計画は潰えるはずだ。

 だが、奴らはトランセンデンター、翔子と同じ力を持った、化け物の集団である。トランセンデンターの凄まじさは、翔子が身を持って体験していた。

 今後人類とトランセンデンターの全面戦争が起きれば、数多の被害者が生まれるだろう。それこそ、世界大戦レベルと言っても過言ではないかもしれない。

 翔子が予想できる被害だけでもこれほどのものだ。実際には、もっと大きな被害が出るかもしれない。

 それを止められるのは、翔子だけだ。強者の責任として、翔子が奴らの野望を叩き潰さなければならない。

 研究施設に着いた。指定時間より、少し早い。バイクを停め、指定の場所へと向かう。

 指定された場所には、黒いステーションワゴンが停められていた。そこにもたれかかる白衣の女性は、翔子に気づくと視線をこちらによこす。

「おはよう。昨日はよく眠れたかい?」

「うん、バッチリ」

 笑顔で親指を立ててみせると、響子はそれでよしとばかりにウィンクをすると、もたれていたワゴンから背を離し、白衣の襟を正す。

「キャシーはもう車に乗っている。君も、準備はいいかい?」

 問われて翔子は考えた。

 ミケの餌はちゃんと盛ってきたし、万が一長引いた時のために清香へ世話を頼んである。都合よく旦那の出張と被っているため、二、三日翔子の部屋に泊まると言っていた。布団は借りるが、食事は自分で用意するらしい。家を空ける理由については、友人とちょっとしたボランティアに行くと言っておいた。

 アルバイトも、ここ一週間は無理を言って休みを入れてもらった。シフトの調整にてんやわんやしていたが、サボりよりはマシだろう。

 準備といえば、それぐらいだ。戦いの準備は響子の領分で、 「大船に乗ったつもりでいてくれ」 と言われている。心の準備も済んでいるし、正真正銘、準備完了だ。

「いつでもオッケー」

 言いながら、ワゴンのドアを開ける。響子の言った通り、既にキャサリンは中で待っていた。

「オハヨー」

「おはよ」

 軽く挨拶をして、翔子も乗り込む。後部座席は少し前につめてあり、その分トランクには翔子の選んだ武器などが載っていた。よく見ると、助手席にも何やら荷物が載っている。

 運転席に響子が乗り込み、ハンドルに手をかけた。

「よし、じゃあ、出発だ」

 大量の荷物が載っているにも関わらず、ワゴンはそれを感じさせない。ゆっくりとした始動には、力強さすら感じられる。もしかすると、響子が改造して馬力を上げたのかもしれない。

 施設を出て、流れる景色。今から、決戦の地へ向かう。

 決意を新たに、翔子は力強く拳を握った。



 県北、敵拠点の直上と思われる場所に設けられた突入ポイントは、林道から少し離れた位置だった。出入口はわかっていないので、ここに穴を開けて突入する。

 あえて林道から外してある理由は、あまり使われていないとはいえ道に穴を開けることに上層部が難色を示したからだ。

 響子は持ってきた突入用の穿孔爆弾を助手席から持ち出す。これはドリルで地中に潜り、外殻に到達するとともに成形炸薬が起爆。その後に二度ほど掘削と成形炸薬の起爆を繰り返すので、ある程度なら複合装甲にも対応できる。まあ試したことはないのだが。

 突入ポイントに穿孔爆弾をセットし、離れる。穿孔爆弾が勢い良く地中に潜り、しばしの間を置いてから轟音が轟いた。その後に、轟音が二回続く。しかし最後の一回は音の感じが違ったので、壁を破って突入してから起爆したのだろう。突破成功だ。

「よし、突入だ」

 号令をかけると、翔子とキャサリンが車から出てきた。二人はそれぞれポーズをとり、掛け声と共にその姿を変える。

「融装!」

「ヘーンシーン!」

 準備完了――と思ったが、肝心なことを忘れていた。

 響子はワゴンのトランクを開け、翔子用の武装を取り出す。

「翔子君、じっとしていてくれ」

 あらかじめ考えておいた取り付け方に従って、翔子の身体に武装を取り付ける。ゴテゴテになったその姿は、フルアームド翔子とでも呼んだほうがいいのかもしれない。

「よし、完了だ」

「じゃあ、行ってくるね」

「イッテキマース」

 かくして、インセクサイドによる一大作戦、敵地襲撃は始まった。



 穿孔爆弾なるものは、なかなかに派手な穴を開けてくれた。武装でゴテゴテになった翔子でも、悠々と通ることができる。

 金属らしき場所にドシッと着地した翔子は、軽く体を動かして可動域を確認した。全身武器だらけだが、そこまで動きは阻害されていない。響子が、かなり考えて配置してくれたらしい。

 キャサリンが着地したのを確認し、辺りを見回す。それなりの広さがあるが、照明がない。ところどころに換気扇があり、下の空間と繋がっているようだ。

 どうやらここは、ダクト的な場所らしかった。南北に伸びた一本道は、どちらに何があるのかわからない。

 今回の目的は、情報収集と破壊活動だ。ベクターズや久雄のバックに何があるのかを調べつつ、ベクターズの生産装置などを見つけ次第破壊する。

「ドッチイク?」

 キャサリンが、無線を介して響子に訊ねる。響子は、ヴィディスにセットされたカメラを介してこちらの状況をリアルタイムで確認しているのだ。中継ポイントは、定期的にヴィディスから排出されるらしい。

『特に判断できるような材料はないが……北の方は地質的に固かったはずだから、そんなに長くは続いていないだろう。北から潰しに行く』

「リョーカイ。ショーコ、北イクヨ」

 響子の指示に従い、北へと向かう。途中で分かれ道がいくつかあったが、とりあえず無視した。

 その途中、急に大きなサイレンの音が鳴り始めた。続いて、外壁が破壊されたことと、トランセンデンターが侵入した可能性を告げる放送。どうやらバレたらしい。

 手近な換気扇から下を覗いてみると、バタバタと慌てているのが確認できる。相手に翔子と同じトランセンデンターが居る以上、翔子の存在が気づかれるのは時間の問題だろう。

「……キャサリン、ここからはふた手に別れよう。私が敵を引きつけるから、その間に施設を壊して」

 翔子が言うと、キャサリンは響子とニ、三言葉を交わしてから、向き直る。

「ワカッタ。ムリはしないでね」

「うん。じゃあ、私はその辺から下りるね」

 言って、翔子は来た道を引き返す。キャサリンが十分に離れたのを確認してから、近くの換気扇を破壊した。突然の出来事に下の人間が驚いている隙に、翔子は飛び降りる。

「で、出た、トランセンデンターだ!」

「久雄様がいらっしゃるのを待て!」

「うわぁあああああ」

 防護服のようなものを着込んだ数人の男は、翔子を見るなり一斉に距離をとった。中には、一目散に逃げ出した奴も居る。さて、どうしたものか。

 これがベクターズなら容赦なく殺していたところなのだが、生身の人間を殺すのは気が引ける。人類のために戦う自分が人を殺すというのは、矛盾しているのではないだろうか。深く考えるとドツボにはまること請け合いなので、そのことは後で考えることにしよう。

 右腕のエレクトロンライフルを床に放つ。えぐれた床を見て、男達は震え上がった。防護服越しでも、怯えているのがわかる。明らかに戦い慣れしていないので、戦闘要員ではないのだろう。銃口を向けると、一斉にその場を逃げ出した。あの様子なら、追撃の必要はない。

 翔子は内心ホッとしつつ、南側へと向かう。キャサリンの存在を誤魔化すなら、彼女とは逆方向へと進んだほうがいいはずだ。

「おっと、そこまでにしてもらおうか」

 不意に背後から声が聞こえてきた。振り返ると、見知らぬ男が立っている。その背後で扉――巧妙に隠されていて、存在に気づかなかった――が開き、大量のアリ型ベクターズが現れた。

 更に翔子の背後の扉も開き、同じく大量のベクターズが現れる。あっという間に囲まれてしまった。

 男はそれを確認すると、翔子に向かって人差し指を突き立てる。

「この前の借りを返させてもらう。――トランセンデント!」

 叫びとともに、男の身体が変化する。その姿は――先日見た、悪魔のようなトランセンデンターだ。

 早速厄介な相手が現れた。翔子は武器を構える。まずは取り巻きを始末しておきたい。

 とにかく数が多いので、エレクトロンライフルで一掃してしまおう。アリ型の弱点は頭だったはずなので、頭を狙ってなぎ払うように掃射する。

 トランセンデンターは弾幕を軽々と回避するが、もとより当てようなどとは思っていない。ベクターズを次々と撃破し、そのまま反転して背後のベクターズも一掃する。

 ものの十数秒で、ベクターズの数は半分以下にまで減った。恐ろしい威力だ。トランセンデンターは様子見なのか、回避に専念している。まだベクターズの相手をしている余裕はあるだろう。

 と、新たな一団がドアから現れる。そういえば、公園で戦った際は延々と現れていた。それはなかなか厄介だ。

 増援が現れたドアの向きは、両方共西だ。ならば、西で何らかの手段を用いて大量生産されていると見るのが妥当だろう。

 第六感を働かせて、壁の向こうを探る。と、壁一枚挟んだすぐ向こうに女王アリ型ベクターズが二体、巨大な卵を出産していた。その卵からは、続々とアリ型ベクターズが孵化している。

 アレを叩く。翔子はエレクトロンライフルの掃射を続けたまま、足のミサイルポッドからマイクロミサイルを打ち出す。擬似神経コネクタから翔子の意図を読み込み自身に書き込んだマイクロミサイル群は、目の前のベクターズに目もくれずに壁へ向かって殺到した。

 着弾。大爆発。

 爆発の炎と煙の先に女王アリ型が姿を現す。すかさずエレクトロンライフルを向けるが、ちょうどそこで最大連続稼働時間の二分をオーバーしたらしい。銃身が展開し、煙を吐く。

 だが、三十秒も待っていられない。翔子は左腕のフォトンブレードを振りかぶり、女王アリ型に一太刀浴びせた。女王アリ型は悲鳴を上げながら、胴体を中心にして真っ二つになる。あまりにも切れ味がいいので、切った感触すらしなかった。

 蒸発する死骸を尻目に、返し刀でもう一体も一刀両断。フォトンブレードは脳波コントロールである程度刀身の長さを制御できるので、太い女王アリ型の胴体ですら真っ二つにできるのだ。

 続いて、まだ孵らぬ卵に右肩のガトリングガンを掃射。群がるアリ型はフォトンブレードでなぎ払い、あっという間に殲滅した。

 さて、次は。

「なるほど、やはりその力は絶大……。なおのこと、この場で叩くべきだ!」

 トランセンデンターの突撃を正面から受け止め、押し返しつつガトリングガンで牽制する。素体が成人男性と成人女性でウェイトの分は相手にあるように思えるが、今の翔子は全身に纏った武器のお陰で相手よりもかなり重い。

 距離が開いたので、目眩ましにマイクロミサイルを放つ。爆煙で視界が塞がれるので、第六感で相手の位置を把握して飛びかかった。まだ力の使い方に慣れていないのか、相手の反応は鈍い。ドギツイ一撃を顔面に浴びせる。

 トランセンデンターは大きく後方に吹き飛んだ。ヴィディス・アーマーの補助もあって、かなり強く殴ったにも関わらず拳に痛みはない。

 煙が晴れても、トランセンデンターは起き上がらなかった。死んでいるわけではなく、全身の痛みに悶えているようだ。

 さて、とどめを刺すべきか、否か。

 そうすべきかそうでないかで言えば、殺すべきだ。トランセンデンターの力は大きな脅威となる。こいつは化け物だし、ベクターズと同じように殺してしまっても構わないだろう。論理的、には。

 しかし感情的に言えば、同族殺しは憚られる行為だ。彼は、考え方は違えど、翔子と同じ存在だ。翔子のもう一つの可能性とも、言えないこともない。

 しかしまあ、今更だろう。あまり考えても埒が明かない。ある意味で、翔子は既に裏切り者。久雄の目的に背いた時点で、トランセンデンターの反逆者なのだから。

 だからここは、感情を押し殺して、一思いに。

 翔子は背負ったレヴァンテインを右手で持ち、ブレードモードに変形させる。これなら多分、トランセンデンターの装甲も破壊できるはずだ。

 豪快に振りかぶって、首を切り落とす。

 頭の無くなった胴体は一瞬だけビクリと痙攣したが、すぐに微動だにしなくなった。思考停止にも似た状態で、翔子はレヴァンテインを再び背負う。

 難敵が一人沈んだ。先日見た二人以外にトランセンデンターが居なければ、残っているのは後一人。

 トランセンデンターを始末するのは、自分の仕事だ。そう自分に言い聞かせ、翔子は足早にその場を後にした。



 突き当りの部屋は、自家発電所のようだった。なんだかよくわからない炉などが動いていて、とてもうるさい。

 炉を破壊してしまおうかとも思ったが、もし原子炉だった場合に取り返しがつかないことになるため、やめた。その代わり、電線を切断する

 適当な電線を選ぶ。多分、太いのがいいだろう。感電しないように少し離れてから、適当な銃器を転送して乱射する。炉には背を向けているし距離もかなり離れているので、誤射の心配はない。

 三秒も経った頃には、電線は原型を留めないほどにズタボロになっていた。

 途端に、照明が消えて辺りが真っ暗になる。ゴウゴウとうるさかった音も、次第に小さくなっていく。ヴィディスのセンサーはそれを素早く察知し、暗視モードを起動した。

「デンセン切ったよー」

 響子に報告。と、彼女が思い出した様に言う。

『よく考えたら、原子炉ならハザードシンボルがどこかにあるはずなんだよなあ……。まあいいか、照明落ちたし。下手に炉をいじって爆発されても面倒だ』

 ハザードシンボル……すっかり忘れていた。一応確認してみるも、炉らしきものには何も表示されていない。変電設備には、それを示す旨のシールが貼ってあるのだが。

 確かに爆発されると危ないので、手を出すのは愚策だろう。というか、電線を切るだけでもなかなか危ない。

 これから何も起きない保証はないので、そそくさと退散する。鍵のかかったドアを蹴破りドアの前に居た警備員を昏倒させて (インセクサイドが国家組織と繋がりがあるからこそ、下手に人殺しを行うと問題になる) 廊下に出ると、他にもドアがいくつか確認できた。

 どこから行くべきか響子に訊ねると、とりあえず端から虱潰しに行けとのこと。何も情報がない以上、そうするしか無いだろう。

 一番近くのドアは、電子錠で施錠されているようだ。だが、電気が通っていないためにシステムがダウンしていて開ける術がない。仕方がないので蹴破った。どんなに堅牢な鍵であっても、ドアが破壊されてしまえば意味が無い。

 これまた居た警備員を昏倒させて中に入ると、そこにはエレベーターのようなものがあった。ボタンを見るに、上階との接点らしい。システムがダウンしているので、どこと繋がっているのか実際に調べることはできなかった。

 次の部屋に突入――する前に、ドアプレートが目に入る。男子更衣室……隣の部屋を見てみると、女子更衣室となっていた。……まあ、こういうこともあるだろう。

 となると、先程のエレベーターは外界との接点なのかもしれない。場所を記憶しつつ、次の部屋へと移る。

 ――と、真っ暗な通路に赤い光が走るった。警告灯が明滅し、更なる非常事態を告げる放送が、辺りに響く。

『発電所に問題が発生。侵入者による破壊工作が原因と思われる。警備部隊は現地に急行せよ。繰り返す――』

 非常用電源が作動したのだろう。時間がかかったのは、侵入者という非常事態からのパニックだろうか。あるいは、単純に練度が足りないだけかもしれない。

 とにかく、すぐにここへ警備部隊が来るはずだ。警備部隊がどんなものかは分からないが、数が多そうなのでそこそこ以上の脅威ではあるだろう。

 ……まあ、来るとわかっているのなら対策の立てようはある。キャサリンは女子更衣室のドアを破壊してから、男子更衣室のドアを蹴破って中に入り、適当なロッカーからつっかえ棒を拝借した。

 そのまま入り口の裏を陣取り、待ち伏せる。相手が女子更衣室を警戒している間に奇襲する作戦だ。引っかかれば御の字程度の作戦ではあるが、成功すれば正面衝突よりもかなり楽になる。

 しばらく経って、複数の足音が聞こえてきた。恐らく、五、六人程度だ。だが、普通の人間よりも重い足音がいくつか混ざっている。――ベクターズだ。

 なるほど、混成部隊か。人外の力を持つベクターズを擁しているのなら、少人数の部隊にも納得がいく。

 だが、相手が人外に並ぶ力を持っていることは、想定されていないようだ。

 キャサリンの目論見通り、駆けつけた警備部隊のうち半分程度が女子更衣室に入った。ベクターズも一体随伴しているらしい。好都合だ。

 つっかえ棒を振りかぶり、男子更衣室から飛び出す。勢いのままに一人殴り、昏倒させた。返し刀ならぬ返し棒で、もう一人も殴り倒す。ふと目に入った肩の線は、先程殴った相手よりもニ本多かった。

 そこで、女子更衣室から人間が一人とベクターズが一体飛び出してくる。先制攻撃で二人潰せたので、十分な収穫だ。キャサリンはつっかえ棒を残りの一人に投げつける。もんどり打って倒れた警備員は、肩の線が最初の一人と同じだった。

 残りはベクターズ三体。混成部隊では力の加減が難しいのだが、ベクターズだけなら思いっきり戦える。

 ベクターズのタイプは、亀型だ。防御力とパワーに秀でた、厄介なタイプである。それも、同時に三体。下手な立ち回りをすれば一方的に嬲り殺しにされる可能性すらあった。

 手早くロケットランチャーを転送し、手前の一体を倒す。少し前に響子が魔改造した代物なので、威力は絶大。ベクターズの身体は爆発四散していた。だが、問題はこの一発しか無いことだ。

 発射筒を順手で構え、打撃武器として扱う。金属の塊みたいなものなので、そこそこ威力があった。天井ギリギリまで飛び上がってからの振り下ろしで、後ろに立つ一体の頭部に打撃を与える。運悪くまだ生きていたので、潰れた頭部に止めの一撃を突き刺した。

 残り一体。

 迫り来る拳を発射筒で受け止める。速さこそないが、重い一撃だ。その威力に、ミリミリと金属の曲がる音が響く。キャサリンは受け流すようにターンして、直撃を回避した。押さえを解かれたベクターズは、その勢いのまま拳を床に叩きつける。

 床には、拳の痕がハッキリと残っていた。あんなものを喰らえば、ヴィディスごと圧殺されてしまうかもしれない。

 だが、当たらなければどうということはなかった。もう一度拳が振り下ろされたので、キャサリンは背後に回る。動きが重い分隙が大きいので、これぐらいなら余裕だ。

 ベクターズが振り返るよりも早く、甲羅を伝って頭によじ登る。目潰しで動きを封じてから、タコ殴りにした。

 頭部が頭部でなくなったベクターズは、うつ伏せに倒れる。キャサリンは途中で飛び降り、部屋を確認する作業に戻った。



 結構な数の部屋を調べたが、未だ手がかりらしい手がかりは掴めずに居た。

 キャサリンから送られてくる情報を眺め、響子は溜息を吐く。今後のことを考えると、組織の背後関係を探りたい。しかし、部屋にある資料からも、警備部隊の制服からも、それらしい情報は見つからなかった。名刺の一枚さえ見つからないというのは、流石に妙だ。強力な規制が敷かれていると見ていいだろう。

 ここまで強力な規制が敷かれているということは、外部に漏れると本当にまずい情報だということだ。巨大な権力が絡んでいる可能性もある。

 それだけに、手に入れれば大きな価値を持つだろう。

 しかしこの規制っぷりを見るに、物品からの情報は望めない。背後関係を話されていなければ、尋問をしても無駄になる。

 だとすると、最も有効なのはここのボスを見つけ出し、直接お話しすることだろう。トップが何も知らないようなら、むしろこの場に価値はないともとれる。

「キャシー、次に警備員を見つけたら、ボスの場所を訊くんだ」

『ワカッタヨー』

「多少、手荒なことをしても構わない。責任は私が取ろう」

『オーケイ』

 尤も、この騒ぎで既にボスが避難している可能性もあるのだが。



 警備部隊のベクターズを叩きのめした時、翔子の第六感があるものを感じ取った。

 施設の奥で起きている、継続的な次元干渉。先程倒したトランセンデンターとは違う、これは――久雄のものだ。

 誘っているのだろうか。それ以外に、このタイミングで次元干渉を行う理由は、皆目見当がつかない。

 向こうも、翔子が来ているのはわかっているはずだ。ならば、こちらを待って迎え撃とうとしている可能性も、十二分にありえる。

 なら、その挑発に乗ってやろう。

 誘われていなくとも、どのみち倒しに行く相手だ。わざわざ向こうから居場所を晒してくれているのなら、好都合だった。

 再び現れた警備部隊を三枚におろす。勝ち目がないと悟ったのか、もう人間の姿はなかった。先に追い払わなくていい分、逆に好都合だ。

 翔子は廊下を突き進む。何人たりとも、彼女の歩みを止めることはできない。

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