*17 ストライク・バック
トランセンデンターとやらは、またも一歩踏み出した。
既に右腕の装甲は破壊されている。左腕だけで受けるのは、少し危ない。拳が動き出すまでの一瞬で、キャサリンはありとあらゆる方法を検討した。
その中で一番有効だと思われるものを実行する。
先程見えたパンチの動き、アレは明らかに素人のものだ。とても早いので違いがわかりにくいが、熟練者のパンチはもっと鋭い。隙のない動きで、的確にこちらの急所を狙ってくる。
だから、目の前のトランセンデンターにカウンターを差し込む隙はいくらでもあった。
眼前に迫る拳を腰をかがめて回避。そのままの格好から、二の腕に向けて鋭く蹴りを入れる。
ヴィディスの蹴りは、サンドバッグをも切断するほどの威力だ。強固な装甲を誇るトランセンデンターであっても、相当痛かったらしい。バックステップで距離を取られる。深追いは危険なので、追撃はしなかった。
少しでもダメージを与えられれば、相手はこちらを警戒する。睨み合いを維持できれば、時間も稼ぎやすい。
睨み合うこと、数十秒――体感時間では、数十分。またしても相手が動き出す素振りを見せた、その時。
遠くから、バイクのエンジン音が聞こえた気がした。
※
推測。相手は、自分と同じような能力を持っている。全く同じ能力である可能性も、多分にあった。
そして前提条件として、相手はベクタターズと同様の手段で出現したというのがある。
相手がどのようにして翔子と同じ能力を手に入れたのか。そんなものは、容易に想像できた。
そして、翔子の力の出処も。
とまあ、大体の予想はついたのだが、まだ確証がない。これは翔子の勝手な推測であり、現実からかけ離れた妄想かもしれなかった。
だから相手を捕まえて、直接聞き出す必要がある。その力をどこで手に入れたのか――場合によっては、翔子の力はどこから出てきたものなのか、も。
風を切り裂いて、真っ直ぐに進む。もう少しで目的地だ。戦いの音が、聞こえてきた。
音が聞こえれば、すぐに戦場まで辿り着く。睨み合う二人は、悪魔的なシルエットと、ヴィディス――キャサリンだ。
両者はこちらに気づき、更に間を取った。翔子はそれに構うことなく、バイクを降りて歩き出す。
「ショーコ、ソイツは――」
「わかってる」
キャサリンが何か言おうとしたが、それは手で遮った。
「ほう……トランセンデンター自らのお出ましか」
悪魔の様な姿をした相手は、翔子を見るなり面白そうに漏らす。初めて聞いた単語だが、流れ的にどんな意味かは予想できた。
「へえ……。この能力、トランセンデンターって言うんだ」
そう言い、翔子は空に手を伸ばす。いつものポーズと、いつものセリフ。
「融装!」
これまで何度も頼ってきたこの能力だが、ハッキリとした出自は闇の中だった。しかし今この瞬間、積年の謎が解けようとしている。
翔子は地面を蹴り、一息に敵の眼前まで近づく。よく見ると、装甲の材質が翔子と同じだ。防御力は同等と見ていいだろう。
相手は戦い慣れていないのか、急に近づいてきた翔子を前にして対応に困っているようだった。その隙に、相手の足を払う。
翔子と同じ能力を持っているということは、相手は人間だ。先程言葉を発していたので、ベクターズに翔子と同じ能力を付与したという可能性は限りなく薄い。
ならば、ひっ捕らえて聞き出してしまおう。
尻餅状態でこの場を逃げようとする相手――自分の能力がトランセンデンターなら、こいつもそうだろう――の右足を掴み、持ち上げる。抵抗する左足。右手でそれをいなそうとするが、失敗して一撃が顔面にめり込んでしまった。変な体勢から放たれた一撃とはいえ、かなり痛い。融装していなければ首がもげていたかもしれない。
痛みを抑えるように歯を食いしばっていると、今度はこちらが足を払われる。足での抵抗も継続して行われ、翔子はたまらず手を放してしまった。
主導権を奪われると、立場が逆転する。乱暴に馬乗りにされ、顔面に一撃を入れられる。
「ここでお前を倒せば、久雄様の悲願への障害が減る!」
新しい単語が出てきた。やはり、こいつに話を訊くのは正しいのだろう。問題は、どうやってこの場を切り抜けるかだが――。
「ショーコ、伏せて!」
キャサリンの声が辺りに響いた。咄嗟に地面に身体を預けると、爆音と同時に目の前を鉄の塊が通りすぎる。鉄の塊はトランセンデンター(仮) に当たると、中から何やら熱そうなものを噴出し、炸裂した。
「ぐおぁ!」
トランセンデンターが叫び、顔面を押さえる。噴出したものは、翔子にも微妙にかかった。とても熱いが、熱いだけで装甲に問題はない。この程度なら我慢できる。
「せい!」
翔子は相手を突き飛ばし、起き上がった。胸にかかったものを確認すると、既に固まっている。見た感じ、何かしらの金属だ。
「サスガにHEATは効かないネー」
彼女はそう言いながら、とても大きなライフルの銃口を上に向けた。
ヒートとは、多分、先程放った銃弾のことだ。銃弾に様々な種類が存在していることぐらい、翔子でも知っている。ヒートとかいう名前と、溶けた熱い金属から察するに、熱で攻撃する兵器なのだろう。
自分の勘違いには気づかない。それどころか、次の瞬間にはそんな些細なことなど忘れている。
翔子は顔面から金属を剥がそうとするトランセンデンターの首を掴んだ。
「……話してもらおうか。いろいろと、詳しく」
自分でも驚くほど低い声が出た。
それは意図せずとも脅迫じみた響を醸し、少なからずの威圧を与える。
その一言で相手が怯んだのは、誰から見ても明らかだった。
「私の身体がこうなったのは、君達のせいなのかな」
更なる追い打ち。これは確認ではなく、紛れも無い脅迫だ。わかりきったことを訊く必要は、ない。語尾を下げることで、威圧感を高める。どこで教わったわけでもない、処世術。
しかし相手は怯みつつも翔子の腕をつかむ。同等の力を持っているのなら、素直に従う必要はない、と判断したのだろう。
だがこちらは二人だ。
「キャサリン」
「ファイヤー!」
トランセンデンターの背中に、溶けた金属が張り付く。上がる悲鳴を無視して、翔子は言った。
「答えて」
相手はしばらく逡巡していたようだが、やがて口を開く。
「くっ……今はまだ、その時では……」
どうにも話す気はないらしい。追い打ちのかけようかとも思ったが、それをする前に、また新たな反応があった。
次元の歪み。現れた人型は、継続的な次元干渉を行っている。ということは、つまり――。
「失礼。部下への伝達がなっていなかったようだ」
新しく現れた人型――筋肉を模した漆黒の鎧と鬼の面、彼もまた、トランセンデンターなのだろう――は、深々と頭を下げた。
部下、ということは、彼は先程のトランセンデンターの上司に当たる人間だ。そしてわざわざこんなところにまで部下の不始末を侘びに来るということは、それなりの地位――あるいは、トップに立っている人間だろう。何よりその気品漂う立ち居振る舞いが、上流階級のそれを思わせた。
「俺の名は……久雄だ。君と同じトランセンデンターであり、トランセンデンターの生みの親だ」
「そう……。あなたが、ねえ」
先程の相手とは打って変わって、色々と話してくれそうだ。部下への伝達がなっていなかったというのは、事実なのかもしれない。翔子は掴んでいた首を放し、トランセンデンターを解放する。トランセンデンターは、そそくさと久雄の隣に移動した。
そしてまあ、なんというか、やはり。
翔子の力の出処は。
「この街にベクタ……怪物を放っているのも、あなた達なの?」
確認の意を込めて、翔子は言う。心の何処かでは、その言葉が否定されることを期待していた。だが、同時に諦めも、確かにあった。
「ああ、そうだ。そして想像通り、あの怪物は我々トランセンデンターの前身に当たる」
ああ、やはりそうか。
この力は人々の恐る化け物と同じもの。人々を脅かす、怪物の力。
自分――トランセンデンターとベクターズとでは、何が違うのだろうか。
翔子の心中を察したのか、久雄は口を開く。
「だが、案ずることはない。怪物を生み出すのに使っている薬品はCODE-T2Mと呼ばれるものだが、我々トランセンデンターを生み出す薬品はその進化系であるCODE-T3だ。あのような中途半端なものとは違う、人間の力だ」
その言葉を素直に受け入れることができたのなら、きっと幸せになれたのだろう。
だが、そんなことはできなかった。
一度懐疑的になってしまった人間は、全てを疑う。薬が違えば、それは違うもの――そんな理屈は、果たして本当に通るのだろうか?
CODE-T3なる薬が一体どのような仕組みで人をトランセンデンターにするのかは分からない。しかし、CODE-T2Mなる薬で生物が怪物になってしまうというのに、CODE-T3なら人間のままだという話は、虫がよすぎるのではないだろうか?
悩む翔子をよそに、久雄は話を続ける。
「我々の目的は、人類の進化だ。万物の霊長たる人類は、全ての生物を超越しなければならない。だから我々は、全人類をトランセンデンターにするべく、日々研究を行っている」
なんだそれは。
これでわかった。こいつの言っていることは、滅茶苦茶だ。理解できない。だからきっと、トランセンデンターが人間であるという理屈にも、どこかしら破綻があるはずだ。トランセンデンターは、化け物だ。
「どうかね、君も我々の理想のため、手を貸してくれないだろうか」
そう言って差し伸べられた手を、翔子は迷うことなく振り払った。
最悪だ。全部滅茶苦茶にしてやりたい気分だ。
なぜ自分をこんな目に遭わせた奴らに協力しなければならない? こいつらが居なければ、今頃、自分は――。
「……私は、私は……っ」
こいつらが居なければ、こんな力を持っていなかったら――トランセンデンターでなければ、今頃、自分は何をしていたのだろう?
少なくとも、フリーターではなかったはずだ。こんな力がなければ、怪物に襲われている人々を助けることも、きっとなかった。
力があるから。力があるから、自分は戦った。それは、力があるものの責任だと思ったから。
こいつらは、全人類をトランセンデンターにすると言った。全人類を、化け物にすると言ったのだ。
翔子の脳裏に、沢山の顔がよぎる。清香や両親、響子、キャサリン、弥月――。全人類ということは、彼女らも怪物にされるということだ。
それを防げるのは、きっと自分しか居ない。強靭な肉体を持ち凶悪な力を持つトランセンデンターとまともに戦えるのは、トランセンデンターだけだ。力のあるものの責任として、自分がこいつらの野望を阻止しなければならない。
「私は……お前達を、許さない」
久雄を強く指差し、翔子は宣言した。こいつらの存在を、自分は看過しない。力のあるものの責任として、こいつらを、排除する。
久雄はやれやれと両手を上げ、フッと呟いた。
「それは……残念だ」
そして、突然何かを取り出す。次元干渉が発生していたので、四次元にでも隠してあったのだろう。その技術、翔子にはまだ未知の領域だ。
武器だろうか。そう思い身構えるも、どうやら違うらしい。久雄が取り出したのは、リモコンのようなものだ。何をしてくるかわからない分、普通の武器よりも質が悪い。
久雄がリモコンを操作する。と、またしても次元干渉が発生した。これは、ベクターズの出現時と極めて似通ったものだ。
増援――かとも思ったが、どうにも逃げる気らしい。
「今はまだ準備が整っていない。また会おう」
久雄は捨て台詞を吐き、次元の歪みに飛び込む。
「っ、逃すか!」
翔子は慌ててそれを掴もうとしたが、時既に遅し。久雄も、名称不明のトランセンデンターも、既にこの場から居なくなってしまった。
※
本当に、余計なことをしてくれた。
先ほど現れた二体のトランセンデンターに対して、響子は何よりも先に憤っていた。
一部始終は、キャサリンのヴィディスについている小型カメラで確認している。その辺の家電量販店で売っているものよりも高性能なマイクも搭載しているので、音声もバッチリだ。
だが、引っかかったところもある。翔子が、最初から知っていたような素振りを見せたことだ。それどころか、翔子の側から質問した節がある。
自分と同じ次元干渉を行う相手を前にして、何かを察してしまったのかもしれない。だとしたら、例えあのトランセンデンターが余計なことをしていなくても、近いうちにバレていただろう。
だが、あのトランセンデンターが余計なことをしたことに変わりはない。対策を練る間もなくバラされてしまっては、翔子のメンタルケアが困難になる。
とりあえず仕事は切り上げて、三時のおやつでもどうかと言い訳を付けて自室に誘った。適当にクッキーでもつまみながら、愚痴を聞くなり励ますなりしようという腹積もりだ。
二人きりでは気まずいので、キャサリンも呼んである。
「……」
目の前のクッキーには手を付けず、場違いなまでに真剣な目つきでテーブルを眺めている翔子は、やはり張り詰めているようだった。
彼女なりに落とし所を見つけようとしたようだが、どうにも無理をしている。これでは、いつか張り裂けてしまう。
だが、どうやって励ましたものか。
誘ってはみたものの、実際には何も考えていなかった。
整理しよう。まず、翔子はなぜ張り詰めているのか。
これまでの経緯を考えると、恐らくは自分が人間でないことへの葛藤だろう。もっと深く行くと、自分がこれまで倒してきた怪物と自分の違いがわからない――といったところだろうか。詳しくは話を聞いてみないとわからないが、言いたくないことだってあるはずだ。
なら、どう励ますのか。
単純に考えれば、君は人間だと言ってやればいいのだろう。
だが、それはなかなか難しい。
そもそも、人間とはなにか。
大昔、とある哲学者は人間を 『羽毛を持たない二足歩行の動物』とした。丸い爪を持つという追加条件もあったが、外見の条件をいくつ追加したところで結局その本質に変わりはない。樽の中でニワトリの爪を削られるだけである。
そして違う哲学者は、人間を 『最も賢いが最も愚かな動物』 とした。だが、これは個人的に嫌いな定義である。最も賢いが愚かな動物は、パンダだ。生き残るための苦難を全て人間に押し付けているという点では賢いが、人間が滅べば長くは保たないので愚かな選択とも言える。
『人間とは赤い頬をした動物である』 と言った哲学者も居た。本来は恥についての話なのだが、肌の色について言及するのは人種差別を助長するので不適切だ。
なら他の学問――生物学的にはどうなのかと言うと、動物界 脊椎動物門 有羊膜亜門 哺乳網 真獣亜綱 霊長目 真猿亜目 類人猿科 ヒト亜科 ヒト属 サピエンス種……みたいな長々しい名前で定義されている。これが一番正確な定義と言えるのだろうが、多分これだと翔子が人間ではなくなってしまう。トゲトゲとトゲアリトゲナシトゲトゲが違う生物に分類されているように、少しでも生態が違えば別の種とされるのが生物学だ。トランセンデンターと人間の体の作りがどれくらい違うのかは分からないが、多分 動物界 (中略) ヒト属 トランセンデンター種 ぐらいにはなるだろう。これは人間とは違う生き物だ。
なかなかいい定義が見つからない。そもそも響子にとっては相手が人間かどうかなど関係ないので、このテの知識には疎いのだ。
人間の定義なんか、考えたこともない。強いて挙げれば 『近くで見ても人間として認識できること』 なのだが、今更そんなことを言ったところで励ましになるとは思えなかった。
響子は、真剣な目つきでテーブルを眺める。はからずも、翔子と同じような状態になってしまった。
……駄目だ。翔子は、もう生物学上の人間ではない。それどころか、生物学的な側面だけで言えば、彼女がこれまで倒してきたベクターズの方が近しい存在かもしれなかった。
だが。
それが、どうした。
例えベクターズと同じ力を持っていたとしても、例え世間が彼女を怪物だと非難しても、翔子は、翔子だ。あんな化け物とは違う、大切な――翔子だ。この世に一人しか居ない、この世の何者とも違う、響子にとってたった一人の、翔子。
結局、翔子とベクターズの明確な違いを言葉にすることはできなかった。
だから、月並みな言葉……稚拙な表現でしか、励ますことができない。
「……君がもし、自分とベクターズとの違いについて考えているのなら……そんなことは、気にしなくていい」
視線を落としたまま言う響子に対し、翔子もまた、顔を上げずに言う。
「でも……私の力は、あのベクターズの……化け物の力です。そんな力を持つ私は……もう、人間では……」
「君の力がベクターズと同じものであっても、君は、君だ。……化け物、なんかじゃ……ない」
言葉を交わしても、お互い下を向いたままだ。相手の目を見ている余裕はない。自分の中で無造作に散らばった言葉を、一つ一つ、拾い集めていく。
「人間かどうかだって、どうでも……いい。君が、君である、限り……君が君であることは、変わり、ない。……それだけで、いいんだ。多分。…………少なくとも私は、そう、思っている」
それは拾って集めただけで、組み立ててすらいない言葉。つつけばボロが出てくるような、危ういもの。だが今は、そんなことしか言ってあげられない。
「私は……私で……いいの、かな」
翔子の呟きは、きっと部屋が静かでなければ聞こえなかっただろう。
私は私でいいのかな。
当たり前のことだ。むしろ当たり前すぎて馬鹿にされるぐらいだろう。私が私でなければ、それは一体なんなのか。
でも、だからこそ、あたりまえだからこそ、一番大事なことなのだ。私――翔子は、化け物の力を持つ以前に、翔子だ。響子が信じるその事柄だけは、何者にも否定出来ない真実だ。
大切なことに気づいたことで、かき集めただけだった言葉が、形になった気がした。今なら、上手く言える気がする。
響子は小さく深呼吸して、顔を上げた。つられたのか、翔子の視線もわずかにこちらへと向く。
懇切丁寧に、ゆっくりと、形にした言葉を崩さないように、響子は口を動かした。
「君が信じたもの……それだけが、真実だ」
どんな美辞麗句を並べ立てたところで、結局のところ、世界は自分を中心に回っている。大判小判を猫に与えても無価値なように、絶対的な価値基準などこの世には存在しない。ならばこの世をどう規定するかといえば、それは全て自分で決めるのだ。
世間一般の価値基準に沿ったとしても、それは自分で世間一般に合わせると決めたのであって、絶対のものではない。最後にそうと決めるのは、飽くまで自分なのだから。
だから、翔子は翔子だ。響子がそう決めたのだから、響子にとって翔子は翔子だ。
それでいい。
翔子が、自分が自分であることを望むのなら、信じるのなら……それが、真実だ。
「……ありがとう、ございます。おかげで、だいぶ楽になりました」
そう言った彼女の視線は、いつもの、柔らかいものに戻っている。
「その調子で、敬語も外してくれると、嬉しいかな」
だから響子も、いつものように冗談めかしてそう言った。尤も、最近はあまり冗談を言う機会は無かったのだが……。
と、すぐ横のキャサリンが会話に割り込む。
「テユーカ、ショーコはキョーコより歳上だよ」
「……そうだっけ」
翔子のデータを取った際、データの一部として彼女の年齢も確認した。したのだが……その容姿のせいで、二十代前半――二十七歳の響子よりも、少し歳下だという印象がついてしまう。それは初めて素顔を見た時点で既に翔子のイメージとして固まっていたので、なかなか覆らない。
ただ、こうして言われてみると……そう言えば、確かに、自分より歳上だった気がしてくる。
当の翔子はおかしそうに口元を押さえ、笑いを堪えるようにして言った。
「よく間違われるけど、私、二十九だよ」
「……翔子さん」
「いいよ、今まで通りで」
まあ、響子も普段から年功序列を重視しているような人間ではない。上司などなどそういった事情のある場合には敬語で話すが、別に歳上だからといってわざわざ敬語を使ったりしないし、歳下にタメ口をきかれても別に構わない。現に、二十四歳のキャサリンにタメ口でなにか言われたところで、全く気にならない。
「そうか……じゃあ、今まで通りで……」
本人がいいと言うのなら、堅苦しい敬語よりもタメ口で話すべきだろう。
それにしても……今まで歳下だと思っていた相手が歳上だったというのは、なかなかに奇妙な感覚だ。確かに、容姿以外で翔子が歳下らしい要素はあまりないのだが……。
認識を改めるべきか、どうか。
その晩、響子はそんなくだらないことで悩んでしまうことになるのだった。




