第4話
よく晴れた日の早朝、村の中心の広場に据えられた木組みの櫓は気丈な喪主の兄の手によって火が放たれた。
流石に、まだ十の少女の手にそれをさせるのはと、まわりも悩んだ結果だった。兄である青年が進んで名乗り出て、妹である少女も素直にその言葉に甘えたこともあり、儀式は果たされることになったのである。
燃え上がる火は村人達の予想を遙か超えた火勢で燃え盛った。四角く組み上げた木の櫓の台座に横たえられた遺骸は瞬く間に深紅の火の中に飲みこまれ、人の体が燃える臭いは火勢を助けるように吹きこんだ風と共に空高く吹き上げられる。
土葬が主のこのあたりでは滅多に見られない光景に、大人達は食い入るようにその様を見つめ、呑気な子供達は祭だと勘違いをして騒ぎ出し、親達に叱りつけられた。
近寄れるぎりぎりのところでその様を見上げる銀花にさぼうが側に寄ってくる。細い手首を掴んで後方に引っ張った。
「?」
見上げると、記憶に残る二人の男と似通った顔があった。
「木組みが崩れる。危ないから下がれって言ってるのに、お前は何を聞いてるんだ」
少し怒った様子で言われ、銀花はきょとんとした。慌てて周囲に目をやれば、人の波は遠くに引いていた。それから再び木組みに目を戻すと、不格好な均衡の木組みが。今にも崩れそうな雰囲気が漂っている。
「どうした?」
安全なところまで手首を掴まれたまま連れて行かれると、さぼうがそう尋ねてきた。
身内の亡骸を見たのは初めてだったから。それが弔われるのも初めてだから。
母の葬儀は幼すぎて記憶になかったし、母の恋人だった男も結局遺体は上がらなかった。
彼女の叔父の死はそう言う点で、初めて直面する明確な死であり、決別だったのだ。
それを舌っ足らずに輪をかけて、小声でぼそぼそと告げると「ああ」と、さぼうは素直に納得した。
「俺がいるだろ」
藪から棒にそう言い放ち、銀花の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「……」
疑い深い胡乱げな視線を向けてくる少女に、さぼうは多少気分を害したが気を取り直して言葉を続ける。
「安心しろ。勝手にいなくなったりしないから。その時はちゃんと話をしてからにするから」
絶対いなくならない保証はないが、それでももしその時が来てしまったのなら、何も言わずにいなくなるような真似はしない。
「うん」
じわりと目尻に涙が溢れてくる。銀花は自分から、さぼうにしがみついて漏れる嗚咽を隠す。
兄である青年はすがりついてくる妹を周囲の目から隠すように、腕の中にしまい込んだ。
櫓が崩れる瞬間に目を奪われていた村人の誰一人、抱き合い寄り添う二人の姿など気づきはしなかった。
叔父の佐茅が火葬を望んだのは、愛する姪っ子が、この土地に縛られないためだったのかも知れない。土葬であれば、確実にその土地に縛れてしまうから。
主婦は余人には理解し得ないことだとわかっていても、そう考えずにはいられなかった。
自然の鎮火に任せた火の手が完全になくなったのは昼前にはとうに熾き火程度までに収まっていた。火が熾き火になったのを見計らって、数人の男達が遺体の燃え具合の確認に出たが、彼らは何も持ち帰ることなく戻ってきた。
彼の遺骸は何一つ残さず燃え尽きてしまったのである。遺骨も、姪とお揃いだと生前は誰からも冷やかされた首飾りの水晶玉も。
残ったのは櫓を造っていた炭化した木組だけ。
この地の思い出をすべて断ち切るような葬儀は彼女にとって悲しいものだったが、それがあの少女のためだと思えばそれも仕方ないことなのだと思うしかない。
兄である青年の詰まった仕事の関係で、その日の内にこの村の出立を余儀なくされた少女にいくらかの駄賃を包んでやろうと、軽めの携帯食を作っていると件の少女が家の扉を叩いた。別れの挨拶に来たのだ。
広場に散乱した櫓の片付けも一段落し、後は先を急ぐ二人のために村人達が片付け役を申し出てくれたために、二人の出立は早まったのである。元々生活感のない故人と姪の少女であったから、持ち出すものも少なく、まとめる荷物に時間を割かれることもなかった。
「これ、途中でお腹が減ったらお兄さんと食べてね。銀ちゃんが好きな塩漬け肉も少し入ってるから」
塩漬け肉はどの家でも貴重な食べ物だったが、他に用意できるものもなく、精一杯の気持ちと言うことで包みの中に入れたのだ。
「うん」
満面の笑みでそれを受け取り、許されたわずかばかりの時間で他愛ない話に興じる。けれど時間が差し迫っていることに間違いはなく、それほど言葉を交わさぬうちに少女の兄が、挨拶をしに行ったまま戻ってこない妹を迎えに来てしまった。時間には厳しい性格なのか、見た目にも彼の不機嫌さは一目瞭然だった。
この村に着いたばかりの時と同じ、旅装束に荷袋を背負った姿である。
都で詰まった仕事でもあるのか、早くここから出ていきたいと雰囲気を纏い、銀花を見つけるなり、鋭い一瞥を投げた。
「今までお世話になりました」
口早にそう言うと頭を下げた。それに急かされるように主婦も同じように別れの挨拶を口にする。
「いいえ。こちらこそ。落ち着いたら手紙でもちょうだいな。それから暇ができたら遊びにも来てね。うちの子も喜ぶわ」
にっこりと微笑みかけるとそれにつられて銀花も笑顔を見せた。それが最後のように、足が動きかけてはっとする。
慌てて隠していた小さな巾着を取り出し、主婦に渡した。
「あら、これって」
手の中の巾着には様々な大きさの水晶の原石が入っていた。少女がどこからか拾ってきて遊ぶときに、互いをぶつけ合い、弾かせ合ったりして遊んでいた子供らしい玩具だった。
大事なものに違いない。そんなものをもらっていいのかと、視線で訴えると彼女は大きく首を振って頷いた。断ることも躊躇われ、「大切にするわ」と言って受け取る。
「銀。もういいか?」
「うん。ごめんね。―それじゃあ」
改めて別れを告げ、銀花はさぼうに手を引かれて主婦に頭を下げる。さぼうも会釈をし、世話になっていたと聞く主婦に礼をした。
「元気で―」
手を振る主婦に、銀花は何度も振り返り手を振った。




