表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/41

談話

(負けた……)


 肉をかじりつつ、珊瑚はそう思った。

 たかが肉だ。ただの肉だ。なのに、この柔らかさは何だというのだろう。

 過去、砂虫から家畜まで、多くの肉を口にした事があるが、こんなものには巡り会った事がない。


「気に入ってくれて良かったわ。あの蒸気は熱すぎるから、蒸し風呂よりお料理向きだと思ったのですけど。こんなに上手く行くなんて」

「タエ殿のお陰ですよ。さすがに、我々ではあの蒸気を岩で囲めませんから。蒸してから焼くと肉も柔らかくなりますし、子供向けの料理にはぴったりでしょう」

「ふふ。せっかくの地熱ですからね。あれなら燃料も要りませんし」


 と、レリウスにタエが笑いかける。


「きゅい?」


 会話を聞きつけた珊瑚が疑問の声をあげると、タエが珊瑚の方を向いた。


「珊瑚ちゃんの卵を見つけた場所の近くにね、熱い熱い蒸気が噴出す場所を見つけましてね。そこを岩で囲んで、入り口をつけたのですよ」


 平たく言えば、間欠泉を利用した巨大な蒸し釜だ。

 中には職人達に作らせた石の棚が入っていて、そこに食材を置けば蒸せるようになっている。

 誰かが火の番をする必要もなければ、棚を洗う必要もない。

 常に噴出す高温の蒸気を、そのまま利用すれば良いだけだ。

 

「薪を作らずに済みますし、客への評判も良いですしな」

「ええ、本当にありがたいこと。これも、料理人の皆様のおかげですね」


 出来た料理は、陶器の皿に盛られて蓋をされ、城下に通じる湯の坂道に浮かべられる。

 それを下方の職人が受け取り、最後の味付けをするのだ。

 すぐに提供すれば熱々の料理。雪を使ってきゅっと冷やせば、温泉に漬かりながら食べられる、ひんやりとした冷製料理となる。

 棚で蒸されるのは肉ばかりではない。プリンなども、複数ある棚の一つで作られる。

 それに使われる卵は、温泉の残り湯を川に捨てる場所の上に建てられた、鳥小屋から採れる新鮮なものだ。


「くるる……」


 話の内容の半分しか理解できずに、珊瑚が丸い目をまばたかせる。

 だが、そんな事をしているうちにも満腹による眠気が訪れて、珊瑚はぺたりと雪原に伏せた。

 近くでは、タエとレリウスの会話が、まるで子守唄のように続いている。

 この二人以外は、皆、小屋に戻ったり街に戻ったりしたようだ。


「タエ殿」


 下方から飛んで来た梟から手紙を受け取ったレリウスが、それを読んでからタエを見上げる。


「住民登録の書き換えが済んだようです」

「まあ、早いのですね」


 そう声を弾ませたタエに、レリウスが内容を読み上げた。


「ジーネは、ロイの推薦通り、ラーニアと共にクルジの屋敷に行かせました。ダトイーンの屋敷は事実上、国に没収された事になっておりますから、誰に与えようと問題はないでしょう。ネバは、シャンザ一家の側の空き家に住まわせました。ここの生活が気に入ったという当人の希望によるものですが、名目上は、贖罪のための労働をさせる為、という事にしてあります。エルバは彼女の娘とロイと共に、今しばらくここの小屋に」


 レリウスの手が二枚目の手紙を広げる。


「ナティマの情勢は、中央部を除いてはおおむね平和であるとの噂です。ただ、砂虫の大量発生により、中央が外部との遮断を強めているとの事なので、行商はそこを迂回せざるをえないかと」

「そう……」


 タエが顔を曇らせる。無事に帰って来てくれれば良いが、心配なのだ。

 そんな会話をうとうとしながら耳に入れ、珊瑚は再び鼻を鳴らした。


(変な竜だ)


 ちら、と薄目を開いてタエを見る。

 まるで竜らしくない彼女が、人間に肩入れしているように思えてならないのだ。

 心配なら見に行けば良いし、砂虫が邪魔なら焼き払えばいい。

 それだけの力があるのは、とっくにわかっているはずなのに。


(ま、我には関係のない事だがな)


 弱い人間達がどうなろうと、珊瑚の知った事ではない。

 ただ、この国が滅びるのだけは勘弁して欲しいと思った。

 こんなにも美味しい料理がなくなるのは困るし、時々話題になっている、そのオンセンというのも試してみたい。

 それに、ラタが死ぬのは困る。愛しい愛しい契約者の匂いがするのだから。


(もうしばらく……このままでもいいか……)


 眠気に鈍る頭で、そんな事を考える。

 その後、くぅくぅと寝息を立て始めた珊瑚に気付いて、タエが、その眠りを守るようにぐるりと尾をめぐらせた。




「入れないだと?」


 ナティマ王都への入り口で、ディラノの剣呑な声が上がる。

 だが、兵士はがっちりと門を閉め、首を横に振るだけだった。


「ああ。行商だろうと何だろうと、ここを通すわけには行かん。上からそう言われているのだ」

「そんな話は聞いていないぞ。それに、きちんと許可なら取った。この国に危害を加えたりもしない。なのに無理だと、そう言うのか?」

「ああ。悪いが、その子と一緒に別の場所を探してくれ」

「しかし!」


 ディラノが声を張り上げる。

 空は既に夕暮れの色で、夜が近い事を告げている。

 今から王都を離れ、他の町を探すとなると、夜中の砂漠を通らなければならない。

 独り身ならまだしも、アニアを連れての移動は危険だ。


「親父……」


 下方から聞こえた不安そうな声に、ちらりと斜め下のアニアを見下ろす。

 それから膝を曲げ、目線の高さを合わせて、ディラノはアニアの両肩に手を置いた。


「大丈夫だ、何とかする。何とかしてみせるから、そんな顔をするな」


 心配するな、と繰り返して再び膝を伸ばす。


「頼む。絶対に迷惑はかけない。だから、せめて内側に入れてくれ」

「駄目だ。何度言ったら理解できるんだ? それとも、ここで切り伏せられたいか?」


 兵が一歩、ディラノに詰め寄る。

 慌ててディラノが剣に手をやると、詰め所の中から声が聞こえて来た。


「通してやれ。不審者と言えども女子供に罪はあるまい」


 どこか冷たい、鋭い声。

 それに兵士が小さく息を飲むと、声が再び続けた。


「子供は中へ。そこの大男は……そうだな。ひとまず牢に入ってもらおうか」

「何だと!?」

「それが子供を入れる条件だ、赤竜の間者。嫌なら二人揃って砂漠に戻るがいい」


 声は主張を譲らない。

 ちらりとディラノが兵士の様子をうかがうと、やけに緊張している様子が見て取れた。

 ディラノが溜息をつく。


「わかった。その条件に従おう」

「親父!?」

「なあに、必ず迎えに行くさ。お前を一人にはしない。そう決めたからな」


 それは、自分自身に誓った事だ。

 そして、タエとの約束でもある。


「そんなに心配しなくてもいい。それより、帰ったらゆっくり風呂に入ろうな」


 砂だらけじゃ嫌だろう? とアニアに笑いかける。

 それにアニアがうなずいたのを確かめて、ディラノは兵士に向き直った。


「さあ、条件は飲んだぞ。さっさと中に入れてくれ」 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ