魔法使いの弟子と少年
イーアーイアイアイーーイーアー!!!
イーアーイアイアイーーイーアー!!!
人気のない幽霊屋敷に轟く悲鳴。
悲鳴に似た絶叫が木霊する。
それが始まりの合図。
魔法使いと、魔法使いの弟子の仕事の始まりだ。
少年は、師匠の伯爵に予め渡されていた兎の耳当てを、褐色の色をした自分の耳に被せた。
「君の心は石だ」
浜風が吹き荒ぶ異国の港。
船底の闇から出されたばかりの少年は、そんな言葉を聞いていていた。
蔑まれているのか?
異国の言葉は、どこか気取った調子を含んでいた。
小突かれ足蹴にされ、蔑まれるために生まれ、此処に送られたようなものだ。
しかし石とはなんだよ。
人を馬鹿にするなら、泥とか糞の方がまだ合っている気がした。
「おめでとう!君に決まりだ!」
(何がめでたいもんか!)
少年は唾を吐くように、心の中で呟いた。船底ではずっと、売られ誘拐された奴隷の子供たちが犇めき、啜り泣く声を聞いていた。
めでたい事などあるはずがない。
少年だけは泣かなかった。
泣いても「喧しい!」と腹を蹴られ。泣かなければ船から降ろされる時「面の皮の厚いガキだ!」と背中を蹴られた。
情けをかけるものなど誰もなく。
ただ嘲る男たちの声を聞いた。
そもそも国にいる時から、親にも誰かにも祝われた事などない。
今も港に集まった異国の男たちに、虫歯がないか口の中を覗き込まれたり。英語が話せるか卑猥な言葉で話かけられた。
少年の前で足をとめた仲買人に混じって、この伊達男のヒゲの紳士が、自分を品定めするように見て言った。
「ほう…面白いな君は。よし、君に決めようじゃないか!おめでとう!」
つまり、たった今自分には買い手がついた。
一生逃げられない奴隷の身分が確定した。それだけの事だった。
「おめでとう」
めかしたヒゲの紳士は少年にそう言って愉快そうに笑った。
「君は実に面白い」
奴隷を買いつけに来たこの男が、面白がっている間に、爪先でも踏みつけて。玉でも蹴りあげて。
なんなら目の玉でも抉り出してやることは出来ないか。
少年はこの場から逃げ出す算段を頭の中で巡らせた。
「思いついた事を全部してみるがいい」
シルクハットのつばの下から、男の感情のない瞳が見下ろしていた。
少年より遥かに上背がある。英国貴族の冷酷な瞳に、少年は足がすくんだ。
しかしやるしかない。背中を向けて逃げたら、すぐにも追いつかれそうだ。銃で背中を打たれでもしたら、一貫の終わりだろう。
ここは思いきって、男の胸元に飛び込んで、怯んだところ噛みついて。
喉笛でも指でも噛み千切って。
逃げ出そう。
そう心に決めて、踏み出そうとした足が動かない。けして怖じけたわけではない。
相手にひと泡吹かせるつもりの両腕が、鉛のように重く上がらない。
少年の額に汗が滲んだ。
「なぜだかわかるかね?」
男はあくまで紳士的に少年に言った。
「それは私が魔法使いだからさ」
その紳士は少年に名乗った。
「私の名前はスクリーミング」
「スクリーミング?」
「そう、これからは、スクリーミング ロード リッチ公爵と呼び給え!」
珍妙な名前の貴族紳士はそう言って、少年の前で、自慢の髭をぴんと立てて見せた。
「君いいね!実にいい!私はダイヤの原石を見つけた気分だよ!」
少年は、自分を買ったこの紳士が、これ以上の変態でないことを心から祈った。




