お荷物と自滅袋、質量無限大の追放劇
「おい、『お荷物』。荷物の下ろし方が雑だぞ。俺の戦利品に傷がついたらどう責任取るつもりだ?」
薄暗いクランハウスの広間。
探索から帰還したばかりの重苦しい空気の中、リーダーの翔は、床に下ろされたばかりの巨大なリュックを乱暴に蹴り飛ばした。
ゴスッという鈍い音が響き、リュックの中身が大きく偏る。
「……重心が崩れる。中には揮発性の高い素材もあるから、むやみに衝撃を与えないでほしい」
古海縁理は感情の読めない静かな声で指摘したが、翔は鼻で笑ってエンリの胸ぐらを小突いた。
「はっ! たかが荷物持ちが、一丁前に口答えしてんじゃねぇよ。お前がダンジョンで生きてられるのは、俺たち前衛が魔物を倒して守ってやってるからだろうが!」
「翔さんの言う通りっすよ! ただ後ろを歩いてるだけで金がもらえるなんて、いい身分っすよねぇ」
「エンリがいると俺たちの取り分が減るんだよなぁ。完全に『引き算』だぜ」
取り巻きの比久と割人も、下劣な笑いを浮かべて同調する。
魔法が存在しないこの世界において、現代兵器と物理法則で攻略されるダンジョン探索は「物資の運搬」が命綱だ。
重火器の弾薬、予備の刃、ポーション、そして持ち帰るためのドロップ品。エンリはそれらを完璧に管理し、前衛が100%の力で戦えるように、常にミリ単位で重心を調整しながら100キロを超える荷物を背負い続けてきた。彼らが無傷で帰還できているのは、エンリの異常なまでの空間把握能力とサポートのおかげなのだが、算数レベルの思考しかできない彼らにそれが理解できるはずもなかった。
「ま、それも今日で終わりだけどな。……見ろよ、これを!」
翔は自慢げに、古びた皮袋をテーブルに叩きつけた。
外見こそみすぼらしいが、見た目以上の体積を収納できるという、このダンジョン時代においては破格の価値を持つレアアーティファクト『マジックバッグ』だ。
「これさえあれば、もうお前みたいなノロマな『お荷物』はいらねぇ。今日でクビだ、エンリ」
「……そうか。なら、今月分の僕の報酬を清算してほしい」
淡々と事実を受け入れるエンリに対し、翔はニヤァと意地悪く口角を上げた。
「あぁ? 報酬ゥ? なに寝言言ってんだ。このマジックバッグを買うのに、クランの資金だけじゃ足りなくてな。お前のこれまでの報酬も『全額』突っ込んで買ってやったんだよ! 感謝しろよなァ!」
「……」
「何もしてねぇお荷物が、俺たちのクランに貢献できたんだ。光栄だろ? ほら、用が済んだらとっとと失せな! 外で野垂れ死んでも、俺たちの名前は出すなよ!」
広間に下劣な嘲笑が響き渡る。
理不尽な搾取と追放。普通の人間なら怒り狂うか、絶望して泣きつく場面だ。
だが、エンリは一瞬たりとも動揺を見せなかった。
彼の視線は、翔たちではなく、テーブルの上の皮袋に向けられていた。
(あの皮袋……表面に刻まれた古代文字の配列からして、ただの空間拡張じゃない。ダンジョンの『管理者ツール』の残骸……おそらく『質量圧縮型の廃棄機構』だ。限界値を超えれば、空間ごと内側に折れ曲がり崩壊するな。……まあ、僕には関係のないことだ)
エンリにとって、このクランは「バグった物理エンジン」であるダンジョンの理を解明するための、ただの観察対象に過ぎなかった。
未熟な思考しかできない彼らが、いつその限界を超えるか。もはや興味すら湧かない。
「……今までご苦労だったな」
エンリはそれだけ言い残し、背を向けて無言でクランハウスを出ていった。
その一部始終を、壁際から静かに見つめている者がいた。
サブリーダーの秤珠里である。
彼女は翔たちの馬鹿騒ぎに同調することなく、手元の端末で素早くこれまでの探索データを呼び出し、ふっと冷ややかな微笑を浮かべた。
(……本当に、救いようのない馬鹿な人たち)
彼女の端末には、エンリの緻密な重量計算と物資供給のタイミングが、いかに完璧にクランの生存率を押し上げていたかが数値化されて表示されていた。
彼がいなくなったこのクランが崩壊するのは時間の問題だ。いや、あの気味の悪い皮袋にポンポンと無計画に物を詰め込み始めた時点で、彼らの寿命は尽きたも同然だろう。
ジュリは計算高く目を細め、エンリが去った扉を見つめた。
(あの涼しい顔の裏で、一体どんな手札を隠し持っているのかしら……。少し、観察させてもらうわよ)
泥舟にいつまでも乗ってやる義理はない。
ジュリは誰にも気づかれないように、そっと広間を後にした。
この時の彼女はまだ知らない。ただの興味本位で追ったその先で、自身のちっぽけな計算など吹き飛ばすほどの「圧倒的な理」を目の当たりにさせられることを。




