26 家族の肖像
お読みくださり、ありがとうございました!
◆
その後数ヶ月、アルは地獄だった。昼は地上で神殿の再編業務を、夜は根の国で執事の仕事をしなければならない。大ガエルは万能薬の材料だが、臭くて汚い上に大量発生中で、サムソン卿が一緒に狩ってくれて本当に助かった。
ロマンス小説にどハマりした女神は、セラをせっついて翻訳させている。送った土産もあっという間にノームが食い尽くした。セラが焼くクッキーだけでは足りなくて、王城のパティシエもフル稼働だし、あの菓子屋からも買っている。そちらはセラと母さんに全部任せた。
「ごめん。5分しかいられない。あ、これ食って良い?」
兄の執務室に入るなり、アルはテーブルの上にあったサンドイッチに手を伸ばした。
「私の食べかけだぞ」
「昼飯食ってないんだよ。話って何?エヴァンジェリン王女、嫁に来るって?」
「よく分かったな。半年後に式を挙げようと思う。大神殿の竣工は間に合いそうか?」
父さんの大言壮語のせいで、王都の大神殿は改築工事が進んでいた。更に大きく、壮麗になる予定だから、まともに作っていたら数年はかかる。アルは口を動かしながら考えた。
「…ノームの大工を呼ぶか。奴らなら3ヶ月で終わらせる。あー。また仕事が増えたー」
兄は笑って茶を淹れてくれた。
「お前が『王女を攫ってこい』と言ったんだぞ。婚約破棄の場なんて初めて見たから、びっくりしたよ。助言通り、おたふく風邪の件も正直に話したら、上手くいった。ありがとう。アルベール」
「だろ?基本、俺と兄貴は好みが似てるのさ。ズバリ頭の良い女だ。平民の泥棒猫、ピンク髪だったろ?やっぱりな。アホな公子だ」
「私も阿呆だったな…」
遠い目をする兄の肩を一発叩き、アルは立ち上がった。双子とは言え、性格は真逆だ。兄貴は過去を引きずり過ぎる。
「もう気にすんな。とにかく、おめでとう!全力で祝福するよ。女神様も呼ぼうか?」
すると、トマス卿の顔色が変わった。あの茶会がトラウマになっているらしい。細かに震える護衛騎士の肩もバシッと叩いて、
「大丈夫だって。最近はイケオジ小説にハマってるんだって。爺ちゃんにエスコート頼むよ」
と慰めてやったが、基本は黒髪細マッチョで変わらないことは、黙っておいた。
「猊下。お時間です」
サムソン卿に声をかけられ、アルは次の会議に向かった。昨夜も朝まで大ガエル狩りで、眠い。歩きながら欠伸を噛み殺し、秘書兼護衛に尋ねた。
「疲れただろ?最近は獲っても獲っても減らないなぁ。こりゃあ、どっかでマザー大ガエルが卵産んでるぞ。まず、そいつを退治しよう。ところで、面接どうだった?使えそうなの来た?」
神殿の警備と、他国に行く時の見栄えのために、アルは騎士団を作ろうとしている。できれば魔物狩りもできる優秀な人材が欲しい。その選抜をサムソン卿に丸投げしていた。
「いいえ。アリタイ王国にも募集をかけようかと」
「基準が厳し過ぎるんじゃないの?0.5サムソンあれば良いよ。あ、アンナと結婚したんだっけ。おめでとう」
騎士は渋い顔をした。
「気づいたら、私の部屋に居着いていただけです。結婚はしておりません」
「押しかけ女房、結構じゃないか。早めに式を挙げような」
「猊下と侯爵令嬢よりも先には…」
「俺たちまだ10代だから。侍女殿は20代後半、君に至っては30代でしょうが。早く身を固めなさい。すごく相性がいいから、0.9サムソンから1.2サムソンの子供が生まれるよ」
「その単位、やめてください」
「やだね」
そうこうするうちに、重臣会議の議場に着いた。
◆
何故大神官が会議に呼ばれるのか。今や、ヴォルカン王国の外交戦略と神殿の世界制覇構想はセットだからである。官僚達が考えた政策案を、重臣とアルが討議した上で、王の裁可を仰ぐのだ。
「いかがです?猊下」
「全然ダメ」
宰相に訊かれて、アルはバッサリ斬った。使節団の派遣やら大神官の巡礼やら。どれも穏健すぎる。10年で世界制覇なんて、絶対に無理だ。
「分かってねぇな。弱みを掴むんだよ。不治の病を抱える王子、寵愛を取り戻したい妃。はたまた、妹に婚約者を奪われた上に追放された令嬢、一族を皆殺しにされて復讐に燃える貴公子…何だっていい。王族、大貴族が抱える闇を調べまくれ。そこにつけ込んで取引するんだ。ありがたい教えより、目先の利益だよ」
重臣達はポカンとしている。こんな風だから、モルディア如きにしてやられるんだ。腹黒王子はもっと悪どい方法を教えてやった。
「取引できそうもない阿呆は、罠に嵌めて仕掛けさせろ。『ヴォルカンなんかやっちまえ!』と襲ってきたところを叩き潰す。で、親ヴォルカン派の君主にすげ替えて、はい、お終い」
「そう簡単にできますか?」
弱気な発言が聞こえ、大神官は語気を強めた。
「できるか、じゃない。やるんだよ。あと少しで王都が落ちるとこだった。それを知った諸国が手を伸ばし始めてる。弱った獲物を狙うハイエナのようにな。だろ?ハンゾ子爵」
「はい」
隠密の頭領は近隣諸国の直近の動きを報告した。他国の兵が山賊や海賊のフリをして、領土を掠め取ろうとしている。ヴォルカンが舐められている証拠である。
「…ですが、全て猊下が竜巻で追い払ってくださいました。これにより、恭順の意を示した小国は既に5カ国ございます」
採決の結果、積極スパイ戦略の方向で決まった。まだまだ、先は長そうだ。
◆
「え?アルが来る?しかも真夜中に?なぜ?」
セラフィーナは聞き返した。城から帰ったばかりの父から、猊下を迎える用意を、と言われたのだ。
「会議の後に、最近会っていないから、少しで良いから寄らせてくれと頼まれたんだ。猊下なら魔法で忍び込むことぐらい、簡単だろうに。お前の評判を落とすような真似はしたくないそうだ。大ガエル?だったか、それを獲りに行かねばならないから、その前に来るらしい」
そういえば10日ぐらい会っていない。大神官になってから、彼は本当に忙しくて、会えたとしても30分ほどだ。普通の人ではないから諦めていたけれど、少しでも会えるなら嬉しい。
「分かりました。起きています」
令嬢は入念に化粧をし、髪を巻いて、婚約者を待った。
◆
午前0時を過ぎた頃、アルはやって来た。セラフィーナの胸は久しぶりに高鳴る。長い手足に厚い胸板。凛々しい顔。いつ見ても彫刻のように美しい。
「セラ!会いたかった!」
彼は馬車を降りるなり、婚約者を抱きしめた。相変わらず愛情表現が激しくて、令嬢は恥ずかしさに身を捩った。
「まあ。猊下ったら。人前ではしたない」
「構うもんか。セラが足りねぇ。死にそうだ」
「ちょっと。匂い嗅ぐのやめて。少し…大きくなった?」
「背は伸びてないよ。二の腕が太くなったかもな。毎晩大ガエルと格闘してっから。普通、やつれるはずだよな?何で俺、ますますマッチョになってんだろう?大神官の服着てないと、母さんも間違える始末だ。親父が童顔なんだと思うことにしたよ」
応接室に向かう間も、アルのお喋りは止まらなかった。セラフィーナも話すことが沢山ある。翻訳を終えた小説を女神様に献上したら、なんとお礼の手紙をいただいたこと。ラミアのお姉様とも美容の情報を交換していること。あのお菓子屋さんと共同開発した“セラのクッキー”が売り出されたこと、等々だ。
「セラは楽しそうだなぁ。俺はおっさん達と会議とか、賊退治とか、つまんない仕事ばっかりだ。早く計画を軌道に乗せて、結婚式挙げような。あ、その前にアンナとサムソン卿の式があった。平民は同棲とかできて良いな。悔しいから、メチャクチャ派手な式にしてやろうぜ。光の妖精を捕まえてこようか。昼間でも結構光って綺麗だよ」
「良いわね。喜ぶと思う」
もう夜も遅いので、侍女は下がらせて、セラフィーナがお茶を淹れた。
「チップもどうぞ」
と小皿にクッキーを乗せて声をかけると、白い鼠が現れた。
「ありがとう、セラ」
精霊王は美味しそうに食べ始め、アルは眉を顰めた。
「おいおい、いつの間にそんな親しくなったんだよ。俺を取り合う仲じゃなかったのか?」
それは以前の話だ。女神がお帰りになった後、精霊王自ら、謝罪に来てくれたのだ。
「彼女の覚悟を甘く見ていたからね。アルの父上もだけど、つくづく、人間は凄い。女神と交渉しようなんて、僕ら精霊じゃ思いつきもしないよ」
「代償はデカかったがな。本当に、10年で世界中にペレの神殿を建てられると思う?ちっこい国まで数えたら、150カ国以上あるんだぜ?もういっそ、親父を皇帝にしちゃおうか。無い方がマシな国を吸収して、世界の半分くらいの帝国作んの。そうすりゃノルマも半分だ」
冗談っぽく言っているが、そのうち本当にヴォルカン帝国が誕生する気がする。
「猊下。そろそろ出ませんと」
のんびりお茶を飲む暇もなく、サムソン卿がノックをして入ってきた。彼は神殿騎士団の団長という肩書きだが、まだ団員がいないので、一人でアルの護衛と従者をしている。
「あ”あ”あ”あ”あ”っ!愛しいセラとの逢瀬がこれっぽっち?マジで?お前は良いよな!家に帰れば妻がいるんだから!くっさい大ガエルなんか屁でも無いだろうよ!俺は辛いよ!挫けそうだよ!」
アルは大袈裟に嘆いて、セラにしがみついた。と言っても、体格が違い過ぎるのでギュウギュウと抱きしめられている状態である。嬉しいけれど、ちょっと苦しい。
「アンナは今夜、夜勤です。あと、令嬢が圧死しますよ」
サムソン卿の後ろから、包みを持ったアンナが顔を出した。
「お嬢様が作ったお弁当です。これで元気出してください。それから、猊下。私、まだ妻じゃありませんよ。この人、頑なにソファで寝てるんです。ひどいでしょう?」
「え?そうなの?いかんね。サムソン君。セラ、弁当ありがとう!ピーマン入れてないよな?」
「入れてないわ。ほら、行ってらっしゃい」
我儘を言うのも、この面々の前だけで、本当に彼は頑張っている。弁当ぐらいしか協力できなくて、申し訳ない。セラフィーナは優しくアルの背を撫でた。すると、
「…先にご褒美くれ。そしたら頑張れる」
大きな駄々っ子が可愛い要求をしてきた。彼女は笑って承諾した。
「良いわよ。何?」
「全員、後ろ向け。30秒、そのままで」
サムソン卿とアンナ、執事らの目がなくなると、いきなり、アルは婚約者の頬に口付けた。
「…」
「ムードもへったくれも無くてごめん。今夜、絶対にマザー大ガエルを倒す!!そしたら、時間作れるから。ロマンチックなデートをしような。…何?まじまじと。良い男だからって見惚れんなよ」
「なんで頬なのかなーって。そこは普通、唇よね?」
指摘すると、彼は物凄く驚いていた。ハグは当たり前みたいにするけど、一向にキスしてこないから、ちょっと心配していたのだ。やっとかなと思ったら、まさかの頬だなんて。
「最近の令嬢ときたら!…じゃあ、遠慮なく」
アルは大喜びで顔を寄せてきたが、
「30秒経ちました。行きましょう、猊下」
サムソン卿に淡々と止められて、同じくらい太い腕に引きずられていった。
「うわーん!!セラのキスがぁーっ!!」
「行ってらっしゃーい。頑張ってー」
「怪我しないでくださいねー」
屋敷中に情けない悲鳴が響き渡る中、侯爵令嬢と侍女は、それぞれの恋人を見送った。
◆
ある晴れた春の日、王妃とその家族はピクニックに出かけた。木陰の敷物の上では、カイエンとアルベールが昼寝をしている。夫は新しい右腕でうとうとする娘を抱いていた。夫婦は敷物に腰を下ろして、子供達の寝顔を眺めた。
「あなたもお休みになっては?お疲れでしょう?」
「大丈夫だ。カイエンが大分、受け持ってくれているから。アルベールの仕事も、手伝えれば良いんだがな」
女神との約束を果たす為、夫も息子達も激務に耐えている。今日は無理を言って、3人に休んでもらったが、結局、睡眠時間になってしまった。それでも王妃は満足だった。家族で花畑に来たかったのだ。
「…兄貴よりは頼りになりそう」
アルベールが目を閉じたまま、言った。
「起きていたのか?」
「マジで父さんいたら助かるわ。俺とサムソン卿だけじゃ勝てない魔物がいるんだよ。なんか、この国の騎士の序列、おかしいよね?1位サムソン卿、2位父さん、3位爺ちゃんって。どんだけ人材難なの?」
「義父上が飛び抜けて強いだけだ。他にも騎士団長や近衛隊長がいる」
すると、カイエンも寝転んだまま会話に入ってきた。
「そう言うお前は何位なんだ?アルベール」
「俺は番外さ。普通の試合とかできないもん。そういや、雪嵐が言ってたけど、乗馬が一番上手いのは、母さんなんだって?そうなの?」
不意に訊かれ、ドキッとした。
「そうだ。ヴァンドームの競馬大会で優勝したこともある」
「なんで父さんが自慢げに言うのさ。じゃあ、今度は遠乗りに行こうよ。兄貴と俺の婚約者も誘って」
「でも、レティシアが…」
一人で乗れない娘がヘソを曲げるのではないだろうか。
「チップに子馬に化けてもらえば良いよ。絶対落とさないし、風より速いから、むしろ追いつけないかもね」
「レティシアが1番で、母上が2番、それを私たちが追うのか」
カイエンは愉快そうに笑った。つられて夫とアルベールと、なぜか、娘も眠りながら笑い始める。それは、王妃が思い描いていた、幸せな家族の肖像だった。
(終)




