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25 大神官誕生

          ◆



 茶会が始まり、女神の御前には、大貴族が次々と挨拶に来た。通訳は風の精霊王である。カイエンの祖父であるヴァンドーム侯爵が御前に跪くと、女神は頷いて仰った。


『王妃の父だな。大地を駆けるものに愛されている。善き哉』


「ありがたき幸せ。我が民と馬達に代わり、女神に帰依し奉ります」


『ん』


 次は宰相タレーラン侯爵の番だ。またしても女神が御言葉をかけた。


『セラフィーナの父か。汝の娘は未成年ゆえ、我に仕えるには、親の承諾が要る。賛同するか?』


「え?」


 何の話だ?とざわめく人々に、精霊王が説明をする。なんと、女神を召喚したのはタレーラン嬢であった。アルベールについて行きたい一心で、彼女は暴挙に出たのだ。それを聞いた宰相は、数秒、目を閉じて考えていたが、すぐに首を垂れて答えた。


「…はい。どうぞお連れください」


『ん』


 カイエンはタレーラン侯爵が心配になった。しかし席を離れられない。トマス卿が死にそうな顔をしているからだ。その後は、女神が特にお声をかける事もなく、謁見は終わった。


 ようやく落ち着いた白い鼠に、父が頼んだ。


「女神と内内で話したい。音を消してもらえないか。精霊王よ」


「良いですよ」


 テーブルの周りを風の壁が囲み、外部の音が完全に遮断されると、父は女神に言った。


「アルベールを返していただきたい」


『代償は?命は要らぬ。金銀財宝も要らぬ。アルに代わる有能な者しか要らない』


 カイエンは思わず、口を挟もうとした。


「私が行きます」


 そうすべきだ。弟が死に物狂いで生き抜く間、兄はのうのうと贅沢をしていたのだ。女神も認める優秀な弟ならば、きっと立派な王になる。だが、後ろの蛇女が高笑いした。


『オホホホホ!そんなひ弱な腕で何ができる。アルは一人で泥沼の大ガエルを何百匹も獲るんだよ?汚れるから、あたし達はやらないけど。ねえ?ミノス』


『アルがいないと困る。ケルベロスもアイツにしか懐いてないしな。女神様、俺は嫌ですよ。泥まみれも生肉に触るのも、真っ平です』


 牛男は鼻面に皺を寄せて唸った。カイエンは恥ずかしさに顔を伏せた。世界が違いすぎる。隣のトマス卿が小さな声で詫びてきた。


「申し訳ございません。私に妻子がいなければ…」


「いいんだ。これは我が家の問題だ…」


 父は黙って聞いていたが、おかしな提案をした。


「…代わりに、この世の全てを捧げると言ったら?」


「どういう意味?世界征服でもするの?」 


 精霊王が厳しく問いただす。確かに、そのように聞こえなくもない。女神も興味を持ったようで、


『続けよ』


 と促した。ヴォルカン王と大地の女神は密談を始めた。



          ◆



 宰相は人気のない廊下をヨロヨロと歩いていた。娘がやらかした事にも驚いたが、それ以上に、異界に行くと聞いて衝撃を受けたのだ。アルベール殿下を失い、生きる気力を失ったセラフィーナが、唯一情熱を見せたのが、“根の国”の研究だ。見て見ぬフリをしたのが良くなかったのか。


 母親の探してきた見合いもうまくいかず、最近は不嫁後家(いかずごけ)とすら言われている。だが、何と言われようと、守っていくつもりだったのに。


「あ!父上!」


 背後から当の娘の声がして、宰相は振り向いた。向こうから手を振って歩いてくる。横には陛下…ではなくて、アルベール殿下がいた。二人は手を繋ぎ、にこやかだ。


「セラフィーナ…」


 沈んだ声で呼びかけると、娘の顔から笑みが消えた。そして、殿下の手を離して深く頭を下げた。


「ごめんなさい。私、行きます」


「…」


「何のお役にも立てなくて。申し訳ありません」


「そんな事はない!お前は国を救ったんだ。胸を張れ」


 父はギュッと娘を抱きしめた。もう何年も、こんな風に向き合っていなかった。泣く娘の後ろに、専属侍女のアンナがいる。宰相は彼女にも声をかけた。


「共に行ってくれるのか。ありがとう。頼んだぞ、アンナ」


「は、はいっ!旦那様!大丈夫です!多分!」


 正直な娘の言葉に、殿下が吹き出した。宰相は無念であった。アルベール殿下は素晴らしい。言葉遣いこそ、わざと乱暴にしているが、頭脳も武力も理想の王子だ。この方がいればヴォルカン王国は安泰なのに。そう思わずにはいられなかった。


「タレーラン侯爵。セラフィーナ嬢を俺にくれないか?幸せにするから。多分な」


 陛下にそっくりな凛々しい顔に頼まれ、断れる訳もなく、宰相は頷いた。


「はい。よろしくお願いいたします」


「ありがとう。女神様がお許しになれば、また来るよ。孫見せにな!」


「その子を我が家の後継にしても?」


「そん時に相談かな。とりあえず、父さんと母さんに報告しなきゃ」


 殿下は娘の手を取り、アンナとサムソン卿を従えて大広間に向かった。宰相は一つだけ、希望を持てた。孫だ。いつかその子に会う日まで、権力を握り続けよう、と心に誓った。



          ◆


 

 アル達が大広間に着いた時、茶会は全然盛り上がっていなかった。たまたま城にいた貴族のおっさん達ばかりだから仕方がない。音楽がなければ静寂が支配していただろう。主賓のテーブルの背後にはミノタウロスが直立不動で立っており、ラミアが王女を蛇の尾で遊ばせている。ノーム達は、出された茶や菓子を飲み食いしていた。


 女神の周囲は、チップの魔法で音が消されていたが、アル達が近づいていくと解除された。恭しく一礼した後、執事はお伺いを立てた。


『女神様。只今、戻りました。この人間達の件ですが、連れて行っても良いでしょうか?』


 セラ、侍女殿、サムソン卿が跪いて首を垂れる。すると女神と父さんが立ち上がった。つられて他の面々も席を立つ。楽士は演奏を止め、広間に王の声が響いた。


「聞け。皆の者。女神と我がヴォルカン王国は新たな盟約を結んだ」


(え?何の事?)


「一千年以上に渡り、神殿は大地の声を聞かなかった。その結果、教義と儀式は形骸化し、無駄な犠牲を払ってきた。これは女神の望むところではない。故に神殿組織は解体する」


(まあ。衰退する未来しかなさそうだったし)


「国教ゆえに国が保護してきたが、全てを切り離し、独立した組織とする。財源は割譲して得た旧東モルディア地方を神殿領とし、強大な権限を大神官に集約させる」


(へえ。いつの間に割譲地なんて、ぶん取ってたんだ?)


「大神官の使命は、ペレの教えを全世界に広める事である。現在、大地の女神を信奉する国はヴォルカン、アリタイの2カ国のみ。10年以内に全ての国にペレの神殿を置き、祈りと供物を捧げることで、女神と合意した」


(わあー。めっちゃ大変。期限切るとか。鬼か)


 アルは他人事のようにボケっと聞いていた。しかし、


「新たな大神官にアルベール第二王子を指名する。これは女神が決めた事であり、何人も覆せない」


「嘘だろ?!」


 思わず叫んでしまった。


「嘘ではない。大神官は地上における女神の代理人。今後はお前が双方の仲立ちをするんだ。その為の助力は惜しまないと約束しよう。アルベール猊(・)下(・)」


 貴族達はシーンとしていたが、ふいに爺ちゃんが大声で号令した。


「アルベール猊下、万歳!!」


 すると、皆が一斉に「アルベール猊下、万歳!」と昌和をする。大混乱に陥ったアルは、女神に尋ねた。


『どーゆー事ですか?!地上は不干渉って言ってませんでした?』


『止めた。やっぱり供物欲しい。クッキーとか小説とか。セラは地上から送って。アルは世界を征服して、珍しい土産を献上して。大ガエルの駆除や太郎たちの世話もやって。サムソンを連れてきて良いから』


『どうやって?簡単に行き来はできませんよ?』


『アル専用の転移門を作る』


『マジで?大神官?おまけに執事も兼務ですって?夜も寝るなって事ですか?』


『大丈夫。アルの父も寝てない』

 

『ヒィーっ!!』


 彼は悲鳴をあげて髪を掻きむしった。すると、セラが胸に飛び込んできた。母も父の胸に縋って泣く。兄は笑顔で拍手をし、何にも分かっていない妹は、ラミアに抱っこされて手を振っていた。


「ばんざーい!アルおにーたま、ばんざーい!」


『オホホホ!女神様の愛だよ、愛』


『大ガエル、俺は絶対にやらないからな。汚すぎる』


 同僚たちも無慈悲だ。何が愛だよ。激務決定だよ。アルは渋々と頭を下げた。


『承知しました…。謹んでお受けいたします…』


『ん』


 女神ペレは、神々しくも慈愛に満ちた笑顔を残して、召喚陣から帰っていった。


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