20 セラとの再会
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目が覚めたら、アルは王妃宮にいた。酔い潰れたのを誰かが運んでくれたらしい。水を浴びようと井戸に行こうとしたら、吊り目の侍女長に止められた。
「湯浴みをしてください。準備はできております」
と、男の召使い達に風呂場に案内され、隅々まで洗われた。さっぱりしたところで朝食だ。食堂に行くと、ドアの前で小さな女の子が飛びついてきた。
「おとーたま。おはよー」
「おお!お前が噂の妹だな。おとーたまじゃないぞ。おにーたまだ」
アルは銀髪の幼児を抱き上げた。紫の瞳が母そっくりで美しい。父の服を借りているから、間違えたようだ。
「カイおにーたま?」
「アルおにーたまだよ。よろしくな」
「??」
納得できない妹は、食堂に両親が揃っているのを見て、
「おとーたま、ふたり」
と目を丸くしていた。その顔があまりに愛らしく、兄は頬擦りしてから席に着いた。
「おはよう。父さん、母さん。あれ?兄貴は?」
「おはよう、アルベール。いつも朝は別なのよ。いらっしゃい、レティシア」
妹は兄にひっついたまま、首を振る。イヤイヤ期だな。
「このままで良いよ。俺が食べさせるから。母さんは父さんの面倒見てやれよ。左手じゃ食べにくいだろ。ほら、新婚の頃を思い出して」
「…」
渋面の父と赤面の母は放っておいて、アルは妹の口に朝食を運んだ。食欲旺盛な幼児は、ペロリと平らげた。
「良い子だな。レティシアっていうのか。じゃあ、レティ、俺の相棒にも朝飯を食わせてやってくれよ」
アルはチップを呼び出した。白い鼠がテーブルの上に現れると、妹は目を輝かせ、侍女長は眉を顰めた。チップは両親に向かって優雅に一礼した。
「お初にお目にかかります。アルの守護精霊、チップと申します」
父は目を見開いた。母は固まっている。
「何だよ。堅苦しいな。チップ、この子はレティ。俺の妹だよ」
「これはレティ姫。以後、お見知り置きを。そのパンをいただいても?」
レティは大喜びでパンを千切っては、チップに手渡す。その間にアルも食べた。暫くして、父が口を開いた。
「守護精霊とは?」
「全ての人が、生まれた時に与えられる加護ですよ。普通は見えません。でもアルには見えた。彼がそう望んだからでしょう」
相棒はパンを食べながら答えた。思えば、物心がついた時には既にチップがいた。他の連中には見えないので、さては自分が生み出した想像の友達だなと考えたが、愉快なので良しとした。
「ところが、根の国に着いたら、いきなり精霊王に進化したのさ。ビックリしたよ。厳密には風の精霊王なんだけど。チップのおかげでモルディアのエロジジイも潰せたし、感謝してくれよ」
「えろじじー?」
膝上の妹が不思議そうに兄を見上げた。アルは慌てて言い直した。
「ごめん。間違えた。諦めの悪いダメなおじさんだ。俺、今日は大神殿に行ってくるわ。あのヘボ教典を書き直してくる。それから女神様への土産を買いに行くから」
「へぼきょーてん?」
「間違ってるダメな本だよ。まいったな、何で悪い言葉ばっかり覚えるんだ?」
「あははは!」
食べ終わったアルは、笑う妹を侍女に渡して席を立った。すると、父が深刻な顔で呼び止めた。
「アルベール」
「何?」
「お前に詫びていない。それから、礼も言っていない」
アルは顔の前で手を振った。
「いらねぇよ。俺の墓の前で散々頭下げてただろ。誕生日にプレゼントもくれたし。でも、いい加減、絵本はやめてくれ。子供じゃないんだ」
両親はギョッとしていた。アル自身は見ていないが、モグラ達が教えてくれるのだ。赤髪と銀髪の人間が、いつも決まった日にプレゼントを置いていくと。もちろん、届けてもくれる。
「母さん、絵の具をありがとう。そのうち描いた絵を贈るね。そうだ!父さん、土産代くれよ。兄貴には金貨100枚借りててさ。たかりづらいんだ」
「それは…構わないが」
「ありがとう!じゃあな、レティ。夕飯の時に会おう」
「うん。アルとーたま」
「違う。ちゃんと教えといて」
アルはそのまま馬屋に向かった。その途中、一昨日の金髪の美人巫女に会った。綺麗なドレスを着て、髪も見事な縦ロールだ。なぜか、ものすごく怒っている。
「どこに行ってたのよ。一晩中待ってたのに」
まるで朝帰りを責める妻のようで、思わず謝ってしまった。
「ごめん。飲みすぎちゃってさ。大神殿に行くところだったんだ。一緒に行こう」
「え?」
巫女の白い手を取り、アルは歩き出した。
「“大地の書”だっけ。あれ、ほとんど全部、間違ってんだ。伝言ゲームって知ってる?沢山の人に伝えていくうちに、最初と最後が全然違っちゃうやつ。双子の生贄も、最初は女神にお婿に行った王子の話だったんだ。それを、弟を始末したい奴が書き換えたらしい」
『怒涛の喋りで圧倒』作戦で、巫女をぐいぐい引っ張って行く。そのまま馬屋で一頭を借りると、二人乗りで王城を出た。
「思うに、古代語の伝承間違いと、訳語の改ざんが重なりまくってる。だから、書き直すよ。そう言えば、ノームが来たんだって?代償は先に交渉しないとダメだよ。ぼったくられるでしょ。それも書いとかないとダメだな」
「あ、あの…」
「請求書、チラッと見たけど、あれくらいなら妥当だと思う。“愛と欲望の後宮”は、俺が女神にあらすじを話したんだ。そしたら読みたいって。無理だったら、原書でいいよ。俺が訳すから」
「セラのクッキーって…」
「ああ。セラって子が、毎年毎年、クッキーを供えてくれんだ。それをモグラが届けてくれる。モグラは地上と根の国の間に住んでるから。で、ノームの奴らに分けてやったら、物凄く気に入ったらしくて。根の国の菓子なんて、干した果物ぐらいしかないしな。今年のプレゼントは生姜味だったっけ。俺はイマイチだと思ったけど、連中は美味いって言ってたよ。セラは元気かなぁ。今、幾つだろう?16、17かな」
「…もうすぐ17よ」
「あ、知り合いなんだ?おっと、もう大神殿だ」
父さんから連絡が行っていたのか、大神殿の前に、神官たちがずらりと並んで待っている。アルはまず自分が降りて、それから巫女を降ろした。
「お待ちしておりました。アルベール殿下」
一昨日見た、細い神官が深く頭を下げた。それから巫女にも会釈をし、
「タレーラン嬢も、ようこそ大神殿へ」
と言った。アルはまじまじと美人を見た。
「セラ?」
「今頃気がついたの?」
さすがのアルも顎が落ちる程驚いた。




