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19 祝賀会

          ◆



 その日の午後、王太子救出部隊は、誰一人欠けることなく王都に戻ってきた。宰相は胸を撫で下ろし、カイエン殿下とヴァンドーム侯爵を城門で出迎えた。


「お帰りなさいませ、カイエン殿下!ご無事の帰還、お喜び申し上げます!」


「心配をかけたな。タレーラン侯爵」


 少し痩せてしまったが、殿下はお元気そうだった。さぞや過酷な日々であっただろう。にも関わらず、歓呼の声に笑顔で手を振る姿は、以前よりも堂々としている。


「お疲れでしょう。まずはお休みください。…アルベール殿下はどちらに?」


 宰相は一番の功労者を探した。しかし、あんなに目立つお方が見当たらない。ヴァンドーム閣下は笑って城下の方を指した。


「隠密と遊びに行ったよ。夜に合流する約束だ。やれやれ、若者は元気だな」


「え?」


 モルディアまで往復して、不眠不休のはずだが。王太子殿下も不可解な事を仰った。


「私も一休みしたら、また出る。サムソン卿。6時に“女神の前髪”亭に集合だったな?」


「はい」


「お待ちください!戻ったばかりで下町に?」


 驚く宰相の前に、意外な人物が現れた。ハンゾ子爵だ。


「大丈夫だ。彼らと再契約をしたから。着替えたら陛下に報告をしよう」



          ◆



 セラフィーナはまだ王城にいた。王妃宮に一室を与えられ、そこで“愛と欲望の後宮”をひたすら古代語に訳していたのだ。徹夜で上巻を訳し終え、仮眠を取っていたら、侍女に起こされた。


「お嬢様!王太子殿下がお戻りになりました!」


 令嬢は飛び起きた。


「アルは?!」


「下町の方へ行かれたそうです」


「なぜ?」


「さあ。買い物じゃないですか?裸でいらした訳ですし。着替えとか」


 侍女の言葉に、召喚時の姿を思い出して、セラフィーナは頬を押さえた。


「まあ。お顔が真っ赤ですよ。アルベール殿下が現れた時は震えていらしたのに」


 揶揄う侍女に、令嬢は弁明した。


「始祖だと思ったからよ。それに、あんなに逞しくなってるなんて。想像もしてなかったわ」


 その後、ようやく喜びが湧いてきた時には、彼はもう出陣していた。


(アルは『我が花嫁になれ』って言った。ちゃんとセラだと名乗って、返事をしなくちゃ)


 そう思って、城で待っていたのだ。セラフィーナは持ってきたドレスの中で一番良いものを選び、久しぶりに気合いを入れて化粧をした。しかし、夜の10時を過ぎてもアルは帰ってこない。侍女に様子を見に行かせたら、


「下町で、救出部隊と打ち上げをしているそうです」


 とのことだった。カイエン殿下も一緒らしい。ならば夜中になっても仕方ないか…うつらうつらしながら待っていたが、アルは夜が明けても帰ってこなかった。



          ◆



 王都の歓楽街にある、“女神の前髪”亭で祝勝会が行われた。店は貸し切り、酒は飲み放題。周りの店からも妓女が集められ、大いに盛り上がった。


「はい、陛下。あーん♡」


「だから親父じゃないっつーの」


 言いつつも、アルベール殿下は女が差し出す果物を食べた。どこであつらえたのか、海賊風の衣装を着て、しどけなくソファに座る姿に女達が溜息を漏らす。国王の肖像画は街中に溢れているので、誰もが陛下だと思い込んでいた。


「第二王子だよ。そこのカイエン王子の双子の弟だ」


「嘘~。全然似てな~い」


「ずっと“根の国”にいたからな。向こうは魔物だらけなんだぞ。ひ弱な身体じゃ生き残れない。これでも小さい方だよ。本当にデカくて強い奴らがゴロゴロいやがるんだ」


「強いってどれくらい?」


 サムソンは少し離れた席でその様子を見ていた。モルディアから帰る道中、“根の国”の話を少し聞いた。アルベール殿下は女神の執事だという。女達は御伽話だと思っているだろうが、あの竜巻を見た後では、信じるしかない。


 殿下はこちらを指差した。


「そうだな。あそこのサムソン卿を1とすると、ケルベロスが3サムソン、ミノタウロスは5サムソンってとこかな」


「ゴフッ!」


 急に変な事を言われて、サムソンは咽せた。カイエン殿下は大笑いしている。


「なんでサムソン卿なの?」


「そりゃ、この国で一番強いからさ。君はこの国で二番目の美人だな」


「二番目?一番は?」


「王妃に決まってる。なんたって、二人の王を夢中にさせる美女だからな」


 女は笑って殿下の腕を打った。


「またまた~。陛下ってば、惚気ちゃって~」


「だから親父じゃないんだって」


 皆が腹を抱えて笑う。すると、カイエン殿下が席を立った。疲れたのでお帰りになると仰り、妓女達に色気のある微笑みを見せて出ていった。さすが兄弟、玄人ですら黄色い叫び声を上げていた。


 そこからは無礼講だ。女達は、次々とアルベール殿下の膝上に乗って、誘惑を試みる。殿下は浴びるように酒を飲み、酔いが進むとサムソンを横に座らせ、肩を組んできた。


「聞けよ、サムソン君。根の国に二本足の女はいない。人魚は尾鰭、ハーピィは鉤爪。ラミアは蛇さ。どいつもヘソまでは美しいが、そっから下は魔物なんだ。この間なんか、緑の髪の美少女が座り込んで手招きしてたから、うっかり近づいちまった。えらく甘い香りがしたんでね。細い二の腕に抱きしめられたと思ったら、下半身にデカい口がパカーっと開いて。危うく喰われそうになったよ。その点、人間は良い。実に安全だ」


「人間…人型のものはいないんですか?」


 驚いて訊くと、殿下は首を振った。


「いねぇ。精霊の類がそれっぽい見た目だけど、あれは肉体を持たない。ノームは大人でも子供みたいに小さいし。ああ。この姐ちゃん達、全部持って帰りたいな。凄く良い脚だ」


 すかさず女達が短いスカートを捲り上げ、白い腿を見せつけながら、


「きゃ~っ!後宮入れて、入れて~!」


 と殿下に群がった。


「だから親父じゃないって。どけよ。重いぞ」


 場はますます盛り上がる。はたとサムソンは気づいた。殿下は向こうに帰るのだ。『介護休暇は5日しかない』と仰っていた。では、あと3日しか地上にいられない。


(たった1人で、人間がいない国へ…)


 それは、どれほどの孤独だろうか。酒を飲み、女達と遊ぶ姿は、まるで生き急ぐ人のように見えた。


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