16 復活
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神官たちが床に大きな魔法陣を描いた。外側に小さな円が3つ、均等に接している。その一つに代償である陛下が入る。立つことができないので、椅子のままである。もう一つに大神官補佐のマルコが、残る一つに白い巫女の服を着たセラフィーナが立った。宰相、王妃殿下、重臣たちがそれを見守る。
「では始めます」
ガチガチに緊張したマルコが、“大地の書”を開いた。
「エ・カ・ハク、エ・ホーロヘ・マイ・イ・カウ…」
まずは女神に、始祖を呼び出してくれと願う。呪文を唱え終わると、大きな揺れがきた。
「中止するか?」
「いや、待て。もうおさまる!」
騒いでいる間に、魔法陣の上に白い煙が立ち昇った。すぐに煙は魔法陣を半球状に覆う。中は見えない。セラフィーナは息を呑んだ。
(信じられない。成功したわ)
数十秒後、煙が晴れてきた。そこに、誰かが立っている。始祖だ。衣服は着ていない。逞しい裸体に、赤い長髪。まるで氷から溶け出てきたかのように、全身が濡れていた。
閉じていた目が開き、こちらを見た。陛下と同じ水色の瞳である。顔立ちも瓜二つと言って良い。セラフィーナは意を決して、話しかけた。
『始祖よ。初めの王よ』
『…』
『伏して願ひたてまつる。我らの王子を救いたまへ。敵を滅ぼしたまへ』
『…』
始祖は無言でセラフィーナの方に歩いてきた。古代語が通じないのだろうか?あるいは怒らせてしまったか?心臓が激しく打つ。大いなる王は彼女の前で止まり、よく通る声で尋ねた。
『汝は乙女か?』
セラフィーナは震えながら頷いた。怖い。代償にされてしまうかも。凛々しく美しい顔が微笑んだ。
『我が花嫁となれ』
すると、陛下が口を開いた。
「違う。代償は私だ。私の命を取れ」
始祖はようやく他の人間に気づいたらしく、陛下の方を向いた。そして険しい顔で走り寄り、
「父さん?!どうしたの?右手無いよ?!」
とヴォルカン語で言った。皆、飛び上がるほど驚いた。更に、王妃様に手を振った。
「母さん!久しぶり!うわっ!俺だけ裸だ。爺ちゃん、マント貸してよ」
「あ、ああ…」
ヴァンドーム侯爵がマントを外して渡すと、彼は腰に巻いて下半身を隠した。陛下は石のように固まっていたが、掠れた声で訊いた。
「アルベールか?」
「おう。ただいま。あちゃー。毒だね。ちょっと待ってて」
半裸の男は、何もない空間から小瓶を取り出し、それを陛下の口元に持っていった。
「はい。今すぐ飲んで。全部ね」
「…」
奇妙な光景に、誰も動けなかった。しかし、小瓶の中身を飲んだ陛下は、顔色がみるみる戻ってゆく。それを見た重臣らは絶叫した。
「おおっ!!国王万歳!!アルベール様万歳!!」
始祖ではなく、アルだった。セラフィーナは茫然自失であった。思っていたのと全然違う。目の前にいる筋骨隆々の大男は、どう見ても陛下の双子の弟だ。
アルは陛下の右腕に不思議な薬を塗り、包帯を巻き直した。そして侍従に、毎日塗り直すようにと命じた。
「1ヶ月ぐらいで元に戻るから。タンパク質とカルシウム多く食べて。分からない?要するに肉と小魚だよ。ふう。これで良し。…ちょっと、そこの美人!風呂に入ってる時に呼び出さないでくれる?」
急に話しかけられ、ドキッとした。
「ご、ごめんなさい」
「君が嫌だったでしょ。ごめんねー。セクハラしちゃって。あ、母さん。父さん、もう大丈夫だよ!すぐ治るから」
同じく呆然としていた王妃様は、フラフラと息子に近づいた。そして裸の胸に縋りついて泣いた。
「アルベール!アルベール!生きていたのね!どこでどうしていたの?」
「話せば長くなるんだけどさ。根の国にいるよ。ペレの執事やってんだ」
人々は彼の驚くべき言葉に耳を傾けた。
◆
話はマウナ山の噴火まで遡る。アルが目を覚ますと、そこは異界であった。死んで生まれ変わったのか、転移したのか。よく分からないが、“根の国”に来ていた。
虹色の植物が生える森を彷徨いていたら、不思議な人々に出会った。
「ノームっていう小人に拾われて、女神に仕えることになったんだ。そもそも、ノームはペレの下僕だから。これが大変でさ。根の国には魔物と妖精しかいないんだ。毎日、生きるか死ぬかだよ。執事なんて何でも屋みたいなもんだし。今日も泥沼に大ガエル狩りに行って、ドロドロになっちまったから、風呂に入ってたんだ」
詳しく説明していると夜が明けそうなので、かいつまんで話したが、何か問題があるようだ。アルは神官風の男に尋ねた。
「そういや、何で呼び出されたの?俺。王子を助けろとか、敵を退けろとか、何のこと?」
「し、始祖を呼び出す呪文を唱えたのですが。間違って殿下が…」
神官は、見覚えのあるゴテゴテの本を見せた。アルはパッとそれを取り上げた。
「思い出したぞ!全然違うじゃねぇか!コラ!」
「ヒィッ!」
「女神様に聞いたぜ。双子の生贄なんか嘘八百だ。アホな王が弟憎しで捏造した与太話だったぞ。さあ大神官を出せ!」
なよなよした神官の胸ぐらを掴んで揺さぶると、爺ちゃんが止めに入った。
「止めんか。大神官は去年死んだ」
「何だって?!じゃあまだ黄泉にいるな。ぶん殴ってくる!」
怒って飛び出そうとしたら、今度はタレーラン侯爵が出てきて、
「お待ちください!今はそれどころではありません。ヴォルカン王国の危機なんです!」
と、兄の誘拐から隣国との戦争に至る経緯を説明した。ピンクの髪の王女とか、母さんをめぐる20年前からの愛憎劇とか、色々と興味深い。しかし、今は兄を助けなければ。
「…とりあえず、有給取るわ」
アルは大理石の床に両手をついて、女神に呼びかけた。
『ペレ様!すいません、有給取っても良いですか?』
建物がグラグラと揺れた後、地下から女神の声が殷々と響いた。
『理由は?』
『なんか、実家がゴタゴタしてまして。父親も怪我してるし。母だけじゃ大変みたいなんですよ。おまけに兄は悪の組織に誘拐されてて』
『分かった。介護休暇を与える。土産を期待する』
『ありがとうございます!』
これで良し。彼は立ち上がって両親に言った。
「休み取れたから。まず、兄貴を取り返してくる。その前に、服貸してよ」
◆
王都近くの平野では、1万のヴォルカン軍が数倍の敵を食い止めていた。ここを突破されれば、もはや後はない。しかし、圧倒的な兵力差はどうしようもなく、士気はどん底であった。
「サムソン!!」
後退を強いられる中、指揮官が呼んだ。サムソンは敵を斬りながら走り寄った。もう馬も捨てている。近衛の鎧は血塗れで、兜も失くしてしまった。
「押し返せない!どうしよう?!サムソン!」
「援軍は来そうですか?」
「分からん!全然、情報が来ない!」
「一旦退却すべきです。このままでは全滅ーー」
そう言いかけた時、大地を揺らすような轟音が聞こえた。振り向くと、王都の方角から土煙が近づいてくる。兵士らが喜びの声を上げた。
「援軍だ!味方が来たぞ!」
サムソンは遠眼鏡を出して、そちらを見た。先頭は輝く白い鎧に、長槍を持った赤い髪の騎士。跨る白馬は、名馬“雪嵐”である。
「陛下だ!陛下が来てくださったぞ!立て!ヴォルカンの兵士達よ!」
「オオーッ!!」
それだけで、消えかけていた士気が蘇った。援軍に合流しようと、サムソンは空馬に飛び乗った。指揮官も待ち構えている。だが、陛下は止まらずに通り過ぎ、そのまま敵軍に突っ込んでいった。
「え…?」
サムソンらは呆然とした。
「ヴォルカン王だ!首を取れっ!」
当然、モルディア兵が殺到する。すぐに陛下と雪嵐は見えなくなってしまった。サムソンは慌てて馬首を廻らせ、救いに行こうとした。しかし、後ろから来たヴァンドーム侯爵が叫んだ。
「行くな!」
援軍は侯爵の麾下だった。指揮官が真っ青な顔で訊いた。
「何故です?!」
「とにかく行くな!巻き込まれる!」
どういうことだ?混乱している間にも、陛下を追って敵兵が下がっていく。すると、突然、巨大な竜巻が発生した。地から湧き出るように空へと伸びていき、モルディア兵達は次々と、それに吸い込まれていった。
「ギャーッ!!」
「助けてくれーっ!」
まさに阿鼻叫喚の地獄。敵軍全体を覆う程に成長した竜巻は、唐突に消えた。空に飛ばされた兵は雨粒のように大地に堕ちてきた。
(魔法?)
ヴォルカン兵は絶句した。累々と横たわる屍の中心に、白馬に乗った王が立っている。陛下はモルディア兵を踏まないように、避けながら戻ってきた。
「へ、陛下」
指揮官は、ともかくも下馬して跪いた。他の兵もそれに倣う。
「い、今のは一体…いや、それより、お助けいただき、誠に…ありがたき…」
動揺する指揮官を遮り、陛下は仰った。
「良いよ。ついでだし。このままカイエン助けに行くけど。一緒に行く?」
「は?」
「待て。監禁場所も分かっていない。闇雲に突っ込んでいく気か?」
ヴァンドーム侯爵が割り込んだ。言葉遣いに違和感を感じる。よくよく見れば、陛下も微妙に違う。サムソンの頭に、“影武者”という言葉が浮かんだ。
「大丈夫だよ。隠密が今、調べてっから」
「いつの間に連絡を取ったんだ?」
「モグラ便さ。あ、ほら。来たよ」
陛下が指差す方を見れば、十数騎の黒づくめの一団がやってくる。彼らは転げ落ちるように馬から飛び降り、陛下の前に平伏した。ハンゾ子爵が泣きながら主君を見上げて言った。
「アルベール様!よくぞご無事で…」
(?!)
サムソンは、思わず顔を上げた。その目と水色の目が合った。アルベール殿下はニヤリと笑った。
「やあ。サムソン卿。あんたは来るよな?俺の護衛なんだから」




