15 始祖召喚
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ヴォルカン王国とモルディア王国は戦争状態に突入した。兵力は同等であったが、ヴォルカン側は常に劣勢だった。こちらの情報は筒抜けなのに、敵の情報は一切入ってこないのだ。国境に近い砦から一つ、また一つと落ち続け、数万の軍がヴォルカンの王都に迫っていた。
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「避難するわよ。セラフィーナ」
セラフィーナは古文書から目を上げた。いつの間にか、旅行用の服を着た母親が目の前にいる。
「どこへですか?」
「アリタイ王国よ。どこの家も、女性と子供は外国に逃げてるの。宿が足りないそうだから、私は先に行って、押さえておくわ。あなたも支度ができたら来なさい」
「父上は?」
「もちろん残るわよ。宰相だもの。…じゃあね。向こうで会いましょう」
母は慌ただしく出て行った。それを見送り、娘は古文書に戻った。
「あのう。荷物をまとめませんと」
侍女が心配そうに声をかけてきたが、令嬢は俗事に興味が無い。
「適当にやっておいて。あと少しで解読できそうなの」
夢中で読み耽るうちに日が暮れた。お腹が空いたな、と思っていたら、すっとサンドイッチが出てきた。
「ありがとう。これだけ?デザートは?」
「もう、使用人は皆、避難しました!料理人もです!警備兵しか残ってません!」
セラフィーナはようやく侍女の方を向いた。
「何怒ってるの?」
「モルディア軍が、すぐそこまで来てるんです!早く逃げないと、根の国どころか黄泉の国に行っちゃいますよ?古文書ばかり読んでないで、現実に戻ってきてください!」
泣かんばかりに捲し立てられ、さすがにセラフィーナも反省した。今、国が大変な事は聞いている。カイエン殿下も見つからず、陛下もお加減が悪いらしい。宰相である父は、ずっと出仕したっきり、帰ってこない。侍女が心配するのも当然だ。
「…ごめんなさい。明日の朝、出発しましょう。急げば、母上に追いつけるかも」
翌朝。馬車に荷物を積み込み、セラフィーナは屋敷を出ようとした。だが、そこへ父からの使いが来た。
「急ぎ登城を、との事です。これは王命でございます」
令嬢と侍女は顔を見合わせた。
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王城の一角に小さな神殿がある。セラフィーナはそこへ案内された。父と数人の神官、ヴァンドーム侯爵などの大貴族らが待っていた。
「父上」
「セラフィーナ。こちらは大神官補佐のマルコ殿だ。早速だが、それを読んでもらいたい」
マルコが宝石の埋め込まれた分厚い本を差し出した。“大地の書”だ。大神官しか触れないはずだが。迷いながらも、セラフィーナは受け取り、栞が挟んであるページを開いた。
「始祖ダビデ王の偉業です。女神ペレの加護により、数々の敵を破ったと記されています」
彼女が一読して答えると、若い大神官補佐は驚いていた。
「本当に古代語が読めるのですね。では次のページをご覧ください」
そこには不思議な図形が描かれていた。王都の大神殿にある魔法陣に似ているが、少し違う。セラフィーナはその下に書かれた古代語に目を見張った。
「“始祖召喚”?まさか、やるんですか?」
父は頷いた。ますます驚いた。神話の時代は終わった。神々は遥か昔に地上を去り、魔法は失われている。召喚術を成功させた例など、聞いたこともない。
「まずは現状を説明しよう。戦況は非常に厳しい。正直に言うと、連戦連敗だ。情報戦で負けている。王太子殿下の行方も、依然として分からない。モルディアに送り込んだ者が帰ってこないのだ」
「同盟国は?助けを求めたのでしょう?」
「使者が戻ってこない。おそらく、辿り着けていない。そして、昨日、これが送られてきた」
兵が小さな箱と巻かれた書状を持ってきた。何となく、嫌な予感がする。父は箱の蓋を開けた。中には一房の赤い髪と、血塗れの爪が5つ。セラフィーナは眉を顰めた。多分、カイエン殿下のものだ。酷い扱いを受けていらっしゃる。
「モルディア王は、カイエン殿下を返す代わりに、母親である王妃殿下を要求している。それでこの戦を終決させると。もちろん、呑むつもりはない。だが…」
父は言い淀んだ。なんと、敵の目的は王妃様だった。20年を経て、戦争にまで発展するとは。魔性の令嬢、恐るべし。
「陛下は何とおっしゃってるんですか?」
「…もう、長くない」
「え?!」
思わず見回したが、重臣たちは項垂れて目を逸らした。父が拳を握り締めて言った。
「刺客の毒で、あと数日のお命だ。始祖召喚は、陛下が希望されている。手伝ってくれ、セラフィーナ。今や古代語が操れるのは、お前しかいないんだ」
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モルディア某所。塔の最上階にある牢獄に、王太子は監禁されていた。囚われてから一月以上が経つ。その間、毎日、父へ譲位を促す手紙を書けと脅された。断ると食事を抜かれた。それでも死なれては困るらしく、時々、僅かな食べ物と水だけは与えられる。カイエンは初めて飢えというものを知った。
拷問はなかった。だが、昨日、左手の爪を剥がされた。髪と一緒に送るらしい。リリスがそう言っていた。本当は王女でも何でもなかった。あの女は頻繁に様子を見に来る。
「ご機嫌よう。カイエン様。まだ痛いですか?」
また来た。鉄格子の向こうに桃色の髪がいる。カイエンは無視した。見る度に嫌悪と怒りで吐きそうだ。それを察したのか、リリスは口の端を上げた。
「カイ様、怒ってる~。リリ、悲しい~。頑張ってヴォルカンまで爪届けてきたのにぃ~」
「止めろ。気色悪い」
舌足らずの口調に寒気がした。こんなのを可愛らしいと思っていたのが、情けなくて仕方がない。リリスはますます笑った。
「お城が広くて迷っちゃった。警備はザルだし。そうそう、カイ様の父上、もうすぐ死にそうだよ。右手切ったけど、結局、解毒薬がなかったみたい」
「何だって?!」
「カイ様と王妃様を交換するんだって。これ、ぜーんぶ、我が陛下の初恋成就のためよ?笑える~。そんなんで滅亡するヴォルカンも、ダサ~」
カイエンは目眩がした。嘘か誠か判らないが、モルディア軍は、あと数日で王都に着くらしい。もし父上が死んだら。
「王妃様はモルディアの王妃様に転職?かな?カイ様は生かさず、殺さずのままだと思うよ。あ、妹ちゃんがいたっけ。やだな~。子供の始末、心が痛むんだよね~」
王子をズタズタにして満足したのか、女間諜は去った。
(申し訳ありません…父上、母上…。神よ、どうか我が国を御守りください…)
もはや、祈るより他、彼にできることは無かった。
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“大地の書”は全編が古代語で書かれており、そこに代々の大神官たちがヴォルカン語訳を書き込んできた。当然、大神官は古代語の読み書きができる。しかし、先の大神官は次代を育てる前に亡くなってしまった。
「誰もできないんですか?本当に?」
セラフィーナはマルコ大神官補佐に確認した。彼は悲しそうに頷いた。
「はい。かろうじて、呪文は読めます。しかし、仮に召喚が成功したとして、始祖と言葉を交わすことはできません」
「何故、先代は教えなかったんですか?」
「あと30年は生きるおつもりでした」
享年80だった気がするが。案外、先代も習っていなかったりして。令嬢の疑いの目を、マルコは慌てて否定した。
「決して!大神官様は古代語のエキスパートでした。それ故に、誰もが簡単に習得できると思っていたのです。話を戻しますが、そのような訳で、今現在、我が国で古代語が話せるのは、タレーラン嬢しかいないのです!お願いです。始祖に助けを求めてください」
「頼む。セラフィーナ。全ては私の不徳だ」
頭を下げる父を見て、娘は考えた。十中八九、失敗すると思う。でも、陛下の御心を安んじるために、やった方が良いのかもしれない。
「もし失敗したら、どうなるんですか?」
一応、尋ねてみた。すると父は大真面目に言った。
「我が国は滅ぶ」
「ええっ?!」
セラフィーナは叫んでしまった。責任が重すぎる。すると、小神殿の扉が開いた。皆がそちらを見る。王妃様と侍従に両脇を支えられ、陛下がゆっくりと入ってきた。令嬢は慌てて腰を落とした。
「陛下!」
駆け寄る父を制し、陛下はセラフィーナに仰った。
「失敗しても良い。それが神のご意志ならば」
より一層責任を感じる。令嬢はぐっと顔を上げた。
「ですが、召喚には代償が要ります。また、始祖への願いは、多くて3つです。まずは陛下のお命、次にカイエン殿下の救出、最後に外敵の排除、でしょうか?」
「いや。優先順位は、第一にカイエン、第二に敵の排除だ。私の命は、代償として使え」
陛下は椅子に座り、荒い息で命じた。よく見たら右腕の肘から先が無い。やつれたお顔は土気色で、死相が浮かんでいた。
「最悪、カイエンだけでも良い。そうすれば、いつか再興できる。頼む。タレーラン嬢」
「…かしこまりました」
頭を深く下げつつ、セラフィーナは冷や汗を流していた。困った。後には引けなくなった。そのまま、“始祖召喚”の儀が行われることになった。




