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14 王太子誘拐

          ◆



 近年、ヴォルカン王国は不穏であった。マウナ山の噴火に続き、冷害と疫病に見舞われた。そのせいで暴動やテロが増え、サムソン達は休暇も取れぬ程忙しい。


 今日も視察中の陛下が襲撃された。犯人を捕え損ね、同僚とトボトボと帰る途中、


「なあ。最近、おかしいと思わないか?」


 と、小さな声で訊かれた。


「何が?」


「昔はもっとあっただろ。不審者情報とかさ。今は一歩城を出たら、ゼロ距離で暗殺者がいる。怖すぎるよ」


 確かに。サムソンもそう思う。先ほどの賊も相当な手練れだったが、あんなのが城下にいる事自体、知らなかった。同僚はもっと声を顰めた。


「隠密が、予算削減で切られるって噂だ。その代わり、近衛を増やせば良いって、オルレアン侯爵が提案したらしい。隠密はただの護衛じゃないのに」


「それで、どうなったんだ?」


「さあな。ハンゾ子爵はまだ居るから。見なくなったら…」


「…」


 嫌な未来が見える。よく晴れた空に、少しずつ黒雲が立ち込め、やがて雨が降り出すように。この国は傾き始めているのではないだろうか?


(いや、今はまだ大丈夫だ)


 だが、サムソンが思っていたよりもずっと早く、嵐はやってきた。



          ◆



 カイエンはリリス王女と婚約した。隣国モルディアはまずまずの大国であり、財政難が続いた場合、外国と縁を結んだ方が良いと考えたのだ。何より、リリス姫が気に入った。


「大好きです♡カイ様」


 明るく素直な愛情表現が、実に可愛らしい。庶民的なところも魅力で、姫の提案で下町にお忍びで行ったりもした。温室育ちのカイエンにとっては新鮮な経験であった。


 今日は、『治安が…』と渋る護衛を解き伏せ、国境沿いの村に遊びに来ている。二人は土産物屋を覗いたり、池でボートに乗ったりしてデートを楽しんだ。


「カイ様~。喉が渇きませんか?あそこにカワイイ喫茶店がありますよ!」


 リリス姫が指す方を見て、王子は笑顔で頷いた。いかにも田舎風の小さな店だ。


「良いよ。お茶にしよう」


 護衛が安全を確かめてから店に入った。紅茶と菓子の毒味を従者がする。問題がないので王子は口をつけた。


「今日は楽しかった。もう帰ろうか」


 遅くなると危ないから。そう言いかけて、口が痺れているのに気づいた。向かいに座る姫はにっこりと笑った。


「帰れませんわ。永遠に」


 視界が暗転し、王子はテーブルに突っ伏した。



          ◆



 王太子失踪の知らせは、夜になって、ようやく王城に届いた。急ぎサムソンら100名の近衛がその村へ派遣されたが、無人であった。周囲を調べると、村から離れた森に住民らしき死体の山があった。


「これは…」


 あまりの酷さに、兵士ですら言葉を失う。女子供も容赦がない。殿下の護衛と侍従らの遺体もあった。サムソンは猟犬のように轍の痕を追い、隣国との国境まで行った。そこには、篝火に照らされたモルディア軍がいた。


(罠だった。あらかじめ村を占領しておいて、殿下を誘き寄せた)


 おおよその数を確認してから、サムソンは村に戻った。指揮官に報告すると、例によって動揺していた。


「ど、ど、どうしよう?!サムソン!」


「落ち着いて。一旦戻って、陛下にお伝えしましょう」


 村には一切の血痕がなかった。プロの仕事だ。すでに殿下は向こうの奥深くに拉致されている。1万の軍に100名で切り込んでも無駄。そう説明したら、指揮官も納得した。


「た、確かに。よし、撤収する!」


「私と、数名を残してください。手がかりを探します」


「分かった。頼むぞ、サムソン!」


 その後、再び村を調べたが、何一つ見つからない。サムソンは諦めて王都に戻った。すると城は只事ではない騒ぎであった。


 まだ殿下の失踪は伏せられているはずだが。不審に思っていたら、指揮官が走ってきて、サムソンに縋りついた。


「陛下が斬られた!犯人は逃げた!どうしよう?!サムソン!」



          ◆



 モルディアはヴォルカン国王に、王太子への譲位を要求してきた。当の王子は敵の手中にある。拒否した場合、命の保障はない。


「譲位の後、リリス王女並びにカイエン王の婚儀を行う。お二人の子供は両国の継承権を持ち、モルディア=ヴォルカン王国となる…バカな。あり得ない!!」


 宰相は激怒し、送られてきた文書を破り捨てた。緊急会議に参加していた重臣達も賛同した。


「モルディアの属国になど、なるものか!断固、戦うべし!」


「周辺諸国に同盟を呼びかけましょう!モルディアを討てと!」


 だが一人が冷水を浴びせた。


「そもそも、何故こんなことに?」


 しんと議場が静まりかえり、オルレアン侯爵が顔色を変えた。重臣達は皆、予算会議を覚えている。王族には常に隠密がつく。それを不要だと言ったのは、この男だ。宰相は怒りを押し殺して、採決に移った。


「…今は、追求する時ではない。では、モルディアへの返答は『否』。カイエン殿下の解放を求めていく。諸侯の援軍が到着次第、国境の敵軍を討つ。同時に友好国に出兵を要請。以上、よろしいか?」


「賛成」


 全員が挙手をして、重臣会議は終わった。次は軍部との会議だ。タレーラン侯爵は休む間もなく、将軍達が待つ部屋に向かった。



          ◆



 とりあえず、全ての指示を終えた。宰相がフラフラと部屋を出ようとしたら、誰かに呼び止められた。ヴァンドーム侯爵だ。軍馬の調達のために呼んだのだ。


「少し休んでは?酷く疲れているようだ」


 休みたいのは山々だが。やる事も山とある。タレーランは無理に微笑んで首を振った。


「大丈夫です。ご心配なく」


「陛下は、そんなにお悪いのか?」


 ズバリと斬り込まれた。


「あと、どれほどだ?」


 老ヴァンドームの切れ味は鋭い。誤魔化せぬと悟った宰相は、王の舅を小部屋に連れて行き、打ち明けた。


「今すぐ、どうのという状態ではありません。ただ…」


 カイエン殿下が攫われた日。近衛の多くが城を出た隙を突き、モルディアの暗殺者が陛下を斬った。短剣が手を掠った程度であったが、猛毒が塗られていた。お命を救うには右腕を切り落とすしかない。陛下は即断した。


「何と…」

 

 ヴァンドーム侯爵は絶句した。


「後は解毒薬さえあれば。ところが、特殊な毒で、作れる者がおりません」


「隠密は?ハンゾなら作れるだろう?」


 怪訝な顔で訊かれ、タレーランは怒りを吐き出した。


「打ち切ったのです!彼らとの契約を、陛下自身が!かくなる上は、一刻も早くカイエン殿下を取り戻さねば」


 さもなければ、王統が2歳の王女だけになってしまう。ヴァンドーム侯爵はポツリと言った。


「アルベールがいれば…」


 宰相も同じことを何度も思った。だがそれは、決して叶わぬ夢であった。


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