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偉大なる夜の下で  作者: 小雨川蛙
【五章】
27/36

運命の相手

直接的な描写はありませんが、性行為を匂わせる描写があります。

お気を付けください。

現在R15タグはつけていませんが、今後もしかしたらつけるかもしれません。


 私の服の紐をあなたが解いた。

 まるで動けないことを理解してくれているように。


 肌が晒される。

 あなたの指が触れた。

 反射的に身体が固くなり意図せず身を引いた直後に震えだす。

 あなたの居る世界が私から遠ざかった。


 あなたと違い私は王に抱かれた以外の経験はなかった。

 その時に感じた苦痛と吐き気、そして恐ろしい感覚が蘇る。


「ごめんなさい」


 抱いてほしいと言ったのはこっちなのに。


「別にいいさ」


 あなたは凍ったようにそのままの姿勢で言った。


「お前の……君の気持ち。きっと。誰よりも分かるから。僕には」


 ぶっきらぼうに口にしたあなたの声は。

 誰よりも深く理解していたと思っていた私でさえも驚くほどに優しかった。


 きっと、驚いた理由は。

 私の想像を遥かに超える程に優しく響いたからだと思う。


「あなたは。いやじゃないの?」


 だから私も可能な限り静かで優しい声を出す。

 涙を落して震えながら。

 それでも出来る限り。

 あなたと同じように。


「分からない」


 素直な言葉だと思った。

 だって、私の心が納得したから。


 私達は同じだ。

 互いに売女、種馬と罵り合っていた時から何一つ変わっていない。

 憎まれ口を互いに叩き合いながら、それでも本心ではお互いを心の支えとしていた。

 だからこそ、殺し合う運命の下に生まれたくせにその事から目を逸らし続けていた。


「わたしたち、ばかみたい」

「そうだな」


 涙を流した私にあなたが頷いた。


「ずっと馬鹿だったんだ。お互いに必死に賢い振りをして。だから」

「だから?」

「今だけ。この瞬間だけ。本物の馬鹿でいよう。僕も君も」

「うん」


 淀みのない返事が出たのが不思議だった。

 未だに恐怖で震えていた身体がそれでも前に出たのが自分でも奇妙だった。

 自分の行動が何一つ分からないのに全てが理解出来ていた。

 そんな矛盾を理解しているようにあなたは両手を広げた。


 あの夜の下。

 この塔の上で。


『攫ってよ。誰も追いかけて来れないほど遠い場所に。私を連れていってよ』


 自分自身が望んでいた事が今、ようやく分かった。

 直視するのを避け続けていた想いとようやく向き合えた。


 震える。

 息を飲む。

 全て怖いから。


「カミラ」


 対面のあなたが抱きしめながら言った。


「怖ければ爪を立てて。僕の肌を噛んで。少しだけマシになるかもしれない」


 従う。

 けれど、私はもう人ではない。

 故に私の爪も歯もあなたの身体を醜く傷つける。


「っ……」


 あなたは痛みで息を漏らした。


「あっ……」


 罪悪感から力を抜く。

 しかし、あなたは片手で私の頭を撫でた。


「大丈夫」


 その言葉を信じた。

 まるで拷問のあとのようにあなたの肌から血が流れる。

 流れ続ける。


 けれど、あなたは震える私を最後まで宥め続けた。

 抱きしめ続けた。

 だから私は甘えた。

 甘えることが出来た。




 全てが終わり、私は硬く冷たい寝台の上に横たわり月を見ていた。

 夜はいつの間にか終わり、月は朝焼けで霞んでいた。


「どうすればいいのか。もうわからない」


 幽霊が住むと呼ばれた塔は到る所に隙間がある。

 だからだろうか。

 風は今まで感じたほどがないほどに冷たかった。


「わたし。どうすればいいんだろう」


 月をずっと見ているのは何故だろうか。

 あなたの方を向けないのは何故だろうか。


「ほんとうに。もう、どうすればいいのか、わからない」


 言葉を繰り返す。

 答えなど求めていなかった。

 ただ聞いてほしいだけだったから。


 あなたが動いた。

 先ほどの繋がりを断ち切るように言葉もなく。

 私から出来る限り離れるように。


「いかないで」


 私はどうにか身を起こして歩きながらあなたの下へ行く。


「ひとりにしないで」


 あなたの顔が怯えていた。


 ごめんなさい。

 ローレン。

 分かっているよ。

 あなたの言葉を借りるなら、もう『この瞬間』は終わったのでしょう?


 私達はまた運命の下に戻らないといけない。

 殺し合いに戻らないといけない。

 だって、それが『私達』なんだから。

 運命が『私達を繋ぐ唯一のもの』なんだから


 だけど。

 もう少しだけ。

 私はあなたにしがみつく。

 あなたの体温が私に伝わる。


「わたし。どうすればいいの?」


 胸に顔を押し付けながら泣いた。

 私は泣き続ける。

 空っぽになるまで。


 気づくと。

 いつの間にか。

 あなたも泣いていた。

 私を強く抱きしめながら。



 温かな日差しが私達を照らす。

 私達は同時に互いの目を見つめ微笑んだ。


 大丈夫。

 分かっているよ。


 馬鹿になるのはおしまい。

 また、二人で賢い振りをして劇をしよう。

 本当は馬鹿なのに、二人でまた滑稽な劇を演じよう。

 それが私とあなたの運命なのだから。


 そして運命は既に決している。

 つまり、私が勝者であなたが敗者。


 身を離す。

 はだけた服を身に纏う。


 まるで恋人がするような穏やかな動きであなたの指が近づいてきた。

 それを私は微笑みを返して止めた。


 ダメだよ、ローレン。

 あの瞬間はもう終わったのだから。


 それを理解してあなたもまた微笑んだ。


 私は立ち上がりあなたを見下ろした。

 あなたは座ったまま私を見上げた。

 夜が終わり訪れた日差しの中で二人で確認する運命の決着。

 勝者と敗者。


「あの夜」


 敗者のあなたが勝者の私に言った。


「誰かを愛したことがあるのかと君は聞いたな」

「そうね。それがどうしたの?」


 自分でも驚くほどに私の声は良く通った。

 あなたは微笑んだ。


「今になりようやく分かった。僕はずっと君を愛していた」


 少しだけ迷う。

 いつものように皮肉を返すか、否か。

 私達を繋ぐ運命。

 その運命は私達には変えられない。


「そっか」


 そう決して変えられない。


「ありがとう。ローレン」


 だけど、劇の内容くらいは変えてもいいでしょう?


「私もあなたを愛している」


 私も微笑んだ。


 そう。これは劇。

 殺し合う事を運命づけられた私達二人の劇。

 結末は一方がもう一方を殺すこと。

 相手を殺す劇なのだから私達は互いに憎しみ合わなければならないってずっと勘違いしていた。

 だけど違った。


 運命は変えられないし、従わなければならないけれど。

 それでも過程は変えられる。

 劇の最後は目も当てられないほどに苦しくなるけれど。


 それでも私は。

 ううん。

 私達は。

 お互いの想いを伝えられた。


「ローレン」


 私は最愛の人を呼んで言った。


「あなたが運命の相手で本当に良かったって思う」


 最愛の人は微笑んだ。


「僕も同じ思いだ」


 踵を返す。


「さようなら」

「あぁ」


 私の言葉にあなたは頷いた。




お読みいただきありがとうございました。

今回で第五章は終わりになります。

これより、物語は終盤となります。


二人の物語。

もうしばらくお付き合いくださいましたら幸いです。


もし少しでも「面白いな」と感じていただけましたら、リアクションや評価などいただけますと励みになります。

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