狂気に染まる
劇は決まった。
いや、私達が決めたんだ。
憎しみ合っていた二人の宿命の戦い。
勝者が敗者を下した末に勝者の未来へと続く物語。
そんな劇を私達は変えた。
隠し続けていた互いの気持ちを告げて素直になり、素直になった分だけ傷ついた悲劇へ。
敗者はそのまま全てを失い、勝者は半身を失い未来を虚ろに生きる。
それでいい。
きっと、これで良かったんだ。
私は朝と夕、あなたの下へ向かう。
あなたは私が用意した食事を無言で食べる。
私はその隣に座り込み、束の間の二人の時間を傍受する。
あまり会話はしなかった。
だって、私達はもう賢い振りをして生きるって決めたから。
観客たちに二人は憎しみ合って生きていたって見せなきゃいけないから。
観客か。
それは誰だろうか。
この劇を私達に演じるよう強要した運命?
それとも私を夜の民にした偉大なる夜と呼ばれる夜の王?
ううん。
きっと二つとも違う。
少なくとも私達はそう思わない。
私達が思うこの劇の観客。
それは他ならない私達自身。
誰よりも近くでこの劇を見て誰よりも激しくこの劇に心を奪われている私達自身。
時々、私はあなたに声をかけた。
賢ければきっとこんな事はしなかっただろうけれど、生憎私達は二人とも馬鹿だったから。
「ねえ、ローレン」
「なんだ?」
賢ければ後に続く終幕で傷つくことはなかった。
自分達の持っていた素直な気持ちが自分自身を傷つけることを知り、決して素直になることはなかった。
だけど、私達は賢い振りをし続けたお馬鹿さんだ。
だからこうして、ふとした瞬間に賢く振る舞い切れない。
時々してしまう会話。
くだらない事ばかり。
女王として聞く民達の会話や背後で私を操る臣下達の暗躍。
きっと、あなたは何の興味もない話。
それでもあなたは聞いてくれた。
「君はこれからどうする?」
これから。
その意味を私はよく分かってた。
つまり、あなたが死んだ後の話。
「分からない。多分、世代を超えて臣下の操り人形でいるんじゃないかな」
「腹は立たないのか?」
「立たないよ。その気になればすぐに殺せるもん」
「身も蓋もないな」
あなたは笑った。
私も笑った。
ある時、私は自分の身体の事を話した。
偉大なる夜の王が残した血の中でもより強く忌むべき血を飲まされた事を。
つまり、夜の王と同質の存在となってしまった私の事を。
「日光で死ねない、か」
「うん。と言うか、何をしても死ねない。多分」
あなたは息を飲む。
当然だろう。
愛した人に待つ未来を知れば私だって同じような反応をする。
「偉大なる夜は何を考えてこんなものを?」
「分からない。だけど、夜の民と化した人間を嘲笑うためだって聞いた」
「良い趣味をしているな」
「ほんとにね」
そう。
私は死ねない。
あなたが死んだ後も永遠に生きる。
人は死んだら黄泉の国へ行くだとか、天の国へ行くだとか、あるいは地獄へ行くだとか、馬鹿みたいなことを人々は言っているけれど。
それが嘘だろうと本当だろうと私の救いにはならない。
それにもし本当なら、私は死んだあなたに二度と会えないということになる。
だから信じないし、信じてやらない。
どうせ、あなたと二度と会えないのだけは決まっているのだから。
日々は少しずつ流れていく。
着実に。
五年、十年、十五年、二十年……。
長い日々の中で私は何度か暗殺をされかけた。
それは私の背後に居る臣下達の手によるものだ。
権力に疎い私には理解の出来ない事だが、こうして無害に振る舞っていても権力欲に支配された者達にとっては邪魔に感じることがあるらしい。
だけど、ごめんね。
私の身体は刃でも槍でも、火でも水でも、毒でも死なない。
死にたくても死なないんだ。
だけど、安心して。
私の身体は死なないけれど、私の心は必ず死ぬんだから。
最愛の人は段々と老いていった。
それを見るのが忍びなく、私はいつ頃から隣に座ることはなくなった。
昔みたいに食事を置いてその場をすぐに去るようになった。
だけど、あなたは何も言わなかった。
言わないでくれた。
ありがとう。
何も言わないでくれて。
ありがとう。
私を理解してくれて。
ありがとう。
一緒に賢い振りをしてくれて。
馬鹿みたいな賢い振い。
自分の本心を隠し続ける狂気。
それはあなたの今わの際まで続いた。




