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冴原悠希.ch5

 休日で、講義もバイトもないからのんびりと睡眠を摂り、ゆっくり起きて朝食とも昼食ともつかない食事をしていると冴原悠希が訪ねてくる。顔も洗ってないし完全に部屋着だけど、ともあれ俺は冴原を部屋に上げる。別に構わない。気を遣うような相手じゃない。


 冴原の方は当たり前だけど外出用のちゃんとした格好だった。茶色い髪は今日も健康的にツヤツヤだった。

「おはよう。起きとった?」


 俺は座りなおし、食事を再開する。

「いま起きたとこや」


「やよね」と冴原は笑う。

「髪ぼっさぼさ。ほんでなんか匂いも、寝起きの匂いするわ」


「ああ? んな匂いするう?」

 マジで?


「なんかな、雰囲気で」


「雰囲気かいや」

 気分の問題だろ、それ。

「起きがけにだけする匂いなんかねえやろ。俺、ずっとこの部屋におるんやからな。そんなん変わらんぞ、匂いなんか」


「なんか生臭い匂いするわ」


「雰囲気じゃねえんかいや」

 実際にするの?やっぱ。どっちなんだよ。 

「それはもうこの部屋の匂いやわ、残念やけど」


「そか。掃除しねや」


「してや」


「嫌わ。彼女でもないのに、なんであんたの部屋掃除してあげないかんのやって。……まあ、お世話にはなっとるけどな」


「じゃあしてや」


「嫌わ」


 冴原とは中学校からいっしょで、同じ高校に進学した。ただ、中学高校は別に仲良くもなく、互いに面識がある程度の関係だった。しかし大学まで同じとなると「おお、また会いましたね」という具合で、さすがに縁のようなものも感じたのか、自然と寄り合うようになった。県外に出てきて知らない人達ばかりで心細い中、見つけた同郷にテンションが上がってその流れで急速に親密度を上げたとも言える。


「……やけど、冴原が鳥山大学受かるって奇跡じゃね?」


「またその話か」

 冴原はあきれながらも笑う。

「もう入学して半年やよ? 今さら合否の話はないやろ」


「昔はあんなにバカやったのになあ」

 しみじみする。


「変わらんやろが、あんたも。言っとくけど、高校もいっしょやからね?あたしら」


「あれは俺の下振れ、冴原の上振れやろ」


「まああたしがあそこ受かったのは奇跡やけどな」


「で、鳥山大学も受かってダブル奇跡か」


「鳥山は実力じゃー」と冴原は笑う。

 冴原はとてもよく笑う。見ていて楽しいし、純粋に性格がいいんだろうなと思う。

「高校からあたし、真面目に勉強したもん」


「ほうやなあ」


「それ言うたら、木田はなんも変わっとらんな。無難な高校、無難な大学って感じ?」


「まあね。それ言われたら、って感じやな」


「痛いとこ突かれた? 地雷やった?」


「地雷ではねえけど」

 ただ、あまり努力とか進歩がないよな、とは思う。自分の今の実力で行ける学校へ行ったという感じだ。無難、というのは的を射ている。失敗しないように、失敗しないように、と俺はリスクの少ない安定した道を採ってきている気がする。

「投資でも始めるか」


「あはは。いきなりなんやって。極端すぎるわ。あんた投資のことなんも知らんやろが。そんな無理矢理ダイナミックにならんでも、あんたはあんたのままでいいやん。正直、木田のことは羨ましいし、木田のそういう部分は好きやよ」


「どの部分よ」


「なんか、無難なとこよ。落ち着いとるっていうか、見てて安心できるよね。危なげがないし」


「どうやろな。俺も投資で一気に破産するかもしれんぞ?」


「あはははは。投資はすんなや。『投資したいと思っとっても危険なことがわかっとるから実際にはせん』っていうのがあんたのいいところや」


「ふうん。そうなんかね」

 俺は食事を終える。とりあえず皿はそのままにしておいて「今日は何の用や?」と冴原に改めて訊く。


「用がないと来たらダメ?」


 品を作っている冴原に「ダメやわ。せっかくの休日に」と言ってやる。


「あーあ、部屋掃除しに来たのにな」


「マジか」


「嘘や。用があって来たんや」


「なんじゃいや。やっぱ用事か」


「前に言っとったやろ?」

 冴原が用件を話しだす。

「気になっとる、もしかしたら彼氏になりそうな人のこと。あの合コンにおった人や。あの人とデートすることになったんやけど、本当に大丈夫そうな人か、木田にチェックしてほしいんやって。デートに同行して」


 俺は笑ってしまう。

 「アホか。デートなんやろ? 俺が同行したらデートにならんがいや」


「あの人には言ってあるさけ、大丈夫や」


「いやいや……」

 言ってあるからって。そんな、初デートに他の男も同行してくるなんて、向こうからしたら堪ったもんじゃないぞ。地獄だ、地獄。俺にとってもそう。

「俺お前のお父さんじゃねえんやけど」


「お父さんなんか呼ばんわ。木田はあたしの友達やろ? 木田なら男としても人としても信用できるし、ジャッジしてほしいんや」


「ジャッジ……」

 そんなことさせようとしてくる奴初めて見た。

「そんなにきわどい相手やったっけ?」


 冴原の言っている人というのはたしか、テニスサークルの合コンで知り合った大風大学の優男。おとなしいと聞いているが、ジャッジなんて必要なのか? まあおとなしいから安全ってわけでもないけれど。静かで寡黙な方がやばそうってイメージもたしかにある。じゃあ俺はそいつの心の闇を探ればいいってことか。そんな仕事、生まれてこの方したことないぜ。


「とりあえず見てほしいんや」


「ふうん。まあ向こうがオッケーやっつーんなら行ってもいいけど」


「大丈夫や。木田のことはちゃんと話してあるさけ。メチャクチャ仲いい男子おるけど、ただの友達やからって」


「ただの友達か」

 メチャクチャ仲いいのに?


「親友」


「親友か。つっても、大学入ってからの交流やけどな」


「時間じゃないやろ?そんなの」


「まあそうやね」

 恋人だっていきなり出来るしね。

「ほんで、デートはいつなん? スケジュールは?」


「デートは今日の昼から」


「今日の」

 早いな。いきなりやん。

「マジでか。昼からっつったら、もう二時間もないぞ」


「うん」


「つーかデート前に他の男の部屋行くなや。なんかいやらしいわ」


「別にやらしくないわ」

 冴原はため息をつく。

「木田の部屋寄ってから行くってことも相手には伝えてあるさけ。心配せんでいい」


「俺がそいつやったらそんなんもう絶対嫌やわ。仲いい男友達おって、デート前にも部屋に入り浸っとって、おまけにデートにもついて来るっつーんやからな」

 いや、全然おまけじゃないな。そこが一番嫌だ。


「あはは。でもあの人はそれでもオッケーって言ってくれたんやから」


「もう付き合いたくて必死かよ」

 まあ目の前に付き合える可能性のある女子がいたら、男なんて多少のことには目を瞑るよな。ましてや冴原は顔も可愛いしな。ただ、付き合ったあとが不安だ。付き合う前はとにかく付き合いたいから不利な条件も呑むだろうが、恋人同士になったら確実に俺のことは目障りに感じるだろう。そこら辺でトラブルが起きないかが気がかり。そうか。俺はその辺りのことも今日、デート中に探ればいいのか。向こうが俺に敵意を抱きそうかどうか。

「……冴原もわりと必死?」


「何に?」


「その、そいつと付き合うことに関して。俺に見させようってことは、それなりに重要視しとるってこと?」


「まあ? 大学で出来る彼氏やし、将来とかも、あるかもしれんやろ?」


「結婚するかもってこと?」


「可能性としてはね。ありえるやろ?」


「まあ。なくはないかも」

 でも俺達はまだ大学生になったばかりでもある。大学生だからって、出来た彼氏=旦那候補ってのはどうなんだろう。ピュアか? 意外と可愛らしいところもある。俺はそんなの考えたこともない。結婚なんて、予期するもんじゃなくてタイミング次第じゃない? どうなんだろう? そういう奴から行き遅れていくんだろうか?


 冴原が俺を見る。

「やから木田も真剣にジャッジしてや。お願いな」


「できる限りのことはやるけど、俺がNG出したら、冴原はどうするんや?」


「ほしたら別れるよ。別れるっていうか、付き合わんとく」


「ほえ~」

 俺の責任重いな。

「でもそんなもん、自分で考えて決めれや。俺の言うことなんか聞いとらんと」


「木田の言うことは信用できる」

 冴原は確信的に言う。

「その代わり、真面目にやってや?」


「や、わかったけど、俺の意見を聞いて、冴原が最後に決断するんやぞ?」

 俺には背負えない。

「約束な?」


「わかったわかった。そうする」


 そんな感じで、午後一時、デートでもダブルデートでもないわけのわからないジャッジメントタイムが始まる。俺は挨拶がてらその優男くんにまず謝罪し、俺のことは気にしないでと言って後方から二人を見守らせてもらうことにする。優男くんはというと、マジで俺のことはあまり気にしていないようで、むしろ悪いからいっしょに楽しみましょうとまで言ってくれた。神? 仏? 表情にも不審な暗い雰囲気は見当たらず、どころか可愛らしい顔立ちをしていていかにも無害そうだった。冴原はこういうタイプが好きなのか。たしかに可愛い人が好みみたいなことを言っていたような気もする。


 ファッションビルをぶらぶらしてから映画を見て、それから喫茶店で少し休憩をする。冴原はあまり俺に話しかけないようにしているふうだったが、優男くんは俺にも気を遣って声をかけてくれていた。神かな? 俺もできるだけ発言しないようにはしていたが……まあもう合格でいいんじゃね?って感じだった。優しいし、可愛いし。おとなしいけど、かといって口数が少なすぎるわけでもないし。普通に喋れるみたいだし喋っていてつまらないってふうにもならない。合格。合格です。逆にこれを不合格として冴原に突きつけたら、冴原は従うんだろうか? そうだとしたら、それはそれで冴原の将来が心配になる。自分で選んで自分で決めろよな。


 午後五時半。いい時間になってきたので、俺は二人を置いて帰宅する。もう充分にジャッジできたし、ここから先は男女二人きりの時間だろう。デート中は同行せよ、と冴原から指令をいただいているが、そこまで空気が読めない俺じゃない。あとは二人で、二人でしかできないことをやってください、と俺は離脱をした。優男くんは今度は男同士二人でも遊びましょうと言ってくれた。神でしかないなと思った。優男くんが神だったので、俺も気分よく帰ることができた。あいつになら冴原を任せられるし、なんなら俺も、言われた通り今度遊んでみたいくらいだった。グレーな感じの怪し~い奴が来たらどうしようと危惧していたけど、この結果なら大満足だ。


 午後九時ぐらいに冴原が俺の部屋を訪れる。優男くんもいるのかと思ったが、一人だった。解散するの早くないか?と訝しんだけれど、冴原の表情を窺うに、冴原の方もデートには満足しているようだった。


「ただいま~」


「いや、お前んちじゃねえから」

 俺んちだ。

「酔っ払ってる?」


「酔っ払うのはこれから」と冴原。

「お酒あるう?」


「ないわ」

 一応俺ら、大学一年生。

「それにしても、帰ってくるの早くね?」


「ごはん食べて今日はお開きってことになったわ」


「体の相性はジャッジできんだんやなあ」


「あは。うるさ」

 冴原は部屋に上がり込み、パイプベッドに腰かける。

「で、どうやったあ?ジャッジ」


「いや、よくね?」と俺はコメントする。

「顔もいいし、性格もよさそうやし。結婚すればよくね?」


「結婚は気が早いけど」と、でも冴原も満更でもなさそう。

「でも、よかったやろ~? いい子やったやろ?」


「おえ、自慢するために呼んだんじゃねえやろな」


「あはは。いや、それもあるかも? あははは。嘘や。今日はありがとうな、木田」


「いいけど。なんだかんだ俺も楽しかったわ」

 会話はあまりしなかったけど。

「冴原の他所行きの顔も見れたしな」


「なんや?それ~。そんな顔しとったあ?」


「顔っていうかキャラな。俺とおるときとは少し違ったかな」


 女の子らしさ増し増し、お姉さんらしさ増し増し、みたいな? 可愛い人がタイプと言うからには、たぶん、冴原は彼氏を可愛がりたいんだろう。そういうお姉さん感が滲み出ていた。


「あたしのチェックせんといてや」

 さすがに照れ臭そうにする冴原。

「あの人のこと、ちゃんと見てくれとったあ? 適当に言うとるんじゃないやろうな」


「大丈夫大丈夫。全部見とったよ。オッケーオッケー。あいつも可愛かったし、冴原も可愛かったよ」


「ふ。ほんならクリアかな?」


「付き合ってよし」


「やったあ」


「あいつを頼んだぞ。幸せにしてやってくれや」


「あっち方のお父さんやん!」


「体の相性がわかったら教えてくれたまえ」


「そんなお父さんおらんわ!」


 俺は笑ったあと、改めて冴原のカップル成立を祝う。まあまだ冴原は優男くんに連絡をしていないのだけど、別にそんなの些事だ。冴原と優男くんはこれから付き合い始める。それは不変の未来だ。未来みたいな漠然とした先の話じゃないな。もうすぐそれは現実になり、冴原は優男くんの彼女になる。


「付き合うことになったらあんまりウチ来んなや?」と俺は牽制しておく。


「や、そこは変わらんやろ」


「あんま嫉妬されたくもねえしな」


「大丈夫やって。それにウチら、友達」


「ま、そんなこと言っといて、だんだん足も遠のくんやけどな」


 そんなもん、男友達よりも断然彼氏だろう。当たり前だ。次第に俺と冴原は疎遠になっていく。でも、それでいいのだ。それで普通なのだ。何度も言うが、俺が彼氏だったら、彼女の男友達なんてマジで嫌だ。優男くんは優しいけれど、俺の存在が邪魔か邪魔じゃないかの二択ならば、邪魔に違いないのだ。優男くんが邪魔じゃないと思ってくれていたとしても、邪魔なのだ、間違いなく。


 冴原に笑われる。

「ホントは寂しいんやろ? 心配せんでいいって。ズッ友!」


「はは」

 ズッ友。そのふわっとした言葉に思わず吹き出してしまう。

「別に気にせんさけ、冴原も俺に気とか遣うなや。冴原はあの最高な優男に逃げられんことだけ考えとけや」


「ん」と冴原は神妙な顔をする。

「わかったよ」


「おっしゃ」


「……木田は、彼女いらんの?」


「あー……俺かあ?」

 いらなくはないけど。

「欲しいからってできるもんではねえやろ。その内、なんかいい出会いもあるかもしれん」


「雑~」


「まあな」


「ほしたらそのときは、お返しにあたしがジャッジしてあげるわ」


「いらんわ。自分で決める」


 午後十一時、冴原は帰り、俺は部屋に一人残される。俺の部屋なので俺が一人残るのは当たり前だが、今日は朝から晩まで騒がしかったので、ギャップがすごい。どこかへ遊びにでも行こうかなとも思うが、時間も時間だし、我慢しておく。代わりに何か飲むかと冷蔵庫を開けてみるけれど、冴原がいろいろたくさん飲んでいきやがったので、飲み物の在庫は空だ。

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