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交渉

 ヘルツは底の見えない笑みを貼り付け、吹き矢らしきものを握りっている。クルトは、怒りを滲ませた瞳で、セリウスを睨んだ。



(小太郎……!)



 きゅう、と胸が締め付けられる。

 彼の姿を見ると、愛おしくて、切なくて、泣きたくなる。

 涙腺を抑え込んで、アンジェリカはクルトを、じっと見据えた。



「ああ。痺れ薬がちゃんと効いていますね」



 ヘルツが倒れている仮面の男を見下ろしながら、呟く。



「痺れ薬、だと?」



 かなしんぼうが訝しげながら、ヘルツを見据える。



「えぇ、いきなり目の前で人が死ぬのを見るのは、アンジェリカ様の精神上、良くないと思いましてね。ああ、真夜中までは効果が切れるはずが、命に別状はありませんよ」



 別に気を遣わなくてもいいのに、とアンジェリカは思った。

 人の死なんて、病院でたくさん見てきたのだ。先ほど初めて見かけた人物の死はなおさら、ショックを受けたりしない。



「その子を解放しろ」



 セリウスを睨みながら、クルトが低い声音で言う。



「貴方がこちらの条件に応じたら、解放してあげましょう」


「条件だと?」



 クルトの目つきがさらに剣呑になる。



「貴方方が婚約を解消し、貴方がエマ嬢と婚約してくれたら」


「……どうして、トリューゼ嬢の名が出てくる」


「僕がセリウス・ジュータだから、ですよ」


「なに……? トリューゼ嬢の婚約者である貴殿がなぜ」


「全ては、エマ嬢の幸せのため」



 意味が分からない、という顔でクルトが訝しげに首を僅かに傾ける。

 見かねたのか。ヘルツが、やれやれ、と肩をすくめながらクルトに告げた。



「クルト様」



 クルトがヘルツを横目で見る。



「要するに、彼はトリューゼ嬢に惚れているのですが、トリューゼ嬢が好きなのはクルト様なので、このままだとトリューゼ嬢が幸せになれないのではないか、ならトリューゼ嬢の幸せのため自分は身を引いて、クルト様との婚約を結ぼう、と思い立って今回の凶行に走ったみたいですよ」


「そうなのか?」



 クルトがきょとんとしながら、セリウスに視線を投げる。


 緊迫した空気が一瞬、なんともいえない空気になった。アンジェリカは、鈍感ね、と変わらない彼の一面に内心笑んだ。


 昔病院で聞いた話の中には、女の子に関する話もあった。その女の子が、彼に好意を寄せていたということが話を聞くだけでも分かったのに、本人はまったく気付いていなかった。



「え、ええ。その執事の言うとおりです」



 セリウスが気を取り直すように、肯定した。クルトがますます怪訝そうに顰める。



「トリューゼ嬢のことが好きなら、何故、トリューゼ嬢が嫌うようなやり方をするんだ?」


「僕の独断だからですよ」


「いや、独断なのは分かるんだが。こんなやり方を経て、婚約者になったところで、トリューゼ嬢は喜ぶのか?」



 セリウスはむっと眉間に皺を寄せる。



「喜びます。だって、ずっと好いていた人が婚約者になるのですよ? 喜ばないわけがないでしょう」


「なら、どうしてお前は、こんなことをしているんだ? 矛盾していないか?」


「は?」


「だから、好きなトリューゼ嬢の婚約者になったお前が、どうして辛そうにしているんだ?」



 刃の震えが、一瞬治まったような気がした。が、すぐに震え出した。先程よりも、分かりやすく。



「ど、どうしてって」



 声も震えている。顔は見えないが、動揺しているのは明らかだ。


 ヘルツを見ると、肩をすくめて笑っていた。おこりんぼうとかなしんぼうも、事の成り行きを見守ることにしたのか、短剣は抜いているが、戦闘態勢を解除している。


 なんだろうか、これ。


 アンジェリカは、人質を取られ交渉しているはずなのに、緊迫感が欠けている空間に、少し困惑した。



「そ、それは、彼女が、別の人が、好きだから」


「仮に俺とトリューゼ嬢が婚約したとして、トリューゼ嬢は幸せになれないと思うぞ」


「いや! そんなはずがない!」


「トリューゼ嬢がお前と同じ気持ちを味わう可能性があることを、どうして考えない?」


「同じ、気持ち……?」


「好きな人に振り向いてもらえない。そんな気持ちを、だ」



 セリウスを一瞥する。


 彼は瞠目していた。顔色が青白く見えるのは、燭台の火のせいだろうか。その表情には、怒りはない。ただ、表情が抜け落ちているように見えた。


 そのとき。



「全くその通りですわね」



 ここにいるはずのない、人物の声がした。

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