元いた世界
「ご興味おありで?」
「まぁ……そうだな」
濁ったような言葉だった。
「すいません。お答えできません」
「あ、すまない。辛い、よな」
「いいえ。そうではないんです」
アンジェリカは首を横に振った。
「ただ、元いた世界のことを語れるほど、元いた世界のことを知らないんですよ。わたし、ずっと病院にいましたから」
クルトの目が、これでもかと、瞠る。
「病院に?」
「はい」
「身体が弱いのか?」
「この世界に来てから、健康体になったようです」
クルトの目が普段通りになり、アンジェリカを見据える。
「……なぁ」
「なんでしょう?」
「健康体になって、嬉しくないのか?」
今度は、アンジェリカが目を見開いた。
「どうして、そう思うのですか?」
「嬉しそうに見えないから」
「わたしはいつも、そんな感じですよ?」
おどけながら、首を傾げてみる。クルトは、訝しげにアンジェリカを見つめた。
その視線に耐えきれなくなって、アンジェリカは立ち上がる。
「いい加減に寝ないと、いけませんね。寝坊すると、アナに怒られます。クルトも、早めに寝てくださいね。寝ないと過労死してしまいますよ」
「あ、あぁ」
「では、おやすみなさい」
アンジェリカは微笑を浮かべながら一礼して、その場を後にした。
どうして逃げるように、戻ってきたのだろう。あれだと、図星だと思われてしまうかもしれないのに。
何故か、後ろめたくて、つい立ち上がってしまった。
(後ろめたく、ないのに)
クルトが指摘したことは事実なのに。
(そうよ、今更のことだから。今更、健康体になったって)
また、友達の笑顔が脳裏に蘇る。
アンジェリカは、胸をぎゅっと握り締め、唇を噛んだ。
あの頃は、健康体になればいいのに、とほんの少しだけ願っていた。
あの子と一緒に、空の下を歩いてみたい。
あの子と一緒の学校に通ってみたい。
あの子と一緒の食べ物を、食べてみたい。
叶わぬ願いだから、諦めていた。少しだけ願って、満足していた。
だが、今はどうだ。
健康体になったが、肝心のあの子がいないではないか。
あの子がいたから、健康体になりたいと、願っていたのに。
(わたしは、健康体になって、ちっとも嬉しくない……)
どうせ願いが叶えられないのなら、それはただ、虚しいだけだ。
やり場のない想いが、生まれるだけだ。
(わたしは……)
短命でもいい。ただ、生き方を選ばせてもらえないのなら、死に方くらいは選ばせてもらいたかった。




