ストロン諸島
開闢歴二五九三年一月六日 ストロン諸島
ディスカバリーは昨日の内に補給を終え、今日一日は乗員の休養に充てている。
暢気に見えるが、ストロン諸島は寒冷地にあるため土地は荒涼としており補給できる物資は殆ど無い。
そのため停泊地近くで水と少量の薪を補充する程度で終えていた。
今日は作業を終えて乗員の休養に充ててある。
「いよいよ出港か」
艦長室前でレナは、緊張した面持ちで呟いた。
再び航海に出るが今までとは違う。
誰も立ち入った事の無い未知の海域へ踏み込んで行く。
期日までに目的地へ到着するのが難しいため進む方向を変更する。大地は丸いので西回りだろうと東回りだろうと目的地へ向かうことが出来る。
確かにその通りだろう。しかし、不安は募る。
一言言っておかないといけない。
「いや、違う違う」
レナはそれがカイルに会うための言い訳だと知っていた。
事故による継承とはいえカイルが艦長に就任したのだ。祝いの言葉の一つも言わなければ。
素直な気持ちを伝えようと艦長室の前に立った。
「失礼します」
そう言って艦長室の中に入った。しかし、カイルの姿は無かった。
周りを見ても誰もいない。いや、ベッドの中が動いている。
ここ数日、指揮権の継承と補給などによりカイルは不眠不休で働いており、疲れが出たのだろう。
何も船長、何も艦長、と呼ばれることもある船の最高責任者は、その言葉通り何もしないことが多い。出航前に全ての準備を整えて後は部下に任せる事が多い。そのため航海中は緊急事態以外、殆ど指示を出さない。
今回は艦長が死亡した事故により、継承の仕事が出来たために例外的に忙しい。
それが終わってようやく眠りに就いたのだろう。レナは言葉をかけずに帰ろうとした。
「うーん、カイル~」
その時カイルの姉であるクレアの声が響いてきた。
よく見れば小柄なカイルと違ってやたらと細長い身体だ。このブラコン魔術師はカイルが来るのを待って隠れているつもりなのだ。
アホな魔術師を見つけたレナは、無言で艦長室を一旦後にして船大工から板と釘、ハンマーを借りると艦長室前に置く。そして置いてあった六ポンド砲弾を左右の片手にそれぞれ二個、合計四個を掴み取ると艦長室に戻り、砲弾をベッドに投げつけた。
「ぐおっ」
乙女にあるまじき声が響き、静かになった後、レナはベッドを板で覆い、釘を打ちつけて塞ぐと艦長室の窓から外へ捨てる。
砲弾四発が入ったベッドはあっという間に海に沈んだ。
直後、海面から何かかが飛び出して、レナがベッドを放り投げた窓から艦長室に入って来た。
「何をするのよ!」
ベッドに潜んでいたカイルの姉であるクレアだ。
「それはこっちの台詞だ! 何をやっていたんだ!」
「艦長就任祝いのプレゼントを用意していたのよ」
「猥褻なことをするな! ここのところ、静かにしていたと思ったら、今になってやりやがって」
「士官室では大人しくしていて、と言われていたからね。艦長になった今ならやりたい放題」
「そんなふしだらな事を考えるな! このエロメス犬!」
「愛し合う夫婦の間に部外者が割り込むな!」
「あんたらは姉弟でしょう!」
「何も知らない無関係な人間が割り込まないで!」
「ウチの艦長に手出しするなバカ魔術師!」
「何をしているんだ」
その時、不機嫌そうにカイルが艦長室に入って来た。
流石に艦長室で騒がれるのは艦長の権威を損なうので厳しく言う。二人とも互いを非難していたが、知ったことではない。
姉であるクレアは呆然として「カイルに嫌われた、生きていけない」と呟いているが、暫く放って置く。士官室の隅でブツブツ言い続けることになるだろうが、レナが同室なので罰を兼ねて何とかして貰うことにする。
「ベッドが無くなった」
ダウナー前艦長のベッドだが、本人が居なくなったためにカイルが使う予定だった。
「まあ良いか」
ベッドは棺桶のような形をしている。実際、使用者が亡くなったときは、遺体と共に砲弾を詰め込み蓋をして海に沈める。
今回は、落水したために遺骸が無いので簡素な葬式を先ほど営んだだけだ。
ベッドをそのまま水葬にしても良かったが、勿体ないと思ったのでそのままにした。だが今となっては、それで良かった。亡くなった人のベッドを使用するのは気持ち悪い。
これまで忙しくて海図室で寝泊まりをしていたが、今日から本格的に艦長室を使う事になる。
ダウナー前艦長の荷物も遺品として船倉へ収め終わっており、カイルの私物も士官室から移動済みだ。
何よりハンモックの方が使い慣れているので、カイルはそちらの方が好ましい。
そして改めて艦長室を見た。
アルビオンにあるカイルの部屋より狭いが、ディスカバリー唯一の個室であり、最高責任者のみが使用できる艦長室。
それが自分の物になったことにカイルは深い感慨を抱いていた。
勿論地位に伴う責任はあり、そのことを承知している。
カイルは改めて気を引き締めた。
「うん?」
その時、海軍本部からの命令書が落ちていることに気が付いた。
開けて読んでみると出航前に艦長から伝えられた文言だったが、続きがあった。
観測任務が終了次第、ディスカバリーは直ちに出港。同封された封緘命令書を開封。記載された命令を実行せよ。なお、この命令は開封されるまで極秘とすること。また貴官が遂行不能になった場合、次席士官に渡るよう慎重に配慮されたし。
「なんで書いてあることを実行しないんだよ」
文面を見たカイルは前艦長に向かってぼやいた。封緘命令書が引き継ぎの書類の中に無かった。
命令に忠実と思っていたが、杜撰なところがある。
カイルに対する反感が激しい余りに、自分が指揮不能になる状況を海軍本部さえ望んでおり、カイルの方が上手く行く、と考えていると被害妄想を膨らませ極秘と言う事を盾にしてダウナーは伝えていなかった。
ダウナー本人は死亡しておりカイルに伝わる事は無いが。
しかし、知らされず引き継ぐことになったカイルにはたまったものではなかった。
ステファンあたりに探させようかと考えたが、海軍本部の命令を見る限り内容は下士官兵には秘匿すべきだ。
他に宛はないかと考えて一人浮かび上がった。
「ウィルマ、カークを呼んできてくれ」
そう言ってウィルマにカークを呼んで来させたが、来たときカークはホッとひと息吐いていた。
「どうしたんですか艦長?」
艦長室に呼び出されて緊張するなら分かるが、入ってくるまで緊張するのはおかしい。
「何かあったのか?」
「いやウィルマ水兵に睨まれたモノで」
「ああ」
カークに言われてカイルは得心した。入隊したときカークはウィリアム共々ウィルマに焼きを入れられたのだ。階級はウィリアムとカークの方が上だが、実力はウィルマの方が上と言う事をたたき込ませる為、ステファンがけしかけた。
勿論ウィルマにはカイル自ら厳重注意したが、カークとウィリアムにはトラウマになったようだ。
そんなトラウマを思い出すような相手に呼ばれたら緊張する。
「呼んだのは他でもない。この部屋の中に隠し部屋とかモノを隠すための秘密の空間が有るはずだ。それを探し出して欲しいんだが、見つけられるか?」
「出来ます」
カークは即答した。
ウィリアムの護衛をするためにある程度隠密術を身につけている。そこにはトラップの解除や発見もあり、可能だった。
「見当とかは付きますか?」
「そこの艦尾窓の下辺りが怪しい。構造材が通っていないのにそこだけやたらと分厚い。空間があるようだが開け方が分からない」
船の構造に関してカイルは専門家だが、隠し扉の開け方、それも簡単には開かないようにされた仕掛けの解除は専門外だ。だからこそカークに解除を頼み込んだ。
「分かりました」
そう言うと専門の訓練を受けているのかカークはものの数分で隠し扉を開けてしまった。
「中に封筒がありますね」
そう言ってカークはカイルに封筒を渡した。
海軍本部の封蝋が施された封緘命令書だった。




