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蒼海の風~転生エルフ海軍士官奮闘記~ #4 観測航海編  作者: 葉山宗次郎


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クリッパーコース

 開闢歴二五九三年一月五日 ストロン諸島


 かつてイスパニアが発見したにもかかわらず上陸しなかったために、後にアルビオンの探検家ストロンが報告したことにより知られるようになったストロン諸島。

 平和洋への向かう途上にあり、船の補給地として使われている。航平のいた世界でフォークランド諸島と呼ばれていた場所だ。

 フォークランド諸島もスペイン、フランス、オランダと多くの国が領有したり、金銭で取引された後、最終的に英国領となった。

 このストロン諸島もイスパニアとガリアが領有権を巡って争い、ようやくイスパニア領として認められているのが現状だ。

 大国がこぞって領有権を主張するのは、それだけこの島が航海上も軍事上も重要な位置にあることを意味する。

 大西洋と太平洋を結ぶ航路の途上にあって、そこそこ大きく大洋の嵐から避難できる水域を持つ島。

 島の殆どが不毛の大地で、一年を通じて冷涼で、稀に季節に関係なく雪が降るような島だが、荒れ狂う南緯五〇度の海域では楽園と言って良い。

 激しい波風を離れ揺れない大地を踏みしめられる。これだけでも船乗りにとってはご褒美だ。

 もし上陸できないとならば戦争になってでも奪い取ろうとするだろう。

 転生前、航平が生まれてくる前にこの島を巡って紛争が起きたが、起きても仕方ないと航平――カイルは思う。

 軍事上、航海上は勿論、安全な泊地は船乗りにとって、何にも代えがたい。荒れ狂う海域では特にだ。

 陸者には、この気持ちは理解出来ず、的外れな論評ばかり振りかざすだろうが。

 そんな訳で多くの乗組員が上陸を楽しんでいる。冷涼とした大地のため補給できる物資は少ないし、そもそも寒すぎて入植する人が居ないので建物も無い。

 それでも陸に上がれることが嬉しくてはしゃいでいる。

 ただ何人かは顔を曇らせている。


「随分ご機嫌だな艦長」


 カイルに話しかけてきた帝国学会のバンクス氏も顔を曇らせた一人だ。


「ええ、クロノメーターが正確に作動していますから」


 観測を終えて喜々として計算を行っていたカイルは元気よく返答した。先ほどの観測でクロノメーターの計測値より西経五八度三分の値を出した。

 転生前からの記憶が正しければフォークランド諸島にあるポート・スタンリー――カイルが現在いる位置の正確な値は南緯五一度四二分、西経五七度五一分。


「いま月距法も使って誤差を確認していましたが、ズレは一二分程しかありません。一度の半分、三〇分ぐらいのズレはあると予想していましたが、より正確です。今後の航海に使えますよ」


「そうか、良かったね」


「調査は進んでいますか?」


「進んでいるように見えるかね?」


 丘の上まで行って周りを見渡すダリンプル博士と違い、やる気無さそうに手持ち無沙汰な態度をバンクス氏は見せた。


「手がお留守のようですが。調査に参加しないのですか?」


「この島を出てからの事を考えるとな」


 バンクス氏はぶっきらぼうに言うがカイルは笑ったままだった。それが余計に気に障り、不満をぶつける。


「そもそも正気の沙汰とは思えんね。東回りで向かうのは」


 カイルが新たに提案した東回り航路、それも未知の南緯五〇度から六〇度の海域を航行するのだ。

 確実なコースだと分かっているカイルはともかく、知らないバンクス氏達にしてみれば狂気の沙汰としか言いようが無い提案だ。

 勿論バンクス氏は反対したが、カイルは艦長権限で航路を決定し今準備をしている。頭ごなしに命令されてバンクス氏は不満が溜まっており、カイルへの態度は悪い。

 それでもカイルは丁寧に説明した。


「西風を受けて素早く航行できます」


「出来るのかね。そもそも上手く行くのかね。未知の南緯五〇度を航行するなど」


 南半球の高緯度海域、南緯五〇度近辺を航行した船は殆ど無い。

 過去の実績では、大半の船が航行したのは南緯四〇度付近であり、何があるか不明な海域だ。


「大丈夫です。理論上、上手く行きます」


 カイルは安心させるように言った。

 南緯五〇度付近が大荒れなのがその証拠だ。

 普通、海流や気流は陸地、特に大陸があるとそれが抵抗となり、勢いが低下する。

 しかし、スホーテン海峡付近の嵐は一月以上も続いた。

 変化が少ないという事は、影響を与える陸地が少ない証拠だ。

 つまり何の障害物も無く最短距離を最大速力で突き進むことが出来る。それも逆風を受けること無くだ。

 多少は島があるだろうが、回避可能なはずだ。


「もう少し粘るべきでは。あるいは帰国するべきでは」


 既に決定しているにも拘わらず、未だにバンクス氏は未練がある。と言うより命が大事なのだろう。富も名声も必要だが、命はもっと大事。人間としては当然だ。

 それを察してカイルは話しかける。


「先ほども言ったように、スホーテン海峡を通過することは出来るでしょう。ですが、西風が収まるのを待たねばならず、何時になるか判りません。恐らく一月以上は掛かります。期限内にオタハイト諸島へ到達することは出来ないでしょう。それでは任務を達成することは出来ません」


 止まない嵐はない。これはカイルの経験からも転生前の経験からも言える事だ。だが、それがスホーテン海峡の嵐が何時終わるか予想できない。そのため機嫌である五月上旬までに到着する事は困難だ。


「ですので西風を受けて東に向かって進むので素早く航行できます」


「しかし、誰も通った事が無いだろう」


「だから良いんですよ。歴史に名が残せます。史上初めて南緯五〇度の海を通って東進したメンバー、と」


 カイルの言葉にバンクス氏は一瞬頬が緩んだが直ぐに厳しい顔に戻った。


「確かに上手く行けば名は残せるのだろうが、失敗する危険が高いのでは無いか?」


「大丈夫ですよ」


 カイルは朗らかに断言した。その姿を見てバンクス氏は呆れた。


「証拠も、実証もないのによく断言できるものだ。君程の楽天家はそうそういないだろう」


 そう言ってバンクス氏はその場を後にした。

 ただカイルはバンクス氏が言う程楽天家ではないし、状況不明な環境へ行くことはない。

 転生前の記憶が有るからこそ実行できる手段だ。

 南緯五〇度付近の海域は南米大陸以外に陸地は無く、六〇度付近に陸地は小島を除けば皆無。

 また一九世紀の船乗り達は南緯五〇度の西風を使い素早く遠隔地へ航行していた。いわゆるクリッパーコースだ。

 有名なカティ・サーク号などのクリッパー達がその船足を最大限に生かすために南緯四〇度から五〇度の海域に吹く強い西風をつかい、今までよりもはるかに短い時間でアジアからヨーロッパまで航行していた。

 しかしこの世界ではまだ誰もこのコースを使ったことが無いため、有用性を知る人間はカイル以外皆無だ。

 そのため声高に有用性を主張できないのが残念だ。

 だが、成功すればカイルの発見した航路の有用性が証明され、この世界の航海技術は飛躍的に高まるだろう。

 カイルはそう信じていた。




 開闢歴二五九三年一二月一〇日 ポート・インペリアル海軍軍法会議議場


「西に進めないから東に向かって航行する。それも南緯五〇度の波風激しい海域を航行するなど狂気としか言いようがない、と思うが」


 ジャギエルカは、カイルに対して尋ねる。


「確かに危険です。しかし、最善の方法であると確信しておりました。この大地が丸いことも知っておりましたし、西風を利用して航行すれば素早く行けます」


「確証は無いだろう」


「確かにこの海域の記録はアルビオンにはありません。しかし、バタビアが南緯三〇度付近から西風を利用して東方へ向かうことはこれまでの記録を見ても明らかでした」


 航平の居た世界でも、オランダがインドネシアへ向かうとき、南アフリカ沖から真東へ航行し、後で北上するコースを使っていた。

 この世界でも同じ事が行われており、カイルはこのコースを利用しようと考えていた。


「何より新航路を発見することはアルビオンにとって有益なことではないでしょうか?」


「だが、危険すぎる。艦を無意味な危険に陥れるのでは?」


「しかし、航路短縮には必要な事でした。実際に嵐は何時止むか分かりません。期日にも到着しなければなりませんし、新大陸の捜索も行わなければなりません」


 そこまで言った時、ジャギエルカはニヤリと笑った。その笑顔を見てカイルも失点に気が付いた。


「一時審議を中断する」


 そう言うとジャギエルカは他の判事を引き連れて別室へ入っていった。

 カイルは止めようとしたが、引き留める理由がない。


「しまったな」


 カイルは明確な命令違反の一件を思い出して苦い顔をした。

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