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現状確認

 開闢歴二五九三年一月一日 スホーテン海峡付近ディスカバリー艦上


「では、諸君。現状を確認しよう」


 カイルは士官全員と主計長などの上級下士官、それに帝国学会のバンクス氏、案内人のウォリス氏を艦長室に集めて今後の方針を決める事にした。

 そのためには現状を確認しなければならない。


「我々は海軍本部より惑星ヴィーナスの太陽面通過観測の為にオタハイト島へ四月中旬、遅くとも五月上旬に到達するように命令されている。これを達成するために航行中だが、未だ平和洋へ入れずにいる。そして前艦長が落水しいなくなった」


 スペンサー海尉がカイルを睨み付けるがカイルは無視して命じた。


「艦の状況を教えてくれスペンサー海尉」


「はい」


 スペンサーは先ほど艦内を点検しておりその報告をした。


「現在、艦はシーアンカーを流して漂泊中。マストなどに損傷は見られません。開口部から波が入り浸水していますが、ポンプにより排水可能な範囲です」


「了解した。主計長、食料は?」


「は、はい」


 カイルが尋ねたときワッデルが怯えたように答えた。


「生鮮食料品は尽きております。干し肉やビスケットが一年分です。水は腐らなければ二月は持ちます」


 規定量が積まれていることにカイルはとりあえず安堵した。

 帆船の推進力は風であり、燃料は必要ない。だが艦内に積み込まれた食料は有限だ。

 魚を釣って食べるという手段もあるが、何故かアルビオンの船乗りは肉を食べることにこだわっており、魚を食べさせられるのは侮辱だと感じている。

 それにこの状況では魚が釣れる保証は無い。


「掌砲長、大砲の方は」


「二会戦分の弾薬が保管されています。大砲の状態に問題はありません」


「掌帆長、乗員の様子は?」


 水兵の纏め役の下士官にカイルは尋ねた。


「艦長が落水したことにより動揺が起きています。また連日の嵐により乗員は疲れています」


 問題のある艦長だったが、流石に最高指揮官がいなくなったことに乗員は動揺しているようだ。その結果、祝い酒の酔いが吹っ飛んだことを喜ぶべきか。


「海兵隊長、海兵隊員は?」


 艦内の風紀と上陸時の警護のために軍曹以下一一名の海兵隊員が乗っている。


「海兵隊員は問題ありません。任務に就いています」


「よし、艦の状況は士気以外問題無いようだな」


 カイルは現状でも問題が無いことに安堵した。


「現状の課題は期日までに現地に着ける保証が無いことだな」


 逆風が激しすぎて西に進みたいディスカバリーは東へ押し返されてしまっている。

 このままではオタハイト島どころか平和洋へも入れない。


「たどり着けないの?」


 いつもの口調で尋ねてきたレナにカイルは少しだけ苛立った。艦長になったからには少し態度を改めて貰いたい。それは後にしてカイルは彼女の疑問を解くことにした。


「いや、嵐は何時か止む。問題なのは何時止むかという事だ」


 今は夏の時期であり、いずれ嵐は止むだろう。

 しかし異常気象のせいか、なかなか天候が回復しない。

 極地に近いため天候は変わりにくく、嵐が続く確率が高い。

 短い晴れ間を見つけて西進する事は出来るが、何時出来るか確実な保証はない。

 嵐が晴れるのは明日かもしれないし二月後かもしれない。

 もし数週間このままだとしたら、予定期日にオタハイト島に到着する事は出来ない。

 それに嵐で乗員の疲労が激しく、何処かで休む必要がある。


「あー、言いにくいことなのだが」


 その時、バンクス氏がカイルに話しかけてきた。


「何でしょうか」


「このような状況では航海を続行することは不可能だ。ここは帰国するべきではないか?」


 突然の航海中止の発言に全員が驚いた。これまでの八ヶ月の航海は全て観測を行うために行われてきたことだ。

 今になって中止するなど、これまでの苦労が徒労になる。


「観測を放棄するのですか?」


 カイルの質問にバンクス氏は一時たじろぐが言葉を紡ぐ。


「しかし、艦長がいなくなってしまったのでは、任務の続行は不可能ではないか?」


「指揮権は私に継承されました。私が艦長です」


「そうだろう。しかし、君は、何というか、非常に若い。これから進むのは未知が多い海域だ。経験の少ない君がこのような大任を果たせるとは思えない」


「私はこれまで艦の航海に責任を持ってやって参りました。確かに海軍に入隊してから三年に満たない若い方ですが航海に対しては誰にも負けません。なにより私は海軍士官に任命されています。既に命令は下されており、艦長となったからには私は遂行しなければなりません。」


「船を座礁させたと聞いてるが」


「アレは仕方の無いことです」


 バンクス氏はチャレンジャー座礁の事を言っているのだろうが、アレは海図の不備によるものでありカイルは悪くない。


「確かに坊主は海域に対して不慣れだな。なら俺が指揮を取ってやっても良いぜ」


 口を挟んできたのはウォリス氏だった。未だに艦長就任を諦めていない。


「ミスタ・ウォリス。先ほども言ったとおり民間人である貴方には指揮権をお渡しすることは出来ません」


 かつて観測任務に赴く艦艇の艦長に専門家である民間人を任命した時、艦が大混乱に陥り任務に失敗した。そのこともありアルビオン海軍は民間人の艦長任命に拒否反応を示している。何より艦内秩序が保てない。


「あなたはこれまで通り案内をして貰います。功績はキチンと海軍本部に伝えますので御安心を。しかし、指揮権は渡せません。それと私は坊主では無く艦長です」


「失礼した艦長。だがどうするんだ? 期日を過ぎたら観測できないんだろう」


 ヴィーナスの太陽面通過は今年の六月三日。

 これを過ぎたら観測できない。

 また、観測の為に砦を作って身を守り、望遠鏡を設置して調整し、観測態勢を整えるためには最低一ヶ月、出来れば一月半は必要になる。

 つまり四月中旬、遅くとも五月上旬には到着する必要があるのだが、今の逆風では期日までに到着出来るか怪しい。


「大丈夫です」


「何か方法があるのか。逆風に逆らって行けるのか」


「別の航路を取れば大丈夫です」


「ここ以外に平和洋に入れる場所があるというのか?」


「はい、しかも順風で入る事が出来ます。期日までに到着する事が出来るだろう」


「それは素晴らしい!」


 ウォリス氏に代わってバンクス氏が叫んだ。


「それは何処だね」


「ミスタ・バンクス。この大地が球形である事は知っていますよね」


「無論だ。それが何かね」


 まるで地面は平らで端は滝になっていて落ちてしまう、という迷信を信じる非常識な人間と思われたバンクス氏は不平顔をした。


「坊主、いやまさか」


 計画を察したウォリスにカイルはニッコリと笑いながら答えた。


「西に向かっても東に向かっても目的地に向かうことが出来ます」

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