第9話 友好条約
隣りに住んでいるのはエルフ属のフォルシウス家。若い夫妻と、俺と同い年の娘がいる。森に近いため、この村にはエルフ属が数多く住んでいるのだ。
夫がイシルウェ・フォルシウス、妻がカレーナ・フォルシウス。
そしてその愛の結晶がアイナ・フォルシウス。俺を食べてお腹を壊した子だ。
迎え入れてくれたのは夫のイシルウェだ。こっちはウィルと俺だけだ。セニャンは疲れて眠っている。 この3日まともに寝てなかったそうだ。ウィルもだそうだが、さすがはセニャンの英雄様といったところだろうか。
「先日は、どうもすみませんでした、なんと謝っていいものか」
「ええんやで、お互い様や、で、どや? そっちの様子は」
「はい、私たちのほうは、ただの食中毒ですから、医者に処置してもらって無事に回復しました。今は妻と奥の部屋にいます」
「そかそか、息子が挨拶したがってんねんけど、ええか?」
「もちろんです、上がってください」
「ほな、邪魔するでー」
正直怖い、俺を捕食した生物、しかも同個体と再び相対するわけだからな。だがこんなところで負けるわけにはいかない。
「あうー?」
「バガガガガガガ」
カレーナが抱くアイナは、俺を見るやいなや目を輝かせる。そしてこりずにこちらに手を伸ばしてくる。好奇心の巨人が再び俺を食おうとしているのだ。くっ、某巨人に食われた奴らの気持ちを身を以て体験している以上、覚悟はしたつもりでも、ねっとりとした恐怖心が俺にまとわりつく。
「ごめんなさいね、怖いでしょう」
「い、いえ。大丈夫、です」
カレーナが抱っこしている以上、俺に巨人の魔の手が届くことは無い。だがこの苦手意識は払拭せねばなるまい。俺はウィルに頼むことにした。
「おろしてください」
「おう」
ウィルは驚くほど簡単に素直に俺を下ろしてくれた。次は巨人だ。
「カレーナさんも、アイナさんを下ろしてください」
「え、でも」
カレーナは困った様子でウィルに視線を送る。
「息子の好きにやらせてやってほしいんやが」
「······はい、分かりました」
ウィルからも頼まれたカレーナは渋々アイナを床に下ろす。アイナはあっという間に俺の前まで間合いを詰める、床に手をついて四つん這いになる。赤子の臨戦態勢だ。俺とアイナの視線が交差する。俺は逃げたくなる気持ちを心の筋肉で必死に押さえつける。アイナとじっと目線を合わせる。ここで逃げたらハンバーガーの前に男じゃねぇ。
「き、君の、名前は?」
「アイナ」
「俺はバーガー。バーガー・グリルガード。これからよろし」
「あい!」
「ひぃっ、た、食べないで······え?」
死を覚悟した俺とは裏腹に、アイナは俺の頭を撫でている。その手つきは優しく、アイナの体温がじんわりと伝わってくる。とても心地いい。
「俺、アイナ、友達」
「あい!」
「食べる、ダメ、マジで」
「あい!」
硬直したバンズのぎこちない振動音に、アイナは元気のいい返事をしてくれた。好奇心の巨人と嘘をつかないハンバーガーの間に友好条約が結ばれた奇跡の瞬間だ!