第20話 森の主
「青猪?!」
「違う、あいつは紫猪だ」
アイナが紫猪を知らないのも無理はない、紫猪は深い森にすらいないのだから。本来の生息地は王国で立ち入りを制限している毒の森だ。
当時、転生1年生の俺に、ルフレオは知る限りの魔物の知識を教えてくれた。その中に該当する魔物がいる、それが紫猪だ。青猪の上位互換で、青猪が薬草系の草を主食にしているのに対して、紫猪は毒草を主食にしている。つまり。
「バーガー様、安心してください。毒矢はまだまだ残っています」
アイナは素早い手つきで矢をつがえ俺に聞かずに射る。それだけ紫猪から放たれるプレッシャーが凄まじかったのだ。しかしそれは愚策だ。
「待て、そいつには」
紫猪の眉間の中心に矢が刺さる。分厚い頭蓋骨に阻まれて皮膚を突き破るだけで止まってしまった。それだけでも毒は回るが、倒れない。
「毒が効かないんだ!」
「えっ!? きゃっ!!」
お返しと言わんばかりに紫猪は毒煙を広範囲に撒き散らした。アイナと俺は瞬く間に毒煙に巻かれてしまう。煙を吸い込んでしまったアイナが激しく咳き込む。
「ゲホッゲホッ······バーガー様······ゲホッゲホッ······ご無事ですかッ!」
「俺は大丈夫だ! いま解毒してやる!」
毒煙を目隠しに使い、俺たちは紫猪の死角になる木の後ろに避難する。即座にバンズに挟んである解毒草を使い魔法を発動させる。
「『解毒』」
アイナは咳が止まると俺を抱きかかえる。胸に押し付けられて心臓の鼓動の音が聞こえる。脈が早い、心臓のリズムに合わせてバンズが揺れる。バンズの俺より柔らかいとは……けしからんな。
アイナはいま恐怖している。無理もない、彼女も年相応の少女なのだ。どれだけの勇気があろうとそれは変わらない魂の経験値だ。
そして俺は年相応の三十路、いやこっちでさらに10年経過してるから精神的には四十路か……そう、年相応の四十路童貞だ。この程度のラッキースケベで俺のバンズは冷静さを欠いたりしない。今の俺は心頭滅却、冷凍バーガーだ。
「ひ、治癒もかけておこうか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「戦闘中に礼はいらない、プレイに集中するんだ」
「はい。でも毒矢が効かないとなると······」
不安そうなアイナに落ち着くように促しつつも、俺は思考を巡らせる。
今までの不可解な点は、紫猪の存在によって説明がつく。まず村を襲った青猪の大軍をけしかけたのは紫猪だろう、上位の魔物になると下位の魔物を統率し使役することがあるらしい。今思えば草原にいた1頭の青猪は偵察役だったのかもしれない。
そして上薬草が無傷な状態で揃っているのは、紫猪の罠と考えることができる。青猪をけしかければ、村人が怪我をする、そうなれば薬草不足になる。人間を狩るために上薬草が必要な状況を作った。
って、さすがにそこまで考えているかは分からないが、知恵の回る奴だというのは確かだ。
毒煙が晴れて、俺たちがいない事に気づいた紫猪は怒りの咆哮をあげる。鼻のきく魔物だ、見つかるのも時間の問題だろう。しかし俺には秘策がある。
「ふん、子分たちも返り討ちにあい、あまつさえ勇者が来たぞ。どうする? 紫猪」
「あの······ピンチなの私たちのほうなんですけど」
「アイナ」
「な、なんですか?」
「横を見てみろ、木から頭を出すんじゃないぞ」
「はい、えっと。あれは!」
アイナの見る先には、特徴的なオレンジ色をした分厚い葉っぱがある。
「火炎草!」
毒煙から逃げる時に発見した火炎草は、加工すれば炎属性付加の原材料になる。そしてそれ以外にも火炎草を生で齧れば即席で炎を吐き出すこともできる可燃性植物だ。
火炎草に全ての希望を託す。
今こそファイヤーバーガーになる時が来たのだ。




