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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
3.青という色
68/229

見上げ、立ち向かう(1)

 一回戦突破。

 それは、本年度の大虎高校龍球チームにとって、他校からもぎ取った初の勝利であった。

 長い長いマラソンの、漸く訪れた最初の給水ポイントに、良明も陽も初めて手にした勝利の余韻に笑顔をこぼさずにはいられなかった。


 歓喜に沸くAコートを、観客席から冷たい眼差しで見おろす(・・・・)者があった。

 ストレートの髪の向こうに、かつては遠慮がちな色さえ湛えていた眼を覗かせる少年。今やその眼は憎悪に満ち、何もかもを拒絶するかのような色に染まり果てていた。

 薄石高校一年・来須倫太郎は、傍らのドラゴンに呟くのである。

「勝ってナンボ、だろ」

 前方。観客席の一角がやたらと沸いている事が、彼には無性に腹が立って仕方が無かった。Aコートで握手をかわす選手達を背に、来須は早々に観客席から建物の中へと続く階段を下りて行った。


 ペットボトル入りのスポーツドリンクをものの二十秒弱で飲み干す。

 その後に良明は、観客席の棟へと先行して歩く石崎に対し、尋ねた。

「薄石高、勝ったんですよね。一回戦」

「モチ。相手は赤海高校っていうそんな弱くは無いトコだったけど、スコア3-1(サンイチ)で薄石の勝ち」


 三点取得した時点で試合が終了する龍球という競技において、薄石高校が叩きだしたその二点という点差はさほど絶望的な数字ではない。

 例えば、試合終了までに双方一点も取らずに終わる事もままあるサッカーなどでは、三点の失点と二点の差と言えば、差としては大きな方である。しかし、コートが広く無い分試合が動き易い龍球という競技に関して重要なのは、どちらかと言えば勝敗が決するまでの所要時間なのである。


 なにせ、前半と後半に分かれているにも拘らず、一方のチームが三点を取ったらその時点で試合終了なのだ。故に、龍球のコートは日光の影響に配慮して、基本的に東西ではなく南北に跨る様にして設置されていたりもする。

「試合時間は?」

 石崎にそう訊いたのは、彼女の横を歩くけやきだった。

「聞いちゃう?」

 一同は屋根を潜り廊下へと入っていく。


「どうせ奴等の強さは兄妹もレインも身に染みている。むしろ聞いてすっきりしておいた方がいいんじゃないか?」

 兄妹とレインは歩きながら頷いた。

「手元のストップウォッチで測った限りじゃ、前半の五分五十二秒」

「やっぱり、()いですね……」

 陽がタオルで額の汗をぬぐいながら言った。

「うん。しかも、一点取られたうえでの……所要時間六分だからね」

 試合が終わるのが早いという以上に、勝負を決するのが速い。

 石崎の報告から、そういう感想を大虎高チームの誰もが抱いた。


「ちなみに」

 石崎は新入り三人を見てにかっと笑顔になって続ける。

「今のウチの試合は、七分三十一秒」

「存外、短かったんだな」

 ガイの絆を引くけやきに石崎が意外そうに返す。

「みんなあれだけ楽しそうにしてたのに?」

「まぁ、私は一応俯瞰して状況を見てはいたからな」


 少しだけばつが悪そうになる良明と陽である。

 事ここに至って、ひと時とはいえ龍球を楽しむ事に夢中になってしまった事に、多少の後ろめたさを感じているらしい。

「英田兄妹」

「は、はい」

「は、はい」

 多かれ少なかれ窘められると思った二人は、無意識に身構えた。


 が、けやきの口から続いて出てきた言葉は、彼等にとって意外なものだった。

「楽しかったか?」

 樫屋部長の顔には、優しい微笑が浮かんでいた。

(ああ、正直でいていいんだ)

 そう思った二人は、素直に「はい!」と返事した。なんともあどけない、清々しいまでに可愛らしい顔をしている。

 そんな二人に対し、けやきはほんの小さくため息一つ、子に諭す親の様に言った。

「よし、ならここから先は”頑張る龍球”でいくぞ。尤も、相手が否応なしに我々をそうさせるだろうが……」

 一転、表情を引き締めて、双子は今一度「はい!」と返事した。


 先頭を行く石崎は、そのやり取りを聞いて思うのだ。

(まったく、けやきったら部長がすっかり板についちゃって)

 他のメンバーには見えない様に、人知れず微笑んだ。



 高校龍球県大会初日。

 第十一試合の舞台に、翁野(おおの)高校の面々の姿はあった。

(まったく。なかなかどうして。見た所、そんなに龍球が上手いわけでも無いぞこいつら。いや実際、なんでなんだろう?)

 市立翁野高校二年・女ったらし城之内は、電光掲示板の時計を見た。

 ”後・03:01”

 つまり”後半・三分一秒”を意味する表示を眼にし、城之内は今しがた感じた疑問をもう一度頭の中で繰り返すのである。


 前半までに、一点しか入れられなかった。

 今一度、電光掲示板の得点欄を見る。


 ”OONO 1-0 RYUO”


(うん、やっぱ間違いねぇ)

「ベーさん、なんでだ」

 城之内に”べーさん”と呼ばれたのは、彼が腰を下ろしているドラゴンである。

 青い眼をした、角の中腹がやや内側に曲がっている、美しいこげ茶の鱗に覆われたドラゴン。彼女は、内心ため息をついていた。

『あんた、さっきからあの()ばっか眼で追ってんでしょ』

「ん、ごめん竜語解んねぇや」

 べーさんの唸り声に対してそう答えた城之内だったが、おおよそ彼女が言いたい事は予想出来ていた。


「……ほら」

『なに?』

「竜王高っつったら、あのオレンジ頭のちっこい男子のイメージしか無かったんだって」

『それで?』

 遥か前方では、翁野高の他の二ユニットが竜王校の三ユニットの巧みなパス回しに翻弄されている。先程から、敵陣地からボールが訪ねて来る気配は全く無い。


 現在、試合参加中の城之内はそれを他人事の様に眺めながら、べーさんと話を続けている。

「そんな竜王高にさ、あんな可愛い子が突如として舞い降りてるわけじゃんか」

『…………』

「名前、なんつうのかなぁ」

『さっき相手のチームメイトが”伊藤”って呼んでたねぇ……』

「伊藤っつうのかー」

『聞き取れてんじゃねぇか。しかも固有名詞だよ!?』

 繰り返しになるが、べーさんの言葉は音として捉えるならばただの唸り声、である。


「いやでも、真面目な話。なんでこんなに攻めきれねんだろ?」

『いやだからさ、あんたさっきから何見てんの? ああやって竜王高がパス回しまくって時間稼いでんじゃん』

 べーさんの言葉のイントネーションから、なんとなくその内容を推測して城之内は言葉にしてみる。

「”パスを回して、時間稼ぎしてる”って?」

「グァ」

 頷くべーさん。


『竜王高にしてみればさ、一点だけ取り返して延長戦にさえ持ち込めばしめたもの。その延長戦では一点取ったチームが勝ちってルールなわけで」

「延長戦前に俺らから三点取るよりも、相手にとってのハードルは低くなる。か……」

『そう』

「まったく、そんなやり方でこの先生き残っていけるとでも思ってんのか」

『試合の真っ最中にさ、相手チームの女子を凝視してるあんたには言われたか無いでしょうよ、相手も』


「ただ」

『ん?』

「あのろくに龍球経験無さそうな奴等が、そこまでの事に頭が回ってるってのは素直に凄ぇって思うわ」

 城之内とべーさんは、相手チームのベンチへと目をやった。そこには大人の男性が一人腰かけるのみ。控えの選手は人も龍も一切居なかった。世間の龍球に対する風当たりが強い昨今、それ自体はさほど珍しい眺めでは無い。

「霧山君!!」

 これで何度目だったか。二十回は超えている筈のパスの受け取りに成功した霧山は、向かってくる翁野高校二年・女ったらし二号の谷本を引き付ける。


「こんのいい加減にッ!」

 谷本ユニットの間合いに入る前に、霧山はその手からボールを手放した。

 柔らかい放物線を描いたそれは、無事に円の懐へと到達する。

「っしゃああ! 攻めるぜぇえ!!」

 谷本が手綱を引いて反転。円の方への移動をドラゴンに指示した。


「ああもう谷本! いい加減に学べ!!」

 半ばあきれ顔でそう叫んだのは、翁野高校二年生・望月である。ワゴン車の中でのこの上なく下らない会話を車内で唯一相手にしなかった、”翁野高校の良心”である。尤も、彼の事をそう呼んでいる生徒は悲しいかな望月本人一人である。

 城之内も、谷本も、ベンチに控えている翁野高校一年生どもも。みーんな城之内側(・・・・)の感覚の持ち主なのであった。

 望月は、去年卒業していった先輩達がここのところとてつもなく恋しい次第なのである。


 ”攻めるぜ”等と叫んで見せた円の手から、伊藤へとパスが渡る。

 谷本がそれを追いかける。否、その足を懸命に動かしてボールへと向かっているのは、彼が跨るドラゴンであった。既に、ぜぇぜぇと息を荒げている。

「お前はガルーダイーターに告発されてしまえ」

 それまで体力を温存していた望月ユニットが、谷本に対する騎手のそんな一言とともについに動き出した。


「城之内、べーさん! 絶対に上がって来るなよ!? いいな!」

 背後に残してきた念の為の守り――城之内ユニット――に対して、塗り固める様にもう一度念を押す望月。

(あの眼鏡の男子、見た所経験は浅いがかなり頭が回る方だ。自分達にとって圧倒的に不利な相手に対して勝機がある試合運びを現場で編み出して、実践してくるとはな……)


 望月の跨るドラゴンは、ぐんぐんとボールを持つ伊藤ユニットへの距離を縮めていく。

(竜王チームは恐らく、俺達が三人がかりでボールを奪いに行くタイミングを待っているのだろう。そして、そのタイミングでがら空きになったウチのコートに一か八かの速攻をかけるつもり……で、まず間違いない――)

 最後の良心こと望月は、思考しながら谷本へと視線を投げた。

「谷本!」

「お、おう?」

「お前はその子からマークを解くな。俺がボールを奪うまで、絶対だ!」

 望月ユニットから伊藤ユニットまで、残すところ五メートル。

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