見上げ、立ち向かう(2)
(――だが、そうはいかない。俺は何があっても城之内をゴールリングの守りから外す事はしないからだ。なにせこちらはもう既に一点もぎ取ってあるんだ。このままチャンスを与えず後半の時間を使い切ってやればそれで勝ち。試合終了だ)
「わわわわわ!!」
伊藤のあたふたしている様は、まるっきり素人の動きである。体育の時間に生まれて初めての球技をやる時のカンジと良く似ていると言えば適確か。
伊藤は汚い物でも拒絶する様なモーションで、ボールを円に戻した。
(ハッキリって、公式試合に出て来れるレベルではない。そんな彼らが現にこうして俺達と戦っている事に一体どういう事情があるのか、それは知らない。……が、有無を言わさず勝たせてもらうぞ)
伊藤のその”あたふたして他の選手にパスする”というリアクションは、彼女に対して一際豪快に突っ込んでいった望月にとって、この上無い程に予想通りだった。経験の浅い伊藤の手元は焦りによりぶれ、円に放った筈のボールの軌道は見るも無残な着地予想地点を示していた。
望月のドラゴンが地上へとバウンドしたそのボールを手に取り、頭上の騎手へと放り投げた。それをキャッチした望月は、間髪入れずに竜王高のゴールリングにボールを通す。
ホイッスルと、得点のコールと、リングの電子音。
一連の音や声を聴き、観客席のオレンジ頭は手すりに乗り出した。
「うっわあああくそー!!」
「三池ちゃん、落ちる落ちる」
三池の胴体に腕を回し、芽衣が必死に客席へと引っ張り戻そうと頑張っている。服の上からでも解る固い腹筋がその手に触れて不覚にもドキっとした芽衣だったが、そんなアホな事を考えている場合ではないくらいに、三池は客席とコートを隔てるネットに顔を食い込ませており、本当に今にもコート上に落ちそうな程にその身体を傾かせていた。
「落ち着いて、落ち着いてってば!!」
”落ちる”と”落ち着いて”で何かうまい事を言えないかと考えたが、今の芽衣にそんな余裕は勿論ない。尚、普段の芽衣にそれらの言葉を料理するセンスがあるのかというなら、それは野暮な質問というものである。
「ああーくそぅ! 霧山の奴粘ってくれてっけど、これでもう自力で二点返さなきゃなんねぇ!!」
コート脇のベンチに座する竜王高龍球部顧問は、静かな表情を浮かべて腕を組んでいる。
「山村ァ!! しっかり指示しろって!! このままじゃやべーぞ!!」
観衆の声の中でもしっかりと聞き取れた三池の声を、山村は完全無視した。
(頼むからやめてくれ。恥ずかしくて死んでしまう)
第一、彼はそんな事は三池に言われなくても解っているのである。なんなら試合開始前から解っていた。あの三池が円と出会った翌日、彼女が館山と揉めて暴力事件を起こした結果停学となり、大会への出場が学校側から差し止められた時点で解っていたのだ。
それでも、三池が連れてきた円と、協力を申し出てくれた霧山、そして伊藤の義理人情に応えるべく、今日まで出来る限りの準備はしてきた。まがいなりにも練習をしていなければ、こうしてパスを回して時間を稼ぐ事すら出来なかっただろう。
しかしその粘りも恐らくここまで。
山村は、手元の腕時計に視線を落とした。試合終了まで、あと五分強。今すぐにでも一点目を返さなければ、延長戦への道すらも絶望的な時間帯である。
鼻から「ふう」と大きくため息をつく。
「クロ!!」
山村に名を呼ばれたクロは、円を背に乗せたままその視線を顧問へと向けた。
山村が、何も言わずにじっと見つめている。
言葉にすれば、相手の選手にその内容が筒抜けになる。だから山村は何も言わない。しかしながら、この状況で山村がクロに言いたい事など、知れた事だった。
竜王高校の最強ユニットの半身にして三池の相棒であるクロに対し、山村がこの状況で指示するべき事。
(”お前の速攻で点を返せ。それしかない”……てトコか)
クロは、遠く観客席にてやかましくがなり立てている相棒を見た。
(あんのバカ……)
暴力事件を起こした三池に対して、クロに憎しみは無かった。
”結果として大会の出場を差し止められたとはいえ、あの円と館山に関する話を聞いて首を突っ込もうとしないのなんて、俺の知ってる三池じゃねぇ”
それが一連の事情を耳にしたクロの感想だった。
(しかも、あいつはこの件に関して、言い訳は愚か事情を説明する事すら拒んで、ただただ謝罪の言葉をぬかすだけだった)
そりゃあいつもの様に口は悪く、普通なら”それが人に頭を下げる態度か”と糾弾されて当然な言い方ではあった。が、少なくともクロには彼女の誠意は伝わってきたのだった。
この大会を部の誰よりも心待ちにしていた三池が、だからこそ誰よりも歯がゆい筈だった。
龍球部と三池。悪いのは十割全て三池で間違いは無かったが、彼女を責め続ける気にはどうしてもなれないクロが居た。
「グァ」
ボールを拾った霧山ユニットからパスを要求するクロ。
『俺が速攻をかける。お前ら、可能な限り相手をマークしてろ』
彼は、他の二頭にそう指示を出した。二頭とも肯定の唸り声をあげるが、それぞれの騎手二名には、ドラゴンの間でどのような会話が成されているのかまるで解らない。大雑把にすら、判らない。
『いくぞ!』
「う、うおっ!?」
突然猛ダッシュを始めたクロの背の上で、円はあたふたと竜具につかまるので精いっぱいだった。
翁野高校の陣形は、最奥に城之内ユニットと、その前方に他の二ユニット。最奥の玉座に構える皇帝と、守護する近衛兵二人を思わせる配置。一般に、これをエンペラーフォーメーションと呼ぶ。
それに対する”竜の王”の名を冠するチームは、陣形と呼べるものすら組んでいなかった。いわばそれは、野盗の群れが勢いに任せて攻め込んでいく様な、素人丸出しの突撃だった。王宮に突っ込む野盗共の先頭に立つクロは、「グァア!」と声を荒げて突進していく。歴然たる力の差を前に、それでも引く事を知らずに暴勇を奮って攻め込まんとしているのだ。
一般に、これをやぶれかぶれと呼ぶ。
そのやぶれかぶれが、奇跡的に谷本のユニットによるディフェンスを抜いた。
円は何もしていない。クロがその身のこなし一つで、フェイントを駆使して敵の防御の一部を切り崩したのである。
しかし、そこまでだった。
望月と城之内が同時にクロを包囲する。
行き場を失ったクロが後方の何れかへとパスを出そうとしたが、竜王高コートであっけに取られている伊藤と霧山は、ドラゴンへの指示が出来ないでいる。結果、足元に転がってきたボールを前に硬直し、バレーでいうところのお見合い状態に陥った。
仕方なく、彼らが跨るドラゴンが独断でボールを拾いに行った頃にはもう遅い。
翁野高校のユニットのうち、城之内を残した他の両ユニットは既に眼前へと攻め込んできていた。
その後の流れは言うまでもない。
後半七分四十秒。一回戦第十一試合の勝者は、翁野高校という結果に終わった。三対一というスコアとそのタイムだけ見れば、随分な善戦であったと言っていい。
*
高校龍球大会県予選の、一日目が終わった。
大会日程は全二日。大会一日目に行われるのは全て一回戦の試合で、翌日の日曜日にそれ以降の全ての試合が行われる事になっている。
会場から近い学校の選手は別にして、ある程度距離がある地域から来ている選手達は、大会が用意した周辺の宿泊施設で一泊する事が出来るのだ。但し、宿泊施設が用意されているのは各学校の龍球選手の体力消耗を軽減する事が目的である為、選手以外の学校関係者は基本的には一旦地元に戻るか、独自に宿泊施設を予約して一泊するのが普通だ。
双子は、一回戦の勝者にあてがわれるホテルの部屋に、とっても世知辛い物を感じるのだった。
二人は503号室の窓際に置かれた丸テーブルを挟んで、対面する位置に腰を下ろしていた。
格好は大虎高のいつものジャージ。
テーブルの上にはビデオカメラ。
彼等は、頭がぶつかりそうな距離でビデオカメラの画面を覗き込んでいた。
「うーん」
「やっぱ速いね、速攻が」
画面の中では、あの忌々しい薄石高校の一年生が安本と拳を突き合わせている。
二対零。試合は薄石高校が得点し、ほぼ同時に三分後半を回った所だった。
「その映像と同様の速攻が来た場合には、少々優位なポジションに居たとしてもそれを理由にその場に留まる事はしない方がいいと思います」
兄妹にそう声を掛けたのは、けやきと肩を並べてベッドに腰かけている長谷部夫人だった。
「やっぱりそ――」
「やっぱりそ――」
振り返ろうとして頭をぶつける双子。言葉も無く額を押さえて蹲る姿まで左右対称である。
そして、それに対してくすっと口元を隠したのは長谷部だ。この婦人は、どうも先程から二人のこういったシンクロに対していちいちほっこりしている。慣れるのにはまだ随分時間がかかりそうだった。
「長谷部先輩」
「はい?」
けやきが、かれこれ六回目の再生を続けている画面を見ながら長谷部に問う。
「例えば、相手が速攻をかけてきたタイミングで、その速攻が二ユニットまでの人数、且つ大虎コートを守るのが私とガイだった場合はどうするべきでしょう?」
「ふむ、樫屋さんの見立てとしてはどう思います?」
「先日の試合ではレギオンを使われ手も足も出ない状況でしたが、二ユニットまでなら私で何とか対処出来ると思います」
けやきは躊躇いも無く言い切った。
「そうね、私もそう思います。私が家の二階から見ていた限りでも、樫屋さんの実力なら防ぐ事は不可能じゃ無いはず」
長谷部は、「ただし」と言って付け加える。
「それは、あの日当時の薄石高の子達に対して言える事。あの場でレギオンフォーメーションを使ったという事は、今の彼等にはさらなる武器があると考えるべきです」
それは、けやきも考えていた事だった。あの練習試合に関して、レギオンフォーメーションの圧倒的な破壊力ばかりが印象に残っているが、薄石高チームに関して真に恐ろしいのはそこではない。
すなわち、日頃から続ける過酷な練習と、それによるスキルアップ。
レギオンフォーメーションをあの場で使用した事も、必ずしもそれを出し惜しみする必要が無いと判断したからだと、けやきは思っていた。
「それより」
長谷部は一同を見回して最も気がかりな事を質問する。




