第一話 目が覚めたら、王太子妃でした
悪役令嬢に転生したかった普通の女子高生、羽生妙子が、十八世紀フランスで悪役妃として生き延びようとする異世界歴史コメディ。
豪華な宮廷生活が始まる……と思いきや、待っていたのは現代人には理解不能なびっくり文化の数々。
まずは、王太子妃として目覚めてしまった妙子の混乱からどうぞ。
※読みやすいよう、1話あたりの文字数を調整しました。
ここはどこ。
目が覚めて最初に目に飛び込んできたのは、天蓋付きのやたら立派なベッドの天井だった。ふわふわのレースがひらひらしている。寝起きの頭でぼんやり見上げながら、わたしは昨日のことを思い出そうとした。
ええっと、昨日は確か学校からの帰り道。近道しようと工事現場の脇を通り抜けようとしたとき、上のほうで「ゴッ」とものすごい音がして……。
そのあと、どうなったんだっけ。
まったく思い出せない。
と、そのとき。
「イタッ」
頭にズキッと痛みが走った。手で触ってみると、立派なたんこぶができている。おまけに体の節々がギシギシ痛い。
うーん。工事現場が崩れて、それに巻き込まれて、病院に運び込まれたとか? いやでも、と改めて部屋を見回す。こんなお貴族様の寝室みたいな病室、聞いたことない。第一、うちは「ザ・中流家庭」みたいな家なので、こんな豪華なところに入院できる財力があるわけがない。むしろ入院費の請求書を見てお母さんが卒倒する未来しか見えない。
などと首をひねっていると、部屋の扉が開いて、乙女ゲームに出てきそうなメイド服の女性たちがぞろぞろ入ってきた。一人や二人じゃない。五人も六人もいる。
「王太子妃さま、お目覚めですか?」
王太子妃。
おうたいしひ。
王の、太子の、妃。
『……は?』
あまりのことに固まっていると、メイドの一人が心配そうに顔を覗き込んできた。
「あぁ、混乱されるのも無理はありませんね。昨日、王太子妃様は階段から足を滑らせて転げ落ちてしまい、意識を失われたのです。すぐにお医者様を呼んで診てもらったところ、命に別状はなく、数日は腫れが残るだろうけれど後遺症の心配はない、とのことでした。念のため、しばらくは公務をお休みして、ゆっくり養生されるとよいでしょうと」
「は、はぁ……」
説明されてもさっぱりわからない。見たこともない部屋で、見たこともないメイドたちに囲まれて、王太子妃と呼ばれている。ドッキリか? どこかにカメラがあるのか? でもこのクオリティでドッキリ仕掛けてくる知り合い、わたしにはいない。
困りつつ、よくよく部屋を眺めてみる。
すると――おかしい。
初めて見るはずの部屋なのに、なんだか知っている気がする。というか、最近までここに住んでいた気がする。というか、そもそもここ、わたしの部屋だった気すらしてくる。
なんだこれ。
わたしは普通の高校に通う、普通の女子高生だ。でも、それと同時に。もやがかかったような、長い長い夢を見ていたような、漠然とした「もう一人分の人生」の感覚が頭の奥にある。お姫様として生きてきた記憶が、薄ぼんやりと。
まるで二人分の人生を歩んでしまったみたいな。ハマりすぎた小説や漫画の世界にどっぷり浸かって、そこからいきなり現実に引き戻されたみたいな。とにかく、ものすごく変な感覚だった。
わたしは羽生妙子、十六歳。いたって普通の女子高生である。
なのに、なぜか。
ハプスブルク家に生まれて、フランス王家に嫁いできたような気がしてくる。
……あれか? この間、田舎のおばあちゃんちに帰省したとき、倉庫に眠ってたベルばら見つけて、つい徹夜で読みふけったから? それとも、おととい期末試験の勉強をしようと思いつつ、結局朝まで乙女ゲームをやり込んじゃったから? はたまた、試験期間中だっていうのに大好きな悪役令嬢モノの漫画を布団でこっそり読みふけってたから?
ん? こうして並べると、試験前のわたし、人として最低だな……。
いや、そんなことはどうでもいい。今はこの状況を理解するのが先だ。
こういうとき、夢かどうか確認するには頬をつねるのが定番である。
つねる。
……痛い。
というか、頬より先に体の節々が痛い。さらに言えば、頭はさっきからズキズキしっぱなしだ。痛覚フル稼働。これはもう、夢じゃないやつでは。
お読みいただきありがとうございました。
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