第1話「異世界召喚、ただしスキルは地味でした」
登場人物紹介
◆湊カイリ(ミナト カイリ)
本作の主人公。ごく普通の日本のサラリーマンだったが、ある日突然、異世界アストリアに召喚されてしまう。戦闘能力は皆無だが、発想力と行動力、そしてサラリーマン時代に培った不屈の精神が武器。地味スキル【アイテムボックス】と【鑑定】、そして現代知識を駆使して、異世界で商売の道を切り拓いていく。美味しいものが大好き。
◆リリアナ・フォン・アルクライド
本作のヒロイン。かつては名門だったアルクライド子爵家の令嬢。真面目で心優しいが、世間知らずで少しおっちょこちょいな一面も。家の借金を返すため、けなげに働く中でカイリと出会い、彼の破天荒な発想と人柄に惹かれ、ビジネスパートナーとなる。カイリの作る料理の最初のファン。
◆フェン
カイリが森で出会った伝説の神獣「フェンリル」の幼体。白銀の毛並みを持つ、犬と狼の子どものような愛らしい姿をしている。カイリに懐き、常に行動を共にするマスコット的存在。もふもふ。食いしん坊で、カイリの作る料理が何よりもお目当て。いざという時には不思議な力を発揮することも?
◆バルトロ・ゴルドマン
商業都市エトリアで幅を利かせる大商会「ゴルドマン商会」の悪徳会長。金と権益のためなら手段を選ばない強欲な男。次々と革新的な商品を打ち出すカイリたちの「サンライズ商会」を目の敵にし、様々な妨害工作を仕掛けてくる。
◆ガンツ
屈強な肉体を持つドワーフの鍛冶師。腕は一流だが、頑固で酒好き。カイリが持ち込む現代の道具の設計図に衝撃を受け、彼のモノづくりに協力するようになる。見た目に反して面倒見がよく、カイリたちにとって頼れる兄貴分となる。
頭に鈍い痛みが響き、ゆっくりとまぶたを持ち上げる。
視界に飛び込んできたのは、見慣れた自室の天井ではなかった。高い、高い、石造りの天井。壁にはめ込まれた松明が、パチパチと音を立てながら周囲をぼんやりと照らしている。床には、なんだか禍々しい模様が描かれていた。魔法陣、ってやつか?
『いやいや、落ち着け俺。湊カイリ、27歳。昨日は確か、金曜で、仕事を終えて、コンビニで買ったビールを飲んで……そのまま寝落ちしたはず』
混乱する頭で記憶をたどるが、どう考えてもこの荘厳すぎる石の間にたどり着くルートが見当たらない。ドッキリにしては規模がデカすぎる。
「おお、目覚められたか、勇者様!」
不意に、横から声がした。そちらに顔を向けると、白いローブをまとった、いかにも偉そうなお爺さんが、満面の笑みでこちらを見下ろしていた。その後ろには、同じようなローブの集団がずらりと並んでいる。
『勇者様? はい、お約束の展開が来ましたね』
なんだか知らないが、俺はどうやら「異世界召喚」という、ライトノベルなんかでよく見るイベントに遭遇してしまったらしい。状況が状況ならテンションも上がるのかもしれないが、今はそれどころじゃない。とにかく、情報収集だ。
「あの、すみません。ここはいったいどこで、俺はなぜここに?」
できるだけ冷静に、努めて丁寧に問いかける。サラリーマンとして培った対人スキルが、こんなところで役立つとは。
「ここはアストリア王国、王都の大神殿にございます。我々は、世界を脅かす魔王を打ち滅ぼすため、古の儀式に従い、異世界より勇者様をお呼びしたのです」
「魔王……」
ますます話がテンプレ通りに進んでいく。ってことは、俺にはきっと、魔王を倒せるくらいのすごい力が与えられているはずだ。ゲームみたいにステータスとか見れたりするんだろうか。
『ステータスオープン!』
心の中で念じてみると、目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。おお、本当に出た。どれどれ、俺の能力は……。
湊カイリ
職業: 異世界人
レベル: 1
HP: 10
MP: 5
スキル: 【アイテムボックス】【鑑定】
……ん?
『……え?』
何度見ても、スキルは二つだけ。しかも、その内容は【アイテムボックス】と【鑑定】。いや、確かに便利なスキルだとは思う。思うけど! 魔王を倒す勇者のスキルとしては、あまりにも地味すぎやしないか? 火とか氷のド派手な魔法とか、一撃必殺の剣技とか、そういうのはないんですか!?
「いかがされましたか、勇者様。ご自身の類まれなる力に驚いておられるのですかな?」
お爺さんがにこやかに聞いてくる。どうやら、彼らにはこのウィンドウは見えていないらしい。
「あ、いや……その、俺の力って、これで全部なんですかね?」
「さようでございます。神託によれば、勇者様は二つの至高の権能を授かっておられるとのこと。一つは無限の空間に万物を収納する【アイテムボックス】。もう一つは森羅万象の真理を見抜く【鑑定】。これぞ、魔王を滅ぼすための力にございます!」
目をキラキラさせながら力説されても、こっちとしては困惑しかない。アイテムボックスって、要は倉庫だろ? 鑑定って、物の名前が分かるだけだろ? これでどうやって魔王と戦えと? 物理で殴るにしたって、HP10じゃスライムにすら勝てそうにないぞ。
もしかして、これは手違いなんじゃないか。本当は、もっと筋肉ムキムキでイケメンの、絵に描いたような勇者が召喚されるはずだったんじゃないのか。俺みたいな平凡なサラリーマンは、完全に人選ミスだ。
「あの、大変申し上げにくいんですが……。俺、たぶん人違いです。魔王を倒すなんて、とてもじゃないけど無理ですよ」
正直に告げると、さっきまで笑顔だったお爺さんの顔が、すっと固まった。周りのローブ集団もざわついている。
「な、何を仰るのですか勇者様! 神託は絶対ですぞ!」
「いや、でも、戦闘系のスキルが何もないですし……」
「そ、そんなはずは……。鑑定を、もう一度鑑定を!」
お爺さんの必死な声に、ローブの一人が何やら水晶玉を取り出して儀式を始めた。しばらくして、そのローブの男が絶望に染まった顔でお爺さんに耳打ちする。その内容を聞いたお爺さんは、ガックリと膝から崩れ落ちた。
「なんということだ……。確かに、このお方に戦闘能力は皆無……。儀式は成功したはずなのに、なぜ……。まさか、召喚に巻き込まれただけの、ただの一般人だというのか……!」
『やっぱりー!』
俺の予想は的中した。俺は勇者なんかじゃなく、ただの「巻き込まれ」だったのだ。
その後の神殿の対応は、それはもう手のひらを返したように冷たかった。勇者でないと分かった途端、俺は「用済み」とばかりに、わずかな金貨と着替えを渡され、大神殿からポイッと放り出されてしまった。
「今後のことはご自身でよしなに」って、あまりにも無責任すぎるだろ!
***
こうして俺、湊カイリの異世界生活は、無職・無一文(に近い)・スキルは地味、という最悪のコンディションで幕を開けたのだった。
とりあえず、当面の宿と食事を確保しなければならない。王都の大通りを歩きながら、ため息をつく。石畳の道を行き交う人々は、獣の耳が生えていたり、ドワーフみたいに背が低くて屈強だったり、ファンタジーの世界そのものだ。
腹が、ぐぅ、と鳴った。そういえば、こっちに来てから何も食べていない。屋台から漂ってくる香ばしい匂いに誘われ、ふらふらと足を向けた。
「串焼き一本、どうだい?」
陽気な店主が差し出してきたのは、何かの肉を串に刺して焼いただけの、やたらとワイルドな一品だった。値段も手頃だったので、一本買ってみる。
ガブリ、と一口。
『……かたっ! そして、味がない!』
肉は筋張っていて硬いし、かかっているのは塩だけ。しかも、その塩も岩塩を砕いただけのような粗雑なもので、しょっぱいだけで旨味も何もない。日本のコンビニで売ってる焼き鳥のほうが、百倍はうまい。
他の店も見て回ったが、どこも似たり寄ったりだ。硬いパン、味のないスープ、ただ焼いただけか煮ただけの肉や野菜。この世界の人々は、こんな食事で満足しているのか?
その時、俺の頭に一つの考えが閃いた。
『待てよ……。食事がこれだけレベルが低いってことは、もしかして……』
俺は懐から、神殿で渡された携帯食料の乾パンを取り出した。鑑定スキルを使ってみる。
【粗末な乾パン: 小麦と水と塩だけで作られた硬いパン。栄養価は低いが、保存はきく】
次に、近くの屋台で売られていた、赤くてリンゴのような果物を鑑定する。
【ファイアアップル: 酸味が強く、生食には向かない。主にジャムなどに加工される】
なるほど、なるほど。この鑑定スキル、物の名前だけじゃなく、簡単な説明まで表示してくれるのか。これは思った以上に使えるかもしれない。
そして何より、俺には現代日本の、飽食の時代を生きてきた知識がある。醤油、味噌、みりん、だし、マヨネーズ、ケチャップ……。この世界には存在しない、魔法のような調味料の数々。それらをもし、この世界で再現できたとしたら?
『いける……。これなら、いけるぞ!』
戦闘能力ゼロの俺がこの世界で生き抜く道は、これしかない。剣や魔法で成り上がるのが王道なら、俺は「食」で成り上がってやる!
地味スキルと現代知識。これが俺の武器だ。目的が決まれば、気分も晴れてくる。
「よし、やるぞ!」
俺は固く拳を握りしめ、異世界の空に向かって、誰にも聞こえない決意を叫んだ。とりあえずの目標は、うまい飯を腹いっぱい食うことだ!




