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あやかし娘と恋をして  作者: 神父二号
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第二十一話 つないだ手

「ほうほう、色んなごはんがあるんだ。どれ食べよっかなぁー」

「そっちは昼からのお品書きだぞ。朝飯はこっちだ」

「えー、これだけ?せっかく来たのに……」

「こ、こら、もたれかかんなっ……!」


 俺は突如現れたあざみと同じ飯屋にまた入り直し、できるだけ奥まった場所の机についた。

 あざみは狐耳と金髪こそ手ぬぐいで隠してはいるが、俺の要望で人避けの術を使ったままだ。

 傍目には一人でまた店に戻ってきた俺を、店員は奇異の目で見てきたが、あざみの姿を見られるよりはマシだった。

 こいつの狐耳は、上に手ぬぐいを巻いていても中でぴょこぴょこ動いてるのが分かるのだ。


「というか、どうして俺の横に座るんだよ。対面の席に行けよ」

「いいでしょ、こっちの方が人目につかないし。冬四郎の陰にいれば万が一も起こりにくいし」

「お、俺が落ち着かないんだよ」

「それに、術で消えた対面の私に話しかけてたら冬四郎おバカさんみたいじゃない?」


 確かに、言われてみればそうだ。

 虚空に向かって会話する危ない奴みたいに見られてしまうかもしれない。

 それよりは、今のように横の窓際の席に座ったあざみにそっと話しかけた方が、店員にも他の客にも不自然には思われにくい。

 だが、四人がけとはいえそれほど大きくない机で隣同士というのは、思ったより距離が近い。

 しかも、あざみの奴がわざと肩にもたれてくるから、余計に顔が熱くなってしまう。


「……萩乃とは対面で座ってたの?」

「あ、当たり前だろ。あいつは耳隠せるんだから」

「すいませんねぇ。私は隠せなくて、ぐすっ、うえーん、すりすり……」

「ちょ、やめ、やめろっ、いいから早く、何食うか決めろよっ……!」


 柔らかくて良い匂いに思わず胸が高鳴る。こいつとの接触には未だに慣れない。

 そうだ、いつも俺はこいつに出会うのを――いや、そうじゃなくて。

 ふざけてくっついてくるあざみを、できるだけ身動きせず、声をひそめて牽制する。

 一人で座ったまま身体をよじっていたら、さすがにおかしいからだ。

 それなのにこの狐、俺には人避けの術をかけていないのを良いことに、ここぞとばかりにからかい倒してくる。

 こんなことなら、少しくらい危なくても術無しで席につくべきだったかもしれない。


「ねえ、冬四郎がさっき食べてたのはどれ?」

「……これだ」

「じゃあ、私もそれで」


 店員を呼び、にやにやと頬をつねってくるあざみを無視して、注文を告げる。

 また食べるんですかと驚かれたが、俺は曖昧に笑って誤魔化した。

 仕方ないだろ。あざみの奴がここで食べたいって言ったんだから。


「それにしても、ですね冬四郎さん」

「なんだよ」

「私はこんなところ連れてきてくれなかったのに、鼬娘とは初っ端から来るんだね」


 微妙に低くなった少女の声が、俺を突き刺してくる。

 視線だけ横に向けると、頬杖をついたあざみが不機嫌そうにむくれていた。


「い、いや……それはその……」

「ここでいっしょに、すごくおいしい鶏肉丼食べたんですって?いちゃいちゃしながら」

「萩乃がそんなこと言ってたのか?」

「言ってましたとも。私のこと人間かぶれの不良狐とか言ってたくせに、自分がこっちきたら自慢げに話すんだから。あのチビっ子鼬」


 あざみが俺のお冷を手に取り、ぐいっと煽る。

 やっぱりあざみと萩乃は仲がいいようで、既にあの日のことは情報共有しているらしい。

 それにしても、萩乃もあざみに自慢げに話すくらいには鶏肉丼を喜んでくれていたようで、よかった。


「何笑ってるの」

「……別に笑ってねぇよ」

「そんなに楽しかったんだ、思い出し笑いなんかしちゃってからに……」

「だから、ただここで飯食っただけだって。萩乃から聞いてるんだろ」

「いいなぁ。人避けも無しで堂々と二人でごはん食べられて。いいなぁー。どうせ私は耳隠せませんよ」


 あざみは不貞腐れたように机に突っ伏し、わざとらしそうにうっうっと肩を震わせる。


「けど、お前はその分、人避けの術が上手いんだろ?萩乃の人避け、ちょっと動揺したら簡単に切れてたぞ」

「ほー、萩乃が動揺するようなことしたんだ」

「っ!?いや、してねぇよ!軽く手を握っただけ……」

「ほー、私がくっついてもカチコチになって終わりなのに、萩乃とは手を握ったんだ」

「ち、ちがっ、あれはそうした方が人避けの術が強まるって言うから……!」

「ほー、鼬め、なかなかやりおりますなぁ……ほー……」


 声を低くしたあざみが、妙に怖い。

 萩乃のやつ、帰ったらえらい目にあったりしないだろうか、少し心配だ。


「……と、とにかく、今は俺が一人で飯屋に来てるって体なんだから、おとなしく待てって」

「冬四郎が勝手に動揺して、勝手にくねくね動いてるだけじゃん」

「お前がちょっかい出してくるからだろ。ほら、飯食ったらどっか連れてってやるから」

「へーい。ふん、後でばっちり埋め合わせさせてやるんだから……」


 不穏な言葉と共に、あざみは机に突っ伏したまま窓の外に向いた。

 四人がけの机が、急に静けさに包まれる。

 さっき勝五と食った時よりも、飯が出てくるのが遅い。

 朝飯目的の客が増えてきているからだろうか。

 まあ、そのおかげで俺達が目立ちにくくなっているのもあるが。


「……あざみ?」

「…………」


 あざみは窓の方を眺めたままで、返事をしなかった。

 頭に巻いた手ぬぐいの中で、狐耳が萎れている、気がした。

 俺はなんとなく、あざみの手ぬぐいに手をやった。


「んにゃ」


 中の狐耳を探り当て、軽く撫でてやる。

 あざみの肩がくすぐったそうに揺れ、しかし特に何も言わずに俺の好きなようにさせてくれた。

 そのまま、俺達は料理を待った。


「お待たせしましたー」


 やがて俺の目の前に、さっき食べたものと同じ内容の朝飯が置かれた。


「あざみ、飯が来たぞ」

「うん。でも、もう少し撫でてよ。へへへ……」


 俺の方に向き直った少女は、頬を緩ませて可愛らしく笑っていた。






 朝飯を終えて店を出た後、俺はいつものごとくあざみに人避けの術をかけられた。


「んー、おいしかった!人間のお料理ってすごく凝った物が出てくるからビックリしちゃった」

「夕方に食える飯は、もっと凝ってるぞ。美味いし、安いし、大繁盛なんだこの店は」

「へぇー。じゃあ、また連れてきてね?このお店」

「……お前が飯待ってる間にちょっかい出さなけりゃな」

「あー、そういうこと言うんだ。あはは」


 機嫌よさそうにころころ笑うあざみに、俺もつられて笑った。

 しかし、ただ飯を食わせただけなのに、疲れた。

 嫌な疲れではないけど、遅番から続けてだから、どうにも身体が重い。

 けど、せっかくまたあざみが来たのだ。どこか楽しいところに連れてってやらないと。


「……って」

「ん?どうしたの」

「悪い、今日何するか全然考えてねぇ」


 あの夜に「次何やるか考えておいて」と言われたのに、結局あれから色々忙しくしている内に、またあざみが来てしまった。

 どうしよう。幸い、時間はまだたっぷりとあるが――


「ん、む……ふわぁ、ぁ……」

「おー、大きな欠伸」

「あ、すまん。そんなつもりじゃ…」

「疲れてるの?」

「……昨日は遅番だったんだ」

「遅番って、夜までお仕事?」

「夜までっていうか、朝までな。夜に何かあった時のために、詰め所で朝まで起きて過ごすんだよ。昨日大雨だったし、被害も出そうだったからな」

「なるほどなるほど」


 遅番の次の日は丸一日非番なので、普段ならば家で寝て過ごすところだ。

 しかし、あざみの手前、そんなことするわけにも。


「よし、じゃあお家帰ろっか」

「えっ」

「お仕事終わりで眠いんでしょ?無理はよくないよ」

「いや、だけど……お前がせっかくこっちに……」

「いいよいいよ、どうせまた来るんだし」


 朝の柔らかい日差しの中で、あざみが俺に微笑んだ。


「えー……」

「ほらほら、男ならぐずぐずしない!さっさと帰るよ!」

「ちょっ、ま、またくっつくのかよっ……」


 あざみが俺の腕へとぎゅっと抱き着いてきた。

 着物越しでも柔らかい感触が分かってしまう。

 人避けの術があろうと、昼間の往来でやられるとやはり気恥ずかしいし落ち着かない。


「んふふ、嬉しいくせに……君っていつまで経っても初心なんだから」

「わ、悪いかよ……」

「ううん、悪くないよ。からかい甲斐があるし」

「……やっぱ離れろ」

「あっそ。じゃあ、離れます」

「えっ……あ……」

「なーに?離れてほしかったんでしょ。ふふふ」


 べーっと舌を見せて、悪戯に笑う狐。

 離れられたら離れられたでもったいなく感じるのは、俺が不埒者だからだろうか。

 だが、自分からまたくっつけと言うわけにも――


「……いや、じゃあ」

「うんうん」

「……手……手、繋ぐか」

「えっ……」


 何言ってんだ俺。アホか。


「か、勘違いすんなよ。人避けの術って、くっついてた方が効果あるんだろ?萩乃が言ってたぞ」

「だからそれウソだって」

「……そ、そうか。あれ、そうだっけ」

「…………」

「…………」


 妙な沈黙。俺が変なこと言ったせいだ。

 まったく、どうしていつもこうなんだろう。

 あざみといると、俺が俺でなくなって、頭がこんがらがって、舌が言うことを聞かない。

 だけど、それが全然嫌じゃないのだ。だから不思議で、それ以上に楽しくて。


「……ふぅ。じゃあ、繋ぐ?」

「っ!いいのか?」

「萩乃ちゃんとも繋いだんでしょ?私じゃ不足でしょうけど。あーあ」

「急にいじけんなって……というか、あれは萩乃が言ったから……」

「はいはい、ぎゅっとね。これでいい?すけべ武士さん」


 あざみが自分から俺の手をとってきた。

 俺より一回り小さい少女の手から、柔らかさと、温かさが伝わってくる。


「…………っ!」

「こ、こらこら、固まらないの!ただ手握っただけっ……だけでしょ!」

「は、はい……ありがとうございます」

「急に敬語になってるし……もう、これだから君は……」

「な、なんだよ」

「別に何でもありませんー。えへへ……じゃ、お家帰ろ?」

「……おう」


 俺達は六条東通りを後にし、家へと向かい始めた。

 朝っぱらから往来で女と手を繋いで歩くなんて、術で姿を隠してなければ絶対にできないことだった。

 ふと、あざみの顔を見る。端正ながら愛嬌のある横顔が、少しだけ頬を赤らませていた。


「……何ですかね。冬四郎どの」

「い、いや何でもないです。あざみ姫」

「ひ、姫って。鼬のじじ様みたいなこと言わないでよ」

「あ、やっぱりあっちじゃ姫なのか」

「違いますから。あのじじ様が勝手にそう言ってるだけですから」

「そうか」

「もう……鼬に変なこと吹き込まれないでよ?」

「色々聞いたぞ。まあ確かにあのご老体は変わり者っぽくて、萩乃も苦労してる感じだった」

「忘れなさい。あと、私といる間は萩乃萩乃言うのも禁止ね」

「な、なんでだよ」

「なんでも!……ふーんだ」


 あざみがぎゅっと強く手を握ってくる。

 おそるおそる握り返すと、狐の少女はまた表情を緩めて、嬉しそうに笑った。


「……ねぇ」

「ん?」

「えっと……その、ちょっとだけ遠回りしていい?」

「……いいぞ。俺の家の周りは武士の屋敷いっぱいあるから、ちょっと見て回るか?」

「うん。冬四郎のお友達の家もあるんだよね?」

「あるけど、このまま入るのは無しだからな。絶対に」

「当たり前でしょ。この狐めは、そこまで非常識じゃありませんので」

「……本当か?」

「じゃあ気が変わりました。術解いて、お友達を片っ端から紹介してもらおうかな?」

「そ、それだけは勘弁してくれ」

「ふふっ、冗談冗談!ささ、ゆるりと参りましょうぞー」

「誰の真似だよそれ」

「武士っぽいでしょ?母様の本で読んだの」

「武士はそんなこといわねぇ!」

「あははは!」


 朗らかに笑ったあざみが、握った俺の手を振りながら軽く肩をぶつけてくる。

 俺達は秋の朝らしい心地よい日差しを浴びながら、できるだけ、できるだけゆっくりと歩いたのだった。

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