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あやかし娘と恋をして  作者: 神父二号
22/35

第二十話 お疲れ様です

「うーっし、見回りの分担は以上だ。急を要する被害は連携して儂に即伝達しろよ。じゃあ、散れっ!!」


 警邏隊長の権座さんの野太い号令に「おう」と応え、俺達六波羅南組は都のあちこちに散らばっていった。

 昨日の長雨による被害の確認である。

 俺たちの受け持ちは、九条東通りだ。


「ふわぁ……眠い。どうして遅番組の俺達が一番遠い九条東なんだよ、冬」

「権座さんに聞けよ。まあ、眠気が覚めてちょうどいいだろ」


 同僚の両次と話しつつ、中央大路を走り抜ける。

 あれだけ雨を降らせた雲は夜の内にどこへいったのか、朝日が水たまりにきらきらと反射してまぶしい。

 ちらほらと外に出ている町人たちも、家に何か異常が無いか確認している者がほとんどだった。

 軽く見渡した感じ、中央大路では被害らしい被害はなさそうだ。

 一日激しく降り続いたとはいえ、川が氾濫しない程度の雨だったんだ。

 そこまで心配しなくていいかもしれない。


「さっさと終わらせてあがろうぜ。あ、帰りにどっかで朝飯食うってのも有りだな」

「報告が先だろバカ」






「じゃあ手分けするぞ両次。一応全部の路地を見て回る」

「おう……んん、ふわぁ。そんじゃ俺はこっちだ」


 欠伸をしながらだるそうに歩く同僚の背中を見送った後、俺も被害の確認に動き始めた。

 この九条東通りは、都の南端。周辺には店らしい店もなく、都の中では一番質素な区画だ。

 必然的に、立ち並ぶ家々も簡素な小屋のようなものが多い。

 雨で傾いたのか元から傾いているのか、判別のつかない家屋も珍しくはなかった。


「御免、六波羅の武士です」

「ん?おお、どうも。天下の藍染がこんな外れまで何の用だね」

「雨の被害確認です。ご老体、特に大事ありませんか」

「んにゃ、別にないない。あの程度は小雨よ。わしの若い頃なんて、都が沈むかと言うほどの雨が降ったもんでな。どうじゃ聞きたいか?んん?」

「いえ……他を見て回るので。ご無事でなによりです」

「そうか?なははははは!!」


 前歯の欠けた老人が笑った。


「なあ、あんちゃん!その刀かっけーな!もしかして武士?ろくはら?」

「そうだ。雨すごかったけど、家は大丈夫か?」

「俺んちはね。けど空丸の家が壊れちゃった」

「空丸?友達か?」

「犬!」

「……そうか。がんばって直せよ」

「わんわん!」


 生乾きの犬に吠えられた。


「御免、六波羅の……ぶふぉっ!?」

「んー?ああ、被害の見回りね……ごくろうさま」

「は、はだっ……!きき、着物着てくれ!!何で丸出しなんだ!?」

「はぁ?仕方ないでしょ。雨漏りでぐしょぐしょになったんだもん。あら、お兄さんその着物良さそうね……わたしに貸して」

「なっ、ここ、これはダメだ!俺の一張羅だ!と、とにかく、着物は近所の者に貸してもらうように!間違ってもその姿のまま出歩くなよ!」

「はぁー、冗談の通じない男ねえ……帰りに廓にでも寄って鍛えてもらえば?」

「うるせぇっ!」


 破廉恥な女にからかわれた。


 ――幸いなことに、九条東通りは特に大きな被害はなさそうだ。

 ここが無事なら、都はどこも大事ないと考えていいだろう。


「おう冬、そっちはどうだったよ」

「大したことないな。雨漏りした家が何件かあったくらいだ。ここらの人は慣れっこみたいで気にもしてなかった。両次の方は?」

「あー……問題発生」

「なんだって?」


 両次と共に向かった家は、さんたんたる有様だった。

 屋根にぽっかりと大穴が空き、入口の引き戸は吹っ飛んで地面に転がっている。

 木製の家壁には、奇妙なことに小さな穴が大量に空いていた。

 そして、見物人たちに介抱される、切り傷まみれの町人が一人。

 おそらくこの家の家主だろうか。


「……落雷、じゃないよな」

「いいや、冬四郎さんの得意分野だぜ」


 嫌な予感がした。


あやかしが、夜中の大雨といっしょに降ってきたんだとよ」






 引き戸が飛んで壊れた入口から、内部を覗き見る。

 家の中に、だらりと寝そべる大きな魚がいた。


『んのぁぁ~~』


 正確に言えば、魚の化物だ。

 鱗まみれの真っ赤な頭、ぎょろつく黒い目玉、への字に曲がった大口。

 胴体からは童のような細い手足が生え、いかにも妖といった風情を醸している。

 大きさは人間の大人とさほど変わらないが、魚の頭部だけが異常に膨らんでいるため、おぞましい威圧感と不気味さがある。

 こんな奴が夜中に屋根をぶち抜いて降ってきたらと思うと、ぞっとする。

 妖の世界から、大雨に流されて紛れ込んだのだろうか。


「うげぇ……冬、さっさと退治頼むぜ」

「なんで俺任せなんだ。お前もやるんだよ」

「あんな気色悪い奴の相手なんて、ぜってぇ勘弁!」

「じゃあ、礫打ちで援護くらいしろ。得意だろ」

「石投げてあんな化物に効くかって……」

 」

『んんんのぉおぉぉぉぉ~~~~!!!』


 野太い奇声。そして悪寒。俺と両次は反射的に入口の横に身を隠した。

 直後。大量の小さな礫が、俺達が直前までいた場所を風切り音と共に通りすぎた。

 両次が声にならない呻きをあげ、見物人たちが悲鳴をあげて後ずさる。


「な、何が飛んできたんだ?」

「……鱗みたいだな。家主の無数の切り傷の正体はこれか」

「鱗!?何で魚が鱗なんて飛ばすんだよ!ありえねえだろ!」

「ありえるんだよ。魚じゃなくて妖だから」

「じゃ、じゃあ、やっぱ検非違使呼んで任せようぜ。鈍そうだし、放置してればそんなに害は……」


『んのぉぉおぉっ~~~!!!』


 再びの奇声。咄嗟に両次を突き飛ばし、身を伏せる。

 俺達が背を預けていた薄い家壁を鱗の矢じりが大量に貫通し、一瞬で穴だらけにした。


『んの、ぉぉおぉ……』


 起き上がって見ると、妖がのそのそと這いずるようにして家から出てきた。

 あの鱗飛ばしを往来で繰り返されれば、九条は大きな被害を受けてしまうだろう。

 夏梅たち検非違使がどこにいるかもわからない以上、ここは俺達で手早くなんとかするしかない。


「クソっ、両次、腹くくって手伝え」

「ひぃっ……何でよりによって俺が……!」

「見物人は離れろ!家一つ分以上だ!鱗が飛んでくるぞ!」


 集まっていた町人たちが我先にと逃げ出していく。

 礫打ち用の石を拾いながら泣き言を言う両次を無視し、俺は太刀を抜いて鞘を振りかぶった。

 化け魚のような妖は、俺の殺意を感じたのか、ぎょろついた目玉をこちらに向けてくる。

 半開きだった大口が、大きく開き、またあの奇声を――


『んの』

「っらぁぁ!!」

『のごぉぉぉおぉっ!?』


 ぶん投げた鞘が妖の喉にぶっ刺さり、数拍遅れて、鱗が震えた。


「両次、横に跳べ!」

「うおおぉっ!?」


 ドドドドドと猛烈な勢いで鱗の矢じりが放たれ、しかし誰にも当たらない。

 俺は素早く立ち上がり、咳き込む妖へと走った。

 黒い目玉が俺を捉え、身体を向き直らせようとして。


『んのっ!?』


 両次の放った石礫が、目玉にぶち当たった。

 悶える妖。太刀を水平に構えて突進する。


「くたばれっ!」


 黒目の中心を、真っ直ぐに突き貫いた。

 ぬるっとした手ごたえが、実に気持ち悪い。


『ん、んのっ、ぉ゛、お……!!』

「うぉぉ、やったぜ冬!見たか俺の礫打ち!」

「離れろバカ!できるだけ遠くへ!」


 太刀を引き抜き、震える妖から一目散に走り去る。


『んのおおぉぉおぉぉぉおぉぉ~~~~~~!!!!』


 一際大きな絶叫と共に、妖がどかんと消し飛んだ。

 大雨で泥状になった砂利が衝撃に巻き上げられ、ぼとぼとと周囲に降り注ぐ。

 一瞬の静寂の後、遠巻きに見ていた見物人たちが、あれよあれよと喝采を始めた。


「……よ、よし、やったぞ」

「はぁ、はぁ……おま、お前、いつもこんなヤベえのと戦ってんの?検非違使の頼み一つで?」

「こんなヤバいのは滅多にいないがな……はぁ、はぁ、ははは……」


 達成感と疲労感に息が上がる。両次は、小さく笑った後深いため息をついた。

 その後、俺達は怪我人を医局に送り届け、報告を権座さんにあげて、ようやく遅番の任を解かれたのだった。






「お疲れ様、冬さん、両さん」

「ああ、勝五と兵六もな。八条は大丈夫だったか?」

「余裕余裕ッス!九条は妖騒ぎがあったんスよね?いやー、大変ッスねー!」

「笑ってんな兵六!あやうく魚の化物に蜂の巣にされるところだったわ!」

「しかたないだろ。あのまま放置してたら、もっと怪我人が出たかもしれないんだ。……いい援護だったぞ、両次。ありがとな」

「……ちっ。へいへいどうも。もう妖には絶対関わらねぇ。土下座されてもごめんだぜ」


 俺達遅番組の四人は、詰め所を出た足でそのまま、六条東通りに向かっていた。

 飯屋に入るためだ。遅番あがりの朝飯は、俺達にとってはお決まりだった。


「それで、朝ごはんどこに行くの?」

「お凛さんの店いこうぜ!気持ち悪いもん見た後はキレイなもん見なきゃな!」

「いいッスね!安い!美味い!美人!の三拍子ッス!」

「あそこ朝もやってんのか?昼から夜だけだと思ってたが」

「大繁盛だから営業時間伸ばしたんだとよ!ありがてぇことだぜ」


 男四人が集まり、件の飯屋へと入っていく。

 両次の言う通り店は朝からやっていて、それなりに客の姿もあった。

 なお、凛さんの姿はなかった。


「いらっしゃいませー」

「あの美人の店員さんは、昼からお勤めみたいだね」

「よし、帰るか」

「そッスね」

「おい」


 両次と兵六はそそくさと飯屋を出ていった。何て奴らだ。

 結局、俺は勝五と二人で朝飯を食べることになった。

 出てきた料理は、米と小鉢三つに小さめの焼き魚と卵焼き。

 朝飯らしい朝飯といった内容で、腹が適度に膨れる気の利いた献立だった。


「ふぅ、ごちそうさん……やっぱいい店だなここは」

「ご馳走さまでした。……そういえば冬さん、最近夏梅さん詰め所に来ないね」

「ん?ああ、言われて見りゃそうだな」

「喧嘩でもしたの?」

「……いや、喧嘩ってほどじゃないけど」


 勝五に言われて俺は、夏梅が往来で泣きだした日のことを思い出した。

 まあ、その後俺があざみのことを少し話してやった途端、ケロっとしていたが。

 確かに、あれから夏梅の奴を見ていない。

 検非違使の庁舎は大橋の向こうの三条だが、そっちでの文書仕事が忙しいんだろうか。


「妖退治中に、大怪我したとかじゃないよね?」

「いや、あいつはすばしっこいから大丈夫だろ。その内また騒々しく詰め所に顔を出すさ。心配してねえよ」

「ふーん。……なんか、いいね」

「何が?」

「冬さんと夏梅さんって信頼してるって感じがするでしょ?そういうの、相棒って言うのかな」

「そんな大層なもんじゃねぇよ。あいつはただの……」


 そこまで言って、夏梅の泣き顔がふと頭に思い浮かんだ。

 ただの、何だろう。あいつは俺にとって、何なんだろう。

 馴れ馴れしい年下。飯をたかってくるやつ。厄介ごと押し付けチビ。

 ずっとそんな印象だったが、最近少しだけ、変わってきたような、変わってないような。

 あざみに出会ってからだろうか。なんだかたまに、あいつの態度が妙に――


「冬さん?」

「んぁ?あー、そろそろ店出るか勝五。もう解散しようぜ。遅番上がりで……んん、眠いわ」

「そうだね。ふわぁぁ……むにゃ、僕も屋敷に帰るよ」


 朝飯を終えた俺達は席を立ち、勘定を済ませ、欠伸を噛み殺しながら店の外に出て、


「じゃあね。お疲れ様、冬さん」

「おう、お疲れさ……まっ……!?」


 眠気が吹っ飛んだ。


「お疲れ様です、冬四郎サマ」


 大駕籠おおかご祭りの出会いからすっかり聞き慣れた声。

 頭に巻いた手ぬぐいに、浅紫色の着物。


「ここが萩乃ちゃんといちゃついた飯屋ね。ふっふっふ……」


 どーんと腕を組んだ狐のあざみが、不敵な笑みを浮かべた。

 俺は固まったまま、誤解です、とだけ言葉を絞り出した。

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