第二十話 お疲れ様です
「うーっし、見回りの分担は以上だ。急を要する被害は連携して儂に即伝達しろよ。じゃあ、散れっ!!」
警邏隊長の権座さんの野太い号令に「おう」と応え、俺達六波羅南組は都のあちこちに散らばっていった。
昨日の長雨による被害の確認である。
俺たちの受け持ちは、九条東通りだ。
「ふわぁ……眠い。どうして遅番組の俺達が一番遠い九条東なんだよ、冬」
「権座さんに聞けよ。まあ、眠気が覚めてちょうどいいだろ」
同僚の両次と話しつつ、中央大路を走り抜ける。
あれだけ雨を降らせた雲は夜の内にどこへいったのか、朝日が水たまりにきらきらと反射してまぶしい。
ちらほらと外に出ている町人たちも、家に何か異常が無いか確認している者がほとんどだった。
軽く見渡した感じ、中央大路では被害らしい被害はなさそうだ。
一日激しく降り続いたとはいえ、川が氾濫しない程度の雨だったんだ。
そこまで心配しなくていいかもしれない。
「さっさと終わらせてあがろうぜ。あ、帰りにどっかで朝飯食うってのも有りだな」
「報告が先だろバカ」
「じゃあ手分けするぞ両次。一応全部の路地を見て回る」
「おう……んん、ふわぁ。そんじゃ俺はこっちだ」
欠伸をしながらだるそうに歩く同僚の背中を見送った後、俺も被害の確認に動き始めた。
この九条東通りは、都の南端。周辺には店らしい店もなく、都の中では一番質素な区画だ。
必然的に、立ち並ぶ家々も簡素な小屋のようなものが多い。
雨で傾いたのか元から傾いているのか、判別のつかない家屋も珍しくはなかった。
「御免、六波羅の武士です」
「ん?おお、どうも。天下の藍染がこんな外れまで何の用だね」
「雨の被害確認です。ご老体、特に大事ありませんか」
「んにゃ、別にないない。あの程度は小雨よ。わしの若い頃なんて、都が沈むかと言うほどの雨が降ったもんでな。どうじゃ聞きたいか?んん?」
「いえ……他を見て回るので。ご無事でなによりです」
「そうか?なははははは!!」
前歯の欠けた老人が笑った。
「なあ、あんちゃん!その刀かっけーな!もしかして武士?ろくはら?」
「そうだ。雨すごかったけど、家は大丈夫か?」
「俺んちはね。けど空丸の家が壊れちゃった」
「空丸?友達か?」
「犬!」
「……そうか。がんばって直せよ」
「わんわん!」
生乾きの犬に吠えられた。
「御免、六波羅の……ぶふぉっ!?」
「んー?ああ、被害の見回りね……ごくろうさま」
「は、はだっ……!きき、着物着てくれ!!何で丸出しなんだ!?」
「はぁ?仕方ないでしょ。雨漏りでぐしょぐしょになったんだもん。あら、お兄さんその着物良さそうね……わたしに貸して」
「なっ、ここ、これはダメだ!俺の一張羅だ!と、とにかく、着物は近所の者に貸してもらうように!間違ってもその姿のまま出歩くなよ!」
「はぁー、冗談の通じない男ねえ……帰りに廓にでも寄って鍛えてもらえば?」
「うるせぇっ!」
破廉恥な女にからかわれた。
――幸いなことに、九条東通りは特に大きな被害はなさそうだ。
ここが無事なら、都はどこも大事ないと考えていいだろう。
「おう冬、そっちはどうだったよ」
「大したことないな。雨漏りした家が何件かあったくらいだ。ここらの人は慣れっこみたいで気にもしてなかった。両次の方は?」
「あー……問題発生」
「なんだって?」
両次と共に向かった家は、さんたんたる有様だった。
屋根にぽっかりと大穴が空き、入口の引き戸は吹っ飛んで地面に転がっている。
木製の家壁には、奇妙なことに小さな穴が大量に空いていた。
そして、見物人たちに介抱される、切り傷まみれの町人が一人。
おそらくこの家の家主だろうか。
「……落雷、じゃないよな」
「いいや、冬四郎さんの得意分野だぜ」
嫌な予感がした。
「妖が、夜中の大雨といっしょに降ってきたんだとよ」
引き戸が飛んで壊れた入口から、内部を覗き見る。
家の中に、だらりと寝そべる大きな魚がいた。
『んのぁぁ~~』
正確に言えば、魚の化物だ。
鱗まみれの真っ赤な頭、ぎょろつく黒い目玉、への字に曲がった大口。
胴体からは童のような細い手足が生え、いかにも妖といった風情を醸している。
大きさは人間の大人とさほど変わらないが、魚の頭部だけが異常に膨らんでいるため、おぞましい威圧感と不気味さがある。
こんな奴が夜中に屋根をぶち抜いて降ってきたらと思うと、ぞっとする。
妖の世界から、大雨に流されて紛れ込んだのだろうか。
「うげぇ……冬、さっさと退治頼むぜ」
「なんで俺任せなんだ。お前もやるんだよ」
「あんな気色悪い奴の相手なんて、ぜってぇ勘弁!」
「じゃあ、礫打ちで援護くらいしろ。得意だろ」
「石投げてあんな化物に効くかって……」
」
『んんんのぉおぉぉぉぉ~~~~!!!』
野太い奇声。そして悪寒。俺と両次は反射的に入口の横に身を隠した。
直後。大量の小さな礫が、俺達が直前までいた場所を風切り音と共に通りすぎた。
両次が声にならない呻きをあげ、見物人たちが悲鳴をあげて後ずさる。
「な、何が飛んできたんだ?」
「……鱗みたいだな。家主の無数の切り傷の正体はこれか」
「鱗!?何で魚が鱗なんて飛ばすんだよ!ありえねえだろ!」
「ありえるんだよ。魚じゃなくて妖だから」
「じゃ、じゃあ、やっぱ検非違使呼んで任せようぜ。鈍そうだし、放置してればそんなに害は……」
『んのぉぉおぉっ~~~!!!』
再びの奇声。咄嗟に両次を突き飛ばし、身を伏せる。
俺達が背を預けていた薄い家壁を鱗の矢じりが大量に貫通し、一瞬で穴だらけにした。
『んの、ぉぉおぉ……』
起き上がって見ると、妖がのそのそと這いずるようにして家から出てきた。
あの鱗飛ばしを往来で繰り返されれば、九条は大きな被害を受けてしまうだろう。
夏梅たち検非違使がどこにいるかもわからない以上、ここは俺達で手早くなんとかするしかない。
「クソっ、両次、腹くくって手伝え」
「ひぃっ……何でよりによって俺が……!」
「見物人は離れろ!家一つ分以上だ!鱗が飛んでくるぞ!」
集まっていた町人たちが我先にと逃げ出していく。
礫打ち用の石を拾いながら泣き言を言う両次を無視し、俺は太刀を抜いて鞘を振りかぶった。
化け魚のような妖は、俺の殺意を感じたのか、ぎょろついた目玉をこちらに向けてくる。
半開きだった大口が、大きく開き、またあの奇声を――
『んの』
「っらぁぁ!!」
『のごぉぉぉおぉっ!?』
ぶん投げた鞘が妖の喉にぶっ刺さり、数拍遅れて、鱗が震えた。
「両次、横に跳べ!」
「うおおぉっ!?」
ドドドドドと猛烈な勢いで鱗の矢じりが放たれ、しかし誰にも当たらない。
俺は素早く立ち上がり、咳き込む妖へと走った。
黒い目玉が俺を捉え、身体を向き直らせようとして。
『んのっ!?』
両次の放った石礫が、目玉にぶち当たった。
悶える妖。太刀を水平に構えて突進する。
「くたばれっ!」
黒目の中心を、真っ直ぐに突き貫いた。
ぬるっとした手ごたえが、実に気持ち悪い。
『ん、んのっ、ぉ゛、お……!!』
「うぉぉ、やったぜ冬!見たか俺の礫打ち!」
「離れろバカ!できるだけ遠くへ!」
太刀を引き抜き、震える妖から一目散に走り去る。
『んのおおぉぉおぉぉぉおぉぉ~~~~~~!!!!』
一際大きな絶叫と共に、妖がどかんと消し飛んだ。
大雨で泥状になった砂利が衝撃に巻き上げられ、ぼとぼとと周囲に降り注ぐ。
一瞬の静寂の後、遠巻きに見ていた見物人たちが、あれよあれよと喝采を始めた。
「……よ、よし、やったぞ」
「はぁ、はぁ……おま、お前、いつもこんなヤベえのと戦ってんの?検非違使の頼み一つで?」
「こんなヤバいのは滅多にいないがな……はぁ、はぁ、ははは……」
達成感と疲労感に息が上がる。両次は、小さく笑った後深いため息をついた。
その後、俺達は怪我人を医局に送り届け、報告を権座さんにあげて、ようやく遅番の任を解かれたのだった。
「お疲れ様、冬さん、両さん」
「ああ、勝五と兵六もな。八条は大丈夫だったか?」
「余裕余裕ッス!九条は妖騒ぎがあったんスよね?いやー、大変ッスねー!」
「笑ってんな兵六!あやうく魚の化物に蜂の巣にされるところだったわ!」
「しかたないだろ。あのまま放置してたら、もっと怪我人が出たかもしれないんだ。……いい援護だったぞ、両次。ありがとな」
「……ちっ。へいへいどうも。もう妖には絶対関わらねぇ。土下座されてもごめんだぜ」
俺達遅番組の四人は、詰め所を出た足でそのまま、六条東通りに向かっていた。
飯屋に入るためだ。遅番あがりの朝飯は、俺達にとってはお決まりだった。
「それで、朝ごはんどこに行くの?」
「お凛さんの店いこうぜ!気持ち悪いもん見た後はキレイなもん見なきゃな!」
「いいッスね!安い!美味い!美人!の三拍子ッス!」
「あそこ朝もやってんのか?昼から夜だけだと思ってたが」
「大繁盛だから営業時間伸ばしたんだとよ!ありがてぇことだぜ」
男四人が集まり、件の飯屋へと入っていく。
両次の言う通り店は朝からやっていて、それなりに客の姿もあった。
なお、凛さんの姿はなかった。
「いらっしゃいませー」
「あの美人の店員さんは、昼からお勤めみたいだね」
「よし、帰るか」
「そッスね」
「おい」
両次と兵六はそそくさと飯屋を出ていった。何て奴らだ。
結局、俺は勝五と二人で朝飯を食べることになった。
出てきた料理は、米と小鉢三つに小さめの焼き魚と卵焼き。
朝飯らしい朝飯といった内容で、腹が適度に膨れる気の利いた献立だった。
「ふぅ、ごちそうさん……やっぱいい店だなここは」
「ご馳走さまでした。……そういえば冬さん、最近夏梅さん詰め所に来ないね」
「ん?ああ、言われて見りゃそうだな」
「喧嘩でもしたの?」
「……いや、喧嘩ってほどじゃないけど」
勝五に言われて俺は、夏梅が往来で泣きだした日のことを思い出した。
まあ、その後俺があざみのことを少し話してやった途端、ケロっとしていたが。
確かに、あれから夏梅の奴を見ていない。
検非違使の庁舎は大橋の向こうの三条だが、そっちでの文書仕事が忙しいんだろうか。
「妖退治中に、大怪我したとかじゃないよね?」
「いや、あいつはすばしっこいから大丈夫だろ。その内また騒々しく詰め所に顔を出すさ。心配してねえよ」
「ふーん。……なんか、いいね」
「何が?」
「冬さんと夏梅さんって信頼してるって感じがするでしょ?そういうの、相棒って言うのかな」
「そんな大層なもんじゃねぇよ。あいつはただの……」
そこまで言って、夏梅の泣き顔がふと頭に思い浮かんだ。
ただの、何だろう。あいつは俺にとって、何なんだろう。
馴れ馴れしい年下。飯をたかってくるやつ。厄介ごと押し付けチビ。
ずっとそんな印象だったが、最近少しだけ、変わってきたような、変わってないような。
あざみに出会ってからだろうか。なんだかたまに、あいつの態度が妙に――
「冬さん?」
「んぁ?あー、そろそろ店出るか勝五。もう解散しようぜ。遅番上がりで……んん、眠いわ」
「そうだね。ふわぁぁ……むにゃ、僕も屋敷に帰るよ」
朝飯を終えた俺達は席を立ち、勘定を済ませ、欠伸を噛み殺しながら店の外に出て、
「じゃあね。お疲れ様、冬さん」
「おう、お疲れさ……まっ……!?」
眠気が吹っ飛んだ。
「お疲れ様です、冬四郎サマ」
大駕籠祭りの出会いからすっかり聞き慣れた声。
頭に巻いた手ぬぐいに、浅紫色の着物。
「ここが萩乃ちゃんといちゃついた飯屋ね。ふっふっふ……」
どーんと腕を組んだ狐のあざみが、不敵な笑みを浮かべた。
俺は固まったまま、誤解です、とだけ言葉を絞り出した。




