第10話 決戦
立川市の災害医療センターはパニック状態になっていた。
怪獣が突然方向を変え、しかも速度を上げて、立川市に向かっているというのだ。
「災害医療センターにも退避勧告が出ました!」
館内放送が叫び声に近い放送を上げた。
憲司と京子も忍の母親、玲子の個室の病室から逃げようとした。
「忍ちゃん、はやく!」
京子は叫んだ。しかし、忍は意識不明になったままの母親が寝ているベッドからしがみついて離れない。
「いや、ここにいる!」
憲司は一瞬迷ったが、忍を無理やり抱きかかえ、京子とともに部屋を出た。
怪獣は疾走していた。
現在、国分寺駅南方を、体中から白煙を上げながら走っている。
特に足からは、その姿から見えないほどに白煙を上げていた。
「くそっ」
三鷹市に展開した特科教導隊の観測要員が測量装置を覗きながら叫んだ。
「怪獣の動きが速すぎる」
官邸はパニックに陥っていた。
怪獣の突然の行動にその場にいた全員が驚愕している。
「博士、この怪獣の動きはどういうことです?」
福島総理は、上階の会議室にいた手塚博士に連絡をとる。
『わかりません。しかし、おそらく怪獣にとって大きな負担がかかっているということです』
「負担?」
『例えば、ランニングもしたことのない人が短距離走の世界記録保持者ほどの速度を一気に出して走れば、足はボロボロ、体は壊れてしまうでしょう。
それと同じで、怪獣もかなりの負担をかけて疾走をしているとみられます。今上がっている白煙はそのしるしです。特に足から物凄い白煙が上がっているのは、それだけ足に負担がかかっているものとみられます』
「博士から見て、現状の対応は何かありますか?」
『先ほどいったように足がもろくなっているはずです。足を狙えば、行動不能になると思います』
「足を砲撃ですか?」
多摩市の多摩川河川敷に展開していた戦車教導隊第1中隊隊長の松田三佐は指揮通信車のなかで第1師団司令部からの報告をきいていた。
『そうだ、統幕からそういう命令が下った。官邸の有識者が足が弱点だといっているらしい』
柿崎師団長からの通信を受け取った松田三佐は顔をしかめた。
「わかりました。やってみます」
松田三佐は通信を師団司令部から彼の指揮下にある10両の10式戦車に切り替えた。
「こちら駒門01、各車へ。怪獣の足に照準を合わせろ」
河川敷にずらっと並んだ10式戦車10両の砲身が、怪獣に向かった。
松田三佐は白煙で足が見えなくなった怪獣を双眼鏡で追いかけた。
彼は額に汗をかきながら、命令を下した。
「撃ち方はじめ」
怪獣はひたすら疾走していた。
国立駅南方に到達すると、遠くから雷鳴のような音が轟き、そして10発の砲弾が怪獣の足に当たった。
怪獣はそのまま転倒し、市街地に突っ込む。
埃と白煙のなか、怪獣は立ち上がることができなくなっていた。
「止まったぞ!」
調布市にいた第1特科隊の観測要員が、埃と白煙が漂う国立駅前を見て、叫んだ。
観測要員は通信機の受話器を口と耳に当てて、話した。
「本部、怪獣が転倒した。これより座標を送る……」
神奈川県相模原市のゴルフ場に展開していた第1特科隊の数十門のFH70に、隊員達によって砲弾が装填された。
砲身は上を向いているが、目標は怪獣だ。
そして――
「テッ!」
凄まじい、炸裂するような爆音とともに、砲弾がとんだ。
厚木基地の滑走路に展開していたMLRSも目標を定めた。
MLRSがロケットを発射した。
ロケット発射装置から、M31ロケット弾が白煙を上げて、目標に向かった。
厚木基地はロケットの白煙に包まれた。
怪獣は白煙と埃の中で立ち上がろうとしていた。
と、それが少し晴れそうになる。
白煙と埃の隙間の中、怪獣の目に上空に何かが飛んでくるのが見えた。
怪獣目がけてロケットと砲弾の群れが飛んだのだ。
国立駅の前には大きな爆発が鳴り、爆風が巻き起こった。
次々と砲弾とロケットが命中するなか、怪獣はさらに白煙と埃、そして黒煙の中に飲まれていく。
そしてひとつの光が怪獣のいる所からぴかっと光った。
巨大な爆発だった。
爆発はこれまでの砲撃よりも大きく、立川市まで爆風が飛んだ。
国立駅周辺の建物は爆風でなぎ倒され、風は東京都西部一帯に広がる。
大きな爆風が飛んできた。憲司たちはそれに飲まれ、振り返る。
「なんだあれ……」
憲司がそう呟いた。
憲司たちは爆風が飛ぶ中、東の空に突如発生した大きなきのこ雲を呆然と見ていた。
怪獣は爆散した。
陸上自衛隊の普通科部隊が爆心地に接近し、確認したところ、怪獣が四散されているのが確認された。
午前9時41分に高尾山の超局地的地震から発生した事態は、その日の午後4時2分、怪獣の撃退をもって終了した。
午後5時の総理の記者会見で、自衛隊が怪獣の死体が四散しているのを確認したと発表し、総理が事態の収束を宣言した。




