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凄い勇者だった俺が美少女勇者をプロデュースした件  作者: 穂麦
第2部×第5章 凄い勇者と騎士学校祭
206/207

俺は腹黒と茶会を開いた 『でもよ。これも運命というヤツだと思えばロマンチックだろ?』

 人気(ひとけ)のない教室。

 貴族の自慢話の品がいくつも置かれたカオスな空間。

 場に不釣り合いな白い2つの椅子に小さなテーブルが1つ。


 かつての仲間とする茶会だ。


 茶葉もカリスの要望どおり、高価なヤツを使っている。

 だが腹黒──もといカリスは不満げだ。


「お前の要望どうり、高価なヤツを使ってやったんだがな」

「ええ、確かに高価な茶葉でしょうね」


 そいつはアイテムBOXに放りこんでおいた、自称メイド(リーリア)の淹れた茶だ。


 放りこんだのは4年ほど前だが、まだ熱いからバレていない。

 俺は飲む気にならないが、他人に飲ませるのなら問題はないだろう。

 

「それに淹れ方も完璧です」


 アイツ、自称のくせにメイドとして茶を淹れるスキルを持っていやがったのか。

 リーリアのクセに。


「ですが……この茶葉の品種は先の大戦で絶滅したはずでは?」

「俺のアイテムBOXでじっくりと寝かした130年ものだ。ありがたく飲め」


 カリスは、じっくりとカップの中を覗きこんでいる。

 あの戦場での思い出を見ているのかもしれない。

 それでこそ、130年前の茶葉を出したかいがある。


「念のため聞きますが、種の方は持っていませんか?」

「ケットシー達にやった」


 一瞬。

 冷たい目で睨みつけられた気がした。

 なんか『使えねえなぁ。コイツ』っていう感じで。


 相変わらずだな。

 この腹黒。


「ではケットシーを通して購入させて頂くとしましょう」

「そうしてくれ」


 黙って紅茶を飲む。

 不思議だ。

 まったく心が安らがない。

 腹黒と一緒だからか?


「で、なにか話があったんじゃないのか?」


 コイツと一緒だとリラックスタイムのハズなのに疲れる。

 早めに話を終わらせて逃げよう。


「ええ、2つ程あったのですが1つは終わりました」


 終わった方の話は、俺がスバルかどうかの確認だろうな。

 コイツに隠したところで、簡単に見破られるから開き直ることにしたが。

 問題はもう1つの話か。


 まったく心当たりがない。

 俺の悲しい脳だから思い当たらないだけかもしれんが。


「サクリファイスについて知っていることがあったら情報提供を求めたいのです」


 サクリファイス──って、なんだっけ?


「力の求道者と言えば聞こえはいいのですが、実際は力を得るためには手段を選ばない犯罪組織。あなたも接触をしたことがあるはずですよ」


 どっかで聞いたことがあるのだが、記憶から完全に抜け落ちているな。


 ふむ──やはり思い出せない。

 それ以前に脳に働く意思が全く感じられない。

 図々しい脳だ。


 だが、俺の思考など腹黒にとってはお見通しだったのだろう。

 更に追加でヒントを寄こした。


「星穿ちといいましたか。戦いの前に信者の死体を発見したはずですよ」


 そう言えば死体漁りをしたな。


「やる」

「これは?」


 思い出したついでに、戦利品を投げ渡した。


「サクリファイスっぽいヤツらの死体漁りをしたときに見つけた指輪だ」


 すっかり忘れていたが手元にあったな。

 厄介事の匂いしかしない指輪が。


「今からお前の物だ。好きに使え。絶対に返すな」


 押しつけよう。

 あの時は、なぜかアイテムBOXに放りこんでしまったが。

 持っていたら絶対に厄介事を運んでくる。


「もう少し隠すかと思いましたが……そうでしたね。アナタはそういう方でした」

「納得してくれて何よりだ」


 これで厄介事の種が一つ消えた。

 勇者コレクションには、厄介事の種が大量にあるが。

 だが、そちらは外に出さなければ大丈夫なハズだ──大丈夫だよな?


「これで用事は済んだのか?」


 さっき話したいことが2つあったと言ったからな。

 他に用件があっても、大した物ではないハズだ。

 コイツは昔を懐かしんで茶を飲むような奴じゃない。

 なにせ腹黒だからな。


「ええ、予想以上の収穫でしたよ」


 俺も面倒事を押し付けられてよかった。

 これからも、押し付けたいものだなコイツに。

 実力も権力もあるから、押しつけるのにちょうどいいのだが。


「それは良かった」


 気持ちとしては押し付けたいがな。

 言葉にしたら嫌な顔をされるのは分かっている。

 だから黙っていよう。


 そう決心したのだが、腹黒の糸目が警戒しているのを感じられた。


 心の狭いヤツだ。

 娘の同級生の面倒事ぐらい引き受けろよ、権力者。


「あなたの運び込んだ厄介事で国が滅びかけたことがありますからね。御免ですよ」

「……そうか」


 コイツも俺の表情から、そこまで正確に思考を読むスキルを持っているのか。


 さすがギルドマスター。

 侮れんヤツだ。


 色々と他にも言いたいことはあった。

 だが、それらの言葉は口に含んだ紅茶と共に喉の奥へと押し込んだ。


 更に紅茶を一口。


 全く落ち着けない。

 茶のリラックス効果が、どこかに逃走していやがる。


 さすが腹黒。

 茶のリラックス成分にすら嫌われるとはな。


「なぜサクリファイスについて訊ねたのかは聞かないのですね」


 よしっ!

 心の中で罵った事は気付かれていない。

 少し焦ったが、紅茶を一口飲み込むと落ち着くことが出来た。


「面倒事の匂いしかしないからだ」


 当たり前だ。

 冒険者ギルドのトップであるコイツが、わざわざ俺のところまで来たのだから。

 間違いなく面倒な理由があるに違いない。


「俺や周りを巻き込まないのなら文句を言う気はないから安心しろ」


 冒険者が犯罪者に関わるのは、珍しいことではない。

 だが兵士とは違って、己の利益のために関わる。


 ましてや冒険者ギルドのトップが動くのであれば、一財産どころではない利益のためだろう。


 絶対に俺のような善良なお子様が関わってはいけない。

 そう心に誓い、会話を再会した。


「おおかた国にでも協力を依頼されているんだろ?」


 あくまで国のサポートという形だろうがな。

 ギルドは、利権か何かを既に要求していることだろう。


「そんなところですね」


 苦笑いをしながら、紅茶を一口含んだ。


 相変わらずだな。

 それ以上追及されたくない時は、いつも同じことをしていた。


 俺も面倒事は嫌なんだ。

 深い話はやめておこう。


「ほら最中もなかというイザベラのオススメだ」


 最中を白い皿に乗せて渡す。

 すると一瞬だけ驚いた表情はしたが、怪訝な顔をすることなく受け取った。


「確かにイザベラが好みそうな甘さですね」


 甘い物を好まないのは昔と同じか。

 イザベラに付き合わされて食いはしたが、その後は水をガブ飲みして舌を誤魔化していたのを覚えている。


 そんな奴が手にした分を最後まで食べ切ったのだ。

 これは、和の文化の勝利と言ってもいいだろう!


「俺を巻き込まないのなら、今度は甘くないヤツを用意してやるさ」


 手にした分は食べたが2個目を口にする気はないか。


 だが和の文化を舐めてもらっては困る。

 甘い物だけが和の菓子ではない。


 俺には煎餅せんべいという切り札があるのだ。

 アレを差し出せば、コイツも和の虜となることだろう。


 次の一手として煎餅の投入を考えていたが、思考はカリスの言葉により打ち切られた。


「残念ながら、それは無理なようですね」


 カリスがティーカップを置き、顔を向けたのは教室のドア。

 そこには先程まではいなかったハズの男が立っていた。


「後は任せた!」


 男を確認すると、即座に俺は2階の窓から飛び降りた。


 厄介事の臭いしかしないのだ。

 一般生徒である俺が関わらない方がいい。


 *


 クレスが窓から飛び降りた教室。

 思いもよらない行動に、部屋は静寂に支配された。


 厄介事の臭いを嗅ぎわけると即座に2階から飛び降りたのだ。

 信じられない程の決断力である。


 この場に残された2人。

 彼らの思考すら置いてけぼりにする程の判断スピード。

 元大勇者の行動力は、今でも健在のようだ。


「くっかっかっか」


 教室を支配していた静寂を打ち砕いたのは、望まれない客の男であった。


「おもしれえヤツだ。普通、こんなにアッサリと逃げるか?」


 腹を抱えて大笑いをする男。

 彼の褐色の肌と金色交じりの白髪が、太陽の光に照らされている。


「なあ、お前もそう思わねえか?」


 笑いも落ち着いてきたのだろう。

 カリスへと話を振った。

 クレスが逃げ出すほどの不審者。

 だが敵対心とは無縁の好意的な視線。


「普通でないから、アナタは関心を抱いたのでは?」

「クックック、そうだなぁ。確かにちげぇねえ」


 友好的な雰囲気。

 だが、それは薄氷のように脆く危うさが混在している。


「ありゃあ、そのうち大物になるぜ」


 男の言葉に溜め息が出そうになる。

 こんな悠長な会話をする為に、このような場所に来るはずがないだろうに。


「ああ、久しぶりに笑った。こんなに笑ったのは何年振りだ?」


 不気味だ。

 こちらに言葉を投げかけているようでありながら、実際は言葉をこちらが返すことなど期待していない。


 知っている。

 こういう輩をなんというか。


 これまでも見てきた。

 何度も。


 狂人。

 この男のような者をそう呼ぶのだと知っている。


「知りませんね」


 ただの狂人であれば問題はない。

 しかし目の前の男には力がある。


「冷たいねぇー」


 馴れ馴れしいと言えるほど、心の距離感を感じさせない笑み。


 良く言えば親しみやすい。

 悪く言えば狂気。


 厄介だ。

 妄執と化した信念に取りつかれた人間というのは。

 特に信念を持った狂人というのは。


 容易く他人を己の狂気へと沈める。

 麻薬のような中毒性のカリスマ性をを、この手の狂人は持つのだ。


「御用が無いのであれば退席を願いたいのですが、そういう訳にはいかないのでしょう?」


 愉快そうに笑う狂人に、言葉を投げかける。

 用もないのに、わざわざ彼がこのような場所に来るはずがない。


 溜め息の出るような想いだ。

 昔の馴染みに再開したというのに、その直後にここまで鬱積とした気分にされるとは。

 早めに終わらせて帰りたいところだが、そういうわけにはいきそうもない。


「そうだなぁ。誰でも良かったんだが……ただの偶然なんだがなー」


 すでに彼に笑みはなく、面倒くさそうに頭を掻き上げている。

 だが笑みはないが、心の距離感は近いまま。

 狂気はなりを潜めて正気すら感じさせる。

 だが、その事が歪に見えて、なお一層のこと狂いを際立たせている。


「まさか、お前みてえな有名どころを見つけるとは思わなかったんだよ」


 心底予想外だった。

 仕草や表情がそう物語っている。


 狂人が。

 思わず悪態をつきたくなるが、その気持ちは再び見せた人懐っこい笑みにより打ち消される。


「でもよ。これも運命というヤツだと思えばロマンチックだろ?」


 徐々に辺りが染まっていく。

 笑みに人懐っこさを残しながら。


 纏う空気の色というべきか?

 もしくは存在感というべきか?


 目に見える以外の部分が、人懐っこさを更に煮詰めたそれに狂わされる。

 人を受け入れ、飲み込み、正気を失わせていく。

 猛毒や麻薬とも呼べる狂気によって。


「何を言いたいかっていうとな…………まぁ、死んでくれってことさ」

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