俺は目を覚ました 『禿げろ、禿げろ、禿げろ……』
すみません。
前回投稿から凄い魔が空いてしまいました m(_ _ )m
星穿ちとの戦いを終えた俺は眠りに落ちた。
その眠りの何とも心地よかったことか。
眠りの中でどのような夢を見たか?
それは覚えていないが、きっと素晴らしい夢だったに違いない。
だが次に目を覚ましたとき、俺は悪夢を見ることとなる。
そう。
悪夢は目を覚ました先にあったのだ。
目を開けた先に広がっていたのは白い天井。
ベッドの脇にある窓からは、茜色の光が差し込んでいる。
──これが世界を救った俺への仕打ちか。
窓の向こう側から声が聞こえる。
この声が教えてくれるのだ。
俺の身に降りかかった災いを。
あまりにもな結末だ。
夏休みの思い出。
前半は性悪ドラゴンのせいで魔王と戦った。
後半は星穿ちと戦った。
俺は熾烈な争いに勝利して生き残ったのだ。
それなのに──。
このような仕打ちが待っていようとは。
世界とはなんとも残酷な場所なのだろうか。
運命はそれ程までに俺が憎いのか。
白い天井の広がるこの場所には、薬品のの臭いが立ち込めている。
朝日の差し込む窓の向こう。
そこには再会を喜ぶ少年少女の声。
この状況では受け入れざる得ない。
我が身に降りかかった災いを。
そう今日は──始業式。
ここは騎士学校の保健室。
俺の体は、清潔なシーツが敷かれたベッドの上。
なぜ、こんな場所にいるのだろう?
思考に靄が掛った状態はしばらく続いた。
だが時間と共に、寝ぼけていた頭が徐々に覚めていく。
そして思い浮かんだのは、美しいが故に尚のことムカつく奴らの笑顔。
大魔導師共の仕業だ!
シルヴィアとイザベラ。
無駄に美系なアイツら。
俺が寝ている間に、ここに放りこみやがったな。
俺が始業式(Xデー)を迎えても慌てなくていいように。
ヤツらなりの配慮なのだろう。
俺が始業式に遅刻しないようにと。
だが起こして欲しかった。
船からココに運び込むまでの間に、起こすチャンスなどいくらでもあったハズだ。
外を眺める。
なんとも眩い朝日なのだろう。
目に染み込んできやがる。
朝日の眩しさを言い訳に、いつしか両目を手で覆っていた。
そう。
受け入れざる得ない。
俺の夏休みは、世界を救う対価にご臨終なされた事実を。
外から聞こえる。
部活動をグランドで行う生徒の声が。
徐々に登校途中の生徒たちの話し声も増えてきた。
彼らの再会を祝う声。
俺には別の意味が含まれているように感じられた。
”お前の夏休みは終わった”と。
心が抉られるかのようだ。
両目を覆った手の下。
涙は流さなかったが、もう決壊寸前であった。
*
「えぇ~、であるからして……」
講壇にはイザベラ。
相変わらず、長話の業は健全らしい。
始業式を迎えたヤツはイキイキとしている。
その理由は、生徒が全員無事に集まったのが0.1%。
長話を行えるのが99.9%といったところか。
「誰も欠けることなく今日を迎えられたことを……」
ほんの数日前まで命懸けの戦いをしていた。
それが嘘のようだ──むしろ嘘であって欲しかった。
あれは平穏を目指す俺が経験していい世界ではない。
戦場に生きる傭兵なんかが過ごすべき日常だ。
魔王や星穿ちと戦う傭兵が、全体の何パーセントなのかは知らんが。
なんで俺は魔王×2と殺り合ったり、世界を滅ぼす星穿ちを仕留めたりしたのだろう?
この世界は、ブラック企業の類なのだろうか?
少なくとも、11歳児に割り振っていい労働環境ではないと思う。
色々とおかしい。
俺は平穏に向かって努力しているハズだ。
それなのに、真逆の方向に全力疾走をしている気がしてならない。
同じことを少し前にも考えたような気もするが。
はぁー。
だが、ここで嘆いても仕方がない。
すでに俺の夏休みはご臨終なされたのだ。
供養がてら毎度恒例の儀式をするとしよう。
周囲を見回す。
そこで発見したのはフェル。
少し日焼けをしている。
ブリットに振り回されたのだろう。
輝かしい青春を送りやがって。
ついでにお前の頭も輝かせてやろう。
『禿げろ、禿げろ、禿げろ……』
とりあえずフェルに元大勇者の呪──元大勇者の祝福を送っておいた。
他には?
再び周囲を見回す。
そして見つけたのは白髪。
ふむ、今回はいつもよりも早いタイミングであるが始めるか。
『禿げろ、禿げろ、禿げろ……』
俺が祝福を送ると、彼は体をブルッと震わせた。
元大勇者の祝福は問題なくラゼルの毛根へと届いたようだ。
──?
おかしい。
いつもなら来るはずなのに。
ラゼルに祝福を送ると。
ジト目がチャームポイントの天敵からの祝福が。
椅子の下をゴンッと足で。
不審に思い周囲の魔力を探ると、やはり後ろにいるようだ。
視線を感じる。
ふむ、これは行動に移す寸前といったところか。
ダムが決壊を迎える寸前のような、重苦しい空気を感じる。
──大人しくしていよう。
魔王を退けて星穿ちをも倒した。
そんな俺は、力を失った今でも人類最高クラスの戦力なのだと思う。
だが、後ろに座る天敵は相性が悪過ぎる。
全く勝てる気がしない。
あとバカ友と我が妹にも。
*
始業式が終われば、数日後には騎士学校祭が始まる。
どっかのロリババア校長が職務放棄して、俺らが作るハメになった形代を焼くアレだ。
色々と出し物があるため、今からソワソワしている者たちも多い。
ふっ、若いな。
その日は俺(主にケットシー)が準備した出店で、青春の思い出を作るがいい。
ついでに、俺の目の前で青春の1ページを作っているヤツがいる。
きっと悲しみと恥辱で真っ黒なページになるだろうがな。
「俺と付き合って下さい」
「おととい出直してきて下さい」
教室のど真ん中で、告白をしたのはマグニール。
すでに2周目へと突入している。
何が2周目なのか?
騎士学校の女子全員に振られてついに──いや、これ以上はやめておこう。
いくらなんでも哀れ過ぎる。
「酷い」
「あんなことを言わなくったって」
「もっと相手のことを考えてもいいのに」
などと非難の声を上げているのは女子。
皆、目が死んでいるラゼルの周りに集まっている。
長い休みのせいで、女子はラゼル成分が不足していたようだな。
ちなみに、上記の非難はマグニールに向けた物だ。
告白をし過ぎて、女子からの評価は最安値を更新しているようだからな。
ヤツがどんな振られ方をしようとも、慰める女子などいるはずがない。
今や皆が告白された女子に同情するほどだ。
「今年中に3巡目をしそうな勢いね」
「幼馴染を慰めてやったらどうだ?」
教室の真ん中で、青春の一ページを黒く塗りつぶしたマグニールに容赦のないカティア。
これが幼馴染ゆえの距離感というヤツか。
「えっ、なんで?」
俺の一言に、心底意味が分からないという表情で言葉を返してきた。
彼女の頭の中に、幼馴染を慰めるという選択肢はないようだ。
*
始業式を終え教室に戻り、マグニールの黒い青春の一ページを目撃した後のことだ。
生徒の注目は、騎士学校祭に集まっている。
だが夏休みを過ぎた俺達には、もっと別に考えねばならない事があった。
今日は授業など存在しない。
教室で教師の話を聞いた後は帰る事になる。
だが久しぶりの再会ということもあり、教室や廊下で友人と長話をする者たちが多い。
俺もその一人なわけだが。
「どの科に入るか決めたか?」
窓際に寄り掛かるラゼル。
くそっ、このイケメン──いや、この年で男と付けるのはおかしいか。
なら男子でイケチャイルド?
略してイケチャイ?
「私は総合科にしようかと思っています」
おっと。
話が進んでいた。
ラゼルが振った話題は、今学期からどの科に入るかという話。
騎士学校は前学期と後学期とに分かれている。
前学期は、全員が同じ科目を学ぶ。
だが後学期は、色々な科に分れて学ぶことになる。
もっとも大半は同じ科目で、一部だけ違う程度であるが。
「イリアはそういう感じだよな」
「そういう感じとは?」
笑顔で返した。
だが、何か含みのある笑顔だ。
魔王のスキル”笑いながら怒る”を発動させたか。
そろそろ、どこか遠くに返却して欲しい物だ。
「……いやなんでもない」
様々な科目を均等に学ぶ総合科。
可もなく不可もない科。
すなわちラゼルはイリアを地味だと──
「クレスはどの科に入るのですか」
ヤバッ。
また考えが顔に出ていたようだ。
イリアが先程と変わらない笑みを俺に向けている。
平常心だ!
誤魔化せ俺!!
「俺も総合科だな」
うまく誤魔化せたか?
イリアの顔からは、先程の迫力は消えている。
大丈夫だな。
顔に出やすいことに定評のある俺であるが、今回は誤魔化せたようだ。
「ふふ、一緒ですね」
イリアは嬉しそうにしているが、毎年大半の生徒が総合科を──まあ、いいか。
「お前なら武術科しかないと思ったんだけどな」
俺を脳筋扱いするな。
ちょっと頭が可愛いだけだ。
「そういうお前は武術かなんだろ?」
「当たり前だ」
お前こそ脳筋──だと言えないのが悔しい。
ラゼルの爽やかさが、脳筋臭を消し去っていやがる。
コイツの訓練風景を見た女子が、キャーキャー騒ぐ未来が目に浮かぶようだ。
あっ、イメージの中で騒ぐ女子の隣でマグニールが血の涙を流している。
そのままラゼルに呪いをかけてやれ。
ついでに歯軋りをして睨んでいる武術科仲間よ。
ラゼルに集団で襲いかかれ。
持たざる者の苦しみを教えてやるんだ。
返り討ちにされるだろうけど。
「またバカなことを考えているだろ」
油断した。
また顔に出ていたか。
だが何を考えているのかまでは読めなかったようだな。
俺とて成長しているということさ。
「クレスは深い考えがあるのだと思います!」
「自分に言い聞かせてまでクレスを守らなくてもいいぞ」
ラゼルめ。
俺の評価を潰しつつ、名誉に攻撃を同時に行うとはな。
ラゼルもまた成長しているということか。
少々、成長の方向が間違っている気もするが。
*
寝て起きたら始業式だった。
そんな悲劇を経験したが、この犠牲は無駄ではない。
和の楽園は守られたのだ。
だが、起こしてくれても良かったと思う。
シルヴィアめ。
イザベラめ。
この恨みいつか──ダメだ。
何かすれば、利息付きで返される未来しか思い浮かばない。
「……様」
「お、おぅ」
いかん。
話の最中だった。
「話を続けてくれ」
話を促すと、報告の続きが始まる。
今いるのは、ケットシー長老宅。
始業式が終わると、すぐにここへと来た。
和の楽園のある街(未だに名前なし)の状況について報告を受けるためだ。
「水流の大精霊様の力により、上空にあった魔力の異変は解消されました。念のため、しばらく様子を見ることになるでしょうが」
あんな苦労をして、問題が解決しなかったら泣いていたところだ。
様子見は必要なようだが、とりあえずは問題が解決して良かった。
近いうちに、俺も確認をしに行こうと思う。
俺の頭が覚えていてくれればだが。
「また、今回のことで勇者ギルドの課題も見えてきました」
「突出した物がないのは痛かったな」
あの場にいた彼らに文句は無い。
むしろ絶賛したいほどだ。
及第点以上の働きをしてくれたのは確かだろう。
だが、突出した物がなかった。
全員が平均的。
欠点がないから応用が利くが、長所がないから突破力が弱い。
格上相手では、突破口を開くのが難しいだろうな。
「なっ!」
目を見開いて見せた明らかな動揺。
お前。
俺を侮り過ぎていないか?
気持ちは分かるが。
「そっちで分かっているだろうから何も言わないが、早めに対策を考えた方がいいだろう」
俺なりに気付いたことはある。
だが、コイツらよりも良い考えであるとは思えない。
丸投げしよう。
「今回の件で何かあったら教えてくれ」
「え、えぇ」
未だに動揺を引きずるか。
俺の頭を見くびり過ぎだ。
「そういえば、星穿ちの魔核を売る先は決まったのか?」
今回得た最大の報酬。
それは、星穿ちの魔核だと思う。
珍しい上に質も高いからな。
だが大きさは通常の魔物とさほど変わらず、拳サイズでしかない。
だが、高く売れるハズだ。
「星穿ちの魔核は研究素材としてガーラント王国に卸す予定です」
「その理由は?」
国に研究素材として売るのか。
研究素材にするよりも、もっと高く売れる所もありそうだが。
「より高額で取り引きできるであろう場所もあります。ですが今回の件は勇者ギルドとして動いたので、やはりギルドの名を売る方が良いと判断しました。そもそも高額になり過ぎて誰も買えない代物ですから」
「そうか」
とりあえず頷いておいた。
これ以上深い話を聞いても、脳がオーバーヒートするのが分かったから。
「研究所に息の掛った者を潜り込ませることに成功しましたしね」
「……そうか」
やはり、黒い権力への着地で終わった。
俺は手を組む相手を間違ったのではないだろうか?
そんな不安を感じざる得なかった。
*
太陽が眠り夜が訪れた。
外の通りを歩く人の声が徐々に小さくなり、生活の息吹は僅かしか感じられない。
自宅の2階にある自室。
窓際に置いた椅子に深く腰掛け、夏休みの思い出を振り返る。
~夏休みの前半~
ミハエルに性悪ドラゴン(デュカイン)を押しつけられた。
デュカインのヤツは、もう性悪ドラゴンを本名にすればいいと思う。
ヤツのせいで、魔王と戦うハメになったな。
しかも2体と。
色々とおかしい。
そう言えば、魔王はどうなったのだろう。
聞いた話によると撤退したらしいが、奴らに何があったのか?
~夏休みの後半~
和の楽園のある街上空が変なことになっていた。
それを解決するために流水の大精霊と取り引きをした。
こちらもミハエルがキッカケだ。
その結果、ダンジョンに潜って星穿ちと戦った。
間違いなく世界を救ったな。
アレが育ち切ると星の力が一気に減るからな。
農作物が育たなくなったりして本当に危なかった。
だが、なんで天軍は動かなかったんだ?
それに星穿ちがあそこまで育っているのに、星に悪影響が出ている様子が出ている話を聞いたことがない。
~今日~
寝ていたら、夏休みが終わっていた。
久しぶりに泣きたくなった。
まあ、いい。
俺の夏休みは、異常に濃いものになってしまったが。
もう少し穏やかな物であって欲しかったが。
文句はタラタラだが。
思い出ができたと割り切れば────無理だ。
いくらなんでも濃過ぎる。
ムリヤリ飲みこんだら胃もたれを起こしそうな程だ。
だが、もうやめよう。
色々と考えても、起こったことが変わることは無い。
この話はもう終わりだ。
椅子に深く腰掛けると、脳裏に纏わりつく嫌な想像を振り払うため視線を窓へと向けた。
外に広がるのは夏の夜空。
窓からは星の光が部屋へと注ぎこまれている。
涼しげな光景だ。
だが少し蒸し暑さを感じる。
立ち上がって窓を開けた。
僅かな隙間から夜風が入り込み頬を撫でる。
少しばかり暑さを忘れられたが、それは僅かな時間。
すぐに夏のほてりを体が思い出す。
だが先程までよりもはマシだ。
再び椅子へと戻る。
誰にも邪魔されず、静かな時が流れていく。
ときおり感じる夜風が、この瞬間に彩りを与えてくれている。
ようやくゆっくりできた。
少し遅過ぎる気もするが、遅い夏休みを今だけでも楽しむとしよう。
ときおり肌を撫でる夜風。
窓の先に見える星々。
少しの蒸し暑さ。
夏の蒸し暑さ。
日本を思い出す。
魔法を使えば冷やすのは簡単だ。
だが少しもったいない。
しばらく楽しもう。
深く椅子に腰かける。
柔らかな風が窓の隙間から流れ、夏の暑さを浚っていく。
今日を夏休み最後の日だと思って過ごそう。
適度な角度に調節した椅子に体重をかけて夜風を楽しむ。
夜はまだ長い。
太陽が顔を覗かせるその時まで、この時を楽しもう。
そしてどれだけの時が過ぎたことか?
心地よい時に満足した俺は、瞳を閉じたまま寝付いていた。
すでに夏休みは終わっているが、それでも夏休みを満喫できた気がする。
などと自分に言い聞かせることにした。
他にも色々と思う事はあるが、一つ確かなことがある。
それは、ようやく俺の慌ただしかった夏休みが終わりを告げたという事だ。
明日からは、また平穏を目指して頑張ろう。
来年こそは子供らしい夏休みを過ごすために。
未来に光を見た気がした。
だが、次の瞬間には無駄という言葉が頭が──。
このまま平穏とかけ離れた日常を送るのではないか?
まだ見ぬ未来に思い描く嫌な想像。
確信に近い想いと共に、そっと胸の奥にしまい込む。
そして未来への絶望を希望で上書きする。
大丈夫だ。
俺の未来には、平穏な日常が待っている。
絶対に。
こうして自分の未来へ想いを捏造したながら、俺の夏休みは終了した。




