俺は一般人として勝った 『ああ、よかった』
2つ謝罪。m(_ _ )m
1.何度も書き直した結果、書き上げるのに1ヶ月以上かかってしまいました。
2.途中で区切ると話しのテンポが狂うので、長文のまま投稿させて頂きました。
結果、空白・改行を含めると12000文字以上に──。
それと今回の話も後日手を加えると思います。
走り続ける。
星穿ちを倒すために。
だがヤツも同じだ。
俺を仕留めるために動き出した。
遠目でも分かる。
星穿ちの翼がいっそう強く黄金色に輝いたことが。
まるで朝日のような眩さ。
だが太陽とは違う。
あまりにも禍々しい。
始まったのだ。
長かった戦いの終りが。
翼が更に強い光を放った。
膨大な魔力の波動が、輝きと共に伝わってくる。
命の危険を、肌がチリチリと焼けるような錯覚として感じた。
だが、どれほどの力を見せられようとも退くという選択肢はない。
体力はほとんど残っていない。
だから残り僅かな魔力を使い、ムリヤリ体を動かす。
手足が鉛のように重く感じようとも。
走り続ける。
目指す先で星穿ちの翼が広げた。
同時に、空へと光が解き放たれる。
軌跡を残しながら、光球が空へと吸い込まれていく。
やがて天高くに、光球が消えようとした瞬間であった。
空気が揺れた。
一陣の風が大地を駆け抜ける。
その風が吹き去ったあとであった。
太陽が2つに増えていたのは。
だが、実際に太陽が2つになったわけではない。
一つは本物、もう一つは偽り。
どちらが偽物なのかはすぐに分かった。
黄金の光が、一方の太陽から広がったのだ。
空の青を己の色に染めながら。
頭上に広がる青は、瞬く間に黄金へと染まる。
幻想的。
そんな美しい言葉とは正反対の光景。
黄昏の色とでも表現するべきだろうか?
そんな世界の終わりを連想させる色。
明らかに異常。
それでも俺は、前に進み続けなければならない。
だから走り続けた。
黄金の空が俺を見下ろしている。
まるで主たる星穿ちに代わり、俺を値踏みするかのように。
懐かしい感じだ。
命懸けの戦いは、いつだってこうだった。
強い緊張感が、生命を感じさせるのだ。
相手の視線であれ、魔法であれ、剣技であれ、強大な力に対して。
その対象が、今回は空だったというだけのこと。
この広大な空は、強大な力をもっているのだろう。
それでも、空を悠長に眺めている余裕などない。
走り続けなければならない。
空が揺らいでいる。
まるで水面が風に靡くように。
優雅とすら言えるかもしれない。
だが、俺は感じていた。
グラスの縁まで並々と注がれたような。
危うい均衡の上に成り立つ揺らぎであると。
この勘は当たっていた。
すぐさま星穿ちによって、均衡が崩されたのだから。
再び黄金の翼が輝く。
先程よりもずっと短い時間。
力を蓄えるかのように翼が輝きを増していった。
空が揺らいだ。
翼に呼応するかのように、空の揺らぎが激しさを増す。
そして均衡が崩れた。
黄金の空に大きな波紋が広がる。
続いて、小さな波紋があちこちで生じた。
小さな波紋から、黄金の一滴がこぼれ落ちる。
波紋一つにつき滴が一つ。
それぞれに膨大な魔力が感じられる。
背中を寒気が駆け抜けるほどの。
降り始めた。
滴が輝く雨となって。
黄金の光が大地を襲う。
あまりもの勢いに大地が姿を変えていく。
だが、降り注ぐ滴だけが変化の原因ではない。
地面に触れると火柱に姿を変えるのだ。
あちこちで、炎へと姿を変えた雨粒が天へと還っていく。
豪雨とは程遠い量である。
それどころか小雨程度ですらない。
だが、あまりにも速い。
また火柱となる雨粒だ。
地面に触れる前であっても、相応の熱量を持っている。
襲いかかる雨を神剣で払う。
だが防ぎ切れない。
速すぎるのだ。
切り払えなかった雨が体を焼いていく。
なんとか直撃は防げている。
しかし、鋭い痛みが途絶えることはない。
手足に感じる痛みが増えていく。
魔力を消耗していく。
傷を塞ぐために。
疲れ果てた体を動かすために。
天からは光の雨。
地面からは巨大な火柱。
一面に広がる天変地異のごとき光景。
もはや、島に辿り着いた頃とは風景が一変している。
別世界と言っても良いほどに。
火柱が昇るたびに火の粉が舞う。
光の雨を切り払うたびに黄金の魔力が散る。
走る。
悠長に雨を観察する余裕などない。
光の気配は魔力の揺れから察する。
どう避けるかは前世の勘を頼る。
走る。
雨は止まない。
攻撃の薄い場所を探って即座に動く。
先程までいた場所から火柱が昇る。
僅かに燃えた髪から、嫌な臭いがした。
足は止められない。
光と炎に支配された大地を走り抜ける。
火の粉が宙で踊っている。
ユラユラと風に煽られ、何処かへと消えていく。
どこへ向かうのか?
確認する余裕などない。
走る。
空からは雨。
地面からは火柱。
走る。
雨が地面が削る。
火柱が地面の色を変えていく。
走る。
鋭い痛みと共に、体には火傷の跡が増えていく。
それでも足を止めるわけにはいかない。
体をムリヤリ魔力で動かし──
目の前の火柱を避け──
雨を剣で払い──
走り続ける。
耳を擘くのは地を砕く雨音。
それは、光が地を穿つたびに聞こえる死の足音。
肌を爛れさせるかのような熱。
それは、噴き上がる火柱が教える地獄の残照。
走り続けなければならない。
足を止めるわけにはいかない。
駆け抜けなければならない。
ヤツを仕留めるために。
だが、残る魔力は少ない。
もはや守りに回す程度も残っていない。
ここからは身を守る術は剣のみ。
火柱の熱を、これまで以上にハッキリと感じられた。
一発まともに受けただけで、その時点で終わる。
だが今さらだ。
これまでも無茶をしてきたのだから。
走る。
息を切らそうとも、体を労わる余裕などない。
肺が押し潰されそうになろうとも、走り続けるしかない。
だが、一方でヤツはどうだ?
周囲に降り続ける光。
これ程の力であっても、微々たる消耗に過ぎない。
一方でコチラは、限界を迎えつつある。
絶望的なまでに不利な状況。
しかも時間が経つほど、いっそう不利になることは確定している。
早く決着をつけなければならない。
走る。
神剣を振って、黄金の雨を払う。
残された火の粉が、散り際に肌を焼いた。
降り続ける光によって、大地は蜂の巣と化している。
空からの攻撃に意識を向ける。
地面にできた穴に足が取られぬように注意を向ける。
両方を同時にこなさなければならない。
雨を払うたびに体力が削られていく。
周囲に注意を払う事で精神が摩耗していく。
走る。
辺りに広がるのは地獄絵図。
火柱があちこちから空へと昇り、灼熱の光が雨となって降り続けている。
体のあちこちが焼けていく。
これだけの攻撃に晒されているのだ。
無傷で進める事など最初から期待などしてはいない。
だから怪我を負うのは覚悟をしていた。
それでもだ。
魔力が残っている内は動ける。
だが尽きたら──。
走る。
光の雨は降り続ける。
止め処なく。
走らなければならない。
一歩でも前へと進むために。
だから走り続ける。
光の雨が止むことはない。
俺とヤツのどちらかが滅びるまで雨は降り続ける。
だから──ずっとこの雨に晒され続けるのだと思っていた。
でも違った。
ようやく気付いたのだ。
これまで防ぎ切れなかった光の雨。
それが、剣の一振りするだけで体に届かなくなったことに。
──なぜ雨は弱まったのだろうか?
星穿ちに疲れた様子などない。
相も変わらず翼を輝かせている。
──では、なぜ雨は弱まったのだろうか?
頭によぎる疑問。
その答えは後ろからやってきた。
「オオオォォォォォォォォン」
聞きなれた遠吠え。
振り返る必要はなかった。
誰よりも、遠吠えの主の事を知っているのだから。
──お前だったのか。
懐かしさが口元を歪める。
俺はコイツと一緒に戦場を駆け抜けてきた。
そうか。
お前が攻撃を引き付けてくれたのか。
かつて共に戦場を駆け抜けた友。
多くの敵を共に討ち滅ぼしてきた戦友。
銀狼フェンリル。
──また、お前と一緒に戦う事になるとはな。
心の中で感謝を伝えた。
フェンリルを呼び出した彼女に。
走る。
雨の中を。
剣の一振り。
それだけで光は消えさる。
身を守る術は今や剣のみ。
だが、状況はずっと良くなった。
もはや光の雨は脅威などではない。
走る。
並び。
時には離れ。
かつての相棒と共に、ひたすら走り続ける。
走って。
駆け抜けて。
ひたすら走り続ける。
雨は降り続けている。
地面からの火柱が、昇らぬ時はない。
走る。
あと少しだ。
もう少しで届く。
走る。
あと少し。
終わりが見えてきた。
だがその瞬間────攻撃が変わった。
「SYAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
辺りに降り注いでいた雨が星穿ちに集まる。
ヤツの黄金に輝く翼へと。
そして雨がまっすぐに迫ってきた。
星穿ちの翼から無数の光が迫る。
それはまるで光の壁。
逃げ道などありはしない。
体は勝手に動いていた。
これ以外の選択肢は無いのだ。
当然の反応だと言える。
初めて足を止めた。
地を強く踏み締めながら剣を構える。
迎え撃つ。
疲れ果てた体に、尽きかけた魔力。
このような状況で、更に追い詰められた。
本能も、理性も。
どちらでも理解できた。
捨て身の方法でしか、この窮地を脱することはできないと。
僅かでもいい。
壁に綻びを作り、そこに体を押し込む。
危険な賭けだ。
それでもこの方法しかない。
そのハズだった。
僅か。
ほんの少しだけ──魔力が回復した。
魔力が回復した理由を詮索する余裕などない。
光の壁が、目の前まで迫っているのだ。
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
剣へと魔力を通わせた。
力に反応し、神剣の蒼さは更に深まる。
そのまま。
剣に満ちる魔力を手に感じながら、壁を薙ぎ払った。
火花が散る。
黄金に輝く火花が。
魔力同士が衝突し、お互いを削り合っているのだ。
衝撃が骨の芯にまで響く。
それは、重く突き抜けるような感覚。
限界が近い体には辛い。
だが、僅かとはいえ魔力を取り戻したのだ。
この状況で、押し負けるはずがない。
いっそうの力を手に込めると、とつぜん腕が軽くなった。
壁を切り裂いたのだ。
黄金の粒子となって散っていく壁。
もはや俺を邪魔する力などない。
距離を詰める。
足が軽い。
体から重さが消えている。
再び魔力を纏う事が出来たからだ。
なぜ魔力が戻ったのか?
その理由は、あいつらにしかない。
2人の戦友。
手癖の悪い大魔導士が解析したのだろう。
俺がイリアに渡したアイテムを。
解析した魔法を再現したのは、もう一人の大魔導師。
魔銃で再現したのだろう。
残り少ない魔力。
それを即興で考えた魔法を使って送る。
博打もいいところだ。
──変わらないな。
こういう無茶をする所は。
俺と同様に。
分かっていたさ。
お前らは昔から変わっていないって。
それを戦場で再確認させる所も、昔と変わっていない。
走る。
星穿ちの翼が輝いた。
同時に光が辺りへと散る。
そして、再び壁となって襲いかかってきた。
だが先程よりも色が深い。
最初から本命はこっちだったのか。
込められた魔力が増えているのが分かる。
死を覚悟しなければならない攻撃だ。
数秒前であれば。
剣を一振りする。
しかし手応えが返ってくる事はなかった。
壁があっけなく散ったからだ。
「GUUUuuuuuuuuuuuuuuuu」
形勢逆転だ。
星穿ちよ。
お前は無尽蔵に攻撃を放ち続けられる。
何百だろうと何千回だろうと。
ひょっとしたら、何万回だろうが問題は無いかもしれない。
対して俺は、限界など疾うの昔に迎えている。
だがな。
それでも勝つのは俺だ。
お前が万回の攻撃を放っている間。
その間に一度でも攻撃を通せば仕留められるのだから。
走る。
もしも星穿ちが人だったら、どのような表情を浮かべていたのだろうか?
その答えは分からない。
だが、俺自身がどんな表情なのかは分かる。
さぞかし、獰猛な笑みを浮かべている事だろう。
なあ、星穿ちよ。
これがクライマックスというヤツだ。
走る。
俺を迎え撃とうと、星穿ちが待ち構えている。
さらに深い黄金色へと翼を染めて。
俺は足に魔力を集めて、更に加速をする。
雨は降らない。
壁は迫ってこない。
学習したのだ。
目の前の敵を仕留めるには、力を分散させてはダメだと。
力を結集させ、確実に殺さなければならないと。
雨は降らない。
壁は迫ってこない。
代わりに黄金の槍が放たれた。
雨は地形を変える。
壁は逃げ場のない状況を作り出す。
いずれも、広範囲を破壊する力を持っていた。
その光を束ねて作られた槍だ。
威力は計り知れない。
それが何本も、息を継ぐ間もなく押し寄せてくる。
だが避けられる。
攻撃対象は2つ。
俺とフェンリル。
ヤツには経験が少なすぎた。
2つの攻撃対象に翻弄されているのが分かる。
照準が甘く、攻撃が単調になっている。
走る。
だが俺の考えは甘かった。
背後で爆発音が響くと、すぐさま嫌な震動が押し寄せくる。
俺の予想を遥かに凌ぐ威力であった。
そうか。
照準がデタラメでも良かったのだ。
一発でも当てれば、ヤツが勝つのだから。
魔力が回復して形勢は逆転した。
だがヤツは、再び形勢を覆す手札を持っていた。
それでも立ち止まるわけにはいかない。
走る。
神剣で防ぐという選択肢は無い。
こんな威力の攻撃を防ごうものなら、剣ごと持っていかれかねないのだ。
避けるしかない。
迫りくる黄金の槍。
数こそ少ないが、威力が高いぶん光の雨よりも厄介だ。
だが、慎重になり過ぎるわけにもいかない。
時間を浪費すれば、魔力切れを起こして詰むことになる。
──急がなければならない。
次々に槍が繰り出される。
一方で俺とフェンリルは、左右に散り敵を撹乱をしながら距離を縮めていく。
まだ遠い。
槍をかわす。
そのたびに、攻撃の威力に触発された空気が髪を撫でる。
寒気がする風だ。
生命を容易く終わらせる威力を、間近で感じさせられる。
恐怖で強張ろうとする体。
だが、ヤツに意識を向ける事でその事態をなんとか防ぐ。
少しでも動きが硬くなれば危ない。
それでもだ。
ようやくここまで引き摺り下ろすことができた。
常にヤツは、圧倒的な高みにいた。
だが、今はどうだ?
生き足掻く一匹の生物でしかない。
俺の剣が届く場所にヤツはいる。
だからこそ、ここまで必死になっているのだ。
ヤツも──俺も。
走る。
槍を避け。
死を予感させる風に髪を撫でられ。
躱した槍が背後で立てる轟音を背で受け止め。
走る。
槍の軌跡を読む。
そして避ける。
フェンリルと共に撹乱をする。
走り続ける。
少しでも前に進むために。
「GUOOOOOooooooooooooooooo」
叫びと共に攻撃が激しくなる。
激しくなっただけではない。
小細工も使い始めた。
激しく繰り出される槍の中。
ナイフ程の小さな光が混ざるようになったのだ。
全てを避けることは出来ない。
だが槍を受けるわけにはいかないのだ。
防げるのはナイフのみ。
だが、全ては防げない。
一部は体で受け止めざるえない数だ。
突き刺さるのを避けるため。
あえて、自分から手足をぶつけながら。
ナイフを体で受け止める。
身体の生傷が増えて行く。
だが痛みは感じない。
痛みを感じる余力すらないのだ。
限界。
そんな言葉が頭をよぎる。
当たり前だ。
体力の尽きかけた体を、ムリヤリ魔力で動かしているのだから。
限界どころか死に体とすら言える。
それでも走り続けねばならない。
大丈夫だ。
魔力が残っている限り走り続けられる。
体は疲れ果て。
魔力も尽きかけ。
それでも走り続け。
仲間に助けられ。
そして──ここまで来た。
地を掴む六本足。
背から生えるのは黄金の翼。
見上げた先、2m程の高さには頭。
口から伸びるのは2本の牙。
眼前に立つのは星穿ち。
羽化の時まで星の生命を喰らう怪物。
神が天軍を動かす程の絶対的な強者。
「GUGAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
威嚇。
それとも苛立ちか。
いずれも、これまでは遥か遠くに感じていた。
だが今は違う。
強大な力に晒されながら。
限界を迎えた体を動かしながら。
ついに、ここまで来たのだ。
「フェンリル!」
背後を走る銀狼に命じた。
かつて、共に戦場を駆け抜けた時のように。
俺の力になれと。
銀狼が風へと姿を変える。
冷たい光を放つ銀色の風へと。
ファーウェルを構える。
大勇者の象徴とも呼ばれる蒼い神剣を。
銀色の風が集まる。
神剣に。
周囲の空気が凍る。
最初に変化したのは空気中に漂う水分。
極寒の冷気に触れた水分は、霜となって地面へと落ちた。
次の変化は地面。
霜が落ちた場所から、白い膜が広がっていく。
氷だ。
どこまでも広がっていく。
空気が冷たい。
吐き出す息が白い。
世界の色が変わる。
白く。
いっそう白く。
前世と同じだ。
世界の色が白によって塗り潰されていく。
神剣も蒼を失う。
代わりに得たのは白銀。
フェンリルの力を宿した証の色。
懐かしい感覚だ。
もう使う事はないと思っていた。
次に渡したのだから。
「GAAAAAaaaaaaaaaaaaaa」
最後まで戦意を失わず生き足掻くか。
当たり前だな。
誰だって死ぬのは怖いのだから。
でもな。
生き残れるのは、俺とお前のどちらかだけなんだ。
だからさ────決着を付けよう。
最後の攻撃は同時だった。
俺は剣先を地面に向け、星穿ちは翼から一層の輝きを放つ。
眩い光に包まれた。
全身に焼かれるような感覚に襲われる。
──これがお前の切り札か。
ヤツは膨大な生命力をもっている。
故に行えるのだ。
自分もろとも、敵を焼き払うこの攻撃を。
周囲は黄金色の光に染まる。
それ以外は何も見えない。
少し前であればマズかった。
魔力が僅かではあるが回復したおかげだ。
障壁を張る事で、なんとか致命傷は防げている。
走る。
なんとか防げてはいる。
だが完全にではない。
僅かだが障壁を突き破り、光が体を焼いている。
障壁も削り取られていく。
このままでは魔力が尽きるのも時間の問題。
走る。
何も見えない状況。
だが感じる。
星穿ちが持つ膨大な力を。
だからヤツの力を頼りに、ひたすら走り続ける。
何も見えない。
それでも体を動かし続ける。
体が少しずつ焼かれていく。
だが、痛みはない。
当然だ、疲れ果てた体が痛みを気にするのを放棄している。
それは異常な状態。
しかし心が乱れることは無い。
慣れてしまっているからだ。
こういう身を削りながら前に進む事に。
前世で経験し過ぎた。
走る。
これは、夢か現実か。
体が感覚を失い、周囲には黄金の光しか見えない。
音もまた降り注ぐ光によって遮られている。
何もかもが曖昧に感じられた。
本当に俺は走っているのだろうか?
走っていると錯覚しているだけではないのだろうか?
だが疑っても迷う事はない。
同じだから。
前世でもこういう経験をした。
限界を超えて戦い続けた時はいつもこうだ。
同じように疑った。
でも結果はいつも同じ。
だから今回も信じられる。
大丈夫だと。
気付いたとき。
すでに地面を強く蹴って跳躍していた。
意図などしてはいない。
体が勝手に動いていたのだ。
辺りは黄金の光に包まれたまま。
だから周囲を確認することなどできない。
だが分かる。
目の前に感じるのだ。
ヤツの強大な力を。
剣先は地面に向け──
刃に銀狼の冷気を纏わせ──
残された魔力を全身に巡らせて──
これが全て。
俺が持つ最後の手札。
フェンリルは譲ったのだ。
もう俺が使う事はないと思っていた。
だから、これは既に彼女の力。
黄金の光の中。
思い浮かべたのは彼女の笑顔。
なあイリア。
この力は、もうお前の物だ。
──でもな、今だけは返してもらうぞ。
それは奥義の1つ。
数多の強敵を滅ぼした力。
今生で使う事が無いはずだった剣技。
その名は──。
<天結の氷剣>
剣を振り上げると共に、銀狼の冷気を解放した。
黄金の光を銀色の風が飲み込む。
冷気が荒れ狂い、何もかもを喰い散らかしていく。
何も見えない光の中。
空気が変わっていくのを感じた。
辺りの熱が失われ、極寒に閉ざされていくのを。
光はまだ消えない。
だが辺りは、冷たい風に飲み込まれて別世界と化している。
そんな確信が俺にはあった。
光が薄れていく。
僅かな痺れを手に残して。
「GIIIYAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
あまりにも軽い手応えだった。
星穿ちの巨体を斬ったには軽すぎる。
完全に光が消えた。
最初に目へと入ったのは星穿ちの巨体。
次に見えたのは、宙を投げ出された黒い金属質な何か。
そして気付く。
星穿ちの牙が一本だけ欠けている事に。
そうか。
俺が斬ったのは、星穿ちの牙だったのか。
やけに手応えが軽いはずだ。
思わず自嘲してしまった。
これだけ喰らいついて、ようやく斬れたのは牙一本のみ。
死に物狂いでやってこの結果とは。
あまりにも滑稽だ。
大勇者スバルの名前など、所詮は過去の遺物に過ぎないということか。
──ああ、よかった。
この状況で感じたのは安堵。
追い詰められた状況でおかしな話だ。
それでも俺にとっては、安堵こそが正しい感情であった。
このギリギリな状況。
追い詰められて剣でスマートに勝つなど、勇者らしすぎるではないか。
だから、コレでいいんだ。
俺は平穏を愛する一般人なのだ。
勇者らしい事なんてしてはいけない。
だから、スマートに勝てない位が丁度いい。
安堵に満たされた心のまま星穿ちを見下ろす。
魔力を使っての跳躍で、中々の高さにまで来たようだ。
ほんの少しだけ、星穿ちが小さく見える。
視線の先で荒れ狂う星穿ち
ヤツは俺と正反対の感情に支配されていた。
「uGAAAAAAaaaaaAAAAAAAA!」
叫びを上げて暴れている。
さぞ苦しいのだろう。
受けた攻撃が。
ヤツの命に剣が届く事はなかった。
そう、剣は──。
最初の変化は、刎ね飛ばした牙に生じた。
今や膜に覆われている。
透明な膜に。
俺は平穏を愛する一般人だ。
だからこの位がいい。
泥臭く勝つ程度で。
次に変化が生じたのは牙の切断面。
牙が生える根本部分。
広がっていく。
透明な膜が。
星穿ちに。
勇者のようにスマートさはない。
足掻いて喰らい付き。
無様な姿を晒しての勝利。
まさしく一般人に相応しい勝ち方だ。
牙の切り口から、星穿ちの全身へと。
氷の膜が広がっていく。
カッコ良く勝つのは勇者や英雄の特権だ。
一般人は、泥臭く勝つ位がらしくていい。
飲み込んでいく。
星穿ちを。
例えば剣を避けられた後。
ギリギリの所で、魔法が効いて相手を倒すとか。
閉ざしていく。
未来を。
計算尽くではダメだ。
スマートすぎて勇者っぽい。
全力でやって避けられ、追い詰められて運良く助かる。
そんな偶然に助けられた勝利。
身体を。
強大な生命を。
凍らせていく。
そんな勝ち方こそが、平穏を愛する一般人には相応しい。
いかに足掻こうとも止められない。
もはや声を出すことすら許されない。
すでに未来は決まっているのだ。
一般人の勝利だ。
氷に飲み込まれていく。
牙が、頭が、胴体が、足が、尾が、翼が──全てが。
生命の痕跡全てを氷が飲み込んだ。
最後。
翼の先が氷に覆われたときの事だ。
硬い音が響いたのは。
凍り付いた地面。
そこに刎ね飛ばした牙が落ちた音であった。
もう星穿ちが動く事はない。
暴れる姿を残した氷像。
それが今のヤツなのだから。
──終わった。
全ての魔力が持っていかれた。
体力に関しては、ずっと昔に限界を超えていたが。
これで完全に空っぽだ。
勝利の確信と共に力が抜けた。
未だに跳び上がったまま。
このままでは地面に叩きつけられる。
それでも、意識が遠のくのを止められない。
──だが、いい気分だ。
心地の良い浮遊感に体を委ねる。
このまま眠ろうか?
それも悪くはない。
徐々に意識が遠ざかっていく。
この心地よさに心も任せてしまおうか?
それは最高に素晴らしい事だ。
──まだだ。
だが心の深い所が、眠りを許さなかった。
前世の記憶が叫んでいるのだ。
──そうだな。
この程度で眠るだと?
あり得ない事だ。
甘い眠りへの誘惑は、神剣を強く握ると同時に消え去った。
もう魔力はない。
体力は限界を疾うに越えている。
それでも、まだ終われない。
重力に引かれる体に力を込める。
凍り付いた星穿ちを見下ろす。
そして気付いた。
──あぁ、終わっていなかったのだな。
氷の奥。
星穿ちの翼が輝いている。
いっそう深い黄金色となって。
忘れかけていたよ。
お前は、とんでもなくシブといって事を。
魔力は皆無。
体力も極小。
もう全てを出し尽くした。
だから最後の一撃なんて、カッコいい攻撃は行えない。
放てるとしたら、無様で醜い一撃。
だが、構わない。
全身全霊を込めた一撃で死ぬ名誉。
それを、お前が手に入れ損なっただけなのだから。
──ああ、そうだ。
この一撃に相応しい名前を思いついた。
最低な名前を。
残念だったな。
もう、最高の一撃で死ぬ名誉を与えてやる事はできない。
代わりにくれてやれるのは、最低な一撃で死ぬ屈辱だ。
両手で柄を包む。
残りカス程度の力を込めて。
これから放つのは最低の一撃。
最も原始的で、誰もが持っている。
もっとも純粋で、もっとも醜い。
常に人の歴史に寄りそい続ける最悪な友人。
ソレの名は──お前を仕留める一撃の名は────暴力だ。
「砕け散れぇぇぇぇーーーーーーー!!!」
星穿ちの頭部へと、柄の底をまっすぐに叩きつけた。
体は重力に引かれるまま。
力を込めただけの動作。
技術も何もない、無様さが滲み出たタイミング。
英雄譚では決して使われる事のない最低な見栄え。
なんの工夫もない。
まさしく力尽くそのもの。
だが、純粋な想いを乗せた、世界で最も尊い一撃。
星穿ちの頭部に喰い込んでいく。
柄の底が重力に引かれるままに。
手を攻撃の反動が襲う。
だが本能なのか。
それとも執念なのか。
体力は尽きているのにも関わらず、剣を手放すことはなかった。
数秒にも満たない時の後。
手を襲った衝撃が消えた。
その直後に別の感覚が伝わってきた。
何かから解放されるような感覚が。
深々と星穿ちの頭に突き刺さった柄。
この柄を中心に、氷塊と化した星穿ちに亀裂が生じた。
頭から首へ。
首から胴体へと。
胴体からは尾と翼に。
氷塊が地面へと崩れ落ちていく。
重い音を響かせながら。
細かな氷が宙を舞う。
冷たい光を反しながら。
風に吹かれて消えていく。
剣を握る手から力が抜けていく。
体力や魔力に続き、いよいよ気力まで限界を向けたからだ。
徐々に意識が闇に閉ざされていく。
何とか堪えようとするが、それも無理そうだ。
体が全く言う事を聞いてくれない。
このまま休みたかった。
だが、悪い事というものは重なるものだ。
星穿ちに生じた罅割れから光が漏れ始めた。
黄金の光ではない。
溜め込んだ星の生命が解放されたのだ。
攻撃ではない、ただの力の奔流。
それでも、体力や魔力が尽きたこの状況だ。
今の俺にとっては十分過ぎる脅威となる。
だが防ぐ手立てなど在りはしない。
星の生命が解放されると共に、感じていた重力が消え去った。
*
辺りは夕暮れ時。
空からは黄金が消えて、赤く染まっている。
「ぅ……」
なんとか受け身はとれた。
少し転がるも、何とか立ちあがることもできた。
周囲を確認する。
俺は、解放された力に飛ばされた。
状況がつかめない。
あれからどうなった?
どこに俺は飛ばされた?
頭をよぎったのは、いくつもの疑問。
それらの問いに答えてくれたのは陽光の眩しさ。
光が何かからか跳ね返り、その存在を主張していた。
眩しさの先。
そこには積み上げられた氷塊。
風に吹かれるたびに、小さな氷が空へと昇っている。
星穿ちだった物だ。
これがココにあるという事は、さして飛ばされてはいないという事か。
実感がわかなかった。
戦いが終わったという実感が。
しばらくは体が緊張を解いてくれなかった。
だが、限界はすぐに訪れる。
冷たい風に首元を撫でられた。
僅かに感じた肌寒さに気を取られただけ。
たったそれだけの事で、体は緊張の事を忘れ去った。
終わった──のか。
緊張が消えると、ようやく終わった事をが理解できた。
辺りを見回す。
特に何かを確認したかったわけではない。
なんとなく、そうしたかっただけだ。
しばらく見回したあと、ようやく気付いた。
夕暮れにさし掛っていることに。
少し苦笑いが漏れた。
茜色ではなく、黄金色に染まっていたからだ。
ヤツを思い出してしまう。
だがあの色とは違う。
夜を迎え入れるための優しさがあるのだから。
しばらく空の色に見入った後であった。
やけに視界が開けている事に気付いたのは。
いつの間にか、仮面が外れていた。
アイテムBOXを開く。
そして新たな仮面を取り出そうとする。
だが、仮面に触れることはなかった。
なんのことはない。
魔力が不足していたせいで、アイテムBOXを開けなかっただけだ。
なんとなく力が抜けた。
脱力感と共に、その場にしゃがみこむ。
魔力が無かろうが、体力が尽きかけていようが問題はない。
この状況でやる事など一つしかないのだ。
──疲れた。
少し休もう。
顔を見られるとか、そういうのは何とかなるだろう。
腰を下ろして、そのまま寝そべる。
気持ちよく眠れそうだ。
心地よい微睡を感じていると、少しずつ瞼が閉じていった。
暗く閉ざされた瞼の先。
そこには黄金の空が広がっている。
それはあの空ではない。
だからもう走る必要はないのだ。
雨は止んだ。
もう二度と降る事はない。
だからぐっすりと寝よう。
これだけ疲れているのだ。
きっといい夢が見られる事だろう。




