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凄い勇者だった俺が美少女勇者をプロデュースした件  作者: 穂麦
第2部×第4章 凄い勇者と流水の大精霊
203/207

俺は一般人として勝った 『ああ、よかった』

2つ謝罪。m(_ _ )m


1.何度も書き直した結果、書き上げるのに1ヶ月以上かかってしまいました。

2.途中で区切ると話しのテンポが狂うので、長文のまま投稿させて頂きました。

結果、空白・改行を含めると12000文字以上に──。


それと今回の話も後日手を加えると思います。

 走り続ける。

 星穿ちを倒すために。


 だがヤツも同じだ。

 俺を仕留めるために動き出した。


 遠目でも分かる。

 星穿ちの翼がいっそう強く黄金色に輝いたことが。

 まるで朝日のような眩さ。


 だが太陽とは違う。

 あまりにも禍々しい。


 始まったのだ。

 長かった戦いの終りが。

 

 翼が更に強い光を放った。

 膨大な魔力の波動が、輝きと共に伝わってくる。

 命の危険を、肌がチリチリと焼けるような錯覚として感じた。

  

 だが、どれほどの力を見せられようとも退くという選択肢はない。


 体力はほとんど残っていない。

 だから残り僅かな魔力を使い、ムリヤリ体を動かす。

 手足が鉛のように重く感じようとも。

 走り続ける。


 目指す先で星穿ちの翼が広げた。

 同時に、空へと光が解き放たれる。


 軌跡を残しながら、光球が空へと吸い込まれていく。


 やがて天高くに、光球が消えようとした瞬間であった。

 空気が揺れた。

 

 一陣の風が大地を駆け抜ける。


 その風が吹き去ったあとであった。

 太陽が2つに増えていたのは。

 

 だが、実際に太陽が2つになったわけではない。

 一つは本物、もう一つは偽り。

 どちらが偽物なのかはすぐに分かった。


 黄金の光が、一方の太陽から広がったのだ。


 空の青を己の色に染めながら。

 頭上に広がる青は、瞬く間に黄金へと染まる。

 

 幻想的。


 そんな美しい言葉とは正反対の光景。

 黄昏たそがれの色とでも表現するべきだろうか?

 そんな世界の終わりを連想させる色。


 明らかに異常。

 それでも俺は、前に進み続けなければならない。

 だから走り続けた。


 黄金の空が俺を見下ろしている。

 まるで主たる星穿ちに代わり、俺を値踏みするかのように。


 懐かしい感じだ。

 命懸けの戦いは、いつだってこうだった。


 強い緊張感が、生命を感じさせるのだ。

 相手の視線であれ、魔法であれ、剣技であれ、強大な力に対して。

 その対象が、今回は空だったというだけのこと。


 この広大な空は、強大な力をもっているのだろう。

 それでも、空を悠長に眺めている余裕などない。


 走り続けなければならない。


 空が揺らいでいる。

 まるで水面が風になびくように。

 優雅とすら言えるかもしれない。


 だが、俺は感じていた。

 グラスの縁まで並々と注がれたような。

 危うい均衡の上に成り立つ揺らぎであると。


 この勘は当たっていた。

 すぐさま星穿ちによって、均衡が崩されたのだから。


 再び黄金の翼が輝く。

 先程よりもずっと短い時間。

 力を蓄えるかのように翼が輝きを増していった。

 

 空が揺らいだ。

 翼に呼応するかのように、空の揺らぎが激しさを増す。


 そして均衡が崩れた。


 黄金の空に大きな波紋が広がる。

 続いて、小さな波紋があちこちで生じた。


 小さな波紋から、黄金の一滴がこぼれ落ちる。


 波紋一つにつき滴が一つ。

 それぞれに膨大な魔力が感じられる。

 背中を寒気が駆け抜けるほどの。


 り始めた。


 滴が輝く雨となって。

 黄金の光が大地を襲う。

 

 あまりもの勢いに大地が姿を変えていく。


 だが、降り注ぐ滴だけが変化の原因ではない。

 地面に触れると火柱に姿を変えるのだ。


 あちこちで、炎へと姿を変えた雨粒が天へと還っていく。


 豪雨とは程遠い量である。

 それどころか小雨程度ですらない。

 だが、あまりにも速い。


 また火柱となる雨粒だ。

 地面に触れる前であっても、相応の熱量を持っている。


 襲いかかる雨を神剣で払う。

 だが防ぎ切れない。

 速すぎるのだ。


 切り払えなかった雨が体を焼いていく。


 なんとか直撃は防げている。

 しかし、鋭い痛みが途絶えることはない。


 手足に感じる痛みが増えていく。

 魔力を消耗していく。


 傷を塞ぐために。

 疲れ果てた体を動かすために。


 天からは光の雨。

 地面からは巨大な火柱。

 一面に広がる天変地異のごとき光景。


 もはや、島に辿り着いた頃とは風景が一変している。

 別世界と言っても良いほどに。


 火柱が昇るたびに火の粉が舞う。

 光の雨を切り払うたびに黄金の魔力が散る。


  走る。


 悠長に雨を観察する余裕などない。


 光の気配は魔力の揺れから察する。

 どう避けるかは前世の勘を頼る。


  走る。


 雨は止まない。

 攻撃の薄い場所を探って即座に動く。

 先程までいた場所から火柱が昇る。


 僅かに燃えた髪から、嫌な臭いがした。


 足は止められない。

 光と炎に支配された大地を走り抜ける。


 火の粉が宙で踊っている。

 ユラユラと風に煽られ、何処かへと消えていく。

 どこへ向かうのか?

 確認する余裕などない。


  走る。


 空からは雨。

 地面からは火柱。


  走る。


 雨が地面が削る。

 火柱が地面の色を変えていく。

 

  走る。


 鋭い痛みと共に、体には火傷の跡が増えていく。

 それでも足を止めるわけにはいかない。


 体をムリヤリ魔力で動かし──

 目の前の火柱を避け──

 雨を剣で払い──

 

  走り続ける。


 耳をつんざくのは地を砕く雨音。

 それは、光が地を穿つたびに聞こえる死の足音。


 肌をただれさせるかのような熱。

 それは、噴き上がる火柱が教える地獄の残照。


 走り続けなければならない。

 足を止めるわけにはいかない。

 駆け抜けなければならない。


 ヤツを仕留めるために。


 だが、残る魔力は少ない。

 もはや守りに回す程度も残っていない。

 ここからは身を守る術は剣のみ。


 火柱の熱を、これまで以上にハッキリと感じられた。

 一発まともに受けただけで、その時点で終わる。


 だが今さらだ。

 これまでも無茶をしてきたのだから。


  走る。


 息を切らそうとも、体を労わる余裕などない。

 肺が押し潰されそうになろうとも、走り続けるしかない。


 だが、一方でヤツはどうだ?


 周囲に降り続ける光。

 これ程の力であっても、微々たる消耗に過ぎない。

 一方でコチラは、限界を迎えつつある。


 絶望的なまでに不利な状況。

 しかも時間が経つほど、いっそう不利になることは確定している。

 早く決着をつけなければならない。


  走る。


 神剣を振って、黄金の雨を払う。

 残された火の粉が、散り際に肌を焼いた。


 降り続ける光によって、大地は蜂の巣と化している。


 空からの攻撃に意識を向ける。

 地面にできた穴に足が取られぬように注意を向ける。

 両方を同時にこなさなければならない。


 雨を払うたびに体力が削られていく。

 周囲に注意を払う事で精神が摩耗していく。


  走る。


 辺りに広がるのは地獄絵図。

 火柱があちこちから空へと昇り、灼熱の光が雨となって降り続けている。


 体のあちこちが焼けていく。


 これだけの攻撃に晒されているのだ。

 無傷で進める事など最初から期待などしてはいない。

 だから怪我を負うのは覚悟をしていた。


 それでもだ。

 魔力が残っている内は動ける。

 だが尽きたら──。


  走る。


 光の雨は降り続ける。

 どもなく。


 走らなければならない。

 一歩でも前へと進むために。


 だから走り続ける。


 光の雨が止むことはない。

 俺とヤツのどちらかが滅びるまで雨は降り続ける。


 だから──ずっとこの雨に晒され続けるのだと思っていた。


 でも違った。

 ようやく気付いたのだ。

 これまで防ぎ切れなかった光の雨。

 それが、剣の一振りするだけで体に届かなくなったことに。


 ──なぜ雨は弱まったのだろうか?


 星穿ちに疲れた様子などない。

 相も変わらず翼を輝かせている。


 ──では、なぜ雨は弱まったのだろうか?


 頭によぎる疑問。

 その答えは後ろからやってきた。


「オオオォォォォォォォォン」

 

 聞きなれた遠吠え。


 振り返る必要はなかった。

 誰よりも、遠吠えの主の事を知っているのだから。


 ──お前だったのか。


 懐かしさが口元を歪める。

 俺はコイツと一緒に戦場を駆け抜けてきた。


 そうか。


 お前が攻撃を引き付けてくれたのか。


 かつて共に戦場を駆け抜けた友。

 多くの敵を共に討ち滅ぼしてきた戦友。

 銀狼フェンリル。


 ──また、お前と一緒に戦う事になるとはな。


 心の中で感謝を伝えた。

 フェンリルを呼び出した彼女に。


  走る。

  雨の中を。


 剣の一振り。

 それだけで光は消えさる。

 

 身を守る術は今や剣のみ。

 だが、状況はずっと良くなった。

 もはや光の雨は脅威などではない。


  走る。


 並び。

 時には離れ。

 かつての相棒と共に、ひたすら走り続ける。


 走って。

 駆け抜けて。

 ひたすら走り続ける。


 雨は降り続けている。

 地面からの火柱が、昇らぬ時はない。


  走る。


 あと少しだ。

 もう少しで届く。


  走る。


 あと少し。

 終わりが見えてきた。


 だがその瞬間────攻撃が変わった。


「SYAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」


 辺りに降り注いでいた雨が星穿ちに集まる。

 ヤツの黄金に輝く翼へと。


 そして雨がまっすぐに迫ってきた。


 星穿ちの翼から無数の光が迫る。

 それはまるで光の壁。


 逃げ道などありはしない。


 体は勝手に動いていた。

 これ以外の選択肢は無いのだ。

 当然の反応だと言える。


 初めて足を止めた。

 地を強く踏み締めながら剣を構える。


 迎え撃つ。


 疲れ果てた体に、尽きかけた魔力。

 このような状況で、更に追い詰められた。


 本能も、理性も。

 どちらでも理解できた。

 捨て身の方法でしか、この窮地を脱することはできないと。


 僅かでもいい。

 壁に綻びを作り、そこに体を押し込む。


 危険な賭けだ。

 それでもこの方法しかない。


 そのハズだった。

 

 僅か。

 ほんの少しだけ──魔力が回復した。

 

 魔力が回復した理由を詮索する余裕などない。

 光の壁が、目の前まで迫っているのだ。 


「おおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 剣へと魔力を通わせた。

 力に反応し、神剣の蒼さは更に深まる。


 そのまま。

 剣に満ちる魔力を手に感じながら、壁を薙ぎ払った。


 火花が散る。

 黄金に輝く火花が。


 魔力同士が衝突し、お互いを削り合っているのだ。


 衝撃が骨の芯にまで響く。

 それは、重く突き抜けるような感覚。


 限界が近い体には辛い。


 だが、僅かとはいえ魔力を取り戻したのだ。

 この状況で、押し負けるはずがない。


 いっそうの力を手に込めると、とつぜん腕が軽くなった。


 壁を切り裂いたのだ。


 黄金の粒子となって散っていく壁。

 もはや俺を邪魔する力などない。

 

 距離を詰める。


 足が軽い。

 体から重さが消えている。

 再び魔力を纏う事が出来たからだ。


 なぜ魔力が戻ったのか?

 その理由は、あいつらにしかない。


 2人の戦友。


 手癖の悪い大魔導士が解析したのだろう。

 俺がイリアに渡したアイテムを。


 解析した魔法を再現したのは、もう一人の大魔導師。

 魔銃で再現したのだろう。


 残り少ない魔力。

 それを即興で考えた魔法を使って送る。

 博打もいいところだ。


 ──変わらないな。


 こういう無茶をする所は。

 俺と同様に。


 分かっていたさ。


 お前らは昔から変わっていないって。

 それを戦場で再確認させる所も、昔と変わっていない。


  走る。


 星穿ちの翼が輝いた。

 同時に光が辺りへと散る。

 そして、再び壁となって襲いかかってきた。


 だが先程よりも色が深い。

 最初から本命はこっちだったのか。

 込められた魔力が増えているのが分かる。


 死を覚悟しなければならない攻撃だ。


 数秒前であれば。


 剣を一振りする。

 しかし手応えが返ってくる事はなかった。

 壁があっけなく散ったからだ。


「GUUUuuuuuuuuuuuuuuuu」


 形勢逆転だ。

 星穿ちよ。


 お前は無尽蔵に攻撃を放ち続けられる。

 何百だろうと何千回だろうと。

 ひょっとしたら、何万回だろうが問題は無いかもしれない。


 対して俺は、限界などうの昔に迎えている。


 だがな。

 それでも勝つのは俺だ。


 お前が万回の攻撃を放っている間。

 その間に一度でも攻撃を通せば仕留められるのだから。


  走る。


 もしも星穿ちが人だったら、どのような表情を浮かべていたのだろうか?


 その答えは分からない。

 だが、俺自身がどんな表情なのかは分かる。

 さぞかし、獰猛な笑みを浮かべている事だろう。


 なあ、星穿ちよ。

 これがクライマックスというヤツだ。


  走る。


 俺を迎え撃とうと、星穿ちが待ち構えている。

 さらに深い黄金色へと翼を染めて。


 俺は足に魔力を集めて、更に加速をする。


 雨は降らない。

 壁は迫ってこない。


 学習したのだ。

 目の前の敵を仕留めるには、力を分散させてはダメだと。

 力を結集させ、確実に殺さなければならないと。


 雨は降らない。

 壁は迫ってこない。

 代わりに黄金の槍が放たれた。


 雨は地形を変える。

 壁は逃げ場のない状況を作り出す。

 いずれも、広範囲を破壊する力を持っていた。


 その光を束ねて作られた槍だ。

 威力は計り知れない。


 それが何本も、息を継ぐ間もなく押し寄せてくる。


 だが避けられる。


 攻撃対象は2つ。

 俺とフェンリル。


 ヤツには経験が少なすぎた。

 2つの攻撃対象に翻弄されているのが分かる。

 照準が甘く、攻撃が単調になっている。


  走る。


 だが俺の考えは甘かった。

 背後で爆発音が響くと、すぐさま嫌な震動が押し寄せくる。


 俺の予想を遥かに凌ぐ威力であった。


 そうか。

 照準がデタラメでも良かったのだ。

 一発でも当てれば、ヤツが勝つのだから。


 魔力が回復して形勢は逆転した。

 だがヤツは、再び形勢を覆す手札を持っていた。


 それでも立ち止まるわけにはいかない。


  走る。


 神剣で防ぐという選択肢は無い。

 こんな威力の攻撃を防ごうものなら、剣ごと持っていかれかねないのだ。

 避けるしかない。


 迫りくる黄金の槍。

 数こそ少ないが、威力が高いぶん光の雨よりも厄介だ。


 だが、慎重になり過ぎるわけにもいかない。

 時間を浪費すれば、魔力切れを起こして詰むことになる。


 ──急がなければならない。


 次々に槍が繰り出される。

 一方で俺とフェンリルは、左右に散り敵を撹乱をしながら距離を縮めていく。


 まだ遠い。


 槍をかわす。

 そのたびに、攻撃の威力に触発された空気が髪を撫でる。


 寒気がする風だ。

 生命を容易く終わらせる威力を、間近で感じさせられる。


 恐怖で強張ろうとする体。

 だが、ヤツに意識を向ける事でその事態をなんとか防ぐ。

 少しでも動きが硬くなれば危ない。


 それでもだ。

 ようやくここまでり下ろすことができた。


 常にヤツは、圧倒的な高みにいた。


 だが、今はどうだ?

 生き足掻く一匹の生物でしかない。

 

 俺の剣が届く場所にヤツはいる。

 だからこそ、ここまで必死になっているのだ。

 ヤツも──俺も。


  走る。


 槍を避け。

 死を予感させる風に髪を撫でられ。

 かわした槍が背後で立てる轟音を背で受け止め。


  走る。


 槍の軌跡を読む。

 そして避ける。


 フェンリルと共に撹乱をする。


 走り続ける。

 少しでも前に進むために。


「GUOOOOOooooooooooooooooo」


 叫びと共に攻撃が激しくなる。


 激しくなっただけではない。

 小細工も使い始めた。


 激しく繰り出される槍の中。

 ナイフ程の小さな光が混ざるようになったのだ。


 全てを避けることは出来ない。


 だが槍を受けるわけにはいかないのだ。

 防げるのはナイフのみ。


 だが、全ては防げない。

 一部は体で受け止めざるえない数だ。


 突き刺さるのを避けるため。

 あえて、自分から手足をぶつけながら。

 ナイフを体で受け止める。


 身体の生傷が増えて行く。


 だが痛みは感じない。

 痛みを感じる余力すらないのだ。


 限界。

 そんな言葉が頭をよぎる。

 

 当たり前だ。

 体力の尽きかけた体を、ムリヤリ魔力で動かしているのだから。

 限界どころか死に体とすら言える。


 それでも走り続けねばならない。

 

 大丈夫だ。

 魔力が残っている限り走り続けられる。


 体は疲れ果て。

 魔力も尽きかけ。

 それでも走り続け。 

 仲間に助けられ。


 そして──ここまで来た。


 地を掴む六本足。

 背から生えるのは黄金の翼。

 見上げた先、2m程の高さには頭。

 口から伸びるのは2本の牙。


 眼前に立つのは星穿ち。

 羽化の時まで星の生命を喰らう怪物。

 神が天軍を動かす程の絶対的な強者。


「GUGAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」


 威嚇。

 それとも苛立ちか。


 いずれも、これまでは遥か遠くに感じていた。


 だが今は違う。

 強大な力に晒されながら。

 限界を迎えた体を動かしながら。

 ついに、ここまで来たのだ。


「フェンリル!」


 背後を走る銀狼に命じた。

 かつて、共に戦場を駆け抜けた時のように。

 俺の力になれと。


 銀狼が風へと姿を変える。

 冷たい光を放つ銀色の風へと。


 ファーウェルを構える。

 大勇者の象徴とも呼ばれる蒼い神剣を。


 銀色の風が集まる。

 神剣に。


 周囲の空気が凍る。


 最初に変化したのは空気中に漂う水分。

 極寒の冷気に触れた水分は、霜となって地面へと落ちた。


 次の変化は地面。

 霜が落ちた場所から、白い膜が広がっていく。

 氷だ。


 どこまでも広がっていく。


 空気が冷たい。

 吐き出す息が白い。


 世界の色が変わる。


 白く。

 いっそう白く。


 前世むかしと同じだ。

 世界の色が白によって塗り潰されていく。


 神剣も蒼を失う。 


 代わりに得たのは白銀。

 フェンリルの力を宿した証の色。


 懐かしい感覚だ。

 もう使う事はないと思っていた。

 イリアに渡したのだから。


「GAAAAAaaaaaaaaaaaaaa」

 

 最後まで戦意を失わず生き足掻くか。


 当たり前だな。

 誰だって死ぬのは怖いのだから。


 でもな。

 生き残れるのは、俺とお前のどちらかだけなんだ。


 だからさ────決着を付けよう。


 最後の攻撃は同時だった。

 俺は剣先を地面に向け、星穿ちは翼から一層の輝きを放つ。


 眩い光に包まれた。

 全身に焼かれるような感覚に襲われる。


 ──これがお前の切り札か。


 ヤツは膨大な生命力をもっている。


 故に行えるのだ。

 自分もろとも、敵を焼き払うこの攻撃を。


 周囲は黄金色の光に染まる。

 それ以外は何も見えない。


 少し前であればマズかった。


 魔力が僅かではあるが回復したおかげだ。

 障壁を張る事で、なんとか致命傷は防げている。


  走る。


 なんとか防げてはいる。

 だが完全にではない。


 僅かだが障壁を突き破り、光が体を焼いている。


 障壁も削り取られていく。

 このままでは魔力が尽きるのも時間の問題。


  走る。


 何も見えない状況。

 だが感じる。

 星穿ちが持つ膨大な力を。


 だからヤツの力を頼りに、ひたすら走り続ける。


 何も見えない。

 それでも体を動かし続ける。


 体が少しずつ焼かれていく。

 だが、痛みはない。


 当然だ、疲れ果てた体が痛みを気にするのを放棄している。


 それは異常な状態。

 しかし心が乱れることは無い。


 慣れてしまっているからだ。

 こういう身を削りながら前に進む事に。

 前世で経験し過ぎた。


  走る。


 これは、夢か現実か。

 体が感覚を失い、周囲には黄金の光しか見えない。

 音もまた降り注ぐ光によって遮られている。

 何もかもが曖昧に感じられた。


 本当に俺は走っているのだろうか?


 走っていると錯覚しているだけではないのだろうか?


 だが疑っても迷う事はない。

 同じだから。


 前世でもこういう経験をした。

 限界を超えて戦い続けた時はいつもこうだ。


 同じように疑った。

 でも結果はいつも同じ。

 だから今回も信じられる。

 大丈夫だと。


 気付いたとき。

 すでに地面を強く蹴って跳躍していた。


 意図などしてはいない。

 体が勝手に動いていたのだ。


 辺りは黄金の光に包まれたまま。

 だから周囲を確認することなどできない。


 だが分かる。

 目の前に感じるのだ。

 ヤツの強大な力を。


 剣先は地面に向け──

 刃に銀狼の冷気を纏わせ──

 残された魔力を全身に巡らせて──


 これが全て。

 俺が持つ最後の手札。


 フェンリルは譲ったのだ。

 もう俺が使う事はないと思っていた。

 だから、これは既に彼女の力。


 黄金の光の中。

 思い浮かべたのは彼女の笑顔。


 なあイリア。

 この力は、もうお前の物だ。


 ──でもな、今だけは返してもらうぞ。


 それは奥義の1つ。

 数多あまたの強敵を滅ぼした力。

 今生で使う事が無いはずだった剣技。

 その名は──。


<天結の氷剣>


 剣を振り上げると共に、銀狼の冷気を解放した。


 黄金の光を銀色の風が飲み込む。

 冷気が荒れ狂い、何もかもを喰い散らかしていく。


 何も見えない光の中。

 空気が変わっていくのを感じた。

 辺りの熱が失われ、極寒に閉ざされていくのを。


 光はまだ消えない。


 だが辺りは、冷たい風に飲み込まれて別世界と化している。

 そんな確信が俺にはあった。


 光が薄れていく。

 僅かな痺れを手に残して。


「GIIIYAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」


 あまりにも軽い手応えだった。

 星穿ちの巨体を斬ったには軽すぎる。


 完全に光が消えた。


 最初に目へと入ったのは星穿ちの巨体。

 次に見えたのは、宙を投げ出された黒い金属質な何か。


 そして気付く。

 星穿ちの牙が一本だけ欠けている事に。


 そうか。

 俺が斬ったのは、星穿ちの牙だったのか。

 やけに手応えが軽いはずだ。


 思わず自嘲してしまった。


 これだけ喰らいついて、ようやく斬れたのは牙一本のみ。

 死に物狂いでやってこの結果とは。

 あまりにも滑稽だ。


 大勇者スバルの名前など、所詮は過去の遺物に過ぎないということか。


 ──ああ、よかった。


 この状況で感じたのは安堵。

 追い詰められた状況でおかしな話だ。


 それでも俺にとっては、安堵こそが正しい感情であった。


 このギリギリな状況。

 追い詰められて剣でスマートに勝つなど、勇者らしすぎるではないか。


 だから、コレでいいんだ。


 俺は平穏を愛する一般人なのだ。

 勇者らしい事なんてしてはいけない。

 だから、スマートに勝てない位が丁度いい。


 安堵に満たされた心のまま星穿ちを見下ろす。


 魔力を使っての跳躍で、中々の高さにまで来たようだ。

 ほんの少しだけ、星穿ちが小さく見える。


 視線の先で荒れ狂う星穿ち

 ヤツは俺と正反対の感情に支配されていた。


「uGAAAAAAaaaaaAAAAAAAA!」


 叫びを上げて暴れている。

 さぞ苦しいのだろう。

 受けた攻撃が。


 ヤツの命に剣が届く事はなかった。

 そう、剣は──。


 最初の変化は、ね飛ばした牙に生じた。


 今や膜に覆われている。

 透明な膜に。


  俺は平穏を愛する一般人だ。

  だからこの位がいい。

  泥臭く勝つ程度で。


 次に変化が生じたのは牙の切断面。

 牙が生える根本部分。


 広がっていく。

 透明な膜が。

 星穿ちに。


  勇者のようにスマートさはない。

  足掻いて喰らい付き。

  無様な姿を晒しての勝利。


  まさしく一般人に相応しい勝ち方だ。


 牙の切り口から、星穿ちの全身へと。

 氷の膜が広がっていく。

 

  カッコ良く勝つのは勇者や英雄の特権だ。

  一般人は、泥臭く勝つ位がらしくていい。


 飲み込んでいく。

 星穿ちを。


  例えば剣を避けられた後。

  ギリギリの所で、魔法が効いて相手を倒すとか。


 閉ざしていく。

 未来を。


  計算尽くではダメだ。

  スマートすぎて勇者っぽい。

  全力でやって避けられ、追い詰められて運良く助かる。

  そんな偶然に助けられた勝利。

 

 身体を。

 強大な生命を。

 凍らせていく。


  そんな勝ち方こそが、平穏を愛する一般人には相応しい。

  

 いかに足掻こうとも止められない。

 もはや声を出すことすら許されない。

 すでに未来は決まっているのだ。


  一般人()の勝利だ。


 氷に飲み込まれていく。

 牙が、頭が、胴体が、足が、尾が、翼が──全てが。

 生命の痕跡全てを氷が飲み込んだ。


 最後。


 翼の先が氷に覆われたときの事だ。

 硬い音が響いたのは。


 凍り付いた地面。

 そこにね飛ばした牙が落ちた音であった。


 もう星穿ちが動く事はない。


 暴れる姿を残した氷像。

 それが今のヤツなのだから。


 ──終わった。


 全ての魔力が持っていかれた。

 体力に関しては、ずっと昔に限界を超えていたが。

 これで完全に空っぽだ。


 勝利の確信と共に力が抜けた。


 未だに跳び上がったまま。

 このままでは地面に叩きつけられる。

 それでも、意識が遠のくのを止められない。


 ──だが、いい気分だ。


 心地の良い浮遊感に体を委ねる。


 このまま眠ろうか?

 それも悪くはない。


 徐々に意識が遠ざかっていく。

 この心地よさに心も任せてしまおうか?

 それは最高に素晴らしい事だ。


 ──まだだ。


 だが心の深い所が、眠りを許さなかった。

 前世の記憶が叫んでいるのだ。


 ──そうだな。


 この程度で眠るだと?

 あり得ない事だ。


 甘い眠りへの誘惑は、神剣を強く握ると同時に消え去った。


 もう魔力はない。

 体力は限界をうに越えている。

 それでも、まだ終われない。


 重力に引かれる体に力を込める。


 凍り付いた星穿ちを見下ろす。

 そして気付いた。


 ──あぁ、終わっていなかったのだな。


 氷の奥。

 星穿ちの翼が輝いている。

 いっそう深い黄金色となって。


 忘れかけていたよ。

 お前は、とんでもなくシブといって事を。


 魔力は皆無。

 体力も極小。


 もう全てを出し尽くした。

 だから最後の一撃なんて、カッコいい攻撃は行えない。

 放てるとしたら、無様で醜い一撃。


 だが、構わない。

 全身全霊を込めた一撃で死ぬ名誉。

 それを、お前が手に入れ損なっただけなのだから。


 ──ああ、そうだ。


 この一撃に相応しい名前を思いついた。

 最低な名前を。


 残念だったな。

 もう、最高の一撃で死ぬ名誉を与えてやる事はできない。

 代わりにくれてやれるのは、最低な一撃で死ぬ屈辱だ。


 両手で柄を包む。

 残りカス程度の力を込めて。


 これから放つのは最低の一撃。


 最も原始的で、誰もが持っている。

 もっとも純粋で、もっとも醜い。

 常に人の歴史に寄りそい続ける最悪な友人。

 

 ソレの名は──お前を仕留める一撃の名は────暴力だ。


「砕け散れぇぇぇぇーーーーーーー!!!」


 星穿ちの頭部へと、柄の底をまっすぐに叩きつけた。


 体は重力に引かれるまま。

 力を込めただけの動作。

 技術も何もない、無様さが滲み出たタイミング。

 英雄譚では決して使われる事のない最低な見栄え。


 なんの工夫もない。

 まさしく力尽くそのもの。


 だが、純粋な想いを乗せた、世界で最も尊い一撃。


 星穿ちの頭部に喰い込んでいく。

 柄の底が重力に引かれるままに。


 手を攻撃の反動が襲う。


 だが本能なのか。

 それとも執念なのか。

 体力は尽きているのにも関わらず、剣を手放すことはなかった。


 数秒にも満たない時の後。


 手を襲った衝撃が消えた。

 その直後に別の感覚が伝わってきた。

 何かから解放されるような感覚が。


 深々と星穿ちの頭に突き刺さった柄。

 この柄を中心に、氷塊と化した星穿ちに亀裂が生じた。


 頭から首へ。

 首から胴体へと。

 胴体からは尾と翼に。


 氷塊が地面へと崩れ落ちていく。

 重い音を響かせながら。


 細かな氷が宙を舞う。

 冷たい光を反しながら。

 風に吹かれて消えていく。


 剣を握る手から力が抜けていく。

 体力や魔力に続き、いよいよ気力まで限界を向けたからだ。


 徐々に意識が闇に閉ざされていく。

 何とか堪えようとするが、それも無理そうだ。

 体が全く言う事を聞いてくれない。


 このまま休みたかった。

 だが、悪い事というものは重なるものだ。


 星穿ちに生じた罅割ひびわれから光が漏れ始めた。


 黄金の光ではない。

 溜め込んだ星の生命が解放されたのだ。

 攻撃ではない、ただの力の奔流。


 それでも、体力や魔力が尽きたこの状況だ。

 今の俺にとっては十分過ぎる脅威となる。

 だが防ぐ手立てなど在りはしない。


 星の生命が解放されると共に、感じていた重力が消え去った。


 *


 辺りは夕暮れ時。

 空からは黄金が消えて、赤く染まっている。


「ぅ……」


 なんとか受け身はとれた。

 少し転がるも、何とか立ちあがることもできた。


 周囲を確認する。

 俺は、解放された力に飛ばされた。


 状況がつかめない。

 あれからどうなった?

 どこに俺は飛ばされた?


 頭をよぎったのは、いくつもの疑問。

 それらの問いに答えてくれたのは陽光の眩しさ。


 光が何かからか跳ね返り、その存在を主張していた。


 眩しさの先。

 そこには積み上げられた氷塊。

 風に吹かれるたびに、小さな氷が空へと昇っている。


 星穿ちだった物だ。

 これがココにあるという事は、さして飛ばされてはいないという事か。


 実感がわかなかった。

 戦いが終わったという実感が。


 しばらくは体が緊張を解いてくれなかった。

 だが、限界はすぐに訪れる。


 冷たい風に首元を撫でられた。

 僅かに感じた肌寒さに気を取られただけ。

 たったそれだけの事で、体は緊張の事を忘れ去った。


 終わった──のか。


 緊張が消えると、ようやく終わった事をが理解できた。


 辺りを見回す。

 特に何かを確認したかったわけではない。

 なんとなく、そうしたかっただけだ。


 しばらく見回したあと、ようやく気付いた。

 夕暮れにさし掛っていることに。

 

 少し苦笑いが漏れた。

 茜色ではなく、黄金色に染まっていたからだ。


 ヤツを思い出してしまう。


 だがあの色とは違う。

 夜を迎え入れるための優しさがあるのだから。


 しばらく空の色に見入った後であった。

 やけに視界が開けている事に気付いたのは。


 いつの間にか、仮面が外れていた。


 アイテムBOXを開く。

 そして新たな仮面を取り出そうとする。

 だが、仮面に触れることはなかった。


 なんのことはない。

 魔力が不足していたせいで、アイテムBOXを開けなかっただけだ。


 なんとなく力が抜けた。


 脱力感と共に、その場にしゃがみこむ。

 魔力が無かろうが、体力が尽きかけていようが問題はない。

 この状況でやる事など一つしかないのだ。

 

 ──疲れた。


 少し休もう。

 顔を見られるとか、そういうのは何とかなるだろう。

 

 腰を下ろして、そのまま寝そべる。

 気持ちよく眠れそうだ。


 心地よい微睡まどろみを感じていると、少しずつまぶたが閉じていった。


 暗く閉ざされた瞼の先。

 そこには黄金の空が広がっている。


 それはあの空ではない。

 だからもう走る必要はないのだ。


 雨は止んだ。

 もう二度と降る事はない。


 だからぐっすりと寝よう。


 これだけ疲れているのだ。

 きっといい夢が見られる事だろう。

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