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凄い勇者だった俺が美少女勇者をプロデュースした件  作者: 穂麦
第2部×第4章 凄い勇者と流水の大精霊
201/207

俺は頑張った 『年寄りは、もっと丁寧に扱えと言うとるに』

 遥か遠くにまで広がる空は、血のように赤く染まっている。


 ここは魔女の匣庭で作り出した結界の中。

 並列する世界であるため、俺とヤツ以外の誰もいない。


 向かい合っている。

 小山とも言うべき大きさをした魔物。

 星穿ちと。


 見上げる事でしか、全長は把握できない。

 あまりにも大きい。


「SyAaaaaaaaaa」


 叫びが赤い空に響き渡った。

 込められたのは、小さき者に噛みついた怒りか、命を脅かされていることへの恐怖か。

 いずれにせよ敵意に満ちているのは確か。


 この状況に至るまで、ヤツの力を削り取ったのだ。

 勇者の素質が完全に封じられているにもかかわらず、俺はよくやったと思う。

 個人の力ではなく、他のヤツらと協力してようやく──という形ではあるが。


 尾の部分は大半を奪った。

 これで幾分か、戦いが楽になる。

 出来れば、もう少し削っておきたかったが。


 前世であればともかく、現世の俺ではこれが限界だ。


 この状況では、まだ荷が重いとしか言いようがない。

 手札をこれだけ切っても、勝ち目は0に近いだろう。


 まぁ、この程度が丁度良いのかもしれない。


 平穏な一市民を目指しているのだ。

 目の前の困難を、他のヤツらと協力してようやく乗り越えられる程度が。


 ふぅ。


 覚悟は決まった。

 俺一人で勝つ必要はない。


 さっきまでと同じだ。

 個人の力ではなく組織の暴力で──星穿ちを滅ぼす。


「GAAAaaaaaaaaaaa」


 始まりだ。

 星穿ちは尾だった部分を広げる。


 岩を束ねた尾が開く。

 まるで花のように。


 茶色い根の先には巨大な岩。

 魔力が通うと銀色へと変わった。


 それは、まさしく数十に及ぶ鈍器。


 巨体に相応しい、圧倒的な暴力の象徴。

 並の生物であれば、皆等しく肉片へと化す程の。

 だが、残念なことに俺は並ではない。


<マスター フレイム>


 炎へと魔力の属性を変える。

 そして即座に動く。


 巨体であるが故に星穿ちは小回りが利かない。

 故に、コイツとの戦いは小回りを活かすことが基本となる。

 だから、早めに動かなければならなかった。


「GUgaaaaaaa」


 叫びと共に巨大な鈍器が振り降ろされる。

 途端に響く凄まじい轟音


 数は20を超える暴力の象徴。

 巨石で出来た鈍器は、容易く地面を押し潰す。

 まるで無数の隕石が襲いかかってきたかのようだ。


 地形が大きく変わる。


 地響きで空気が震える。

 空気の振動などという生易しい震えではない。

 それは、土埃を含んだ突風とすら呼べる空気の揺れ。


 非常識極まりない光景だ。


 空から巨石が降り、地面にクレーターを作り出していく。

 それも殺意を持って岩が襲ってくるのだ。


 自分の体よりも遥かに巨大な岩が、悪意に誘導されて己に迫る光景。

 まさしく悪夢。


 星穿ちのようなデカイのが相手の場合は、小回りを活かすのが基本だ。


 だが、振り回す岩が大きすぎる。

 些細な判断の遅れが、逃げ遅れにつながるだけの面積だ。


 油断などしている余裕はない。

 20を超える大岩の軌跡を予測し、常に動き続ける。


 圧倒的なまでの質量の前では、小回りの利点など小さな物なのかもしれない。

 それでも、小回りでの撹乱以外に対抗手段はないのだ。


 動き回る。


 振り下ろされる大岩の鈍器。

 地は揺れ、大穴が空き、空気が泣き叫ぶ。


 次々に迫りくる凶器。

 圧倒的な暴力。

 

 だが、攻撃を縫うように。

 時の隙間を縫うように。

 動きまわる。


 やがて微かではあるが、反撃の為の隙間が見えるハズだ。


 周囲に土ぼこりが立ち上る。

 地面は凄まじい音と振動と共に大穴が空く。


 震動に体が浮かぶ前に跳び、行動の制限を防ぐ。


 宙に浮かされれば身動きが取れなくなるのだ。

 自ら地から離れざる得ない。


 そしてこの瞬間、反撃の隙が生じた。


「焼け!」


 短剣を振るい炎の刃が飛ばす。

 1回や2回では足りない。

 それ以上の数、5回6回と出来得る限り振るう。


 星穿ちを襲う赤い刃は、強固な表皮を僅かであるが削っている。

 手ごたえを感じ更に短剣を振るう。


 再び大岩が動き始めた。

 降り注ぐ巨石の雨は、流星雨とも称すべき破壊の力。


 だが、大分慣れてきた。

 前世(スバル)の感覚も戻ってきたのだろう。


 全く攻撃を受ける気がしない。


 暴走させた魔力はいずれ落ち付く。

 その時、まともに魔法を放てなくなるだろう。


 それでも、マスター エレメントの効果がある今であれば、ヤツにダメージを通せることに変わりはない。


 降り注ぐ大岩の間を縫って走る。

 勇者の素質こそ使えないが、膨大な戦いの経験がある。

 十分だ。


 ヤツの攻撃は、すでに単調な物でしかない。


 巨石が降り注ぐ。

 流星雨のような手数であっても、通るのは決まりきった軌跡。

 地面の揺れも何もかもが単調。


 だから分かっていた。

 この時が訪れる事が。

 ヤツの鈍器が全て地に刺さり、攻撃の手段を失うこの時を待っていた。


「ファーウェル!」


 呼びかけに応じ、神剣ファーウェルが現れる。

 手に伝わるのは、前世から慣れ親しんだ感触。

 自分の体を取り戻したかのような錯覚すら感じる。


 蒼き神宝、星の欠片をファーウェルへと与える。

 まるで水面に落としたかのように、神宝は飲み込まれていった。


「数多の大精霊よ、我の声に応えよ」


 剣に力が集まる。

 代わりに体から魔力が奪われていく。


 俺が動くと星穿ちも再び動き始めた。  

 地へと突き刺さっていた大岩は既に持ち上がっており、俺を屑殺する体勢を整えている。


 今まで以上の勢いで流星雨が降り注ぐ。


 ファーウェルに力を吸われる感覚を体に纏わりつかせたまま、襲いかかる大岩の隙間を走る。


 舞い上がる土埃が、鈍い匂いを鼻へと運ぶ。

 爆発だと錯覚しそうになる轟音が鼓膜を震わせる。

 地を叩きつぶした揺れが視界を揺らす。


 岩へと飛び乗り、一閃。

 根を断ち切った。


「我が記憶を証とし、この世に混乱招く脅威を退けるための力を我に与えよ」


 大精霊に訴えかける。

 力を寄こせと。


「GAAAAaaaaaaaaa」


 俺の声に叫びを被せてくる。

 感じているのだろう。

 これから自分に襲いかかる脅威を。

 強大なる大精霊の力を。


『クレスよ、我が力を使うがよい』


 声が聞こえた──大精霊の声が。

 ファーウェルから伝わる魔力の質が、声と同時に変化する。


 魔力が混ざり合ったのだ。

 大精霊と大勇者の魔力とが。

 

 腕へと魔力が流れ、それは体へと流れ込む。


 全身が内側から焼かれるかのような感覚。

 力が満ち溢れてくる。


「呼びかけに応えしは炎の大精霊」


 降り注ぐ大岩をかいくぐり、更に言の葉を紡ぐ。

 言葉を紡ぐたびに、星穿ちの攻撃も激しさを増して言っている。

 地面を押し潰す攻撃は、いっそう激しく大地を揺らす。


 揺れと共に影が迫る。

 別の大岩だ。


 岩の影に隠して注意を逸らしたか。

 この段階になって星穿ちは知恵を付けたようだ。

 回避が間に合うタイミングではない。


 全力で走る。


 地に突き刺さった大岩へと。

 迫る影が、いっそう大きさを増していく。


 間に合った!


 狙うのは、岩と岩がぶつかり合う瞬間。

 刹那の間。


 感覚を研ぎ澄ます。


 出来るハズだ。

 大精霊の力を体に宿し、スバルの感覚を取り戻している今なら。


 影が更に大きくなり、岩と岩が触れ合う瞬間。

 俺は動いた。


 岩のぶつかり合う力と、大精霊の力を加えた神剣による鋭い突き。

 タイミングさえつかめれば!


 ファーウェルが深く突き刺さった。

 振り下ろされた大岩へと。


「おおおぉぉぉぉぉっ」


 岩の内側で魔力を爆発させる。

 罅割ひびわれた隙間から、紅蓮の炎が噴き上がった。


 岩が粉け散る。

 地をも押し潰す、星穿ちの攻撃を彷彿ほうふつさせる轟音を響かせながら。


「その力は知恵の始まりに灯される種火にして、記録に終焉をもたらす業火」


 砕けた岩が周囲に降り注ぐ中、更なる言葉を紡ぐ。

 星穿ちは、この攻撃を防がれるなど考えていなかったのだろう。

 次の攻撃が訪れることはない。


 周囲には紅蓮の火の粉が舞っている。

 砕け散った岩の欠片が降り続けている。


 地に突き刺さった岩。

 その上に降り、更に言葉を紡ぐ。


「汝、揺らぎ踊りし万物を飲み込む者なり」


 炎の大精霊が持つ魔力が、ファーウェルから更に体へと流れ込んでくる。

 内側から焼きつくされるかのような魔力。


 だが苦痛ではない。

 自分の一部だとしか感じられないのだ。

 完全に支配下に置けている。


 ──準備は整った。


「炎の大精霊よ、その力を示せ!」


 神剣を横に一振りすると、赤い剣閃のみが宙へと残った。


「GAAaaaaaaaaa」


 危険を察したか。

 星穿ちが大岩をぶつけようと動く。

 だが、それは失敗に終わる。


 赤い剣閃から伸びていたからだ。

 炎の鎖が。


 ヤツの巨体を包み込むマグマ色をした十数本の鎖。

 それは本体のみならず、根すらも抑え込み攻撃を完全に封じていた。


 鎖が持つ高熱が、星穿ちの体を焼く。

 しかし、アイツにとっては些細な攻撃でしかないのだろう。

 それに鎖もあとわずかな時間で千切られそうだ。


 ──だが、そんな時間をくれてやる義理はない。


 ファーウェルを天に掲げる。

 剣先の遥か先。

 空に一つの種火が生じた。


 荒れ狂う星穿ち。

 炎の鎖は軋み、一本、また一本と千切れて行く。


 空に生じた火種に、いっそうの魔力を送る。


 星穿ちを押さえ込む鎖が悲鳴を上げる。

 千切れ、炎へと還っていく鎖。

 だが、もう少しの辛抱だ。


 いっそうの魔力を送る。


 火種が成長をしていく。

 細長い線へ、そして巨大な槍へと。


 熱が伝わってくる。

 空から遠く離れたこの場所にまで。


 周囲を舞っている火の粉が増えた。

 槍から降り注いでいるのだ。


 火の粉が景色を染めていく。

 オレンジ色の、焦熱地獄の色へと。

 全てを染め上げる。


 ──準備は整った。


 もはや、ヤツを縛り上げる鎖は意味をなさない。

 あの巨大を数秒と捕えておく事も出来ないだろう。

 だが十分だ。


<大精霊魔法 烽火天槍ほうかてんそう


 剣を振り下ろすと共に、焔の槍が動く。

 巨槍は、周囲に熱波を撒き散らしながら流星となった。

 天を切り裂き星穿ちへと襲いかかる。


 僅かな時間。

 星穿ちへと巨槍が辿り着くまでの時間。


 巨槍から広がる熱波が、木々を揺らし、地面の小石を巻き上げ、傍若無人に辺りを蹂躙し尽くす。


 肌を焼きかねないと錯覚する程の熱が、暴風に乗って周囲を荒らし回っている。

 だが、熱波という名の暴君は一瞬で絶命した。

 暴君を滅ぼしたのは爆発。


 巨槍の力だ。


 星穿ちから、凄まじい炎の色が放たれている。

 爆発音に隠れて星穿ちの鳴き声は聞こえない。


 地は抉れ、辺りは太陽の色をした光一色に染まる。


 周囲は、これまでない程の高熱に包まれた。

 耐えがたい熱が辺りを焼き払う。


 赤く燃え盛る炎が大地から空へと伸びている。

 世界の終焉すら思わせる圧倒的暴力がそこにはあった。


 だが、炎の揺らめきの向こうには巨大な影。 


「GAAAaaaaaaaaaaa」


 外皮はあちこちがヒビ割れている。

 巨槍を受け止めた部分は炭と化している有り様だ。


 根は焼き千切れている。

 まともに動かせるのは7つ程か。


 最初に比べると弱々しい。

 だが、手傷を負った分だけ迫力が増している。

 怒気がここまで伝わってくるようだ。


 ──仕留めきれなかったか。


 空がヒビ割れる。

 ガラスのように。


 甲高い音が響く。

 辺りにこの世界の終わりを告げながら。


 赤い空が砕けると、青い空が顔を見せた。


 怒りに震える星穿ち。

 ヤツは即座に攻撃を仕掛けてくるなどということはなかった。


 警戒をしているのだ。

 己をここまで追い詰めた俺に──赤から青へと変わった空に──────宙に浮く無数の雷球に。


「年寄りは、もうちっと丁寧に扱えと言うとるに」


 イザベラの声を聞きながら退避をした。

 世界が元の姿を取り戻すと同時に。

 魔女の匣庭が解けたのと同時に。


 過去に使ってから何年も経っている。

 ”相手と自分のどちらかが死ぬまで出ることが出来ない”

 この欠陥を、大精霊魔法を放つ事で解けるように改善した。


 だから準備をした。


 魔女の箱庭が解けた後。

 元の世界に戻ったときに追い打ちを掛ける準備を。

 ヤツを囲むのは、次の手として使う雷球。


 星穿ちよ、お前が丈夫なのは経験済みだからな。

 念入りに準備をさせてもらった。


 いい加減、俺と遊ぶのも飽きた頃だろう。

 だが、もう少しだけ付き合ってくれ。


 お前が地獄に落ちるまでの辛抱だ。

まだ引っ張ります(^▽^;)

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