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組織編・終

 蒼生は今日も寝過ごした。

 神様がいなくなって数日。すっかり世間は落ち着く……わけもなく、やはり戸惑いが隠せないようだった。長年、神様のいる生活に慣れ親しんでしまったのだ。元に戻るには、もう少し時間がいるのだろう。

 そんな混乱した状態のおかげで、仕事もかなり減っていた。しかも神様にやられて体の節々が痛く二日程寝込んだことも災いしてか、蒼生は最近、生活のリズムが狂いっぱなしだった。

 眠い目をこすりながらリビングへ向かうと、壮一がいつものようにソファに身を預けて、何か資料を読んでいた。

「おはようございます……」

「こんにちは」

 にこりと笑顔で返される。時計を見れば昼過ぎだ。

「……こんにちは」

 蒼生は律儀に言い直す。

「まったく、蒼生君。仕事がないからってこんな時間まで寝てたら、生活習慣病になってしまうよ」

 呆れた笑顔でそう言いながら、壮一はコーヒーを差し出してきた。

 申し訳なさそうにそれを受け取り、ソファへと座る蒼生。

「本当に暇ですね」

「もう少しすれば、元に戻るよ。不要になるような仕事でもないしね」

 蒼生は、はあ――と溜息混じりに返事をする。

 一応、蒼生達組織の目的は果たされた。しかし組織のメンバーは、今さらカタギに戻るのはただの物好きだと言って、結局これまでと同じ生活を送っているようだった。ちなみに征哉から与えられた力は、神様が消えたと同時に皆失われてしまっている。

 征哉の力も消えてしまったのか、それはわからない。聞いても曖昧な答えしか返ってこなかったのだ。

 それにしても、彼は今後どうするつもりなのだろうかと、蒼生は思う。

 静かな空間。

 いつもなら、蒼生が起きてくると元気に挨拶してくれる無邪気で純粋な少年も、今はもういない。

 不意に寂しさを感じる。

 壮一には蒼生の見た限りの、理解できた限りのことを説明してある。

 ただ神様の記憶を覗いたと言っても、あの一部だけではわからない点も多い。

 征哉に問い詰めようと思ったけれど、蒼生も寝込んだり、美影が亡くなってその元気もなかったから、とりあえず今は黙っておいた。

「征哉さんは?」

「出掛けているよ」

「仕事ですか」

「学園に行ったみたいだよ」

 天宿学園か――

 蒼生は懐かしみながら学園を思い出す。

 征哉がそこに向かった理由は、恐らく由綺という少年に会いに行ったのだろう。

 蒼生の知る限りでは、とても複雑そうな関係だと思う。そういえば、何故彼は〈神の城〉にいたのだろうか。それすらわからない。

 しかし言ってみれば、征哉と由綺と神様は三角関係だったのだ。もしかしたら由綺という少年に、神様が何らかの接触を図ったのかもしれない。

「蒼生君。後で少し、私に付き合ってくれるかい?」

 唐突に壮一に切り出され、蒼生はコーヒーを飲み込んで頷いた。



 夕日が沈み掛けている。

 小高い丘の上を、蒼生と壮一は歩いていた。壮一の腕には、色鮮やかな花束が抱えられている。

 進んだ先には、墓石がたくさん並べられていた。

 美影の墓参りに来たのだ。

「あれ……」

 美影の墓石の前には、すでに先客がいた。

 征哉だ。

「待ち合わせてたんですか?」

「うん」

 声に気付いてか、征哉は蒼生達を振り返る。

「よお、来たか」

 壮一は、お待たせ――と言って美影の墓石の前に屈んで、花束をそっと置いた。

 祈りを捧げる壮一に、蒼生も続いて美影に祈りを捧げた。

 柔らかな風がそよぐ。

 美影はいつも元気だったな――蒼生は祈りながら思いを馳せる。

 恐らく美影は神様に命を狙われていたのだろう。そこを征哉に助けられ、拾われた。きっとたくさん苦労をしてきたのではないだろうか。でも、そんなことを微塵も感じさせない少年だった。

 征哉のことが本当に大好きで。

 天使が見える者同士、何か通じるものでもあったのかもしれない。美影のことについても、いずれ征哉に聞いてみたい。

 祈り終わった壮一が立ち上がり、蒼生もそこで祈りを終える。

 壮一が口を開いた。

「それにしても、征哉君のキスで昇天してしまうだなんて、神様も随分うぶだよね」

 彼の言い方だと変な意味に聞こえなくもなかったが、蒼生はそのままスルーした。

「『穢れる』ことの意味もわかってなかったしな」

「そうなんですか?」

 蒼生は驚いて征哉を見る。彼はクックッと笑っている。

「やっぱり神様は、ずっと征哉君のことが好きだったのかな」

「ビンタ食らわされてましたけど」

「わざと食らってやったんだよ」

 確かにそう仕向けようとしていた感はある。

 ファーストキス代さ――征哉は鼻で笑ってそう言った。

 どうして神様も天使も、この男に惚れてしまったのだろうか。蒼生は彼を見てつくづく思う。まあ、今まで彼について来た蒼生が言える義理ではないのだが。

「あの……征哉さんは、これからどうするつもりなんですか?」

 とりあえず、一番聞きたかったことを口にする。

「どうするも何も、今までと同じだろ」

 さらっと即答されてしまい、蒼生は面食らった。

「何だよ、蒼生。カタギに戻りてえのか? 別にオレは止めねえぞ」

「私は征哉君について行かせてもらうよ。そのほうが稼げそうだしね」

「壮一さんなら歓迎するぜ」

 勝手に話を進める二人に、蒼生は慌てて口を挟む。

「ま、待って下さい! 自分も征哉さんのチームにいさせて下さい!」

 その言葉を聞いた征哉と壮一は、お互い怪しい笑みを浮かべて言った。

「素直で結構」

「蒼生君は征哉君が大好きだからね」

 何となく早まった言葉を言ってしまった気がする――蒼生は項垂れた。

「……あの、もう少し説明して下さいよ。征哉さんの過去」

 項垂れる頭を持ち上げて、蒼生は拗ねたように征哉を見る。

 彼は面倒臭そうに溜息を吐き、

「わかってるさ。後でじっくり、昔話でもしてやるよ」

 どこか清々しそうに空を仰ぎ見た。

 意外な返答だった。蒼生はどうせ断られると思っていたのだ。

「それは楽しみだね。怖いもの知らずの征哉君の過去が聞けるだなんて」

「本当ですよ。神様のほうが怖がってましたもんね」

「おいおい、オレだって今まで怖い思いをして過ごしてきたんだぜ?」

 にやにやしながら言われても説得力に欠ける。

「神様が怖かったとでも言うんですか」

「違えよ」

 神様でなければ何なのか――

 蒼生は彼を見て、疑わしげに首を傾げる。

 すると征哉は、蒼生と壮一を交互に見やり、


「神様の嫉妬」


 そう言って、不敵に笑ったのだった。

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