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大魔術師と助手  作者: 沢凪イッキ
第七章 終結
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 どくどくと心臓が脈打つ。

 自分のものではない感情の高ぶりが、自分のもののように感じられる。


「……っ!……——っ!」


 怒りに震える声が口をついて出そうになる。

 自分の思考がかき消されそうになる。

 ほんの少しでも気を抜けば、“自分”が消えてしまいそうだ。


——アス!我を解放せよ!この不自然な国を滅ぼしてやろうぞ!


 おごそかな声が意識を揺さぶる。

 目を開けているのに現実が見えない。

 何かを探して視線を彷徨わせるのに、それが見つからない。


——アス!あの歪んだ存在も許せぬ!お前とて怒っておるではないか!


「……——っ!」


 駄目だ。

 清浄過ぎる魔力が辺りを包んでいる。

 それが、さらにあいつの意識を強めている。 

 このままじゃ意識を保てない。

 もしあいつを解放してしまったら——


『……さ…!』


「……っ?」


 声だ。


 『ど…し………!』


 声だ。

 この声。

 この声が今、必要なんだ。


——アス!アス!あれは忌まわしいものぞ!滅すべきであろうが!


 この声じゃない!


——忌まわしい!おぞましい!なんと不愉快な生き物だろうか!なんと不愉快な国か!


 おごそかな怒りの声が意識を震わす。

 自分が消されてしまいそうで、怖い。

 ああ……声、が。


 『ア………様!』


 求めていた声が聞こえて、ぼんやりと目に色が戻る。

 何かが側にある。

 もっと、ちゃんと見ておきたいのに、うまくいかない。

 この声の持ち主だ。

 この人が俺を現実に引き戻す。


 『アシュ………様!』


 放って置けない。

 そんな危ない事、出来ない。

 あいつを抑えなければ。

 解放なんてしたら、“彼女”は為す術がない。

 だって”彼女”は、魔術はからきし駄目なのだ。


——アス!我があやつを滅してやろうぞ!この国ごとな!女神なぞ蹴散らしてくれるわ!


 駄目だ!

 そんな事しなくていい!

 そんな事しなくても、俺がなんとかするから!


『ア……リー様!アシュリー様!』

「——っ…」


 ああ、そうか。

 この声は、フィフィの声なんだ。




 まるで夢から覚めたように、目に色彩が戻る。

 ぼやけていた景色がはっきりとしてきた。


「アシュリー様!しっかりして下さい!アシュリー様!」

「………い」


 自分の声が聞こえた。精霊の大声が薄れていく。代わりに、フィフィの大声が聞こえる。


「アシュリー様!どうしたんですか!?」


 はっきりと見えた視界には、ぼろぼろと涙をこぼすフィフィの顔があった。


「アシュリー様!どうしたらいいんですか!しっかりして下さいよ!」

「……さいっての」

「アシュリー様!……って、え?」


 ぼろぼろと涙をこぼしながら、フィフィの目が丸くなる。それを見たら笑えてきた。


「うるさい…」

「は……え…?」


 まだぼろぼろと涙が落ちてくる。それに気付いていないのか、フィフィは目を丸くしてアシュリーをじっと見ていた。


「だから…うるさいって。」


 いつもなら怒ったり呆れたりするのに、呆然と泣くフィフィが面白くて、つい笑ってしまう。今さっきまで自分が消えそうで怖かったのが嘘のように、フィフィの顔を見ているだけでそれが消えていた。


「あ……その………アシュリー様…?」


 間抜けな質問に、さらに笑えた。


「俺じゃなかったら、なんなの…」


 フィフィが、さらにきょとんとした顔になった。まだ涙が顔に降ってくるのだが、やはり気付いていないのだろう。


「え…あ…それは、そうなんですけど。」


 言ってから、不安気に顔を歪めた。その顔にとっさに手を伸ばそうとして、身体が少しだるいのに気付いた。

「……顔。」

「へ?」


 ようやく涙が収まってきたらしい。


「顔。」

「……?」


 手を伸ばすと、不思議そうにしながらその指先に顔を寄せてきた。素直過ぎて、変だ。


「……泣き過ぎ。」

「…は?」


 指先で涙を拭うと、フィフィが驚いて自分で頬を撫でた。


「えっ!?」

「…気付いてなかったわけ?」


 驚いたフィフィにこっちが驚く。あれだけ豪快に泣いていたのに、少しも気付いてないだなんて、あり得るのだろうか。


「あ……なんか、気付きませんでした。」

「………」


 ぱちぱちと瞬きしている様子を見ると、泣いているなんて少しも思わなかったらしい。フィフィは慌てて涙を拭って、アシュリーが起きるのを手伝った。


「…あの」


 いやに遠慮がちにフィフィが訊ねてくる。


「なに?」


 聞き返すと、じっと顔を覗き込まれた。


「…大丈夫なんですか?」


 こんな殊勝なフィフィは見た事がない。


「なんとか。」


 笑って立ち上がると、フィフィはまだ不安そうにしていた。可笑しくてつい聞いてしまう。


「なんでそんなに不安そうなの。」

「なんでって…アシュリー様、なんか、消えそうな気がしたから。」

「…………」


 なんだって、こんな事が言えるんだろう。


「………やっぱ、変だ。」

「ってそれはあたしの事ですか。」

「……そう。君って、変。」


 思わず“あたし”と言った事に気付かず、フィフィは不服そうに睨んできた。それに安堵して、気持ちが落ち着いてきた。精霊の感情の高ぶりはまだ感じるものの、それで意識が揺さぶられる程ではない。


「レイフィス陛下は?」

「あ、命に別状はないですよ。」


 そのままレイフィスの側へ行こうとすると、フィフィが慌てて止めた。


「あ、待って下さい!」

「…なに?」


 引っ掴んで止められて、思わず不機嫌になる。


「すいません。涙ついてます。」

「…っ!」


 フィフィに顔を拭われて、思いがけず緊張した。指先が顔の上を滑り、離れた。


「いやー…なんか俺が泣いたんじゃなくてアシュリー様が泣いたみたいですねー。」

「っ君のせいだろ!」


 思いっきり手を叩き落としてレイフィスの元へ向かった。


「すいませーん…」


 悪いと少しも思っていない声が追いかけてきて、いつものように腹が立った。




 幸い、レイフィスは頭を打って気を失っていただけだった。しかし、あの男に掴まれた利き手は骨が折れ、出血もひどかった。一応フィフィが止血していたのだが、これではこの先が不安だ。


「面目ない。」


 折れた腕を見つめ、レイフィスが苦しげに言葉を吐いた。


「あれは魔物と大差ありません。…それに、この怪我なら治せます。」

「えっ!?だって、折れてるんですよ?結構細かく…」

「フィアニス殿。言ってくれるな。余計に辛い。」

「うっ、すみません…」


 アシュリーは深呼吸一つして、怒り狂う光の精霊に呼びかけた。



「——我と時を共にする者、光の王よ。汝の大いなる力を持って、この傷を癒し給え——」



(光の王………アシュリー様って、やっぱり意外にすごいんだな…)


 唱え終えたアシュリーの身体から光が溢れ出す。それは粒子となって、導かれるようにレイフィスの腕へと吸い込まれていった。


「っ…!」


 光が消えた後、一瞬顔をしかめたレイフィスだったが、その腕は、すでに動くようになっていた。


「すごい…!」

「見事なものだな…」


 フィフィもレイフィスもまじまじとその腕を眺める。それに溜息一つついて、アシュリーは何故か通路を逸れて、城の外へと歩き出してしまった。


「あっ、ちょっとアシュリー様!」


 慌てて追いかけるフィフィに続き、レイフィスも腕の動きを確かめながら追いかける。


「一体なんだ?」


 訊ねられるも、フィフィにも分からない。


「さあ…いつも唐突なんですよね。必要な事ではあるんですけど…何も言ってくれないので。」

「そうか…」


 前を行くアシュリーの背を眺め、レイフィスが呟く。


「従者も苦労するな。」

「全くです。」




 アシュリーは外へ出ると、また、深呼吸をした。後ろを振り返って二人を確認する。


「なるべく私の側にいていただけますか?」

「分かった。」

「君も。」

「あ、はい。」


 二人が側まで寄ってくると、側を離れないように念を押した。ちゃんと頷いたのを見てから、アシュリーは天を仰いだ。



「——光の王よ。汝の主である我が命ず。」



 ふわり、と周りの空気が変わった。


(これ…この空気。アシュリー様が倒れてた時と同じだ…)


 アシュリーの髪が、服が、魔力を孕んで浮き上がる。ちらりと横を見ると、レイフィスがどこか居心地悪そうにアシュリーを見ていた。


(そうなんだよな…この空気…綺麗過ぎて、居心地悪い。)


 恐ろしく感じる程の、清浄な空気。存在を否定されているような清らかさ。


(これは…光の精霊の気配だったのか…)


 それでも、目の前のアシュリーがちゃんと“アシュリーとして”存在しているからか、どこか安心出来た。



「夢から(いで)し現の緑を消し去り給え——」



 そう唱え、アシュリーが天へ手をかざし、振り下ろす。


 すると——


「「!?」」


 派手な音を立て、天から光が落ちてきた。それはまさしく、光の槍のように、いくつもいくつも振ってくる。地響きが鳴り響き、美しい島の緑を瞬く間に消し飛ばしていく。


 神々しい光と音に思わずよろめくと、レイフィスが支えてくれた。レイフィスもただただ驚愕して光の槍を見ている。


(すごい…これが光の精霊の力!?)


 アシュリーは天を見つめ、静かにそこへ立っていた。強い魔力を孕んでいるからか、全体が仄かに光り、ゆらゆらと髪や服が浮いて揺れていた。その姿は、気高く、力強い。華奢で面倒臭がりのアシュリーとは思えない程だ。


 光の槍は、まるでこの島を憎むかの如く容赦なく降り注ぐ。その痛烈なまでの勢いを見ていると、女王の悲しむ顔が浮かんでくるようだった。


(その女王は…緑が枯れて、国が閉ざされ、娘の幸せも叶えられない事が、よっぽど悲しくて悔しかったんだろうな…)


 これほどまでに美しい国が、形は違えど、こうやって滅んでいくのは、見るに耐えない事だったのだろう。


(でも…女王。姫はこんな国望んでなかった。貴女が夢に囚われてるのを悲しんでる。)


 フィフィは、降り注ぐ光りに消されていく景色を、しっかりと目に焼き付けた。




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