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大魔術師と助手  作者: 沢凪イッキ
第六章 花の生まれた場所
29/43

-28-


 巫女の部屋から見える景色は、ぼんやりと古の島を見せていた。壁をくりぬいたような窓に腰掛けた青年は、静かに、ただ静かに、ずっと遠くを見つめていた。


「気になりますか?」


 部屋の中央に敷かれた神聖な“座”から、青年の後ろ姿に声をかけた。


「…泣いている気がする」


 青年は目を細めた。その視線の先には古の島がある。遠い昔、この国の王族と結ばれようとした王女がいる島だ。


 巫女は青年の後ろ姿を見つめて、何も出来ずに溜息を吐いた。




 フェルウェイルの城は、灰色がかった白い石で造り上げられていた。少し華奢な印象を受けるが、そこに住む者の落ち着きと聡明さを現しているようだった。


(フェルウェイルの王ってどんな人だろ?)


 このすらりと落ち着いた城には、今まで出会ったような、どっしりと威圧感のある王は似合わないような気がする。いたらいたで、マッチするのか見てみたいが。


(どっちにしろフェルウェイルの王には会わないといけないんだよな。)


 じっと前を行くアシュリーの頭を見つめる。


(最初思ってたのと違うな…)


 クライストの大魔術師の噂は聞いていた。若い、美しい、強い、少し変わっている。そう聞いてはいたが、二人もいるなんて知らなかったし、気難しいだなんて思わなかった。


(出会い頭にウィスペルに攻撃されたっけ。)


 その後は要らないと言われっぱなしだった。


(面倒だとか言ってたけど、今はそこまで邪見にされてないんだよな。)


 改めてそう思うと嬉しくなった。横にいてもいいと言われたようで。


「フィアニス様…」


 隣でにやけだしたフィフィに気付いてヴィーグが覗き込む。


「なんだよ。」

「気持ち悪いですよ。」


 眉を顰めてきっぱりと言う。フィフィも躊躇い無くその頭をはたいた。


「いてっ!」

「言って良い事と悪い事があんだろ!」

「いやでも、そのしまりない顔で謁見されると思うと、いてもたってもいられなくて…」

「わざとらしい口実言うのはその口か?」


 ぐっと握りしめた拳を眼前へ持ち上げてにっこり笑う。するとヴィーグもにっこり笑った。


「いえいえ。俺は口実なんて。」

「へえー?」


 にこにこと威圧しあう。と、ジルキスがわくわくした表情で割り込んできた。


「そんなに気持ち悪いお顔をなさっていたんですか?」

「「…………」」


 明らかな挑発と心底楽しそうな様子に、一気に気持ちが落ち着いた。


「…いや…そうかもな…」

「いえ…言い過ぎました…」


 フィフィもヴィーグもそろりと視線を逸らす。ジルキスは心底残念そうに呟いた。


「なんだ…私も見てみたかったです。」

「「…………」」


 ふと前を見ると、アシュリーが騒ぐ三人を睨みつけていた。


「「「す、すみません!」」」


 慌てて大人しくする三人を見て、アシュリーは深いため息を吐いた。


 が。


「あっ、アシュリー様、あれ!」


 フィフィが突如大声を出した。


「うるさい。」


 ぴしゃりと言われてもフィフィは止めなかった。


「見て下さいよ!あれ!ほら!」


 耳元で言われて、うるさいと言うよりも従った方が良いと諦め、アシュリーは前方を見た。


「——!」


 はっと目を見張った。思わず足が止まる。それはフィフィも、ヴィーグとジルキスも同じだった。


「………そんな…」

「どうして……」


 思わず呆然とその光景を見つめた。


「………」


 そこには、植物に浸食されていない町並みがあった。あの植物が、まるでこの国を避けているようにすら思える光景だ。しかし妙な事に町人は見当たらない。


「アシュリー様…これは…?」


 問いかけるフィフィには答えず、アシュリーは険しい顔で足を進めた。


「あ、アシュリー様!」


 慌てて三人も後に続く。


「何か、ある。」

「………」


 アシュリーの眼差しに強い力を感じて、フィフィは質問を止めて後に続いた。






 フェルウェイル城は静かに佇んでいた。その佇まいは、まるで自然の中にあるかのように景色に溶け込む。親しみ易い雰囲気があった。


 しかし今、その城門は固く閉ざされていた。


「……どうしますか?アシュリー様。」


 フィフィが横から覗き込んでいると、アシュリーは首を傾げた。


「レイフィス陛下にはニルが伝えてくれてる筈だ。」

「しかしウィルレイユ様。どうも人の気配が希薄なような…」


 ヴィーグも困惑しているようだ。


「………」

「フィアニス様?」


 黙ったまま表情が消えているフィフィを見て、ジルキスが覗き込んだ。アシュリーはそれを見て、じっと待つ。それを見てヴィーグもフィフィを見て待つ。


 と。


「……観察されてます。」


 そう、言った。


「………」


 それを聞いて、アシュリーは一歩扉に近づいた。そして、大きく息を吸い込んだ。


「我らはクライストより参りました。我が名はアシュリー=ウィルレイユ。ニルヴァーナ=ハディエスの対となる大魔術師です。」


 突然扉に向かって声を張り上げたアシュリーを唖然と見ていたヴィーグとジルキスだが、慌てて続けて名乗った。


「我が名はヴィーグ=テグナス。王師第一師団員です。」

「同じく、ジルキス=サウダール。」


 フィフィは黙って周囲を探っていた。そんなフィフィをあざ笑うように、城門の上の方から声が降ってきた。


「お前は?」

「「「「!」」」」


 全員はっと見上げると、誰かが空から降ってきた。どんっ、と音を立てて地面へ降り立ったのは、今だ幼さの残る少年だった。肩に担いでいるのは、剣先に向けて幅が広くなっている、変わった剣だった。


「お前は名乗らないのか?」


 少年の成りをしていても、彼がただものでないのは肌で感じられた。まるで、そう。ヴィルジウスと対峙した時のような、圧倒的な威圧感。


「…フィアニス=ルセ。アシュリー様の助手兼護衛を務めています。」


 フッ、と少年が笑った。どこまでも挑戦的だ。


「失礼ですが、貴方は?」


 アシュリーが冷静に訊ねると、少年は担いでいた剣を下ろした。


「俺はヴァルガン=アウゼス。」


 ヴァルガンが剣から手を離すと、地面に突き刺さる筈のそれが、砂塵のように消え失せてしまった。


「………っ!」


 ヴィーグもジルキスも目を見開いた。彼は一言も詠唱しなかった。そんな二人を見て、ヴァルガンはせせら笑う。


「フェルウェイルは今だ精霊と密接な関係にある。これくらいで驚かれてもな。」

「それで、レイフィス陛下には話しが通っている筈ですが?」


 ヴァルガンの挑発をさらりと無視してアシュリーがそう問いかけると、それが面白かったのか、今度は年相応の幼い笑顔で言った。


「陛下は今、手が空いていない。」

「では、お待ちしても?」


 手が空いてないってなんだ、とぎろりと睨みつけたフィフィを横目で制して、アシュリーは落ち着いてそう訊ねた。すると、ヴァルガンが面白そうに笑って言った。


「いや、手伝ってもらえると助かる。」

「「「「手伝う?」」」」

「魔物狩りだ。」

「「「「魔物狩り?」」」」




 レイフィスは薄暗い森の中を疾走していた。走る先には魔物がいる。


 嵐が去った後くらいからだろうか。この国にあのような魔物が現れ出したのは。


 近隣の国々のように植物には浸食されないかわりに、この国には魔物が現れるようになってしまった。


 それと同時に、風や波音に混じって、女性のすすり泣く声が聞こえるような気がしている。


(あの国の呪いなのか…何かの仕業なのか…)


 考えている間に魔物に追いついた。


 獅子の様な身体は黒い鱗で覆われ、血の様な深紅の目でこちらを睨んでいる。唸る口元からは瘴気が吐き出され、その尾の先には鋭い突起があった。蠍くらいの大きさならば針と呼べただろうが、これだけ巨大だとそうは呼べまい。


 魔物は凶悪な眼光を光らせ、レイフィスに一足飛びで襲いかかってきた。振り上げられたその腕にかかれば、人など容易く千切られてしまう。


 だが、レイフィスに避けるつもりは毛頭なかった。


 魔物にぶつかるようにその懐へ飛び込み、長剣を振り上げて巨大な腕をはね飛ばした。頭上を通り過ぎる巨体の腹に長剣を突き立て、堪える。と、魔物は悪しき身体を引き裂かれて地面へと激突する。勢いで少し滑った。


 魔物へと向き直ったレイフィスの目には、瘴気となって消えていく姿が映った。


(…増えてきているな。)


 徐々に魔物の数が増えている。最近は自分とヴァルガンでも仕留めきれない数になっている。


「レイ!」


 見知った声に首を向けると、ヴァルガンが好戦的に目を輝かせていた。今の今まで魔物狩りをしていたのだろう。


「どうだった?」


 問われてヴァルガンは頷く。


「城の周りはあらかた、片付いた。ついでに助っ人を連れて来た。」

「助っ人?」


 問いかけるヴァルガンの後ろに人影を見つけて、レイフィスは眉を顰めながらその姿を確認した。




(これが…レイフィス国王?)


 フィフィは驚いて、まじまじと見つめてしまった。


(……嘘だろ…アシュリー様と同じ年頃?)


 ヴァルガンがレイフィスだと言って駆け寄った相手は、どう見ても青年だった。さっき魔物を倒した腕前はかなりのものだ。それに加えて、佇まいや容姿は凛々しく落ち着きがあって、王というよりは鍛え上げた戦士に見えた。


 淡い金色の髪。鋭い光を宿す瞳は青とも緑ともつかない色。雪の様に白い肌。レイフィスの、どこか人間離れした容姿もさることながら、纏う雰囲気までもが、ひどく印象的だった。


 レイフィスは静かな瞳でフィフィ達を一人一人確認すると、アシュリーに目を留め、訊ねた。


「……名を伺っても?」


 声音は静かで強くないものの、その目には強い覇気があった。確かに人の上に立つものの威厳が備わっている。


「クライスト帝国大魔術師。アシュリー=ウィルレイユと申します。」


 アシュリーが膝を折り、地面に片膝をついて頭を下げるのを、レイフィスは静かに見ていた。フィフィ達もそれに習って礼をする。


「報告は城で伺おうか。近頃は魔物がよく出るからな。」

「魔物が…?」


 訝しむアシュリーをちらりと見て、レイフィスは空に呼びかけた。


「ルゥレイ。城へ帰る。」


(…ここにも精霊がいんのかな…)


 フィフィが様子を見ていると、城の見える方向に、突如光の輪が浮かび上がった。


(!?)


 輪は、人が通るのに十分な大きさだった。


「付いてくると良い。」


 言うな否や、レイフィスは踵を返して輪の中へ消えてしまった。続いてヴァルガンも。


 呆然とするフィフィやヴィーグ達を見向きもせず、アシュリーも後へ続く。


「あっ、待って下さい!」


 慌ててフィフィも飛び込むと、ヴィーグとジルキスも慌てて飛び込んでいった。




 光の輪から帰還したレイフィスを見て、ルゥレイはにこりと微笑んだ。


「ご無事にお帰りで、何よりです。」


 そんなルゥレイに頷いて、レイフィスは慣れた手つきでで鎧を外して落としていく。当たり前のように後から帰還したヴァルガンがそれを拾った。


「クライストから客人だ。ルゥレイ。この部屋を借りられるか?」

「仰せのままに。我が君。」


 ゆったりと礼をして、ルゥレイは唖然としているフィフィ達に向き直り、再び深く礼をした。


「よくぞ我が国へいらっしゃいました。わたくしは巫女のルゥレイと申します。どうぞよしなに。」


 ふわりとルゥレイが微笑むと、ヴィーグとジルキスの顔が赤くなった。


(確かに、可愛い…)


 フィフィも思わず見つめてしまう。アシュリーはさほど興味がないらしく、淡々と返していた。


「アシュリー=ウィルレイユと申します。少しの間、滞在をお許し頂きました。」

「そう気をお使いになりませんように。…今は時間がないのでしょう?」

「………」


 アシュリーは小さく頭を下げただけで、すぐにレイフィスの側へと行ってしまった。


(あんな美少女に微笑まれて…なんにも感じないのか…?)


 そんな場合ではないのに、気になってしまった。


 ルゥレイは床に余る程長い服の裾をするりと滑らせ、部屋の奥へと移動する。紗織の布がかけられた奥には、どうやら茶器が置いてあるようだった。


「それでは報告を聞こう。」


 レイフィスの声にはっと我に返り、皆がレイフィスを中心に集まった。




 レイフィスは壁をくり抜いたような窓に腰掛け、アシュリー達はその前に座り込んだ。少し逆光を受けるレイフィスの姿は、さらに人間離れした神秘さを増した。神話の戦神が一人、抜け出てきたかのようだ。 


 アシュリーはクライストからフェルウェイルへ至までに分かった事、起こった事を事細かに報告した。その間レイフィスは口を挟まず、静かにアシュリーを見つめて聞いていた。


「…ハークヴェルには前々から嫌な気があると言っていたな。」


 レイフィスが視線を向けると、ルゥレイは淹れたての茶を配りながら頷いた。


「はい。今ではすっかり膨れ上がって、おぞましい程です。」


 ヴァルガンが盆からひょいっと湯呑みを取ると、ルゥレイはちょっとだけねめつけた。その仕草を見ていたヴィーグとジルキスが、また赤くなっている。


「…巫女は彼方の様子も視る事が出来ると聞きました。今クライストがどうなっているか、分かりますか?」


 アシュリーの言葉に、フィフィ達の視線がルゥレイへ向けられる。それに戸惑い、レイフィスを伺うルゥレイの隣で、ヴァルガンが冷ややかにアシュリーを睨んだ。


「それをやる事で、ルゥレイの命が削られるとしても?」

「……!」


 驚き、逡巡して、アシュリーは強く目を伏せた。


「失礼致しました。」

「アシュリー様…謝らないで下さい。わたくしの生命力がもう少し強ければ良かったのですが…」

「双方、謝る必要は無い。」


 レイフィスがきっぱりと言い放った。


「アシュリー殿。元凶を消す為に来たのではないのか?戦況がまずければ、それを成さずに帰還するのか?」

「……いえ。」


 辛辣な言葉に、アシュリーは一瞬拳を握りしめた。しかし、その言葉で気持ちがより固くなったようだった。


(すごい…)


 フィフィはレイフィスから目が逸らせなかった。


 レイフィスは、確かに若い。こうしてアシュリーと並ぶとよく分かるが、やはりまだ若い。それなのに。


(多分、根本からして違うんだ。)


 レイフィスは王になるべくして生まれたのだ。そう感じさせる程の覇気と威厳があった。


「それで…そなたの推測によると、亡国とこの国の関わりが、女王の魂を救う手だてになるかも知れぬと。そういうわけだな?」

「はい。あの国と関わりがあったのはフェルウェイルのみ。何か…その頃の史料などはございませんか?」

「………」


 レイフィスはしばし視線を宙へ浮かべた。


「……あの島には始め、生き物は何もいなかった。」

「………?」


 突然の語り。ヴァルガンとルゥレイは、静かに主君を見つめていた。


「あるのはわずかばかりの草だけ。女神は島に座し、自らの領域である海を眺めるのが好きだった。」


(もしかして…亡国の成り立ち…?)


 レイフィスは淡々と語る。まるでおとぎ話を聞いているようだった。


「やがて一隻の、人一人やっと乗れる程小さな船女神の海へ辿り着いた。それには人間の女が一人、乗っていた。女はぼろぼろの服を纏い弱ってはいたが、その目は強い生命力に溢れていた。それが不思議で、女神はその船を誘って島へと運んだ。


 女神は興味を惹かれて、女を観察する事にした。


 生き物が何もいない島へ行き着いてまず、女は満足げに笑ったそうだ。そして、弱った身体を島の中心へ移動させて、倒れ込んだ。


 女神は、女はそう生きられないだろうと思った。


 だが、丸一日寝込んで、女は驚く事に少し元気になった。そうして起き上がったかと思うと服を裂いて釣り糸の代わりにした。奇跡的に魚がかかると、今度は乗ってきた船を壊してこすり、火を熾した。


 しかしそれでも長くは持たないだろうと女神は考えた。ここには海水しかない。雨風を避ける場所もない。女は死んでしまうだろう。


 けれど女神は、その女が死んでしまうのは嫌だと思った。だから、その姿を女にさらしてこう言った。


『人間の女。お前は今、何を望む?』


 女神に驚いた女だったが、すぐに笑みを浮かべてこう返した。


『国が欲しいわ。』


 女神はなんて人間だろうと驚いた。今のままでは死んでしまうというのに、そんな未来はないとばかりの言葉。そして、その女が好きになった。


 女はとある国の領主の娘で、暴君の命によってたくさんの民が惨殺され、時には女のように荒れた海へ流されていた。そんな国で育った女は、幸せな国が欲しいと願っていた。


 女神の力を借りて、女は自国から民を救い出し、島へと導いた。追ってくる暴君の兵は、海へ出ると瞬く間に沈んでしまった。


 そうして女は穏やかな場所を作り上げた。救い出された民は当然のように女を君主と認め、本当に小さな、小さな国が生まれた。」




 レイフィスが話しを区切ると、フィフィは思わず息を吐いた。


「すごい女性だったんですね…最初の女王は。」


 純粋な感想に、レイフィスがかすかに笑った。


「…そうだな。それ程に豪胆でなければ、女王は勤まらないのかも知れない。」


 その表情に思わず魅入ってしまった。


「…あの国は代々女王だったのでしょう?それが何故か、お分かりになりますか?」


 アシュリーの問いにレイフィスは頷いた。


「最初の女王は娘と息子を生んで、病で亡くなったそうだ。それを嘆いた女神は女の面影を残しておきたくて、女王には女しか産めぬようにしたらしい。」

「勝手な…」


 思わずフィフィが呟くと、レイフィスが苦笑した。


「神とはそんなものだ。」


(……そんなものって…)


「最後の女王の事はご存知ですか?」


 聞かれて、レイフィスは窓から見える孤島を見つめた。


「……それについては読んだ方が早いだろう。…ルゥレイ。あれを。」

「はい。すぐに。」


 ルゥレイは頭を下げると、しづしづと部屋の中央にある“座”へと移動した。そして、そこで両手を胸の前で組んだ。


「………?」


 フィフィ達が見つめる目の前で、組合わさった両手から光が生まれた。そしてそれを開くと、ふわり、と一冊の薄い冊子が現れたのだった。


「詠唱もなしに…?」


 ヴィーグが呟くと、ルゥレイはアシュリーにその冊子を差し出しながら微笑んで言った。


「巫女はいつも精霊の近くにあります。お互いの精神がとても近いので、ほとんどの場合、言葉は必要ないのですよ。」


 またもやヴィーグの顔が赤くなったが、アシュリーが冊子をめくると、三人もそれを覗き込んだ。


 それには最後の女王の時代、他国との交流が始まってから、瞬く間に滅んでいった国の様子がおとぎ話として記されていた—。






  ——失意の底で、女王は祈った。


  どうかこの海が静まるよう。

  どうかこの花々が咲き乱れるよう。

  どうか病が無くなるよう。

  どうか、どうか——


  この王国が、かつての美しい姿を取り戻すよう。


  そして願わくば、哀れな私の娘が、愛するあの方と共にいれるよう。




  その晩、眠りについた女王は夢を見た。


  眠りは夢を誘い、彼女を虜にする。

  咲き乱れる花々。楽しそうな人々。静かに波打つ海。

  あの方と幸せそうにする娘。


  全てが望むもの。

  全てが憧れるもの。


  そんな夢を毎晩見るようになっていた。

  そんな夢にずっといたいと思う様になっていた。

  それが現実ならいいのにと願うようになっていた。





  そっと母の寝室を覗いた王女は、眠っている母の顔を見て、安堵した。

  その顔が、あまりに幸せそうに満ち足りていたから。


  しかし、そっと頬を撫でて凍り付いた。

  女王はもう、冷たくなっていた。

  それなのにどうだろう。

  その肌は柔らかく、まるで生きているかのよう。

  鼓動も止まり、息もしていない。

  それなのに、女王は眠っているようにみえる。


  その肌は、冷たく。


  すでに、生きてはいない。



  いつの間にか、女王の周りには、失われた花々が芽吹き始めていた――



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