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「………このおとぎ話に出てくる花というのが、今回国々を浸食している植物なのかも知れませんね。」
ヴィーグがぽつりと呟くと、アシュリーが小さく頷いた。
「女王の想いにつられて具現化したんだろうな。…それで、この王女の思い人というのは、当時のこの国の王子である、というのは真ですか?」
視線を向けると、レイフィスは頷いた。
「それらしい文献もある。」
「その王子は、国交が絶たれた後は?」
「…幾度か使者を向かわせたが、最初の女王の時のように、海へ出た途端に沈んだそうだ。」
「そうですか…」
どうやら考え込んでしまったアシュリーを横目で見やり、フィフィはレイフィスへ口を開いた。
「あの、陛下。」
これもクルスの教育の賜物か、フィフィは少しだけ身分差に合わせた対応が出来るようになっていた。質問する前にまず、口を開いていいかどうか、伺いを立てる。
レイフィスは静かにフィフィを見つめて頷いた。
「花がこの国に浸食していないのは、やはり王女が大切に思う人の国だったからなんですか?」
フィフィの質問に、レイフィスはちょっと驚いた後、窓の外の孤島を眺めて言った。
「……そうかも知れないな…」
「けどじゃあどうして魔物が出るんでしょう?」
そう言ったフィフィの横で、アシュリーは溜息を吐いた。
「なんですか。」
「……君は、やっぱりもう少し考えてから話した方がいいと思う。」
イラッとしてにこりと笑った。
「え?なんですか?」
「………」
アシュリーは一瞬息を詰まらせたが、さっと目を逸らして答えた。
「…魔物の出現はハークヴェルの仕業だろう。あの国の女王を利用しておいて、それと近しいフェルウェイルの様子を確認せずに放置して置くなんて、考えにくい。」
思わず首を傾げたフィフィを見て、アシュリーは面倒臭そうに目を細めた。
「…つまり、花が浸食していないのを見て、身動きが取れないように魔物を送り込んでいるんだろう。」
なるほど、と頷いてから、フィフィは次なる質問をぶつけた。
「魔物って人が創り出せるもんなんですか?」
「フィアニス様。他国とはいえ陛下の御前ですよ。」
「もう少し言葉遣いに気をつけられませんか?」
ヴィーグとジルキスが慌てて注意すると、その後ろでくすくすとルゥレイが笑った。
「どうかお気になさらず。我が君は気にしておりませんから。」
その台詞に思わずレイフィスに視線を戻すと、かすかに笑って、首を傾げた。
「この状況でそれを気にしても労力の無駄だろう。」
(労力の無駄って…それでいいのか?)
ちょっと呆れてしまったが、フィフィにはそれが心地良い。
(若いせいもあるかも知れないけど、なんか…)
思わず見つめる先で、レイフィスは戸惑いもなくフィフィを見返していた。
(気安くて、落ち着くな。)
そう、思った。
「…で、どうなんですか?アシュリー様。」
「…魔物を人工的に創り出すには、たくさんの“贄”がいる。」
「贄…ですか?」
首を傾げるフィフィに、アシュリーはついと視線を逸らして言った。
「…天魔が生まれる仕組みを話したのは、覚えてる?」
「あ……」
——天魔は、親しい者の亡骸から生まれる魔物だ。…助けを求めたユンファの想いと、助けたかった家族の想いと、ユンファの魔力によって天魔は生まれた。
思い出して、フィフィは嫌な考えが浮かんでぞっとした。
「まさか…」
「たくさん魔物を創り出すのなら、応じてたくさんの魔力と骸が必要になる。」
「でも…そんな数の…」
言いながら気がついた。
「アシュリー様…」
青ざめている気がする。そんなフィフィを見たアシュリーは、静かに瞬きした。
「……花の侵略には、魔力を集める他にも目的があったって事だ。」
「………!!」
今まで通ってきた、花に浸食されたたくさんの町を思い出す。あの町にいた人達は、逃げたのではないのか?
「でもアシュリー様!相手は植物ですよ?逃げられないわけ…」
「君も見ただろ?あの花に“水”が纏わりついてるの。」
「…だけど…あれは魔力のある人間にしか反応しないんですよね?」
縋るように見つめるフィフィに、アシュリーは息を吐いて、しっかりと目を合わせた。
「水で魔力を蓄え、骸へ溢れて魔物と化す。」
「…でも!そんな都合良く骸があるわけ」
「あの植物がどうやって運ばれか、忘れた?」
「え…?」
問いかけたアシュリーの目が憤っているような気がして、フィフィは口を噤んだ。
「…君も経験しただろう。」
「………」
クライストを襲った嵐。あの時フィフィは城内にいたから怪我ひとつしないで済んだ。だが、今まで自分がいた場所だったら…無事でいられただろうか?
(無事でなんかいられるわけないよな…)
はっ、と自嘲した。自分が無事だったから、他もそんなに大差ないと、何故か思い込んでいたのだ。嵐の爪痕は、酷いものだったのに。
「…全部、計画的だったって事ですか…」
嵐が時間をかけて進んでいたのも、確実に骸の数を増やす為。魔力を吸い上げ、それを骸へ流して。魔物を生み出し、さらに骸を増やし、魔物を増やす。
それが分かって、ぎりっ、と奥歯を噛み締め、拳を握り込んだ。
(えげつねぇ……なんだってこんな…)
俯いたフィフィを見つめて、レイフィスが口を開いた。
「事の次第は分かった。…それで、これからどうするつもりだ?」
問いかけてはいるものの、その目はアシュリーの返答が分かっているようだった。
「…あの島へ行く他ないでしょう。」
アシュリーの目は、力強く孤島を見据えていた。それをレイフィスは静かに見つめた。
「……亡霊に会って、どうするというのです?」
呆然と呟いたのはジルキスだった。視線が彼に集まる。
「…そんな事をするよりも、元凶であるハークヴェルへ向かった方が良いのではないですか?」
その目に、熱がこもる。それを見てヴィーグも口を開いた。
「私もジルキスの意見に賛同いたします。全てを仕組んだハークヴェルを叩くべきではないでしょうか?」
「…………」
今度はアシュリーへ視線が集まる。アシュリーはすぐには答えなかった。しばらく思案して、唐突にフィフィへ視線を向ける。
「え?」
向けられただけで何も言われていないのに、思わずそう声を上げてしまった。
「君は、俺を護れる?」
「は?」
いきなり言われて、フィフィは二、三度瞬きした。その間もアシュリーは真っ直ぐにフィフィを見つめる。
「絶対に護れる?」
「……アシュリー様…」
命を預けるがいいか、と聞かれているのだと気付いた。途端に嬉しいのと不安なのとが膨れ上がる。そして、残ったのは嬉しいのと、ぞくりとするような覚悟だった。
「…護ります。絶対に。」
「………」
わずかに。ほんのわずかにアシュリーの口元が弧を描く。それだけでフィフィは胸が熱くなった。
「なら、ヴィーグとジルキスは先にクライストへ帰って。」
「「ウィルレイユ様!?」」
思わず腰を浮かせた二人を睨んで制し、アシュリーは続ける。
「ここから先は魔力のない人間が軽々しく行ける場所じゃない。」
「どういう意味でしょうか?」
ジルキスの口調は静かだったが、その目は穏やかではない。
「…行くのは女神の領域だ。そして、その女神が力を分けた女王が支配する領域でもある。」
「……つまり、魔力で溢れ返っているというわけですね。」
苦々しくジルキスが呟くと、ヴィーグがフィフィへと視線を向けた。
「しかしそれならフィアニス様も危険なのでは?」
「え?俺?」
きょとんとするフィフィに、ヴィーグが心底心配そうに肩を落とした。
「フィアニス様…無知にも程がありますよ。」
「うるせぇな…」
苦笑して睨む。
「魔力のない人間…人に限らず、魔力のない生き物が濃厚な魔力に当てられると、神経がついていけないんですよ。」
「……っていうと?」
ヴィーグの目が哀れんでいる。
「…発狂します。正気にはまず戻れません。」
「…………」
フィフィは若干怖じ気づいた。
(そ…そうなのか!?)
勢い良くアシュリーを振り返ると、さらりと答えた。
「君にはエウェラの加護がある。」
「…だから大丈夫なんですか?」
心底疑いながらそう聞くと、当然のように頷かれた。
(……そこはかとなく不安だけど。)
でも。
「分かりました。大丈夫なんですね。」
アシュリーの言う事だ。きっと大丈夫なんだろうと頷いた。
「へえ…」
今まで黙っていたヴァルガンが呟いた。
「あんた、エウェラの加護を受けてるのか。」
ルゥレイもレイフィスも、興味深そうにフィフィを見ていた。
「…一応?」
首を傾げながら言うと、またもヴィーグとジルキスが呆れた声を出した。
「「一応って…」」
くっ、と押し殺した笑い声が聞こえて主を探すと、レイフィスが肩を揺らしていた。
「…大精霊の加護を受けていながら、本人にその自覚があまりないようだな。」
それを聞いたヴィーグが、疲れた様子で溜息を吐いた。
「誰にも不遜で、困ります…」
その言葉にむっとしたフィフィだったが、それどころではないと自分と押さえた。それを見て、アシュリーが話しを戻す。
「そういう事だから、二人にはクライストに戻って欲しい。」
「「………」」
ヴィーグとジルキスは目を合わせた。そして、深く頷き合った。
「分かりました。ウィルレイユ様がお戻りの際は一気に片がつくように、尽力致します。」
「必ず無事にお戻り下さい。」
そんな二人としっかり目を合わせ、アシュリーは頷いた。
「…そういうわけで、レイフィス陛下。ここからクライストへ転移陣を展開する許可を頂きたい。」
レイフィスはあっさり頷いた。
「そこへ開けば良い。」
すぐそこの地面を指差してそう言った。まさにレイフィスの目の前だ。一瞬たじろいだアシュリーだったが、すぐに頷いて転移陣を描き出した。
「あの島へ行ってどうするおつもりですか?」
ジルキスが射るようにアシュリーの背を見つめる。
「…ただの亡霊は魔力を持たないし、想像を具現化するのも難しいだろう。彼女はわずかでも、何かに変わってしまっている。」
「何か、とは?」
ヴィーグも不思議そうにアシュリーの背を見つめる。
「…それが行ってみないと分からない。」
「…それで行くのですね。」
「………」
アシュリーはふと腕を止めた。
「…ハークヴェルを潰すのも必要な事だけど、それじゃあ戦力の元となるあの植物は消えないだろ。それじゃあこちらも保たないかも知れない。」
「………」
ヴィーグとジルキスは再び目を合わせた。そして、その目に強い光が宿る。
「さすがは剣であり盾。…クライストは我らにお任せを。」
アシュリーの背に一礼して、二人はフィアニスに向き直った。
「フィアニス様。どうかお気をつけて。」
「お前らもな。皆を頼む。」
「言われずとも!」
お互い激励するように笑い合う。
「準備が出来た。陣へ入って。」
アシュリーに促されて二人が陣へと足を踏み入れる。輝き出した陣を見つめ、アシュリー達は大きく頷き合った。
「っ!」
一瞬にして輝きが膨れ上がり、消え去った後には二人の姿も、転移陣も消えていた。
(………フォン、大丈夫かな…)
一瞬、口うるさいその姿を浮かべて、頭を振って頭から追い出した。
ヴィーグとジルキスをクライストへ送り返した後、レイフィスはおもむろにアシュリー達を伴って城の外へ出た。
(見せたいものってなんだろ?)
前を行くレイフィスの後ろにはヴァルガンとルゥレイが。その後ろにアシュリーとフィフィが続いていた。
「レイ、眠れてるか?」
ヴァルガンがレイフィスの顔を覗き込んで訊ねる。その様子をフィフィはまじまじと見てしまった。
(フェルウェイルの臣下は随分気安いんだなぁ…)
それがいつもの事なのか、レイフィスもルゥレイも気にする様子がない。それどころかわずかに笑みを浮かべているから、相当信頼しているのだろう。
「まあな。だが民に無理をして貰っているのに、私が安穏と眠るわけにはいくまい。」
それを聞いて、フィフィは不思議に思った。
(そういや、民の姿も無ければ臣下の姿もないな。衛兵くらいはいそうなもんだけど…)
魔物や植物にやられてしまったのだろうか。
(でも…植物の浸食は免れてて、魔物はいるけどあの人の腕があれば…そう簡単に民を失う事もないよなぁ…)
じっとレイフィスの背を見ていると、ふいにアシュリーが口を開いた。
「…レイフィス陛下。」
呼ばれてレイフィスがちらりと視線を寄越した。続けろという事らしい。
「城には陛下とアウゼス殿、ルゥレイ殿しかいないようですが…他の者は何処に?」
するとレイフィスは、足を止めてくすりと笑った。面白がるようにアシュリーを見た。
「どこにいると?」
「………」
アシュリーは視線を外して少し考え、また、ひたとレイフィスの目を捉えた。
「地下、ですか?」
「地下?」
驚くフィフィを見て、レイフィスが微笑する。
「その通りだ。…ルゥレイに頼んで地下へ隠してもらった。」
「ほんとに地下にいるんですか!?」
思わず叫んだフィフィの横で、アシュリーがいつものように耳を塞いだ。
「うるさい。君はほんとにうるさい。」
「あー…すみません。で、どうなってるんですか?」
興味津々で目を輝かせるフィフィに、レイフィスは一瞬戸惑ったものの、すぐに淡い笑みを浮かべて答えてくれた。
「地下に居住区を造ったのだ。そこへ避難してもらっている。」
「へえー!そんな事出来るんですね…!」
どんな風になっているのか想像して、ちょっとだけ行ってみたくなる。
「…聞いてどうするの?それ。」
アシュリーに問われてうっと詰まった。
「別にどうって事はないですけど。どうなってるのか気になっただけですよ。」
不思議そうに首を傾げて眺められた。
(アシュリー様はいつも魔術に触れてるから珍しくもないだろうけど、あたしに珍しい事なんだよ。)
なんて言ったらますます不思議がられそうなので、止めておく。
「…アシュリー殿とフィアニス殿は気安いのだな。」
「「………」」
二人して複雑そうな顔をする。ルゥレイがくすくすと笑った。
「まあ。ヴァルとレイ様も始めはこのような雰囲気でしたわね。」
思わずレイフィスとヴァルガンを見比べると、二人は顔を見合わせて笑った。レイフィスの笑みは相変わらずかすかで、表情があまり動かない人なんだろうと思った。
「ヴァルとは随分喧嘩しあったな。」
「俺は殺す気だったけど?」
(えっ)
笑顔で会話する二人の雰囲気には、そぐわない言葉が飛び出た気がする。
「ヴァルと会った時は魔物に会ったのかと思ったな。」
(どんな出会いだったんだよ…)
怖くて聞けない。
「あ、我が君。着きましたよ。」
ルゥレイがそう告げ、視線を向けた先には異様な光景があった。
「………これは…」
アシュリーとフィフィは言葉が出ずに、しばしその光景を見つめた。
そこはフェルウェイルの端。孤島とを阻む海には、あの花が道のようになって咲いていた。しかし。
「…なんで棘が?」
そう。その花の茎にはびっしりと、長くて細い棘がついていた。触る事すら難しい程だ。
「よく分からないが、嵐の後にはもうこれが出来ていてな。…どう見ても、孤島へ続く道のように見えないか?」
言われてアシュリーも頷いた。
「確かに、そのように見えますね。」
「でもこれだけ棘があるんじゃ渡れないと思うだろ?」
にやりとヴァルガンが笑う。
「渡れるんですか?この棘の中を?」
疑いも露にフィフィが訊ねると、レイフィスがおもむろに花の方へと近づいた。
「ちょっ、大丈夫なんですか!?」
慌てるフィフィにふわりと微笑み、ルゥレイは静かにレイフィスを見つめた。
棘に触れられる程レイフィスが近づくと、途端に何故か、棘がすっと消えていってしまった。
「えっ!?」
フィフィは思わず瞬く。アシュリーはじっと様子を見ていた。
「この通り、渡れるらしい。」
「……えっと…向こうから何か来たりは…?」
訊ねたフィフィに、レイフィスは首を傾げた。
「今のところはないな。」
「…陛下以外に、花の棘が消える者はいますか?」
アシュリーの問いに、ルゥレイとヴァルガンは意味ありげに顔を見合わせる。
「…いないようだな。」
考え込むアシュリーに、ぽつりと零す。
「私に孤島の女王の血が混じっているからだろうな。」
「え?」
「……え?」
フィフィとアシュリーが同じ声を上げた。するとレイフィスはちょっと驚いて、目を瞬いた。
「…そうか。知らないのだな。…あの国の王女と結ばれたのは、何も最後の時だけではない。滅びる前にも、何度か王族と交わっている。」
「そう…でしたか…!」
珍しくアシュリーの声がうわずっている。
「なら…ずっと容易く女王を救えるかも知れない…!」
「あの、アシュリー様?」
今まで見た事のない表情に、フィフィは戸惑ってたじろぐ。そんなフィフィには目もくれず、アシュリーは一歩レイフィスに近づいた。
「レイフィス陛下。どうか私たちと共にあの島へ行って下さいませんか?」
面食らったのはフィフィだけではなかった。レイフィスはもちろん、ヴァルガンとルゥレイも目を丸くしている。
「繋がりのある陛下のお力が必要なのです!」
この時のアシュリーは、思わずレイフィスが怯む程の勢いがあった。




