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孤高の塵人  作者: dy冷凍
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七十九章

モセカの親を治したあとおっちゃんの足も治して後は繭家で過ごした

 それから一ヶ月が経った。一ヶ月の内には大した騒動もなく俺は平和に蜘蛛亜人たちと暮らしていた。一ヶ月の間には蜘蛛亜人と一緒に狩りに行ったり仕事を手伝ったりした。


 蜘蛛亜人の主な輸出物は糸で編んだ物なので俺も少しやってみたが、手先が不器用すぎて編み方を教えてくれた蜘蛛亜人はこいつ使えねぇな、みたいな目をしていた。ワニ亜人も俺と同じく脱落した。うん。最初からわかってたぜ。ワニ亜人。


 不死身少女はかなりセンスが良いらしく蜘蛛亜人に褒められておっかなびっくりな反応をしていた。


 編みの仕事は出来そうにないのでその分狩りの方は気合を入れてやった。気合を入れすぎて動物を捕獲しすぎて狩り部隊の隊長に呆れられたが。これだから人間は……という視線を笑って誤魔化しながら捕獲した兎や狸を逃がした。


 モセカの父が皆を集めて俺に救わたことを発表したおかげで俺の立場は多少向上している。だが一部の者は俺を嫌っている。これは憶測でしかないが、モセカの母もその一人だと思う。


 モセカの母は毎回会うたびに取り巻きと一緒にこちらを見てひそひそと話している。昨日の夕食の時なんてその取り巻きAが頭に糸をぶつけてきたからな。モセカの母は「このような者に構うな」とか偉そうに言いながら糸飛ばしてきましたからね。いや、お前も飛ばすのかよ! 構ってんじゃん!


 モセカの父はかなり人望があり戦争でも活躍した武人なので信用できるが、多分妻の尻に敷かれているタイプだ。モセカの母が俺にちょっかいを出していることを知っても彼は何も言えない気がする。


 というか何でモセカの母は俺を嫌ってるんですかね……。貴重な麻痺薬を使って全身腐らせながら呪い解いてやったのに。


 本当にムカついたらまた呪いをかけると脅してやろう。肉ごと切り取った物が異次元袋にあるから実際簡単に出来る。まぁそうなるとモセカを失うことになるが……。


 モセカは弱肉強食の考えが強くて正直俺とは合わないが、両親を救ってからは多少わだかまりが無くなった気がする。それに損得勘定とはいえ裏切らなかったモセカを失うのは惜しい。諜報部隊もいくつかくれるらしいしな。いらないけど。


 繭家で剣を研ぎながら考えを巡らせていると、いきなり誰かが扉を開けた。数秒空いた扉を見つめたが誰も入って来なかったので様子を見に行くと、扉の先には巨大な蜘蛛の足が見えた。


 外に出ると巨大な蜘蛛の背中に人間の上半身を付けたような身体をしたモセカの母親が、蜘蛛の身体の上から見下ろすようにこちらを睨んでいた。



「外に出なさい。人間」

「もう身体の方は大丈夫なんですか?」

「何か不都合があるかしら」

「いや、無いですけど……」



 おずおずと家から出ると黒いドレスを着たモセカの母は愛想のない顔でこちらを頭上から睨んでいた。


 今まで直接家を尋ねられたことは無かったので怪しく思っていると。モセカの母は巨大な蜘蛛の身体を動かしてこちらに背を向けた。



「着いてきなさい。話があるわ」



 モセカの母の周りに取り巻きがいないことを不思議に思いながらも、言われるがままに着いていく。どんどんと森の深くへ進んでいることに警戒しながらも、二十分くらい歩いた所でモセカの母は止まった。


 ここは木の数が多くて空を覆うように葉が太陽を遮ってとても薄暗かった。それに草むらも多く奇襲するにはよさそうな場所だ。


 周囲の風を吹かせて何か動いている奴がいないか確認したが、今のところはわからない。だがモセカが蜘蛛の諜報部隊は亜人の中で最高の能力を持つと言っていた。


 ワニ亜人との力比べで俺が互角だったこともあるし、油断しない方がいいだろう。前にある巨大な切り株に乗って身体を休めているモセカの母の挙動を、神経を尖らせながら見つめる。



「まさかそこまで警戒されているとは思わなかったわ」

「何が目的だ」



 蜘蛛の足を折り曲げながらモセカの母は不快げに顔を歪めた。それを訝しげに思いながらも、腰にある剣に手をかけた時だった。


 上の空気が乱れた。恐らく上からの奇襲。少し後ろに飛ぶと俺がいた場所に白い塊がねちゃりと付着した。続いて背後と右の空気が小さく乱れる。飛んできた糸弾は半身を捻って避ける。


 糸が飛んできた場所に大体の目星を付けて指差し、光の障壁を四角形に組み立てて蜘蛛亜人を閉じ込める。


 左から来るのは空気の乱れの大きさからして蜘蛛亜人本体。組み伏せようと掴まれた腕を軸に飛び上がって相手の背後に回る。蹴り飛ばし、障壁で閉じ込める。


 上から細かい空気の乱れ。すぐさま水の障壁を展開。糸が水に弱いことはこの一週間でわかっている。網状あみじょうの糸を防いでから上の三体を障壁で閉じ込める。


 この間に全く身動きしなかったモセカの母を怪訝に思いながらも、一先ず光の障壁を彼女の周りに張る。だが彼女が蜘蛛の足をひと振りすると光の障壁は派手に砕け散った。



「その魔法。やはり貴方は黒の旅人に関係しているようね」



 モセカの母はそう言いながら蜘蛛の身体をゆっくりと地面に付けた。べったりと地面に蜘蛛の身体をくっつけたモセカの母はそのまま頭を下げた。



「……今まで高圧的な態度を取っていたのは威厳を秩序を保つためです。私が人間に頭を下げては下の者が暴走する恐れがありました。呪いを解いてくれたこと、夫を治してくれたこと、そして囚われたモセカを救ってくれたことは本当に感謝しています」



 ここまでの一週間とは打って変わった雰囲気に若干戸惑ったが、一先ず障壁で閉じ込めている蜘蛛亜人たちを指差す。



「……じゃあさっきの奴らは?」

「私の身辺警護の者たちですね。貴方が剣を手にとったので反応してしまったのでしょう。私の身を守ることが彼らの仕事ですので、どうか腕一本で勘弁していただけませんか?」

「ん? 腕一本は取らせてくれるの? いや、取らないけどさ」



 頭の隅で水の障壁を思い浮かべながら適当に話を進める。蜘蛛の糸はかなり切れにくいので奇襲で囚われたら厄介だからな。まぁ最悪自分ごと丸焼きでなんとかなるけど、火傷の痛みはあまり慣れてないから嫌なんだよね。



「だが、何でこれを言うのに一ヶ月もかかったんだ?」

「私、人望があるものですから周りに人がいつもいるんですよね」

「……あぁ、やっぱ子があれなら親もか」



 この状況でもしたり顔できることに驚きだわ。顔に手を当てて微笑んでいるモセカの母をじっと睨むと彼女は軽く咳払いをした。



「さて、お礼はしましたね。では本題に入りますよ」

「本題?」

「えぇ。本題です。貴方にはこの国を立ち去って貰いたいのです」

「……理由を聞いても?」



 そう言うとモセカの母はゆっくりと蜘蛛の身体を起こして俺を見下ろすと、少し俺をじっと見た後にため息を吐いた。



「貴方、理由がわからないですって? もしかして自覚していないのですか?」

「いや、人間と亜人が百年戦争して相容れないのはわかってる」

「……あまり大声で言えませんが、ほんの少数ですけど亜人の中で人間の戦争捕虜と友人関係や恋愛感情を持っている人もいます。問題はそこではありません」

「……じゃあ黒の旅人か? 確かに前回の戦争での被害は大きかったと聞いた」

「確かに戦争でも多くの者が亡くなりましたが、問題はそれより前。私に呪いをかけたのは黒の旅人だという話は前に話しましたね?」

「あぁ」



 荒瀬さんが亜人に和平を申し入れた際に恐らくモセカの母が逆鱗に触れるようなことでもしたのだろう。だがあの人が怒ることなんてあまりないと思う。一体何をしたのか。



「黒の旅人は亜人側に和平を申し入れました。しかしその申し入れは各国の代表が集まった会議で黒の旅人立ち会いの元、棄却ききゃくされました。私は蜘蛛亜人の代表としてその会議に出席しています。ですが――」



 話を続けるにつれてモセカの母の表情が抜け落ちていく。



「私はその会議で和平に賛成しています」

「……賛成したのか?」

「はい。戦争で経済を回している亜人以外の長たちはおおむね戦争には反対しています。ですが前回の戦争を経験した兵たちが国民の半分以上を占めています。ですので和平に賛成しては国民の反感を買い、長の座から引き摺り下ろされてしまうのです」

「蜘蛛亜人の国は諜報部隊がメインだから暴動は起きないのか?」

「私の国は弱肉強食ですからね。もし反旗を翻す者がいたら全力で叩き潰すだけですもの。他の亜人は少し違うみたいですけどね」

「待て。じゃあお前は何で荒瀬さんに呪いをかけられたんだ? 他に何か――」

「何もしていませんよ。賛成の票を入れた後は特に何もしていません。黒の旅人とも一言も言葉は交わしませんでした。ですが私はその三日後の深夜に黒の旅人に襲われ、呪いをかけられました」



 意味が分からなかった。和平に賛成したモセカの母を呪いにかける意味が。……戦力を減らすためか? いや、でも荒瀬さんはそんな酷な人ではない。自分に味方してくれた人に呪いをかけるほど残忍な人じゃない。



「賛成した私にさえこの仕打ち。反対した者たちはどうなったか想像はつきますね。特に犬、猫、鳥、魚の亜人は酷かったですよ。反対した代表の一家が全員苦痛を伴う呪いをかけられ、自殺や他殺を防ぐために全身を覆う拘束具をつけられ、食事を取らなくても死ねない身体にされたらしいですね。今現在も恐らく生き地獄を味わっていますよ」

「そんなはずは……」

「事実です。貴方はそんな黒の旅人の関係者。どういう関係なのかは知りませんが、例えただの知人だとしても恐ろしい。私や夫。それに住民をも治療してくれたことにはとても感謝しています。ですが少なくとも黒の旅人が死ぬまでは貴方と関わり合いたくありません」



 モセカの母は一呼吸置いてからこちらに頭を下げ、震えた声で。



「だからお願いです。この国から立ち去って下さい」



 そう言った。



 ――▽▽――



「俺は今日でここを出ることにした」



 繭家に集まったモセカ、ワニ亜人、不死身少女が集まった中で俺はそう告げた。不死身少女がポロリと編み道具を落とした。



「随分と早いな。何かあったのか?」

「状況が変わったんだ。やるべきことはまだ曖昧だが……のんびりしていたら危険な気がする。一先ず俺は人間領に戻ってまた亜人たちを連れて帰ろうと思う」



 モセカの母から呪いをかけられた亜人のリストを貰ったので呪いを解こうとも思ったが、荒瀬さんに会って事の転末を聞いてからの方が良いだろう。恐らく一年経つまでには会えるだろうしな。



「ふむ、だがお前の目的はもう達したのだろう? ここに永住すれば良いじゃないか」

「そうですね。私の父と母を治してくれましたもの。まだ貴方に不信感を持っている人はいますけれど、じきになくなりますわ」



 不死身少女もこちらをじっと見てコクコクと頷いている。俺は人間領から追い出されて生活の地を求めているとしかこいつらに伝えていない。本当は人間と亜人の和平を求めていると言った方がいいのだろうか。


 途中で裏切ったトカゲ亜人、ミーセの顔が思い浮かぶ。こいつらも俺が本当のことを言ったら裏切るのではないか?


 ……いや、本当のことを言った方がいいだろう。俺が人間と亜人の戦争を止めたいこと。共存まで行かなくてもお互い殺し合わずに生きることを目指すことを。しかし荒瀬さんは人間側を一回戦争で勝たせることを手紙で言っていた。詳細はまだわからないが裏切り行為と言われても仕方ない部分が多々ある。


 一回不死身少女に視線を移した後、少し息を吸ってからはっきりと俺は言う。



「……流石にお前らだけの国だと他の国が文句を言う可能性もあるだろ? その可能性は出来る限り潰しておきたい」



 俺は言えなかった。裏切られるのがそんなに怖かったんだろうか。蝙蝠こうもり亜人、リス亜人、コムリ、ミーセ。別にそこまで親しくはなかった。二ヶ月とちょっと生活を共にしただけの奴らだ。別にそこまでショックは大きくなかった。こいつらともまだ四ヶ月くらいだ。大した違いはない。



「他の国が文句を言って来てもこの国は虫の国で五本指に入る大国です。それに父と母が復活したら間違いなく一番です。そんな心配はいらないかと」

「いや、迷惑はかけられない。俺はまた人間領に行ってくるわ。お前たちはここで待っていて欲しい」

「ん? 私は行けるが?」

「いや、正直人間領では俺一人の方が動きやすい。お前たちは俺が亜人を連れて戻ってきたらその人たちを説得してほしい」

「ですが――」

「話は終わりだ。じゃあまた二ヶ月後辺りに会おう」



 無理やり話を終わらせて俺は逃げるように繭家を後にした。


ノロウイルスと風邪のダブルコンボで日課のゲームが出来ず、狂ったようにゲームやってたら遅れました。そろそろ春休みなんで頑張りマス

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